第2節 13
―その後、シルの話していた通り、彼の故郷の人間が依頼主とされる、荷物の運搬に関する依頼が出ていた。依頼内容の詳細は伏せ、報酬はやや平均よりも高値で設定されている。真っ当な人間であれば、怪しさのほうが強いが、一定数の人間が集まったあたり、ここには頭の悪いやつが思ったより多いようだ、とヴァンは1人考える。
不可解な点といえば、依頼内容を聞いたとしても、魔女協会の本部に攻め入る前提の依頼を受けるとは思えない。それにも関わらず、何人も参加者がいたという点。
「―それについては、恐らく魔法を使っているのだろうな」
捕らえた男が話していた、姿を覚えていられなかった、という証言に加え、直接依頼主と対峙したシルも、認識するまで、その姿をはっきりと捉えられなかったことも考えるとその可能性が高いだろう。何せ、相手は何年も魔女を利用しているのだ。それくらい、造作もないことだろう。
情報をまとめつつ、ヴァンは紅茶を啜りながら先に結論を述べた。
「―正直、この国のシステムまで利用されると、魔女の騎士団としては、攻め入らない理由がない。仮に奴らはゴル1人を狙っていて、他の魔女に一切手を出さないと言っても『はいそうですか』、で済ませられる話じゃないぞ」
少し言葉は選びつつも、すぐに滅ぼすべき、とはっきり告げたヴァンの言い分もよく分かっているのだろう。彼は難しい顔のまま答える。
「…分かってる。分かってはいるんだ」
今までは問題ないから放置をしていたが、問題が起きたからには対処をしなければならない。ただ、その対処とは敵を殲滅まで続ける。規模は小さいものの、彼自身もいくつかの拠点を殲滅してきたからこそ、その意味はよくわかっている。
それでも、今までのように知りもしない相手を殺すのとは訳が違う。故郷の恩師、友人―家族さえも、殺す必要があるのだから。ヴァンのように、幼い頃から戦士として育てられてきた者と違い、"善良な市民"として育ったシルには、そこまで冷酷にはなれない。
ヴァンも、本来であればとうの昔に調査をして、証拠を見つけ次第滅ぼしていた村というのは理解している。それでも、ここまでやらずにいたのは、シルが自分とは違う―全うな人間だから。
どんな理由があれど、故郷を奪われるのと、自らの手で奪うのは、結果がいくら同じとは言え意味が異なる。だからこそ、彼はシルが選択する時まで、その意思を尊重する。
(……それ以上に、自分勝手なエゴのためだがな)
彼もまた、自分の意思で他者の故郷を奪うことには抵抗がある。それこそ、自分も、恨んで仕方ない黒竜と同じではないか、と余計なことを考えてしまうから。だから、理由を欲しているのだが。
結局、まだシルの答えは出ないようだ。とうに飲み干した、2人の飲み物を回収し、彼は立ち上がる。
「―結論は急ぎやしない。よく考えて、出したものであれば、どんな結果であろうと俺は否定しない。結果が出たら、ちゃんと伝えてくれ」
そう言って、片付けをして帰ろうとしたところで、シルが呼び止める。
「ヴァン、帰るのか?」
「そのつもりだが、どうした」
「それなら、一緒に帰らないか?」
シルも用事が済んだらしい。同伴を提案され、特に断る理由もないので、深く考えずに頷いた。
「そうだな」
帰り道。大柄な2人は視線を集めるものの、2人とも特に気にした素振りはない。と言うより、普段通りなので視線には慣れている。
「―そういえば、聞き忘れてたけど、あの子…ルナはどうだった?」
突然話題を振られ、ヴァンはんー、と少し考えてから答える。
「少し手合わせしたくらいだが、基礎はしっかりしてる。あとは慣れ次第でいくらでも化けるだろう。まぁ、師匠が送り出しているんだ、あのくらいは動けなくては話にならん」
遠回しに及第点、と話し、どこまでその意図が伝わったか分からないが、シルは安心したように笑った。
「それは良かった。聞いているかは分からないけど、あの子は君と同じ外回り希望だ。流石にすぐに1人で出すわけにはいかないし、しばらくは君の側に行こうと思ってね」
「いや、断りたいんだが」
流石に、足手まといを1人抱えた状態で外回りに出掛けるのは面倒が過ぎる。即答するも、シルは笑顔を崩さない。
「君にも利点はある。背中を預けられる相手がいるだけでも、旅はやりやすくならないかい?」
「それ以前の話だ。外での乱戦に、魔女だけではなく、お荷物1人増やしてやれと?」
頑なに首を振らないヴァンに対し、シルは呆れたように告げた。
「そうは言っても、僕がこうして話してる時点で分かってるでしょ? これは、もう決まったことなんだよ」
「……クソ」
これは既に魔女協会で決めたこと。ヴァンの抵抗は元々無意味であり。もしも、という希望で抵抗も、届くことはないようだ。彼は悪態をつきつつも、すぐに切り替える。
「で、次の仕事は決まってるのか」
「それはまだ。君の帰還も不透明だったし、ルナが魔女協会に加入してきたのもつい最近だったからね。今は、とりあえず待機してもらう感じかな」
「そうか」
聞くことは聞いたので、彼は再び口を閉ざすと、シルは今更ながら聞いてきた。
「ヴァンって、何だかんだ文句は言うけど律儀に聞いてくれるよね」
「仕事だからな」
淡々と答え、本当? と言いたそうな視線を感じて、彼は不機嫌なまま話しだした。
「我ながら嫌になるが、関わったからには見て見ぬ振りが出来ないんだよ」
珍しく、ヴァンの本音を聞き、シルは笑う。
「そっか」
「なに嬉しそうに笑ってんだお前コラ」
表情1つも変えないまま、シルに八つ当たりして軽く肩を小突く。
「ははっ、痛いよ、ヴァン」
「やかましい。お前の筋肉ならダメージないだろ」
バカバカしいやり取りをしながら、彼らは帰路を進む。こんなやり取りでも、彼らにとっては戦いや面倒事を何も考えなくて良い、数少ない時間。しかしそれを噛みしめることもなく、2人は今後のことは忘れ、ゆっくりと帰っていった。
―そして、魔女協会に到着した後、彼らは分かれ、各々の仕事に戻る。といっても、シルの本来の仕事は魔女協会の本業でもある、娼館営業における魔女の護衛であり、時間はまだある。
余計な雑念を払うために、訓練場に向かい、空いているサンドバッグを一心不乱に叩くことにした。別にいらないが、素手でやってるといつかぶっ壊れる、というクレームから仕方なく着けるようになった、分厚いグローブを着け、一回り小さい所に頂点があるサンドバッグを掴んで、大きく揺らす。振り子運動でこちらに迫ってきたと同時に、体重を乗せた一撃を打ち込み、鎖の音と共に跳ね上がる。上がったサンドバッグが下がるより先にもう一発、返しの拳が突き刺さる。向かいに跳ねていき、戻ってきたものを横に避け、通り過ぎていった後、追加の一撃。勢いを殺しきれず、円形状に回り始めたと同時に一歩前進し、目の前に移動してきたものをまず左で勢いを殺し、続ける右で垂直に飛ぶほどにぶん殴る。
とんでもない音を立てながら攻め立てる姿でも、ほとんど反応することはない。それは普段からでこれだけのことはやっている証拠であり、見慣れた人であれば、普段よりも動きが鈍いな、と思うほどである。
時間が経てば経つほど、ここ最近の出来事は彼の心を乱している。だが、いつまでもウジウジと決定を遅らせるわけにはいかない。
ずっと前、ゴルを誘拐して逃げ出した自分を、何も聞かずに保護してくれた、あの恩人にいつまでも余計な心配をかけたくないという事もある。尤も、彼にそんな事を言っても、表情1つ変えずにそうか、の一言で済ましそうだが。
―そんなもやもやを抱えながら、時間だけが過ぎていく。結局、覚悟を決めることはできないまま、仕事の時間となった。




