第2節 21
「……」
「……」
待合室で待っている2人は、最低限の挨拶の後、何も話さない。しばらくの沈黙の後、それに耐えられなくなったヴァンが口を開いた。
「…その、なんだ。昨日の件についてなんだが」
正面を向いて、彼と同じように、軽装鎧に身を包んだマダムに向けて、申し訳なさそうに口を開くと、彼女は少し考えたあと、思い出したように答えた。
「あぁ、あの子の怪我について?」
「そうだな。あちらから仕掛けてきたとは言え、やりすぎてしまった。それは、申し訳なかった」
素直に頭を下げて謝罪すると、彼女はんー、と唸ってから答える。
「まぁ、あの子の無知が1番の原因だったからね。お互い、次はないようにしましょう、と言う感じで、痛み分けでよろしいかしら?
逆に、組織の長として、余計な労力をかけてしまったのは謝罪がひつようよね。―本当に、ごめんなさい」
マダムはそれで終わりと言いたそうに、話題を変えた。
「それはそうと、貴方も陛下に呼ばれていたのね。聞いていなかったから、少し意外だったわ」
「それはお互い様だろう。俺も、1人の会談だと思っていた」
2人は同じ意見を言って、小さく笑い合う。
「時間が空いている間に、君が興味のありそうな話でもしましょうか。
―陛下の現状について、ね」
そう前置きして、ヴァンも興味を示して姿勢を正したところで、彼女は話しだした。事実、彼は基本的にこの王都に居ないので、そういった話題には疎いのである。
「はっきり言って、今のこの国の統治はうまくいっていない。陛下自身、聡明な御方ではあるけれど、それに反発する勢力も強い。積極的な侵略をしないものの、防衛のために軍部への予算を多く割いているのが一番みたい。当然、財政部門や、その他の有力者たちからの不満はあるものの、軍部は抑えているから反乱までは漕ぎ着いてないって感じね。
私たちは、いわゆる軍部の徴募兵みたいな扱いだから、そこに資金を割いてもらえるのは良いんだけど、このままではいけない。何せ、私たちは"傭兵"だから。金払いがよければ、いつでも寝返りかねない危険な手札。あなた達のように、この国の形に―"魔女の国"に仕えているならば、そうはいかないんだけどね。
それで、今は傭兵たちの中でも特に力のある、色付きの竜狩りとの親交目的で、この会談は開かれたと私は踏んでいる」
今の国の現状と、自分の立場を理解したうえで彼女は憶測含めて話し、ヴァンは不思議そうに聞く。
「俺は政治に詳しくないからわからないんだが、全部ぶち壊して作り替えたくなるほど、そんなにこの国に不満があるのか?」
魔女協会に所属していることもあるが、彼自身、今の暮らし自体に不満はなく、この基盤を失うことは想像できない。あくまで自分本位の質問だが、それを聞いて、彼女は笑った。
「そうね。人によっては生き方はそれぞれだし、自分が好きなようにできれば、もっと生きやすくなると思う人は、君が思うよりも沢山いる。
ありがちなセリフだけど、『持ってる奴は、持っていない側の気持ちが分からない』ってことよ。だからと言って、反乱みたいな武力での改革は私も望んでない。その戦いで、余計な人々まで血を流す必要はないもの」
「そんなものか。まぁ、俺もそんな争いで、本部を攻められたらたまったものじゃない」
納得はできないが、彼は理解して頷く。
「そんなものよ。―本当に、面倒なものよね、権力だの、政治だのってさ。世の中、皆小難しく考えすぎなのよ」
「それも、国が広がった影響でもあるだろう?」
尤もな反論に、彼女はため息を吐く。
「そうね。いつの時代も、お偉方のゴタゴタで、迷惑被るのが市民の役割みたいなものよ」
見た目以上には歳を重ねている、魔女だからこその発言。ヴァンはそれは敢えて聞かないふりをして、壁にかけてある時計を見る。
「―にしても、指示されていた時間もそれなりに過ぎているようだが、相変わらず陛下は多忙みたいだな」
「そうね。あの人もあの人で、溜め込みがちだから、本当に大変みたいよ」
「…行政府はいくつもあるはずなんだがな」
「そこはほら、雑務以外の会談とか、本人がやらないといけないことも沢山あるからね」
愚痴に対して、マダムがフォローをしているところで、待合室の扉がノックされた。
「どうぞ」
マダムが代表して返事をすると、先ほど案内してくれた兵士が顔を見せた。
「―待たせたな。陛下との会食の準備が出来た。案内する」
それを聞いて、2人は顔を見合わせてから立ち上がり、兵士に着いていった。
迷いそうな城内を、2人は無言で歩いていき、しばらくすると、他の部屋よりも大きめの、赤い扉が目に入った。
その扉に待機していた、2人の甲冑姿の兵士は無言で扉を開くと、心地よい気温に調節された、会食場が見えた。
壁にはいくつかの綺羅びやかな装飾品や、観賞用の武具が並んでおり、中心にある大きな長方形のテーブルには、3人分の椅子と食器が用意されている。
恐らく、国王が座ると思われる1つの席ではなく、その向かいにある2つの席に2人は待機し、続いて入ってきた、エプロン姿の侍女が飲み物を聞いてくる。
「お待ちの間、何かお飲みしますか?」
「…適当な、アルコールのない飲み物を頼む」
「彼も同じく」
2人はすぐにノンアルコールの飲み物を頼むと、彼女は少し違いそうにするが、素直にそれに従った。
果物を搾ったジュースを2人は貰い、立ったまま、一口飲んだ。
甘酸っぱい、独特の味と香りが広がり、彼らの緊張も少しほぐれる。
「…マダムも、アルコールは飲まないのか?」
「昔からそんなに飲まないのよ。特に、私1人の時なら、周りの目も気にしなくていいからね」
碧の竜狩りという、荒くれ者たちを束ねるというのも、なかなか大変なようだ。ヴァンはジュースを飲みつつそんなことを考えていると、向かいにあった扉が開いた。
「―いやぁ、待たせたね」
扉の奥から現れたのは、気さくな中年の男。
朗らかな顔をしているが、その顔は笑顔が張り付いたものだと、同族としてすぐに見抜けた。短く刈り上げた、黒い髪もオールバックにしており、ヒゲもしっかり剃っている。これも恐らく、普段から入浴や身だしなみに必要な手間を減らすためなのだろう。
服は無地で簡素なシャツとズボンであるものの、生地には糊がまだ残っており、おろし立てであると分かる。
傍目から見ても、威厳ある王の姿とは言い難いが、市民からも馴染みやすい見た目をしたい、という彼の逸話は有名であり、それほど違和感はない。
―外見こそ、どこにでもいそうなおじさん、という印象はあるが、ここに来るまでの歩き方や、立ち姿、その所作の丁寧さは、王と判断するには十分だった。
2人はその姿を見て、大きく一礼する。
「此の度は、招待頂き光栄です、陛下」
「隣に同じく、こうしてお会いできたのを嬉しく思います」
礼儀正しく応答する2人を見て、彼は笑って手を振った。
「そこまで身構えなくても良い。―此度の招待は、無礼講と書いてあっただろう? その証拠に、お前たちは戦士としての装いで来てくれたのではないか。…それに、立ったまま話すのも疲れるだろう。お互い、座るとしよう」
王の言葉を聞いて、2人は遠慮なく席に着いて、一息ついた。その姿を見て、彼も席につき、後ろにいる兵士に伝えた。
「この場には、護衛は不要だ。外の警備に戻ってくれ」
「…陛下、それは」
苦言を呈した兵士に向けて、彼は一瞬、顔から笑顔が消える。
「不要だ、と伝えたのだ」
「――はっ、」
一瞬垣間見せた、彼の正体を見て、兵士たちは素直に下がっていく。そして、すぐに笑顔に戻り、国王はこちらを向いた。
「余計な者は、退かせた。他者の目を気にせず、話そうじゃないか」
固まった笑顔のまま、彼がそう話し、兵士が退いたのを合図に、侍従たちが料理を運んでは、そそくさと出ていった。
次々と並べられていく料理の中、前菜と思われる野菜のムースを乗せた白身魚のソテーをナイフで切り分けながら、ヴァンは不思議そうに聞く。
「では、頂きます。
して、陛下。護衛たちを外に置いて大丈夫でしたか?」
真っ先に疑問をぶつけると、彼は水で口の中を洗い流しつつ答える。
「構わん。余計な人の目が入るよりかは、遥かに良い。それに、ここには優秀な戦士が2人も居るではないか。何を心配することがある」
「成る程。随分と、我々を買って頂いている。…しかし、我々が、今ここで反旗を翻したら、どうするつもりです?」
ヴァンの試すような問いかけに、彼もナイフとフォークを取り、同じく前菜を切り分けながら答える。
「非常に面白い質問だが、その仮定を話すには、君らが余を裏切るという前提が必要だ。して、聞き返すことになるが、君たちに王家を裏切る必要はあるのかね?」
見透かしたような返答と、質問に彼は少し考え、頭を下げた。
「我々には、その理由が万が一にもありませんね。試すような真似をしたこと、お許しください」
一国、それも大国の王として、軽率にも程がある行動にもきちんと根拠があり、この2人の竜狩りは、間違いなく国王の味方であるという信頼からこの会食に誘っている。それを無下にする発言をしたことに、彼は謝罪し、国王も気にしてないように笑った。
「良い、無礼講と言っただろう。それに事実、余がこのような無防備な姿を晒すとなれば、心配する気持ちもよく分かる」
彼もそう言っているので、あまり気にすることなく、ヴァンも食事に戻る。そこで、飲み物のおかわりを注いでもらいながら、マダムが聞いた。
「じゃあ、無礼講だから、遠慮なく聞かせてもらうわね。
最近傭兵たちの噂にある、隣国とのいざこざは何? 戦争でもするつもりなの?」
早速と言わんばかりに聞くと、彼は渋い顔になる。
「…遠慮しないのだな、君は」
「無礼講と言ったのはあなたでしょう?
別に戦争になる分にはこちらも構わないのよ。攻めてきた連中を撃退して、蹂躙するだけだから。でも、穏健派として知られていたあなたが、急に侵略戦争の準備をするなんて信じられない。
裏に、何か無いのかって気にはなっていた。だから聞いたの」
彼女の言う通り、見た目に違わず、彼は穏健派の王として知られている。それにも関わらず、急に国境付近での火種の臭いがしてきたことに、彼女は疑問をぶつけた。当然、傭兵でもある彼女たちは、徴募兵として参戦することは厭わない。ただ、今後再び領土拡大の為の戦争が始まるというならば、彼女たちも準備が必要だから聞くだけだ。
裏のない、純粋な質問に、彼は人払いが済んでいることを確認した上で答える。
「それは、魔女協会側からの要求だ。国外に連れ去られた魔女の解放、それが火種の原因になっている。金色の、君は聞いていなかったのかね?」
「その件については初耳だ。魔女協会側とはいえ、俺はマスターの考えについて、全て把握しているわけじゃない」
魔女協会に所属しているとはいえ、そのトップでもあるマスター、始祖の魔女がやっていることは謎が多い。ヴァンも素直に答えると、国王はそうか、と食器を持ち替え、メインのヒレ肉を切り分け始める。
「確か…君が専念しているのは、黒竜の捜索と、"魔女狩り"の始末だったか」
「情報が早いことで。魔女狩りの件については、誰にも言った覚えがないんだがな」
彼も肉を切り分けつつ、ここで出てくるとは思っていなかった名前に反応する。
「君が知らない魔女協会の情報を持っているということは、そういうことだ。―ここだけの話だが、歴代の王たちは、始祖の魔女を乳母として育てられている。魔女協会と我々は、常に深い関係にあるのも、そういう繋がりがあるおかげだ」
「……本当に、とんでもない情報を出してきたな」
しれっととんでもない事を暴露してきて、ヴァンは困惑するも、隣にいるマダムの反応は薄い。
「この国は、創立の時点で始祖の魔女…プラナの助力があるもの。そういった、権力者の繋がりもあって当然なくらい優遇されてるものね」
「知ってたのか?」
「そんな気がしていただけ。それが今、確信になっただけよ」
ヴァンの問いかけに、彼女は少しだけ不満げに答え、食器を置いて、口元をナプキンで拭き取った。
「私たちの雑談で終わらせてもいいけど、そろそろ本題に入りましょう?
陛下、私たちに突然声をかけた理由を教えて」




