第2節 18
薄暗い階段を登り、その先にあった大扉を開くと、大きな部屋に出た。1階とは違い、照明は白色のものを使っており、その眩しさにヴァンたちは目を細めた。
そして目が慣れた頃にようやくその全体が見えるようになった。構造は一階と大差ないが、カウンターなどの余計なものがない分、より広く見える。小さなテーブルと椅子がいくつも用意されており、その中心には10人以上が座れる、大きな円形のテーブルが置かれていた。
そして、その中心に3人組が待機しており、2人の来訪に気が付いてこちらを見ている。
それに気がついたヴァンは、礼儀正しく一礼する。
「―マダムと、その同志たちでよろしいかな?」
それなりに離れているため、顔や身なりまでははっきり分からない。まずは相手の所属を確認したところ、真ん中に座っている女性が、澄んだ声で答えた。
「ええ。貴方は金の竜狩り―黒の、お弟子さんでよろしいかしら? そして隣にいるのは…あら、早速連れてきてくれたのね。
そんなに畏まらなくてもいいから、まずは近寄って話をしましょう」
それを聞いて、2人は中心のテーブルまで向かい、彼女たちの向かいに座る。そこでようやく、3人組の様相が見えてきた。
まず、中心にいるのは20代前半ほどに見える女性。髪は首にかからないくらいのショートにカットし、白い照明に深緑の綺麗な髪が反射している。
職業柄か、飾り気のないシンプルなシャツとズボンを着用しており、化粧は特にしていないようだが、あまりに日にあたっていないためか、その肌は白く、張りを保っている。鋭い切れ長の目をしているが、碧色の視線は柔らかく、これが演技なければ、人は悪くないのだろう。顔つき自体はやや細めで、印象には残りにくいものの、美しいと称される部類なのだろう。
その両脇には白い陶器の面を被った大柄の男が2人待機しており、身に纏うレザーアーマーと、レイピア、腕に装着されたカートリッジ式のクロスボウから、護衛なのだろう。
そしてヴァンとウルリッヒが座った所で、女性が話し出す。
「少し、警戒態勢で対応して申し訳ないわね。客人を呼ぶと言われて、この2人が護衛につくと聞かなくて。少し、威圧してしまったかしら?」
彼女の気遣いに、ヴァンは首を横に振る。
「いえ。突然の来訪に警戒しないわけがありません。…そして、貴方がマダム、碧の竜狩りでよろしいかな?」
彼は礼儀正しく聞くと、彼女はテーブルに置いてあった赤い飲み物を一口飲んでから答えた。
「えぇ、初めまして。遅くなってしまいましたが、こうやって会えて嬉しいわ」
彼女の言葉を聞いて、彼もきちんと名乗る。
「俺は、金の竜狩り。貴方が先ほど話していた通り、黒の竜狩りの弟子だ。―こちらこそ、こうやって会える機会があるのはとても嬉しい。」
礼儀正しく答え、彼女は満足そうに手を叩く。
「噂に聞くだけあって、行儀が良いわね。
それはそうとして、まずは乾杯としましょうか。何せ、色付きの竜狩りは我の強いものしかいないから、協力なんてする人がいるとは思っていなかったもの。
…っと、飲み物が無いわね。マグ…紺色に何か頼むかしら?」
彼女は2人の席に何もないことに気付き、聞いてきたので2人は各々、好きな物を頼ませてもらった。
そして、2人は変わらずジュースとカクテルを貰い、グラスを持つ。
「―一拍置いたけど、この出会いに感謝しましょう。乾杯」
彼らはその合図に合わせてグラスを掲げ、一口飲む。そして一息ついた所で、話を再開した。
「それで早速本題に入りましょうか。
金色の、この機会だからこそ、私たちと協力を結ばない?」
単刀直入に用件を伝えてきて、彼はグラスを置いてから聞いた。
「具体的に、どういった内容で?」
当然と言えば当然の返しに、彼女はすぐに答える。
「こちらは、外でアナタの目的―黒竜の情報を集めて、提供する。その代わり、私たちの仕事の一部に協力してほしい。当然、仕事の報酬は出させてもらうわ」
本来、魔女協会に所属するヴァンは、魔女協会に届いた依頼にしか対応できない。ただ、彼は自分で依頼を出すだけではなく、事あるごとに賞金首や、賞金の掛かった生き物を狩ってくるので、傭兵組合からも信頼が厚い。そして、仕事とあれば何処へでも対応する上、一定以上の成果は常に出してくることもあり、彼の起用を求める依頼主は多い。その需要を満たすために、彼女は協力を持ちかけた。
この大きなチームの協力を得られれば、彼の黒竜捜索の手も広がるだろう。ただ、1つ懸念していることがあった。
「……仕事の頻度はどうなる?
貴方も知っている通り、俺は基本的に魔女協会の依頼や本部の仕事で忙殺されている。必ずしも、貴方の期待に応えられる動きができるとは言い難い」
「そうね。アナタが忙しいのは百も承知よ。
正直に言うわ。これで私たちが求めているのは、アナタの受ける仕事の斡旋よ。
アナタが1番理解していると思うけど、アナタ名指しの依頼って、かなり多くて、ほぼパンク状態。それで、仕方なく傭兵組合に回ってきているようなものもある。それで、私たちが協力者として手を挙げることで、アナタ宛の依頼を、優先的にこちらに回すことができる。それについては、魔女協会の長…プラナにも聞いてるわ。あとは、アナタの了解を得れば、仕事を回してもらうことができる」
「……なるほど」
彼女の意図は分かった。こちらにとっても有難い話ではあるが、1つ、懸念点があった。
「言いたいことは分かった。ただ、俺宛の依頼ってのは、単独行動を要求されたり、単独だからこそ、低予算の依頼も多い。それは、良いのか?」
ヴァンが話す通り、彼は1人で行動していることもあり、その分少ない資金で行動できる。その安さも相まって人気だということを伝えると、彼女はそうね、と答える。
「アナタはそんなに意識してないだろうけど、魔女協会側も色付きの竜狩りの動員には割と難色を示すことが多くて、依頼の元金に手数料を取られていることが結構あるの。それについても教えてもらったけど、それを含まなければ、こっちでもプラスにできるくらいの報酬になる。
お互いにとって、有益な話だと思うの。…ただ、当然だけど、アナタが1人で動いたほうが効率のいい依頼は、当然そちらに回すことになる。逆に、私たちのように数がいた方が効率的に動けることもあるし、そういうのは臨機応変に対応させてもらってもよろしいかしら?」
話を聞く限り、こちらにも不利益はない。ただ、いくつか気になることがあった。
「まぁ構わないが、その前に聞かせてくれ。
マスターにも掛け合ったと言っていたが、元々魔女協会との繋がりが?」
彼も協会に所属して長いが、そんな話は聞いたことが無かったので、質問すると、隠すことなく答えてくれた。
「そうね。アナタの言うマスター…プラナとは、ずっと昔からの付き合いよ。それに、アナタの師匠、オーキスは、私にとっても師匠みたいな人だったから」
「…………なるほど。アナタも、魔女か」
その言葉の意味をしばらく考えていたが、疑問がつながった所で口に出すと、彼女は笑った。
「そう、君の言う通り、私も魔女。単独で竜を撃退したのも、魔女の力があったからこそ。こうやって、逆ハーレムを作ってるのも、魔女の力を維持するためなの」
「そうか。それなら、少し、安心した」
自分の知る者たちと繋がっているものならば、妙なことはしないはず。薄っぺらい契約書や、口頭での契約よりも余程信頼に値する。
ヴァンはそう呟いた後、深く息を吐いてから机に手を乗せる。
「承った。その契約、結ばせてくれ」
それ以上の言葉は不要と言わんばかりに彼は言い、碧色の顔が明るくなる。
「それはそれは。とても、助かります。
であれば、一度、契約書類を用意しましょう。―2人とも、下から取ってきてちょうだい」
彼女はぱん、と手を叩いて護衛2人に指示をすると、2人は顔を見合わせる。
「差し出がましいようですが、マダム、1人は残っていた方が良いのでは?」
片方がおずおずと進言するも、彼女は折れない。
「いいから、行ってきなさい」
折れる気配がないのを感じ取り、片方が立ち上がって顎で促す。
「…仰せのままに。おい、行くぞ」
「……、分かりました」
仕方ないと言いたげに、2人が消えたタイミングで、彼女も深く息を吐いた。
「ごめんなさいね。皆、私に威厳を求めるものだからさ。もっと、軽く話したかったんだけど」
疲れたように、パタパタと服で扇ぎつつ彼女はフランクなノリで話すと、2人も脱力した。
「大変だな、大御所のトップっていうのは」
他人事のようにヴァンが言うと、そうなのよ、と疲れ気味に笑う。
「まぁでも、ここまで育てちゃったからね。きちんと、面倒見なきゃ」
強い意志も感じる言葉に、ずっと感じていた違和感を聞いた。
「間違っていたら申し訳ないが、運営状況が良くないのか?」
ヴァンの指摘に、ウルリッヒも思い出したように呟く。
「…確かに、マダムの所は、ここのところ大規模の報告書は受け取ってないですね」
その言葉に、彼女は苦情した。
「そう。実は、ここの所規模が大きくなってきたのもあって、割と運営が赤字寄りでね。大口の契約もいつも転がってくるわけじゃないし、小口の依頼で繋いでいきたいのに、"色付きの竜狩り"って称号が邪魔してくるの。
今回の契約については、魔女協会の繋がりを作りたいのも1つだけど、大きな理由としては、同じ色付きの竜狩りである、君の依頼っていう大義名分が欲しかったの。―こういうのは、あんまり他所には言いにくいからさ」
彼女は素直に本音をぶつけ、ヴァンはジュースを一口含む。
「俺宛の依頼の消化なら、都合がいいだろうからな。別に、俺宛の仕事が減れば別の仕事に手が付くわけだから、むしろありがたい」
「そう言ってくれるとありがたいわ」
2人はそう言って笑い合い、再び口を開こうとした所で、後方から階段を登る音が聞こえてきた。
「…まぁ、積もる話はまた時間がある時にでも」
「そうね」
会話を終えた所で、扉が開く音が聞こえた。




