第2節 1
王都。それは数多の村や領地と契約を結び、転送石で道を、その力で安全を引き換えに、傘下に入れて大きくなったこの国の首都。その名の通り、この国の頂点に君臨する王がいる居城がある大規模な都市である。
そこには、魔女協会を始めとした国内に点在する、多くの機関の本部が置かれているだけではなく、それに応じて多くの人が集まる場所でもある。
そして、転送石を経由した貿易の中間点でもあり、数え切れないほどある転送先の1つ、国が指定している、転送室―照明と小型の受信用の転送石がぽつん、と置かれている殺風景な部屋に、1人の大男が送られた。
濃い青色のシャツに、返り血の染みついたズボン。頭は銀色の兜で覆っており、その肩には大きなリュック。右手にはリール付きの角、左手には人の首くらいなら簡単に掻き切れそうな鉤爪を装着している。左手は空いていたが、右手には血の滲む大きめのズタ袋を吊り下げていた。
大男―ヴァンは、この転送室特有のじめじめとした空気を吸い込み、吐き出した。
「さてと。仕事するか」
そう言って、彼は思い立ったように唯一の扉に手をかけた。
扉を開くと、ちょうど昼時のため、混雑した広い食堂が目に入る。
しばらく感じていなかった人の圧に一瞬尻込みするが、彼はすぐに扉を閉め、食堂の入り口付近にある長いカウンターの端で暇そうにしている受付に向かう。
「―なぁ、いい加減俺のお誘い受けてもらえない?」
全く見ていなかったが、目当ての受付の前に先客が居たようだ。胸元の開いたシャツに下はダメージの入ったジーンズ1枚と、フランクな格好をした、大柄な青年が受付嬢に声をかけていたようだ。
彼女は座っているが、それでも隣に座っている他の嬢よりも明らかに大きく、少し異色見えるが、身長は些細な問題だろう。短く整えられた黒い髪によく似合う、きりっと整った顔立ち。少し鋭い目も、彼女の性格を表すように、よく合っている。どちらかと言うと少年と見られてしまうような顔立ちをしているものの、出る所ははっきりと出ており、嫌というほど女性らしさを強調している。彼女を見下ろす形で顔を見ているつもりだろうが、男の視線はその双丘に釘付けになっているのは端から見てもよく分かった。
その一方で、彼女は本当に嫌そうな顔をしており、ヴァンとしても見ていても埒が明かないと判断して助け舟を出してやることにした。
「若いの。用事がないなら後にしてくれないか?」
「あぁん?」
後ろから声をかけると、茶々を入れられ不機嫌そうに振り返るが、少しカウンターに身を乗り出しているとは言え、自分よりもかなり上の所から見下される経験はなかったのだろう。音もなく背後に立っていた男に見下されており、流石に少し驚いた素振りを見せた。
ヴァンそのものには敵意はないものの、威圧された青年は少し不満げにしながらも横に退いた。ただ、話が終わればまた絡むつもりなのだろう。それであれば、続けて助け舟を出すとしようか。
先ほどの青年に隠れて見えていなかったが、受付嬢は後ろにいるのがヴァンだと言うことに気付いた途端、先ほどの不機嫌は何処へと行ったのか、豹変して手を挙げる。
「あ! ヴァンさん! お疲れ様です!」
明らかな対応の違いに青年は固まるも、ヴァンは気にせず、カウンター越しにまだうっすらと血の滲むズタ袋を見せる。
「賞金首を狩ってきた。奥の鑑定に回したいんだが、案内してもらっていいか?」
普段なら別にそんなことをしないが、余計な輩に絡まれているなら場所を変えて話したい、と暗に伝えると、彼女もそれを理解して立ち上がった。―立ち上がると、見た目通り身長は180cmはありそうなほど大きく、周囲の客もつい視線をそちらに向けるが、それに気付いたヴァンが周りを見ると、気まずそうに目を逸らした。
周囲の余計な視線がなくなったのを確認し、彼はカウンターから出てきた受付嬢の横に並び、進んでいく。そして、カウンター裏にある部屋の扉を開き、その中に消えていってしまった。
「……なんなんだよ、あいつ」
先に狙っていた女を簡単に奪われ、悪態をつく青年の肩を、同僚らしきひげ面の大柄な30代ほどの男が叩いた。
「新入り! 今日もふられたのか!!」
何処か嬉しそうにバンバンと叩く手を鬱陶しそうに振り払い、聞いた。
「うっせぇな。…ところで、アンタはあいつを知ってるか? この辺じゃ見たことねぇ」
「あん? どんな奴だ?」
今先ほど声をかけたため、その前のやりとりは見ておらず、青年に詳しく聞くと、あー、と声を漏らした。
「それなら、しばらく深入りしないほうがいいぞ。恐らくそいつは"金の竜狩り"。名前くらいから聞いたことあるだろ」
諭すように忠告するも、青年は耳を疑うように鼻で笑った。
「あいつが? 色つき?
おっさんよぉ、あんな細いのが竜を狩れるわけねぇだろ」
笑い飛ばして否定するが、男は呆れたふうに忠告する。
「別にお前がそれを信じるかどうかは勝手だがよ。余計な真似をしてマダムを怒らせるなよ。
俺たちだけじゃない。金色との余計な接触は"傭兵組合"でもご法度だ。そもそも、あいつ自体は悪いやつじゃないんだ。うまく付き合えば、こっちにも上手い話が来る」
「…随分と肩を持つじゃねぇかよ」
過度なほどのフォローに、青年が指摘すると男はそりゃそうだ、と素直に答える。
「直接関係はしてないけど、あいつから回してもらった仕事なんて、いくらでもある。それに、あいつ自身、傭兵組合にとっても、大事な顧客だからな」
「それってどういう―!」
皆まで聞く前に、青年は男に肩を組まれ、テーブルに引き戻される。
「まぁ、その辺の話はマダムに改めて聞いてみろ。今は飯だ。食える時に食っておけ」
「おい、俺はもう食えね―! 力つえぇんだよ!!」
「食える時に食っとけ若いの! お前も金色を偉そうに細いとか言っていたが、お前も大概だからな。まずは俺くらいでかくなってみろ」
男は笑いながら力ずくで青年を引きずっていき、改めて料理の並んだテーブルの席につかせた。
カウンター付近ではそんなやり取りをしている時、カウンター裏の扉に入り、廊下を歩きつつ受付嬢は礼を伝えた。
「さっきはありがとう」
「迷惑してたみたいだからな。見ない顔だったが、新入りか?」
素っ気なく答え、ついでに詳しく聞くと、彼女はとても迷惑そうに話しだした。
「ほんっと、迷惑してるんですよ。最近、マダムの所に入れたのが余程嬉しかったのか、事あるごとに絡んでくるし、仕事だって言ってもしつこいんですよ。予定は空いてるかだの聞いてくるのは勝手ですが、お前のせいで仕事が遅れて予定が空かないんだって分かってほしいです」
本心からの愚痴に彼は苦笑し、目当ての扉を見つける。
「―と、一旦ここまでだな。じゃあ、案内助かった。また後で顔を出す」
これから先はこちらで済ませる仕事なので、別れを告げると、彼女は最後の言葉を聞き逃さなかった。
「なら、早めに来てくださいよ。こちらからも、この前の依頼の件で報告もありますから」
「もう報告が来てたのか。それは早く聞いておきたいな。
―じゃあ、また後で」
2人は後ほどまた会う予定を伝え、受付嬢は来た道を引き返し、ヴァンは目の前に来ていた扉を開けた。




