第2節 14
シルが訓練場でストレス発散している時、場面は変わり、ヴァンはと言うと、自室に戻り、昨日できなかった武具の手入れをしていた。
兜の汚れを落とし、オイルも合わせて磨いておく。見た目の維持以上に、視界を確保する穴からこびりついた砂などが入って、視力を奪われるのは問題となる。他にも角と爪についてもしっかり手入れを行い、万全の状態で出かけられるようにしておく。とは言うものの、鉤爪も翼竜に加え、人間も相当な数引き裂いたせいか、少し刃が傷んでいるようにも見える。
「修理、か」
既に依頼分の代金を支払いはしたが、ヴォルガの首にかかっていた賞金はまだ残っている。次の仕事が決まるまでには、恐らくもつだろうと判断し、こちらも修理に出すことにした。
思い立ったら吉日という。修理に時間がかかるとなると、次の仕事への支障も出かねないため、時計の針は夕刻を指していたが、彼は出かけることにした。
鍵と財布、抱えて持っていくのは面倒なので、鉤爪と角を装備して、外に出ることにした。
玄関を経由して外に出ようとした時、ちょうど受付はマスターが担当していたので、軽い挨拶をする。
「マスター、爪の修理に行ってくる」
「行ってらっしゃい。夜には帰れそうなの?」
止めることはないが、帰る時間を聞くと、彼は嫌そうに笑って答える。
「夜には帰る。…随分、"予約"も溜まってるんだろ?」
「ご明察。あと、傭兵組合からの"ご指名"も来てるみたいだけど?」
傭兵組合からの指名、内容は聞くずとも、心当たりがあり、聞き返す。
「どんな要件だ?」
その言葉に、彼女は厭らしく笑って書類を差し出す。
「いつもの"デート"よ。相変わらずモテモテねぇ。羨ましいわ」
「冗談でもよしてくれ。…にしても、指定は明日か。
今のところ明日、他に俺宛の指名はあるのか?」
書類を受け取り、目を通しつつ明日の予定を聞くと、首を横に振る。
「明後日、陛下との謁見でしょ? 寝坊されちゃ困るし入れてないわよ」
「それもそうか。それなら、早めに解散になれば大丈夫そうだな。請けると伝えておいてくれ」
受領のサインをさらさらっと書いた後、彼は書類を返して背中を向ける。
「確かに受け取りました。じゃあ、気をつけていってらっしゃい」
「あぁ、開く頃には帰ってくる」
協会の従業員出入り口から出ていき、彼は街中の懇意にしてもらっている鍛冶屋に向かうと、小柄ではあるものの、鍛え上げられた太い腕。髪も髭もなく、厳つい顔つきの、いかにも店主という風貌をした初老の男が表の椅子に座って、キセルを使って一服していた。
「―こんにちは。上々のようで」
「…ん? おぉ、金ピカじゃねぇか。しばらくぶりだったけど、生きてたんだな。
前に整備に出してたモンの整備も終わってるぞ。さぁ、入れ入れ」
ゆっくりと立ち上がり、男はキセルの灰を捨ててから顎を撫でつつ、ヴァンを店内に招き入れる。
中に入ると、鉄を打つ鎚の音が聞こえ、それと共にいくつも置いてある炉が放つ熱気が出迎える。周りの商品棚にある武具には目もくれず、2人は正面にあるカウンターに向かって行く。
「で、今日は"連弩"の回収以外に用事があるんだろ? 頼んでたモン取りに来るだけなら、手ぶらで来るだろ普通」
向き合う前に用件を聞くと、彼は両手を広げ、彼の武器を見せた。
「久々の手入れだ。金はある」
ヴァンの言葉に店主は立ち止まり、彼から装備を受け取り、ポケットに入っていた手持ちのレンズを使って状態を良く確認する。
「随分と使い込んできたな。しばらく外回りでもやってたのか?」
「1月齢分、ずっと外にいてな」
ヴァンは悪びれもせず言い、店主はため息混じりに先に進んだ。
「お前さんの装備は骨董品もいいところなんだから、もっと大事に扱ってやれ。で、今回は何狩ってきたんだ?」
歩きながら説教しつつ、誰もいないカウンターに到着する。そしてカウンターに置いた装備をしっかり確認しながら聞いてくる。
「確か…人間10人以上と、翼竜2頭、1頭が親でもう片方がその子供だ」
魔女の護衛という仕事上、その情報が何処かに漏れるだけで嫌でも戦闘は増えることになる。その度、可能な限り戦闘を避けているものの、ヴォルガのように聞き分けのいい相手は滅多にいない。結局、襲撃者を数人殺さなければ、相手も逃げないため、どうしても装備の摩耗も早くなってしまう。
店主もその事情は理解しているが、それ以上鍛冶屋としての矜持があるのだろう。呆れながらも忠告する。
「お前の言い分も分かっちゃいる。だけど、お前の最終目的はそんな連中じゃねぇだろ。本当の目的のために、武器は常にベストを保っておけ」
「むぅ…」
正論で押し込まれ、彼も仕方なく納得したところで、確認が済んだ店主はレンズをしまいつつ聞いた。
「ところで、預かっちまっていいのか? このくらいなら2日もあれば直せる」
「本当か? それは助かる」
色々言っていたので、もう少し時間がかかると思いきや、思ったよりも短い期間のため、彼は明るい顔で財布を取り出す。
「それで、幾らになる?」
「相変わらず気が早いな…。先払いで、銀貨15枚も貰えれば、間違いなく足りるよ」
「金貨でいいか? 釣りは現物と一緒に返してくれ」
計算と細かいものが少ないのと、一々出すのが面倒なので、銀貨20枚分の価値の金貨で支払いを済ませようとすると、彼はドン引きしつつ首を横に振った。
「いや、細かいの持ってないのかよ。羽振りがいいのは嫌いじゃねぇがよ」
「むしろデカい額の金しかなくて困ってる。ほら」
「…それならいいけどよ」
ヴォルガの懸賞金のおかげで、手持ちに金貨の方が多いことを見せると、店主は更に引きつつ彼の装備を回収した。そして、カウンターの裏にしまわれていたクロスボウを取り出した。ただ、普通のクロスボウとは異なり、持ち手が存在せず、持ち手に当たる部分には、角に付属しているリールと同じく、巻き取り用の留め具が着いていた。
「じゃあ、これは整備してたヤツだ。
金は貰ってるが、ちょっと釣りがあるんだけどどうする?」
「ボルトに交換しておいてくれ。カートリッジに詰めたやつがあればなお助かる」
ヴァンの要求に、いつも通りと言いたそうに彼はカウンターを漁り始め、クロスボウに装着する木箱、カートリッジと呼ばれる装填機構の準備を始める。
「あいよ。それで、試射はしていくんだろう? 日が沈む前ならいくらでもやっていていいぞ。そんだけの釣りも貰ってる。
ボルトの方もその間に用意しといやるから、帰る前にカウンターに寄って行ってくれ」
「助かる」
短く返事をして、ヴァンはクロスボウを空いた右手に装備し直し、その重さと感触を確かめながら店主の横を通り抜けていって、試射場に向かう。
ヴァンは試射場に向かい、誰もいないことを確認した後、練習用のボルトを適当に何本か貰ってその一本を装填する。
既に用意されていた、離れた的に目掛けて軽くクロスボウを向け、手首の動きに連動して射出する。放たれたボルトはあらぬ方向に飛んでいくが、速度は十分。突き刺さった勢いから、殺傷能力は問題ないことを確認した上で手作業で装填し直して試射を続ける。
ヴァンにとって訓練、という訳では無いが、こうやって無心に何かする、というのは久々だ。しばらく護衛や狩りの仕事ばかりだったので、落ち着いて何かをするというのは新鮮に感じる。
だからと言って、訓練に集中しているかというとそんな訳はなく、彼の頭の中に悩み事は多い。明日のデート、なんて平和な内容ではなく、シルの故郷の事や、その他、魔女協会から調査を進めるように指示されているもの。それ以上に、黒竜の行方が一向に見つからない事が彼の思考を塗りつぶしていく。
飛ばしたボルトを回収しつつ、師匠の言葉を思い出す。
『―黒竜を探したいのは分かるけど、そう簡単に見つかるとは思わないこと。キミが探しているよりも遥かに長い年月、私は黒竜を探してる。
それでも、アイツは見つからない。どうやっているかは分からないけど、それが事実だ。だからこそ、焦らず、気分を落ち着けるんだ』
幼い時、焦る自分を叩きのめした上で、そんな事を毎回のように伝えていた。
『見つかるまでは、その殺意を研ぎ澄まし続けろ。黒竜にその殺意が届くまで』
そして彼女はいつも最後に言っており、精進するように、と笑って去っていた。
何故、今更そんなことを思い出したのか、と思ったが、訓練していたからこそ、訓練の記憶を思い出したのか、と理解して彼は1人笑った。




