第2節 10
その後、ゴルと少し話してから、ヴァンは一旦、面倒事が呼び込まれないようにルナの部屋に退避した。
彼もあまり物は要らない派なのだろうか。寝具と机のみの殺風景な部屋の床にヴァンは座り、ルナはベッドに腰掛ける。
「―じゃあ、お前が気になってた事について話すか」
ようやく、説明不足で流していた話になり、ルナは少し身を乗り出して耳を傾ける。
「まずは、ゴルについてからだな。
あの子の本名はゴルデラ=ファウンテン。一応、ファウンテンっていう土地に産まれた魔女だ。その権能については省略するが、あの土地にいる唯一の魔女。そして、シル、シルヴァルディはゴルの花婿候補の1人だ」
2人の本名を踏まえ、ざっと説明をして、そこを飲み込んだルナが頷いたのを見て、続ける。
「あの土地については詳しく知らんが、要約だけすると、シルはあの土地からゴルを連れ出して、魔女協会に助けを求めた。…まぁ、詳しく話すと少し違うんだが、結果的にはそうなった。
その理由は、あの子の足にある」
そう言われ、ルナが思い出したのは綺麗になくなっていた足。周りの誰もがそれが当然という態度で接していたので、彼もそれを受け入れていたが、気になるものは気になる。
「今更の話なんだが、あの足は生まれつきじゃない。…いや、それは語弊があるか? まぁいいだろう。
あの子は、"生まれた直後に両足を切り落とされている"」
「……!!?」
突然叩きつけられた事実に、ルナは動揺してベッドから滑り落ちかけるが、ヴァンは普通の反応と言いたげに、そうだよな、と続ける。
「お前の言いたい事は分かる。俺らは、師匠に常日頃から魔女を丁重に扱うように"指導"されている筈だ。この国であれば、魔女への危害は余程のことでなければ違法となる。それを防ぐために俺らがいるし、この国の法も、それを助ける形で整えられている。
それでも、あの土地ではそれが"正常"なんだ。魔女が自分の足で逃げられないよう、足を削ぎ落とし、軟禁し、力を取り出して利用する。使い道がなくなってきたら次の世代に継承させ、魔女の搾取は続く。
胸糞悪い話だが、あの土地はそうやって栄えてきた。そんな土地でも、異常と感じたのがシルだ」
「だから、魔女を、ゴルを連れて、逃げ出した…」
ヴァンの言葉をルナが繋ぐと、彼は頷いた。
「そういうことだ。
そして、その忌々しい故郷がゴルを見つけ出した」
魔女の力で繁栄してきた場所であれば、尚更魔女を必要とする。彼らにとって、魔女とは都合のいい穴がついている道具であり、そこに人格は必要としない。しかし、ルナはそこで1つ気になった。
仮にそれが真実だとしたら、ヴァンが、魔女の騎士団が存在を許すのだろうか。はっとしてヴァンを見ると、彼もそれを察したようでにやりと口元を歪めた。
「気付いたか。そんな場所がまだあるのに、俺らが手を出せないのには理由がある。
国が、協会が許可しない、なんて理由じゃない。それこそ、あの2人の問題―故郷が、本当に滅んでいいのか、なんていう人間らしい葛藤さ。
根底にどれだけ黒い物が眠っていようと、アイツラにとっては大事な故郷、自分を産み、育ててくれた家族たちの暮らす土地だ。それを、こちらの都合で破壊して、本当に良いのか、なんて迷いだろうな。
―それこそ、俺らには理解のできない考えだ」
"保護施設"に引き取られた者の多くは、何らかの理由で帰る場所を失った者ばかりだ。ヴァンのように故郷を焼かれた者、親に棄てられた者、理由は違えど、彼らが本当に帰るべき場所というのはない。元々持たないものが、自らの手で奪う苦しみを理解できるわけがない。
ヴァンはそう話した上で、続ける。
「だから、俺らは本人たちの意思に任せている。―ゴルは、こっちに来て、ようやくまとまな教育を受けている所だからな。判断を任せるならシルになる」
そして、その決定権を持つシルが躊躇しているため、話が進まない。彼はそう言って締めたところで、ルナが気になったことを聞いた。
「ゴル…さんって、普通に事務してたみたいだけど、勉強中、なのか?」
「そうだな。
そんな不思議なことじゃないだろう? "道具"に感情や、思考が必要だと思うか?」
はっきりとは語らないものの、その一言で、彼女がどういう存在だったのか、改めて思い知らされる。苦しそうに目を逸らすルナを真っすぐ見て、ヴァンは話す。
「―だから、魔女協会ができた。
歴史を紐解けば、魔女とは、女の形をした、権力者の都合のいい道具だった。その状況を打破するために、立ち上がったのが、この国の始祖である、三英雄と呼ばれている。
"始祖の魔女"、"黒の竜狩り"、"解放の王"―御伽噺で出てくる伝説は、事実を基にした物語だ。そして俺らは黒の竜狩りに育てられ、始祖の魔女の下で、魔女の騎士として働いている」
ヴァンの言葉を聞き、ルナははっとして彼の顔を見ると、真剣な面持ちで続ける。
「だからとは言わないが、ここで騎士として働くなら、魔女のために、文字通り"命をかけろ"。魔女の命がかかっているなら、俺らの命は捨てる覚悟で戦え。
この安全な街なら、そこまで覚悟する必要はないが、外に出るというなら話は別だ。それだけの覚悟をもって、仕事をしろ。いいな」
彼の言葉は、冗談を言っているようには見えない。その言葉を噛み締めるように飲み込んでから、ルナは頷く。
「――はい」
「良い子だ」
表情は1つも変わらないものの、空気が和らぎ、彼は立ち上がって1つ、伸びをした。
「さて、少し話は脱線したが、一番伝えたい事は伝えられたな。
俺は見つからない内に部屋に戻って、また一眠りするよ。後で戦闘指導をしてほしいなら、見かけた時に声をかけるか、シルか適当な仲間に伝言でも頼んでおいてくれ」
彼はそれだけ言って、部屋の扉に向かって歩き、ドアノブに手をかけた所で動きを止めた。
『…ヴァン様がここにいるって?』
『みたいよ…千里眼で見た子がいるって…』
『でもここって今話題のあの子がいる部屋じゃ…?』
『同じところ出身なんだって。だから、先輩として色々教えてるのを食堂で見た人も沢山いるよ』
『なにそれえっちじゃん。先輩に夜の実技指導してもらうしかないねこれは』
「…………」
外からとてつもなく嫌な予感というか会話を聞いたので、ヴァンは足音も立てずに部屋の方へと戻っていき、1つ聞いた。
「ルナトリア。ここから外に逃げられる窓はないのか?」
「いや、ヴァン兄がよく知ってるじゃん。ここの部屋って基本的に内側に部屋が作られてるから、窓ないって」
現実逃避を始めたヴァンを、ルナは冷静に現実に引き戻す。
「換気扇から逃げるか」
「自分の体見てもっかい言って」
それでも現実に戻ってこないヴァンを捕まえ、大人しく扉の前まで再び立たせる。そして部屋には、来訪者を知らせるインターホンが鳴り響いた。
「……後悔するなよ」
居留守を使いたくて仕方ないが、これはこれで、ルナに色々教えるチャンスと割り切り、彼は渋々扉を開けると―十代後半辺りの少女たちが、5人待っていた。
「やっぱりここに居たんですねぇ、ヴァン?」
真ん中にいた少女が嬉しそうに笑い、彼は作り笑いを浮かべる。
「逃げちゃだめか?」
「だめですよぉ?」
「大人しく7人でしましょ?」
この場にいる女性は5人。それであれば、1人多いのでは? とルナが呑気に考えていたところ、その手を掴まれた。
「そうそう、マスターから伝言。『新入りの子も教育してあげて』だってさ」
捕食者の目で見つめる少女たち。その獲物には当然ルナも含まれていたようで、2人は安全な部屋から廊下に引きずり出される。
「…ま、いい機会だ。ここは"そういう所"だからな。複数人と相手する経験はあったほうがいいぞ。
お前ら、ちゃんと相手してやるから、明日動けるくらいの体力は残しておいてくれよ?」
ヴァンは既に諦めており、少女たちに囲まれながら歩き出す。
その後ろで固まっていたシルの手を掴んでいた、一際大人びた少女がその手を引く。
「先輩もそう言ってるし、ちゃんとあたしたちも手加減するから大丈夫よ。―じゃ、行きましょ」
結局、ルナの意見は何一つ聞かず、2人は別室に連れ込まれていった――




