第1節 32
闇の中に解体した素材をしまい込み、宝石の中に再び闇を戻すと、そこには何も残っていない。文字通り跡形もなく処理を終わらせたケイは、周辺の人たちに一瞥してから役場に戻ると、外で死体の解体作業をしていた村長とであった。
「お疲れ様です」
ケイが話しかけると、村長もこちらに気が付き、血と油まみれの斧を次第に突き刺して固定し、汗をぬぐってからこちらを向いた。
「嬢ちゃん、もう終わったのか?」
「えぇ。手があいたら、手続きの準備をしても?」
仕事を終えたことを伝え、後回しにしていた手続きについて話すと、彼は思い出したように、あぁ、と呟く。
「そういえば、忘れてたな。とりあえずこの死体だけ片付けてからやろうか」
「分かりました。ところで、それは…」
話も一段落したところで、解体している死体について聞くと、再び斧を引き抜き、大きく振り上げながら答える。
「少し前に、壁に吊るされてた男だよ。直接食うのは勘弁して欲しいが、折角死体が出たんだから、それは有効に使わせて貰わないとな」
肥料に使うのか、飼料に使うのかは不明だが、つまりはそういう事だろう。王都の人間であれば、忌避するような行動だろうが、ケイも希少種限定とは言え、何でも利用できるものは利用する穴の狢だ。何も言えない。
「ボクは大丈夫なんですが、王都の商人たちにはあまり悟られないほうが良いですよ」
「そうだよなぁ」
当然と言えば当然の忠告に、村長も理解していると言いたげに同調し、黙々と解体を進めていく。
しばらくして、手足と胴体を適当に切り分け終えた後、近くにあった荷車に死骸が詰まった袋を載せてから斧を置いた。
「さて、手続きとしようか。早く終わらせて仕事に戻ろう」
役場の中に戻り、簡単な確認作業と国に提出する証紙に印鑑を押してもらった所で、切り出した。
「それで、一つ確認したいのですが、ヴァンからは何かお話を伺ってます?」
「―ん? いや、特に何も聞いてないが。
何せ、ずっと寝てたからな。なんか言ってたか?」
印鑑を鍵付きの引き出しにしまいつつ、ケイの問いに答えると、彼女はそうですか、と一息おいてから伝える。
「ヴァンからの伝言です。『翼竜の売却費は、復興費に充ててほしい』、とのことです。報酬は、ヴォルガの懸賞金で十分賄えているようですよ」
その伝言に、村長な目を丸くして聞き直す。
「――そりゃ、とんでもなくありがたい提案だけどよ、大丈夫なのか? あいつの報酬は―」
「そうですね。彼の報酬は、"翼竜とヴォルガの引き取り"。だからこそ、報酬を受け取る彼の判断であれば、問題ないのでしょうか?」
基本的に、竜狩りといえど、彼らは基本的に傭兵である。人であっても獣であっても、討伐する依頼において、討伐した獲物へ干渉する権利を持ち得ていない。だからこそ、獲物を討伐した際にそれ相応の報酬を渡すことで、合意をした上で、契約が結ばれる。ただ、今回のように収入源のルートを断たれているが故に、金銭を用意できない場所では、討伐した獲物を譲渡する、という契約を結ぶことも少なくはない。
ヴァンも同様の契約を結んでおり、報酬は狩った翼竜とヴォルガの首となっていた。
それにも関わらず、彼は報酬の片方を捨てた理由とは。それについても、ケイはヴァンから聞いた話をそのまま伝える。
「彼曰く、『今後の関係性を維持するため』、だそうです。彼自身、金に執着しないのもそうですが…貴方が受け取ってくれないと、ボクも少し困ってしまうんですよね。
大人しく、受け取ってくれませんか?」
今回の件を経て、この村は王国とも、魔女協会との関係を持つことになった。この関係とは、数日で終わるものではなく、それが続くことで利益を生み出すことが出来るはずだ。だが、その前に山賊の襲撃で大きな損害が出てしまっている。まず、この損失を埋めなければ、健全な経済活動は成り立たない。それ故に、ヴァンはこの村の試金石として、投資をすると言ったのだろう。
その言葉で真意まで汲み取った村長は、ふぅ、と一つ息を吐き出してから頷いた。
「しょうがねぇな。でも、貰いっぱなしも気分が悪い。無事に復興できたら、返礼品として、なんか届けてやってくれないか?」
村長の代わりの提案に、ケイは数秒目を丸くしてその言葉を噛み砕く。そして、その意図を理解したところでにやりと笑い、何処からか契約の羊皮紙を取り出した。
「それであれば、契約をしましょうか。こちらは魔女協会の物ですが、ヴァン宛に送れば、彼の元に届くはずです」
ケイが渡した契約書に目を通し、余計な文言が入っていないことを確認してから、サインをすると、それは淡く光り、表面をコーティングして、書き直しや汚れによる、強制的な契約の不履行を行えないようする。ケイはすぐに黒い板を取り出して契約書にかざすと、契約書の内容がそのまま刻まれていく。
手際よくコピーを確保した彼は、控えとしてコピーを渡し、原本を懐にしまっていく。
「…本当に手際がいいな。魔女協会仕込みか?」
「いえ? ボクは個人業者なので、魔女協会とは別の組織ですよ?
このやり方は、昔からの癖みたいなものです」
ケイはしれっと言い、クスクスと嗤いながら指摘する。
「ただ、"黒の竜狩り"には懇意にしてもらっていますがね」
「……!!」
黒の竜狩り、その単語に村長の顔が引きつる。
「ついでに調べただけですよ。今では、個人を示すその単語も、以前は団体を示す言葉だった。とは言え、黒の竜狩りの主力、もとい彼女のワンマンチームのようなもので、他のメンバーは不寝番か、魔力供給先でしかなかったようですけどね。
それがどうかは、貴方のほうが詳しいと思いますが、如何でしょう?」
ケイは村長―もとい、元黒の竜狩りの一員へと聞くと、彼は懐かしげに遠くを見た。
「隠すようなことでもない。実際、俺らはあの人の世話係でしかなかったからな」
特に怒ったり、焦ることなくしみじみと話しだしたのを見て、彼女はそうみたいですね、と目を伏せた。
「それで、今は活動を休止している彼女の意思を継いだ竜狩りがいることはご存知で?」
「……?」
ケイの言葉に、意味がわからないと言いたげに首を傾げたが、彼女は気付かなかったんですか? と聞き直す。
「そのままの意味ですよ。彼女の―黒の竜狩りが使っていた、"角"と"爪"を受け継いで、今も彼女と同じく、黒龍を追う竜狩りが、この国にいます。奇しくも、彼も黒龍に大切なものを奪われた故に、その大きな影を追いかけています」
薄ぼんやりと、彼の両手に着いていた、角と爪を思い出す。昔からいる、御伽噺に憧れた若者の真似事だと思っていたが、その話が本当ならば、色つきの竜狩りに至れたという話にも、理解できなくもない。
ケイは答え合わせをすることなく、やる事は済ませたと言いたそうに、背中を向けた。
「余裕があれば、あの人にもたまには顔を見せてあげたらどうですか? きっと、喜びますよ」
それだけ言って、ケイは外に出ていった。
しばらく、呆けていたが、改めてやることを思い出し、村長も役場の外へと向かっていく。
「……あの時のガキが、なぁ」
もう、20年ほど前になる。
黒の竜狩りとして、黒竜を追い続けていた時、流れ込んできた情報。黒竜によって、一つの村が壊滅したということ。すぐに現場に急行したが、黒竜は既に消えていた。当然、村人は全滅していたと思っていたが、たった一人、生き残りがいた。それは子供だったが、既に正気ではなかった。
救助に動き出したこちらに襲いかかってきて、人間離れしたその力で、大の大人が3人も再起不能にさせられた。それを止めたのは、真に"黒の竜狩り"と呼ばれた魔女。その子供を止めたところで、何かを察した魔女が話した言葉を今も忘れない。
『今日を以て、黒の竜狩りは活動を休止します。―この子は、放っておけないから』
突然言われた解散宣言。それでも、彼らは誰しも異論を唱えることなく、魔女協会を経由して補償を受け取り、各々の道へと進んでいった。彼が使っている魔力を帯びた斧や、魔石の類もその時の保証の一つだった。
村長は、1人で旅をしていく内に流れ着いたこの村で余生を過ごし、気が付けば村長になっていた。
元々排他的な村で、王国にも、魔女協会にも関わる必要も無かった故に、ずっと忘れていた。しかし、村長として、無視できない大きな障害―ヴォルガと、翼竜によって、彼は代表として助けを求めなければならない。その時に思い出したのが、王国と協会の助力。元々、距離はあったが隣り合った領地でもある、"風の谷"は王国に属するため、きっかけは簡単に作れた。
村長が元々黒の竜狩りの一員であったことは伏せていた。彼女に着いていただけの男に、協会も特に気にすることはなかっただろう。お互い、20年前のことを蒸し返しても反応に困るだけだろうから。
そしてやって来たのは、黒竜に呪われてもなお、立派に成長したあの時の子供だったのだ。
あの時の子供は呪いに苦しめられてもなお、竜狩りとして依頼を全うし、形はどうあれ、この村を救ってくれた。
―村長は外に出て、ふと、空を見上げた。
あんなことがあった後だ。心は晴れ渡っている、なんてことはないが、それに反して透き通った空が続いていた。
「……さて、仕事をするかね」
どんな事があっても、時間は平等に流れていく。その1秒を無駄にしないように、彼も自分の時間に向き合うことにした。




