第1節 31
その後、話を終えたヴァンは大したやり取りもなく、最低限の別れの言葉を告げて転送石を使って帰っていった。
「相変わらずだねぇ」
話を終え、戻ってきたケイと呼ばれた女性はやれやれ、と少し呆れつつドットの隣に並んだ。
「知り合いなんですか?」
初対面ではあるものの、特に気にせずドットが聞くと、彼女も気にした様子もなく、にへら、と笑って答える。
「ここ1年くらいの付き合いだけど、なかなかお世話になってるんだ」
それだけ話してから、彼女は自慢げに薄い胸を張って名乗る。
「自己紹介が遅れたね。ボクはケイ。
希少生物専門の個人取引先、希少取引所のうら若きオーナーさ!」
どやぁ、という効果音が聞こえそうな満足げな顔で名乗るが、ドットは申し訳なさそうに聞く。
「希少生物ってなんですか…?」
純粋な質問に、彼女はずっこけそうになりながらも体勢を整え、そこからかぁ、と説明を始めた。
「名前の通り、希少生物…翼竜やラセルタもその一つ。希少ではあるものの、その危険性から、状況次第では狩ることを許されてる生き物の総称さ。
そして、ボクたちはその希少生物たちの取引を仲介する業者ってこと」
簡潔に説明し、それを聞いたドットがなるほど、と相槌をうつ。
「それで、ヴァンさんが狩った翼竜を見に来たんですね」
「その通り。話が早くて助かるよ。
ヴァンの噂と翼竜の情報は耳に入れてたし、早く査定するために来たんだけど、村長に滞在許可を貰いたくてね。ここが役場だろうし、時間を潰してたんだけど…」
そこまで話して、思い出したように周りを眺め、未だに椅子で眠っている村長を見つけた。
「おや、もしかしてあの人かな?」
ケイは答えを待つまでもなく、村長に近付いていき、肩を揺さぶって起こす。
「起きてください。朝ですよ」
寝ている人間を容赦なく起こし、先ほどの騒ぎでも目を覚ますことが無かった村長が、ようやく目を覚ます。
「――ん、も、もうそんな時か……誰だ、アンタ」
既視感のある質問を改めて投げかけられ、彼女は最低限の自己紹介をする。
「金の竜狩りが仕留めた翼竜の査定に来ました。2日ほど、滞在を許可してほしいです」
要件を伝え、村長もしばらくその答えの意味を考えていたが、十数秒してようやく要件を理解したようで、返事をした。
「……おう。事務手続きは後でいいか? こっちも色々立て込んでいてな」
「大丈夫ですよ。では、早速一仕事してきます」
これで心置きなく査定に行ける、と言わんばかりににこやかに彼女は手を挙げて消えていき―その前にドットに聞いた。
「折角なら見学でもしていくかい?」
「…いえ。ここを守らないといけないので」
本音を言えば、少し興味はあったが、それ以上に守るべき魔女がいる事を忘れておらず、ドットはここに残ることを伝えると、それ以上は彼女も聞くことはなく、一言。
「そうか。じゃあ、ちょっと行ってくる。
ベルにもよろしくね」
それだけ言って、彼女は役場から出ていった。
この村に来るのは初めてだが、ケイはこれまでの無駄話の間に、周辺の大きな生き物の反応は調べており、その反応を示す方向に向かっていく。しばらく歩いていくと、予想通り、翼竜の亡骸の下へと辿り着いた。
頭部を吹き飛ばされ、完全に絶命しているものの、それ以上の大きな損傷は少なく、状態は良好と見える。ただ、村の通りに倒れていることもあり、復興作業に勤しむ村人たちからは随分と邪魔になっているようだ。
早速"査定"を始めようとしたところ、木の鎧を纏った男衆の一人が、警戒した様子で近付いてくる。
「そこの。見ない顔だが、よそ者か?」
「えぇ。王都から、この翼竜の査定に来た者です。村長の許可も貰っていますし、なんならボク自身もきちんと国の許可を貰って動いています。
これが許可証です」
スーツの内側のポケットに仕舞っている、羊皮紙で作られた、公認の印鑑を押された許可証を取り出し、身分証明代わりに見せると、男は苦笑する。
「悪いが、俺ァ文字が読めねぇ。ちょっと待ってくれ。今、読める奴呼んでくる」
そう言って、彼は何処かに消えていってしまい、彼女も特に何もせず、空でも眺めて時間を潰していると、緩めの服は着ているものの、ボサボサの髪はちゃんと纏めて、きちんと前を見えるようにした雑貨屋の女性がひいこら言いながら連れてこられた。
「おう、こいつがその話してたやつだ。
大丈夫だったら、また仕事に戻ってくれ。ヤバそうなら呼んでくれればすぐ駆けつける」
「へぇ…ひぃ……投げやりすぎじゃあないですかぁ…?」
「作業は早くしたいですけど、そんなに急がなくてもいいですよ…?」
酷い扱いにケイも苦笑し、彼女が息を整えるのを待ってから、改めて羊皮紙を渡す。
まだ少し息は荒いものの、しっかり羊皮紙に目を通して、しっかりと両手で返した。
「―はい。きちんと確認しました。村長のところはもう行ったんです?」
「あぁ、事務作業は後ほどとのことです。
今は、これを片付けるのが優先でしょう?」
彼女がそう言うと、娘も改めて翼竜の亡骸を見て、はえー、と声を漏らす。
「初めて間近で見たけど、おっきいですねぇ。一人でやるんですか?」
「ん? えぇ、まぁ」
全長5mは超える翼竜を一人で解体するのかと聞かれると、ケイは当たり前のように伸びをして、コキコキと関節を鳴らす。
「―さてと。
皆さん! 少し危険なので、翼竜から十分に離れてください!!」
大きな声で周囲の人達に離れるように伝え、簡単な人払いを済ませたところで、彼女は黒いシャツの下から大きな黒い宝石が取り付けられた、首飾りを取り出す。
「それは…?」
ケイの忠告通り、後ろに下がってこちらの様子を伺っていた娘が聞くと、彼女は得意げに答えた。
「これですか? 魔女の神秘ってやつですよ。
まぁ、見ていてください」
次の瞬間、彼女の体―宝石から、闇が噴き出した。
周囲の人々が咄嗟に構えたが、その原因であるケイは何の反応もしない。宝石を突き出したまま構えていると、次第に闇が地面へと溜まっていって沼と化す。その沼から次々と真っ黒な闇色の腕が生えていき、翼竜の元へと伸びていく。
その腕たちはすぐに翼竜の脱皮前の皮を剥がし、テキパキと解体を始める。傷1つ着けず、器用に皮を剥がし、露出した筋肉すらも丁寧に骨から剥がし、一つ一つの部位に余計な肉片を残さず解体する。そして直ぐに露出した内臓は、闇の沼に沈め、血も含めた内容物を洗浄する。
機械のように手早く、美しく解体をしていく様を見て、周囲の村人たちも手を止め、目を奪われる。一種のパフォーマンスのようになっている状況に気付き、サービス精神を見せ始め、洗浄した胃や腸をひっくり返し、手品を見せるように、綺麗に洗浄されたピンク色の内面を見せると、少しだけ観客たちも沸いた。畜産で屠殺をしていれば、血の跡を残さずに内臓を綺麗に処理することの難しさは分かっているのだろう。都会とは違い、食べることとは殺すこと、そんな単純なことを教えている村だからこそ、解体の実演ショーのように会場も沸く。
それ故に、ケイも特に誰にも邪魔されることなく、"査定"の作業を周りに見られながら、粛々と行っていった。




