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魔女と竜狩り  作者: 合併
第1節 竜狩り
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第1節 29

 しばらく水の中で汚れを落としつつ、文字通り頭を冷やしているうちに、気分も大分落ち着いた。

 いつの間にか、元の姿に戻っていた両腕の爪と角には気にも留めず、彼が水から上がると、もう小竜の亡骸は骨くらいしか残っていなかった。

 小竜故か、その骨も幾らか柔らかいのだろうか。2頭は骨の髄まで齧りついており、余すところなく堪能していたようだ。そこで満腹にはなったものの、随分と血に汚れてしまったことに気付き、ヴァンと入れ替わりと言わんばかりに、滝壺に飛び込んでいき、水中で自分の体を捻って周り、毛の根元にまで染みついた汚れを落としていく。その間に指輪の力で服を乾燥させたヴァンは、呆けたまま水中の獣たちの姿を眺めていると、洗浄は済んだのか、2頭とも慌てた様子で水から上がってきた。そしてすぐに体を震わせて水を飛ばす。それだけでは水も飛ばしきらず、ウロウロしながら乾かそうとしているのを見かけ、ヴァンは白色を手招きして呼び寄せる。

 なんの疑いもなく近付いてきた白色の額に手を添えると、白色の体を風が通り抜け、またたく間に水気を飛ばしていく。血と泥でどす黒くなりつつあった白色も、綺麗な白色の毛が顕になり、濡れた不快感が消えたことに気づいたようだ。ヴァンに感謝するよりも先に、灰色もやってくれと言いたそうに灰色の尻を押して、ヴァンの方へと向かわせる。

 この灰色は、白色ほどヴァンに心を許していない。しかし、助けてもらった恩は忘れていないのか、不満そうだが触ることを認めてくれたらしい。目を閉じたまま頭を突き出して、行儀よくお座りして待っている。

 一方でヴァンは特に気にした様子もなく、額を触って乾かしてやると、灰色も経験したことのない感覚に目を丸くしていたが、感謝の意を伝えたいのか、頭を彼の胸に擦りつけてきた。

 それを見て、白色も二人の間に割って入り、自分も構えと言いたそうに灰色を見る。

 そのまま、仲睦まじく、互いの体に臭いをマーキングし直している様を見て、ヴァンは静かに立ち上がる。

「―頃合いだな」

 本来、獣とヒトという交わらない道に生きる者同士。今回は共通の敵がいたおかげで、奇跡的に協力をすることになっただけだ。次会った時に立場が違えば、殺し合いになることだってある。この場限りの縁と割り切って、ヴァンは背中を向けると、2頭もそれを理解しているようで、止めることもなかった。

 帰り道も律儀に道を使うつもりはない。右手の角を発射し、ヴァンは迷いなく空へと駆けていく。


 ――――ぉぉぉぉぉぉおん。


 空に響くのは、遠吠え。再び頂点に戻った2頭のヌシは、ヴァンの姿が見えなくなるまで、彼の道を照らすように吠え続けていた。


 空を駆け、ヴァンは空が明るくなり始めた頃に村に帰ってきた。

 消火活動も終わり、居住区こそボロボロとなっていたが、作業区と農耕区の生活の基盤そのものは失っておらず、人々はまたこの村で生きることが出来るだろう。確かに失ったものは多いが、彼らはようやく山賊という足かせが外れ、前に進める。

 ―だが、それは何も失わなかった、運のいい者の戯言だ。村に戻ってきたヴァンは、この戦いで家族や友人を失った者たちが、死んだ顔で焼かれた建物の残骸の片付けや、未だ帰らない者たちを探している姿を目の当たりにする。

 この時ほど、兜で顔を隠していて本当に良かったと思う。特に何か感じているわけではないが、場に合わない表情をしていれば、理不尽な顰蹙を買うこともある。

 ―結局、ヴァンは無事に誰にも声をかけられることもなく、役場へと戻ることができた。役場は作業区にあることから火の手は届いておらず、ヴァンも気兼ねなく入っていく。

 ヴォルガを仕留めたことの証明のため、切り落とした首は既に自分の部屋に保管していたが、首から下は一切手を付けていなかった。二度と動くことのない体ではあるが、知らない間に壁に張り付けにされており、全身に装備していたナイフは全て体に突き刺さっていた。ヴァンが不在の間に、生き残った村人たちの殺意のはけ口にでもされたのだろう。こうなったのも自業自得であるし、死んだ後の体には興味がない。

 無視して役場の中へと進んでいくと、椅子にもたれかかっている村長の姿が見えた。

 目を閉じ、大きないびきをかいて眠っており、わざわざ起こしてまで伝える要件もない。ヴァンも少し疲れたので、2階に登って部屋に戻ることにした。


 2階に登り、廊下を歩いていると、ヴァンの部屋の手前の扉がゆっくり開き、酷くやつれた様子のベルが顔を出した。

「―ヴァン、戻ってきたんだね」

 取り繕う余裕もないのか、普段のような口調ではなく、素のまま声をかけてくる。

「どうした。―眠れないか?」

 箱入りのお嬢様が、目の前で殺し合い、人の死ぬ様を見たのだ。その刺激が冷めるとは思えない。ヴァンが聞くと、彼女は肯定するように目を逸らした。それを見て、彼は彼女の元へと進んでいく。

「ドットも寝ていて気にするなら、俺の部屋に来るか?

 まぁ、余計なものもあるが」

 ヴォルガの首(よけいなもの)もあると釘は刺すが、一旦移動するか聞いてみると、彼女は静かに頷いた。

 部屋はすぐ隣なので、大した移動はない。彼女を入れる前に、血抜きを終えた生首を包みに入れて隠す。そして、血の匂いを取り除くため窓を開き、バッグに入れておいた鎮静作用のある香を焚く。

 ある程度香の匂いで血の臭いを上書きしたところで、彼女を部屋に呼び込む。一人用の椅子に彼女を座らせ、彼は煙草を手に、開けておいた窓へと向かった。

「これは、」

 部屋に漂う香に気付いた彼女が聞くと、彼は兜の蝶番を外し、煙草を咥えて火を点けながら答える。

「安らぎの香、とかいう名前で魔女協会が売ってる薬だ。寝付けない時とかに使うようにしてる」

 煙草を吹かしながら彼は答え、続けて聞いてきた。

「それなのに、煙草を吸うんですね」

「高いから吸いたくはないんだがな。随分頭は冷やしたんだが、一度我を失ったから、念のためだ」

「ということは、それも」

「そう。これも鎮静作用のある煙草…厳密には薬なんだがな。面倒だから煙草って体で使ってる」

 話の流れからすぐに察してくれるものの、一応答える。一旦それで会話が途切れ、2人は静かにしていたが、ベルが突然聞いてきた。

「どうして、そんなものを?」

「体質だな」

 質問に対し、必要最低限の回答をしたが、彼女は納得していないのは背中を向けていても伝わってくる。妙な憶測をされるのも気分が悪いので、彼はどうでも良さそうに話しだした。

「俺はな、感情を抑えられないんだ」

「……?」

「あぁ、意味がわからないって言いたいのは分かる。普通のやつならそれが当たり前の反応だ。特に、多少なりとも俺を見てきたのならな。

 だからって、冗談で言ってる訳じゃない。俺は、一度キレると我を忘れる。それが、どんなきっかけであってもな」

 ただの癇癪ではないか、と思ったが、口に出す前にヴァンが鼻で笑った。

「はっ、端から見りゃ癇癪みたいなモンなんだろうが、そんな簡単なもんじゃねぇんだよ。些細な怒りや憎悪だけで、その相手を地の果てまで追い詰めるほど殺意と敵意を持っちまう。

 それに、勝手にキレるだけならまだ良いんだがな。それのおまけで、"呪い"まで表に出てきちまう」

 呪いという単語に彼女が首を傾げると、ヴァンはふー、と煙を吐き出しつつ聞いた。

「冷静に考えたらおかしいと思わないか?

 昨夜、俺がここに来た時、まだ魔法阻害(ジャクミナ)は起動していたはずだ。それなのに、俺はアイツの手足を簡単にぶち壊した」

「…、あれ?」

 確かにそう言われると、不思議だった。あの場では魔法を使えなかったはずなのに、彼は身体強化されたように、軽々と人体を破壊していた。

 それに気付いたところで、彼は答え合わせをする。

「別に俺はアレを壊したわけじゃない。ならどうしたか? 答えは簡単だ。

 俺の素の力でぶっ壊した」

 そう断言するが、彼はそんな真似が出来るような膂力があるようには見えない。その疑問についても、見透かしたように続けた。

「当然、今のままならそんな真似は出来ないよ。俺も飛んで戦う都合上、体重はそんなに増やせない。この戦いを舐め腐った装備にしているのも、少しでも体重を軽くして、頭だけは守れるようにするためだ。地上戦のみなら、流石にもう少し着込むさ」

 一応、自分でもこの格好がおかしいというのは理解していたようで、そう話してから続ける。

「話は逸れたが、それが俺の受けた"呪い"。感情を暴走させて、その対価に人間離れした力を与える呪いだ」

 彼はそう言い切り、煙草を吸う。しばらく煙を溜め込んだあと、ゆっくり吐き出してから、大きなため息を吐いた。

「ただキレるだけなら、こんなに生きづらくはないんだよ。俺がキレて、放置したら、良くて死人が数人出る。最悪村一つぶっ壊しかねない。

 だから魔女協会連中も、鎮静薬(こんなもの)まで用意することになってんだ」

 明るくなった空を眺めながら彼はそう呟き、煙草を吸い終わったのか、小さな携帯灰皿に吸い殻を捨ててから、これで満足か、と言いたげにようやくこちらを向いた。

「――すー、」

 香のおかげでもあるのか、ベルがようやく眠りについたところで、ヴァンは困ったようにため息を一つ吐いて、蝶番を付け直して口元を隠す。

「……まぁ、役目はこれで終わったし、俺はさっさと帰るかね。大事な納品物が腐っちゃ困るからな」

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