第2節 2
案内された部屋に入ると、まず見えたのは、鉛色に光る大きな金属製のテーブル。壁にはカラフルに色分けされた本棚が置いてあり、棚には空きがあるものの、書類や本が入っている。
テーブルの向こうには、背もたれ付きの椅子に座り、本を読んでいる、黒い作業服姿の長身の女―床に届くほどの長い黒髪。顔は薄いものの、人目を引くくらいに整っている癖に、その黄金色の両目は蛇のように鋭い。
ヴァンはこの女性を知っている。少し前に世話になった、希少取引所の商人。ケイが仕入れと言うならば、彼女は売人。その名は―
「イニス。今日はお前が当番なのか?」
イニス、そう呼ばれた女性はその声に気付いて本を閉じてこちらを向き、その美しい瞳がヴァンの顔を捉えた。
「おや。誰か思えば金色じゃあないか」
見た目通りな低め声で彼女は応答し、ヴァンが答えを遮るように手を突き出した。
「いや、要件を当ててみよう。
―ケイが話していた、山賊の件だね?」
「ご明察。間違いないと思うが、指名手配されていたヴォルガ=ロウの首を獲ってきた。確認を頼む」
ズタ袋―ヴォルガの首を届け、彼女に査定を頼むと、すぐにマスクを手に取って装着する。
「承った。ところで、キミは暇なのかい?
査定はそれほどかからないと思うが、どうする?」
首を傷つけないように丁寧にズタ袋を開き、苦悶の表情を浮かべたまま切り取られた首と対面する。それに彼女は一切臆することなく、手を動かしながら聞く。
「すぐ終わるなら、金をもらってから出ていきたいな。終わるか?」
ヴァンの要求を聞いて、彼女はこちらをみることなくそうか、と続ける。
「そこまで言うなら、終わらせてあげようじゃあないか。出せるようなお茶はないが、受付嬢にでも運ばせようか? モチロン、自分のおごりだ」
ついでに有り難い申し出もしてくれるが、生首を肴に何かを呑めるほどいい趣味はしていない。
「いや、遠慮しておく」
「そうか。それは残念だ。
なら、時間潰しに雑談でもしようじゃあないか」
暇つぶしの提案に、ヴァンも断る理由はないため。そのまま話を続ける。
「最近調子はどうだ?」
「見ての通りだよ、ヴァンくん。暇じゃなきゃこんなところでバイトなんかしないさ。
尤も、ケイの仕事次第だがね」
他愛のない話題に、彼女は鼻で笑いながら答える。
彼女の話していた通り、希少種専門の商人なんて、常に仕事があるわけではない。それでも飯を食っていく必要があり、手が空いている時はここのように、公的な汚れ仕事を請け負うことで報酬を受け取っている業者も一定数いる。
ただ、世話になっている希少取引所の2人は活動開始からたった1年でその腕を認められ、汚れ仕事とは言え、安定した仕事を手にすることが出来ている。
当然、商人としてもその腕は認められているため、その鑑定を買われて他のところで仕事をしていることもある。
見たところ、しばらくは安泰そうなことに安心し、ヴァンは愛想笑いをする。
「それは上々なことで」
「そうともさ」
イニスはくふふ、と妖しく笑い、一瞬、首から視線を外した。
「ところで、また呪いを使ったのかい。
翼竜もいたとは聞いていたけど、キミがそんな相手に呪いを使うなんて珍しいじゃあないか」
―不気味なほどの観察眼に、脱帽する。とは言え、別に隠す必要もないので素直に答える。
「使うつもりはなかったんだがな。タイミングが悪かった」
それだけ聞いて、彼女はそれ以上は聞かない。興味がない、というより下手に刺激すれば、呪いがこの場で起動する危険を考慮しての行動だろう。ただ、一言で済ませた。
「そうか。それは大変だったね。
この話はこれで終わりにしようか」
彼女はそう話を区切り、長い腕を伸ばし、後ろの本棚の中の賞金首と刻印された場所から資料を手に取る。
そしてパラパラとページを捲りつつ別の話題を出した。
「そういえば、キミは1月齢以上王都に居なかったみたいだね。魔女協会でも、傭兵組合でも色々あったんだけど、興味はあるかい?」
資料の情報と生首の特徴を当てはめつつ、聞いてくる。ヴァンも改めて報告を聞くのも面倒なので、素直に教えてもらうことにする。
「教えてもらえるか。まずは、傭兵組合の方から頼む」
「そうかい。
ここのところの大きな話題だとすると、"朱の竜狩り"が久々に戻ってきたのが1つだね」
「朱色が? 何月齢ぶりだ?」
久しぶりに聞いた名前に反応すると、彼女はんー、と考える。
「自分は会ったことないけど、大分久々みたいだね。でも、装備の整備をして、情報を集めたらすぐに行っちゃったみたいだよ」
彼女なりに集めていた情報を伝えると、少し残念そうに彼は呟く。
「そうか。…実は言うと、俺も会ったことがなくてな。一度顔を見てみたかったんだが」
「それなら、今度滞在するように掛け合ってあげようか?」
「いや、彼にも目的があるのに、足踏みさせるわけにはいかないから大丈夫だ。
俺も根無し草みたいなものだからな」
イニスの提案をやんわりと断って話を区切り、次の話題を促す。
「そうかね。まぁ、構わないけど。
傭兵組合では、それ以外の大きな話題となると、マダムのところに最近入った若造かね。
ここの王子さまが最近絡まれてるみたいじゃないか」
「それは聞いてる。…ここに来る時も散々愚痴っていたよ」
王子さま、例の受付嬢の隠れたあだ名で呼びつつ、イニスはケラケラ笑う。
「愚痴しか聞いていないだろう。評判くらいなら聞いているんだけど、共有はいるかい?」
彼女なりの気遣いだろう。きちんとした情報共有を提案するが、彼は断った。
「いや、それも大丈夫だ。マダムの所はチームだ。個人の情報に大きな価値はない。それに―覚えられないからな」
情報を得たところで、一々覚えていられない。本音としてそれを伝えると、ツボにハマったイニスはケタケタ笑っている。
「流石だねぇ。他所の連中ならしっかり聞くものだけど、そう言うのはキミくらいだよ」
「そんなにおかしなことか?」
少し心外と言いたそうにヴァンが答えると、彼女は笑いながらも訂正した。
「悪いね。キミはそういう人間なのは分かっているにしても、面白くてね。
くくくく…覚えられない、覚えるつもりがないというのは悲しいねぇ」
この場にいない男の件でひとしきり笑ってから、話を戻す。
「クックック…じゃあ、魔女協会の話にしようか。
といっても、あそこは基本的にいつも通りだがね。強いて言うなら、あちらにも随分と若い新入りが入ってきたくらいか」
「新入り?」
気になる単語を聞き返すと、頷いて返す。
「そう、新入り。でも、魔女じゃなくて従者の方さ。―ま、それこそキミの目で確かめてくるといい。
それと、無駄話に付き合ってくれたおかげで、こちらも監査は終わったからよ」
テーブルの引き出しから取り出した引換券に、監査の証明印を押し、署名欄に名前と賞金をサラサラと書いて渡す。
「知ってると思うが、これを王様の所に提出して、報酬が払われる。これで、こちらの仕事はおしまいだ」
イニスはそう言って、首を改めて保存用の容器に詰め込み、そうそう、と付け加えた。
「面倒だと思うがね。たまには陛下に謁見したらどうだい? 何せ、キミは黒色の後継者だ。
何でもないと思っていても、周りの連中には意味があるだろう」
「……、眉唾物だがな」
イニスに勧められるも、当の本人は師匠―黒の竜狩りの名前を出すことへの意義に難色を呈すると、彼女も笑った。
「キミの言いたいことはよく分かるがね。それでも、あの人は今でも伝説、御伽噺の生き物だ。それが今も生きていて、なおかつその一番弟子が、陛下に自分から顔を見せるというのは、この国の足場を固めるということだ。建国の英雄である黒の竜狩りは、この国に忠を尽くしている、ってね」
「…そんなものか?」
「そんなものさ」
猜疑的なヴァンを嗜めるように、彼女が言い切ると、ため息混じりに引換券に手を伸ばす。
「気が向いたら行ってくる」
「そうしてくれ」
引換券を受け取り、彼はそのまま部屋を出ていった。




