第2節 5
聞き覚えのある声を聞いて、彼が振り返ると、そこにいたのは汗の滲んだ黒のタンクトップ姿の青年。身長は180cmほどで、黒い髪を短く整えている。ただ、毛質が硬いのか、その髪はツンツンと逆立っていた。
やや丸みのある顔をしているものの、余計な脂肪を削ぎ落としているため、角張って見える。丸い目元と彫りの薄い顔は、彼の人格を表しているようで、一見すると好青年のように見えるが、それは首から上の話。首から既に鍛え上げられており、その顔とはアンバランスなほどに暴力的な肉体に仕上がっている。ヴァンの方が身長は遥かに高いはずだが、身長差をそこまで感じさせないほど、と言えばよく分かるだろう。
筋肉ダルマの青年は、当然のように部屋に入ってきて、ヴァンの横に並ぶ。そして、捕らえた男の前に立つと、その圧の強さに男は腰を抜かした。
「シル、怖がってるぞ」
ヴァンの指摘に、シルと呼ばれた青年はガタイに似合わない、少し高めの声で答え、男と目線を合わせる。
「驚かせて悪いですね。詳細については知りませんが、知っていることを教えていただければ、何もしません。ただ、他言無用でお願いします」
笑顔で彼は語りかけるが、その体の圧から、カタギの人間がやる交渉には見えない。更に怖がってしまった相手を見て、ヴァンは呆れて教える。
「お前がやると、悪意がなくても脅しになるんだよ。少しは小さくなったらどうだ、この筋肉ダルマ」
「呪い状態の君に比べたら可愛いでしょ?」
「いやぁ似たようなもんじゃないか? この状況なら、俺のほうがまだ相手も話すと思うぞ。
何せ、顔だけは良いが、必要なければすぐリリースしそうな俺と、下手なことを話せばその場で縊り殺してきそうな好青年とかいう地獄みたいな比較だろ」
顔がいいと自分で言うのか、というツッコミはやらず、ヴァンの言葉にシルは納得して男から離れて後ろに引く。それを確認して、ヴァンが代わって男の前に座り込んで聞く。
「さて、茶番はもういいだろ。目的が魔女なのは聞いた。あとは依頼主、もしくはどうやってここの情報を得たのか、そして優先して狙う奴を教えろ。ちゃんと答えれば、ちゃんと五体満足で返してやる」
ヴァンは淡々と尋問を再開し、その言葉と目に偽りがないと理解した男が、ポツポツと話し出す。
「…依頼主は、わからねぇ。ちゃんと見てたはずなんだけど、思い出せねぇんだ。でも、そいつから魔女を攫ってきて、連れてこいって言われた集合場所は分かる。
結果に関わらず、ダウンタウンの"取引所"ってところの仮倉庫で落ち合うことになってる。本当だ、信じてくれ」
求めた情報を喋り始め、一度、その区切りまで聞いてからヴァンとシルはお互いに目を合わせ、頷く。
「分かった、信じよう。ただ、質問は残ってる。
優先して狙う奴がいると聞いていたはずだ。そいつを教えろ」
この魔女協会にいる魔女たちも、十人十色だ。わざわざ厄介な魔女を狙うとは思えない。それに、こんな回りくどい真似をするようなくらいならば、ある程度狙いやすい魔女を狙うはず。ヴァンの質問に、男は喋っていいのか一瞬悩んだが、2人を見て、話すまで逃がすつもりがないと理解したのか、観念したように話しだした。
「ここには1人、足のない魔女がいるって聞いた。そいつを連れてこい、と」
「…!!」
それを聞いて、反応したのはヴァンではなく、シル。目を見開いて、問い質そうとした瞬間にヴァンが割って入った。
「シル、待て。そいつは、間違いなくそう言っていたんだな?」
「あ、あぁ」
シルを止め、再度確認のために聞くと、男は困惑したように頷く。それを確認して、別の質問をする。
「そうか。それともう一つ確認なんだが、そいつは訛りがあったか?」
外見の印象はなくとも、言語の違和感ならば印象に残る。そう考えたヴァンの質問に、再度不思議そうに答えた。
「訛りか分からねぇけど、この辺にしては聞かないアクセントだったな」
「そうか。―色々、情報共有助かった。
これは少ないが、礼だ」
これで尋問は終わりと言うように、彼の手錠を外し、その手に銀貨数枚を握らせてやる。この辺りの労働者ならば、10日分ほどの金額だ。改めてその金銭を見て、目を丸くしている男に、ヴァンは作り笑いを見せる。
「魔女協会には、真っ当な情報に相応の報酬を支払う規定がある。有益な情報で、魔女の被害を減らせるなら今以上の報酬が見込めるかもな。
まぁ、情報が正しいかの検証もあるから、仮に次回来たとしても、今日みたいにすぐ渡せないが。だからといって、報酬を踏み倒すような真似はしない。だから、似たような話があればまた教えてくれ」
彼はそう言って、男を解放して逃がしてやった。
たまたま見つけた、他の仲間に解放を頼み、その背中を見送りながらシルは呟く。
「…処罰は、しないんだな」
「する意味がない。したところで、あいつは末端の末端だ。あのままなら、自分が利用されていることさえ分からず、甘言に乗せられて破滅するのが関の山だろう。
なら、敢えて美味しい体験をさせれば、何かあればこちらに付いたほうが利すると認識させられる。お粗末なスパイだと言え、こちらとしては何時でも切り捨てられる駒だ。うまく使えばいい」
淡々と何度も話した意図を伝えるも、彼は納得できないようだ。
「理論は分からなくはないんだよ。でも―」
「効率的ではないな。だが、効率だけを求めて人員を稼ぐわけにもいかないだろう?
だが、こうやって支払った1割でもリターンがあるならばやるだけ得だと思わないか?」
あくまで真面目に考えるシルに対し、ヴァンは仕方ないと鼻で笑いつつ答える。
そこまで話してから、彼はシルの顔を覗き見る。
「それで? 出るのか?」
この襲撃未遂の主犯の確保。人数が分からないとは言え、ヴァンとシルの2人が出れば鎮圧は容易だろう。
「申し出ありがたいけど、今回は僕1人で行く」
「…お前が責任を感じることはないんだぞ」
見透かしたようにヴァンが告げるも、彼の意思は固いようだ。ここで意味もなく意見を貫いて、行動が遅れることが最も無駄とすぐに理解し、ヴァンはため息混じりに道を譲った。
「そこまで言うなら仕方ない。行ってこい。
ただ、余計なケガをしてお前の"お嬢様"を心配させるなよ」
彼の分厚い胸を叩き、忠告だけして階段を降りていく。一拍置いて頷いてから、その背中に向けて、シルは思い出したように話した。
「―行ってくる。
ところでヴァン、地下の修練場で新入りの若い子が入ってきたから、あとで見てあげてくれ。その子が、マスターの話していた、君に会わせたい子だからさ」
突然の伝言に彼は足を止めたが、余計なことは話さず、わかったと言いたげに手を上げつつ、階段を降りていった。
階段を降りていき、厚めの防音扉を開けると―そこは明るい照明に照らされた、大広間が広がっていた。脇を見ると至る所に置かれたスポーツ器具。中心部には組み手を行えるように用意された、リングに男たちが各々、好きなように鍛えている。
ここは、魔女の騎士団の修練場。ヴァンを始めとして、魔女の護衛やパートナーとして従事する者たちが訓練する場。この王都では基本的に地上での訓練が難しいため、この地下で鍛えている者が多い。
ヴァンも仲のいい同期はそれなりにいるが、今絡まれても面倒なだけなので、シルに頼まれた用件をさっさとこなすことにした。
目を凝らして周囲に注意を払って見ると、普段からそれなりにリングには人だかりが出来るがいつもよりも多く、人が集まっているように見えた。
もしやと思い、ヴァンも野次馬しに向かうと、そこには仲間の一人と組手をしている少年がいた。




