第2節 15
翌日。日もほどほどに高くなった頃、集合場所に指定されていた、公園に建てられた、三英雄の1人、"解放の王"―塗装はされていないものの、荘厳な鎧に身を包み、死ぬ時まで抱え続けていたと言われる"誓いの剣"を天に高く掲げている像の前で、ヴァン―長い金色の髪を上手く整えて、顔をしっかりと露出し、ラフなワイシャツに少しダメージの入ったジーンズというラフな格好をして、暇そうに手帳を眺めながら、タバコを吸いつつ立っていた。暇そうな姿に周囲の自信のある女性たちが次々と声をかけるが、彼は面倒くさそうに全てあしらう。それを恨めしそうに見る男たちの視線もガン無視して人を待っていると、ようやく彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ヴァン! お待たせ!」
その声を聞いて、彼は肺に溜まっていた煙を吐き出してから、携帯灰皿にタバコを押し付けて火を消した。
「ウルリッヒ、別に構わないんだが、随分と急な呼び出しだったな」
今日も休みなのだろう。地味目の藍色のノースリーブのシャツに、黒のスキニーパンツと大分軽い格好をした傭兵組合の"王子様"、もといウルリッヒが息を切らしてやって来た。
その姿を見て、彼はしばらく見ていたあと、手を差し伸べる。
「立ち話もなんだ、どこか座れる場所で一旦落ち着こうか」
「そ、うだね」
まだ息を切らしているウルリッヒが手を掴んできたところで彼が引き上げると、その勢いのままバランスを崩し、密着する。
それをしっかり抱きとめ、彼は彼女の顔をのぞき込みながら、吐息がかかる距離で聞いた。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
「じゃあ行くか」
余韻もクソもなく、彼はすぐに離れ、その手を握ったまま先に進もうとする。一方でトラブルから現実に戻ってきていないウルリッヒは固まったままだ。
「……おい?」
催促するように手を軽く引くと、ようやく彼女は現実に戻り、大人しく彼に手を引かれて歩き出す。気まずい、という訳では無いがお互い無言のまま進んでいく。その間、ヴァンは心の中で頭を抱えていた。
(まずいな、素で魔女相手にやるサービス精神が出るとは)
普段であればもっとドライな関係だった筈なのだが、つい、魔女相手の接待でやるような扱いをしてしまう。とは言うものの、これっきりにすればあとはどうにかできるだろう、と甘く考え、とりあえず目についた喫茶店に入ることにした。
それなりに混雑した店内。一応座ることができ、2人はメニューに目を通す。
「ヴァンは紅茶でいいの?」
「そうだな。お前は?」
「こっちも同じのでいいかな」
「そうか」
注文が決まったところで、アイコンタクトで店員を呼んで注文を済ませる。注文したものを待っている間に、ウルリッヒが聞いてくる。
「普段、他の女の子とはああやって対応してるんだ?」
嫉妬心に塗れた視線が痛い。正直この時点で面倒くさくて仕方ないが、彼なりに必死に弁解する。
「元々、仕事での付き合いだし、"そういう彼氏像"で扱うように言われてるからやってるだけだよ」
少なくとも、嘘は言っていない。仕事として、魔女の接待デートをすることはあるが、毎回相手方からそういう扱いを求められることが多すぎる故に、彼もその態度がデフォルトとなっている。それこそ、意識をしない内に出てしまうくらいには。
彼の必死の弁解にも、彼女はへぇー、と不満そうだ。その間に頼んでいた紅茶が運ばれ、彼はたっぷりと砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜながら困ったように言う。
「お前にも、その扱いしろと言われるのは結構困るんだけどな。今となっては、こうやって素で会えるのはお前くらいなのに」
あくまで、素でいるのは君が特別だから。そう暗に言っているものの、仕事の外であればケイやイニス、魔女協会の一部の魔女たち、なんなら護衛という仕事中でも媚を売る必要のないベル相手でも素で対応していたので、ただの詭弁である。だが、元々ポーカーフェイスを極めている彼の口から出た言葉は効果テキメンだったようで、気を良くした彼女はにへら、と笑う。
「えへへ…そっかぁ…」
面倒くさかった、と本心から思う一方で、元々、彼女にこの関係性を求められた条件を思い出した。
(最初は体目当ての男を黙らせるための仮彼氏だったんだがなぁ…。いつの間にか、彼女面されてる気がするんだが)
依頼内容と目的が完全に逆転しつつある状況に、彼は困りつつも、今日の本題に入ることにした。
「それで、急な呼び出しの理由はなんだったんだ?」
しょうもない理由なら帰るぞ、とまでは口にしないものの、明日の準備があるので手早く済ませたい。それを聞くと、彼女は紅茶を一口飲んでから答えた。
「悪い話じゃないよ。"マダム"本人との面会について、約束を取り付けられたの」
「……マダムが? それまた珍しいな。あの人は仕事以外では顔出さないって有名な話だろ」
マダム―別称"碧の竜狩り"。傭兵組合が擁する数少ない色付きの竜狩りであり、凄腕の傭兵の1人。厳密言うと、碧の竜狩りとはマダムを筆頭とするグループを指す名称のため、彼女1人を指し示す場合は、皆マダムと呼ぶ。
基本的に彼女本人が表舞台に出ることはなく、その取り巻きたちが代役として出てくる。流石に戦場には顔を出しているが、団体のチームなので、彼女たち単独で仕事をこなすことがほとんどのため、彼女の姿を知る者はほとんどいない。例に漏れず、ヴァンもその1人であり、この提案には流石の彼も驚いた。
思った通りの反応を見て、彼女は胸を張って続ける。
「マダムの拠点について、教えてもらったからね。あの人も、ヴァンについては興味があったみたいだし、話してみたら会ってくれるってさ」
「……ん?」
不自然な流れにヴァンが気が付き、紅茶を一口含んでから聞いた。
「その言い方からして、お前は元々知らなかったけど、最近知ったような口ぶりだな」
ヴァンの冷静な指摘に、彼女は遠くを見つめて答える。
「…昨日、いけ好かない奴に付き合ってたからね…。その位の情報貰わなきゃやってられないよ」
「あぁ…」
その言葉で察しが付き、彼は手を伸ばし、穏やかな笑顔で彼女の頬に手を添える。
「わざわざ、調べてくれたんだな。ありがとう」
ついサービス精神が出てしまい、彼女は慣れない様子でそっぽを向いた。
「……ねぇ、それ本当にやめてくれない?」
「悪いな。つい、」
ヴァンは悪びれずに言い、彼女は頬を膨らませて紅茶を啜る。
「…やっぱり、羨ましいと思っちゃうんだよなぁ」
「何がだ?」
つい漏れた一言に反応するも、彼女は答えない。ヴァンは困ったように1つ、ため息を吐いた後に彼女の顎に手を伸ばし、引く。
「演技って分かっててもいいなら、今日は王子様になってやろうか? お嬢さん?」
普段は見せない、営業用の笑顔。しかし、手慣れた演技は自然そのもので、彼女は紅潮した顔で頷いた。なお、彼の心中はめんどくせぇ、そのひと言だったが。
その後は適当に彼女の買い物に付き合い、ついでに明日の準備として、礼服を買うことになった。ただ、今回の演技で暴走したウルリッヒが、純白のスーツと真っ赤なマントを当たり前のように勧めてきたのには彼も素に戻ったが。昼の謁見になるため、日に映える灰色のスーツとワイシャツと購入した。その後、ふらっと入った劇場で演劇を見ている間に、日も落ち始めていた。
時間も良い頃なので、そろそろ解散かと思いきや、昼に話していたマダムの拠点は夜にしか行けないらしい。詰まるところ、それまでの時間つぶしに彼は突きあわされていた訳だが、怒る気にもならない。
彼は明日もあるため、早めに帰りたいことだけは伝えた上で、今日の本題でもある拠点に案内してもらうことになった。




