第2節 3
イニスと別れ、来た道を逆方向に進んでいく。その奥にある専用の転送石から王城前まで飛んでいき、相変わらず狭苦しい部屋を抜けると、城門付近に出る。
跳ね橋で城への道は閉ざされているものの、それを守る門は分厚く、巨大。数メートルはある高さの門は無視し、その脇にある関所に寄って、中で待機している兵士に声をかける。
「もし」
関所の番というのは暇なのか、鎧は着ており襲撃には最低限対処できるようにしているものの、一心不乱に武器を磨いていた兵士がそれに気付いてこちらを向く。
「なんの用だ?」
「賞金首の賞金を受け取りに来た。悪いが、通してくれないか。これが証明書だ」
イニスのところから貰った書類を提出すると、それを一度受け取って確認した後、通行印を追加して返す。
「ご苦労さん。転送先は金融所でいいか?」
「大丈夫だ」
隣の部屋にある転送石の転送先を指定してもらい、ヴァンは小さく頭を下げて隣の部屋にある転送石に向かう。
再度転送され、ようやく城内にたどり着く。
転送室の扉を開けた先は、目当ての金融所。カウンターに3人の受付が並ぶ所、真っすぐに右の受付に向かう。
「お疲れ様です、ヴァンさん。ヴォルガ=ロウの賞金ですよね。イニスさんから連絡がありましたよ」
彼の姿を見るや、彼女はそう伝える。ヴァンもいつものことなのであまり驚かず、無感情に応じる。
「そうか。いつも世話になってるな。
これが証明書だ」
イニスと門番の印鑑を押された書類を渡し、確認のため、もう一度呼ばれるまで彼は窓に寄りかかり、城下町を眺める。
青い月がうっすらと輝く晴天の空の下、人々の営みが見える。この国の物流の中心地であることもあり、遠目から見ていても分かるほどに、人の往来は多く、久々に、この街に戻ってきたのだと思い出させる。
「―ヴァンさん」
意識の遠くで、彼を呼ぶ声が聞こえる。それで再び現実に引き戻された彼が振り返ると、受付嬢と目が合った。きっと、手続きが終わったのだろう
「―今行く」
しっかりと意識を現実に留め、彼は受付嬢の元へと歩いていく。
いつも通り、手続き後の適当なやり取りを終え、報酬の金が入った袋を受け取ると、ずしりと重さを感じた。
「リストを確認していなかったんだが、こんなにもらってよかったのか?」
賞金が掛けられていることは知っていたが、その金額まで覚えてなかったヴァンが確認のために聞くと、彼女はそうですね、と答える。
「元々、国軍からの襲撃を逃げ延びたということで、賞金は上乗せされてたんですよ。それに、その後の足取りが完全に不明だったのもあり、情報収集のためにも追加で賞金が上乗せされてたんです」
「そうだったのか。有り難く受け取っておく」
手違いではないことだけ確認し、彼が帰ろうとしたところで呼び止められた。
「ヴァンさん、それとイニスからの伝言です。『3日後の天球時に謁見の予定を入れていたよ』、だそうです」
「…………拒否権は?」
理解するまでに数秒要し、停止した頭で一つの可能性に賭けた問いかけをするも、現実は非情である。
「もう確定してしまったようなので、難しいかと」
「……そうか。分かった、3日後の天球時だな。
謁見できる日を、心待ちにしております、と返しておいてくれ」
ヴァンはとても嫌そうに答え、それを聞いていた受付嬢3人はただ苦笑していた。
そして金融所から出ていき、ヴァンは帰りの転送室でいつもの帰る場所を指定して転送する。
今日何度目になるか分からない転送となったが、ようやく一段落ついた。改めて到着した転送室の扉を開けると、赤を基調とした絨毯が張られた、10人ほどは問題なく入りそうな広さの部屋に出た。ただ、入り口と思われる扉は固く閉ざされており、最低限の照明に照らされている。
その部屋の奥に見える大きなカウンターに座り、1人で帳簿を纏めている、眼鏡を掛けた女性が見えた。
彼女は長い黒髪の前髪とまとめ、ボリュームを出すポンパドール、というよりもリーゼントのような髪型に、肩を大きく出して、体を最低限隠すようにファーコートを羽織っている。コートの隙間からは薄手のレース生地のドレスが見えている。
一見痴女のように見えるが、ヴァンは全く気にすることなく歩み寄って、声をかける。
「今日も大変そうだな、マスター」
ヴァンの声を聞いて、彼女は顔を上げてこちらを見る。顔立ちから30歳ほどに見え、この国の基準では若くはないものの、顔立ちはとても均整がとれており、大人びた厚い唇や赤い双眸から漂う妖艶な雰囲気から需要はあるのだろう。
誰かと思って一瞬身構えたが、ヴァンと気付いてからは表情を崩して笑顔で応じた。
「おかえりなさい、ヴァン。今回も無事に帰れたみたいね」
「あぁ、戻ってきた。ところで、今日は1人なのか?」
マスター、そう呼ばれた女性は改めて周囲を見回して、誰もいないことを思い出した。
「そうね。何かあったらすぐに誰か来るだろうし、大丈夫よ」
「それなら良いんだがな。それと、帰ってきて早々なんだが、部屋に戻って寝たいんだ。鍵を返してもらえるか?」
ずっと野宿をしていたり、借り物の寝床でしか眠っていなかった上に、ヴァンは昨日の夜からずっと動きっぱなしである。流石に疲れの限界が来ているためか、力なく笑いつつ聞くと、彼女はたら、と引き出しを漁り始める。
「それは大変だったわね。いつも通り、手入れは勝手にやっておいたから、すぐに寝られると思うわよ」
「いつも助かるよ」
はい、と差し出された鍵を受け取り、すぐにカウンター横の扉に向かい出したヴァンに向けて、彼女が呼び止めた。
「日が落ちる前に目が覚めたなら、紹介したい子がいるから、私のところに来なさいよ」
「あぁ、起きたらちゃんと行く」
自覚した途端、どっと押し寄せてきた疲労と眠気に耐えつつ、彼は手を挙げてふらふらと部屋を出ていった。
―ここは魔女協会の本部。基本的に昼間は事務作業を主にしており、今日は休業日だったのだろう。先ほど出会った女性はここの主人であり、マスターと呼ばれることが多い。
正式には"起源の魔女"と呼ばれる、記録に記される中では最古の魔女。そして、この国の建国に関わった"三英雄"の1人。この国における、魔女の扱いというものの基盤を作り上げた言われている。今となっては、数多ある組織のトップの1人として落ち着いているが、永きに渡って積み重ねてきた経験と知識は"魔女"と呼ばれるに相応しい。
そんな彼女が作った、この魔女協会は、魔女の保護、保護した魔女への仕事の斡旋、住まいの提供を主に行っている。そして、魔女の保護に併せて、彼女たちの護衛のための人員―"魔女の騎士団"の採用と訓練を行う。その中で手持ち無沙汰な者や、外回りを希望する者は、傭兵組合と提携して仕事を工面してもよいと契約を結んでいる。
それ故にヴァンは、魔女の騎士団として傭兵組合から依頼を回してもらったり、逆に依頼を回したりすることも少なくない。
そして今彼が歩いているのは、明かりだけ用意された殺風景な廊下。ここが魔女協会の保有する居住区の一角であり、自分用の部屋を一室借りている。とは言え、魔女協会に所属するため、家賃は全くかからないのだが。ただ、部屋を開けることが多いため、戦闘中に紛失しないように、専らマスターに預けて好きに管理させている。それ故か―
「……またか」
廊下の最奥にある、壁と同化するように扉、もといヴァンの部屋の扉の鍵穴に鍵を回して開けるも、反応がない。扉が壊れているわけではなく、"既に開いている"ということだ。
それも含めていつもの事なので、ヴァンは面倒そうに扉を開けると―甘ったるい、女性向けの香水の香りが出迎える。更に、靴を脱ぐ玄関口には少なくとも4人分の小さめの靴が散乱している。短い廊下から見える、いつもは横たわっているはずのベッドは綺麗に立てかけられている。そしてその先から聞こえるのはキャイキャイとした少女たちの声。
―そう。ヴァンが基本的に不在なのをいいことに、協会所属の魔女たちの都合のいい遊び場にされている。
彼は改めて襲いかかってくる疲れと眠気に悩まされながらも部屋に戻ると―全員色気もクソもないジャージ姿の5人の少女―魔女たちが、輪を組んでカードゲームで盛り上がっていた。
何か騒いでいるようだが、疲れ切っているヴァンの耳には入っていない。眉間を押さえて絶句していたところ、こちら側を向いていた1人がヴァンに気が付いた。
「あー、ヴァン! お帰り!」
その一言で、全員がヴァンに気が付き、瞬く間に囲まれる。男であれば夢のような光景だが、目の前にいるのは疲れ切っている上に、直近で呪いを起動したせいで、まだ精神的には安定していない男。
一瞬怒鳴り散らしかけるが、そこは大人になって、穏やかに彼女たちを宥めた。
「悪いが、疲れてるんだ。話はあとで聞いてやるから、寝かせてくれないか?」
素直に言うと、彼女たちも悪いことをしたと顔を見合わせて、離れていったと思ったら、すぐに部屋を元通りに戻し始めた。
ただ、狭い部屋なので人手は足りている。なので、余った2人は迷わずヴァンの服と兜に手をかける。
彼を屈ませて手の届く所まで下げさせてから、明らかに手慣れた手つきで彼のシャツのボタンを外して脱がしていく。もうツッコむのも面倒でなすがままにしていたが、迷いなくズボンに手をかけたのは流石に止めた。
―そして、すぐにベッドとその他、元々使っていたテーブルと椅子だけを出したあと、ヴァンをベッドに向かわせて、彼女たちは照明を消して、すぐに部屋を出ていった。
「……いつも、このくらい素直だったら助かるんだがな…」
疲れ故か、兜は置いていってくれたものの、上着を剥ぎ取られてそのままだったことには気付くことなく、彼はすぐに夢の世界へと落ちていった――




