第1節 27
燃える村が見えてからも空を駆け続け、ものの数分で村の上空付近にたどり着いたヴァンは、炎に照らされる緑の鱗―翼竜の姿を見つけ、ずっと左手に抱えていた厚い布に包まれた手土産を投げ落とす。
そこそこの高さから落としたものの、途中で減速をして、着地の衝撃で潰れないように地面に、翼竜の目の前に落ちた。
不意打ちのような"落とし物"に、死屍累々の村の中、村人たちを蹂躙していた翼竜の動きが止まり―手土産の中身が顕になる。
それは、ヴァンが狩った2つの遺体の生首。その内の片割れは当然、翼竜の大事に育てていた小竜の物であり―理解できないと言いたそうに、翼竜は固まってしまっていた。
そして、その理由を理解したと同時に、空に向かって叫ぶように吼えた。
明らかに怒り狂っている様子に、村人たちも危機感を覚え、悲鳴を上げながらも息のある者たちを起こし、今すぐ逃げる準備をしようとするのを山賊たちが見逃すわけがない。
背中を向ける者たちに追撃しようとする前に、空から舞い降りた狩人が、一息にその首を刎ね飛ばす。
返り血すら浴びる間もなく、一帯の山賊を一掃したヴァンは、翼竜の前に立ち塞がった。
手土産を作っている間に赤黒くに染まった服と兜、それにこびり付いた獣と、翼竜の血の匂いが、彼がこの一件の犯人だと物語っている。
先日、命を奪われそうになった恐怖はもうない。今は、愛する我が子を奪われた怒りのみが支配する。憎悪の咆哮を真正面で受け止め、同じく過去の幻影に取り憑かれ、憎悪に支配されたヴァンも吼える。
2つの獣の咆哮が、戦いの合図となって村中に鳴り響いた。
先手は翼竜。人の背丈よりも大きな翼を振り上げ、怒りのままヴァンに叩きつける。普段の彼であれば、直撃を避けるために避けただろうが、今の彼は違う。重心を落とし、片腕でその一撃を掴んで受け止める。衝撃波が広がり、巻き起こった風が焼けた家々をより燃え上がらせるが、吹かれて消し飛びそうな人間は微動だにしない。更に、掴んでいた翼から鈍い音が聞こえ始め、大きな破砕音が響く。
思わず痛みに怯んだ所に、ヴァンは飛び上がってから無防備な頭を地面に向けて蹴り飛ばす。
「はぁぁぁぁはははははは!!!!」
狂喜の声をあげ、地面に叩きつけた頭を踏み潰そうとした所で、彼を狙ったボルトや矢が降ってくる。
翼竜しか見えていないはずだが、彼は右手を伸ばし、手頃な所に落ちている死体に向けて角を飛ばす。それを引き寄せ、肉壁として飛び道具を受け止める。
用済みになった壁は投げ捨て、狩人の意識が、翼竜から山賊たちに切り替わる。
無事な建物の屋根や影から、こちらに照準を定めている5、6人に狙いをつけて、彼は動き出す。
音速で飛び出す角を使った移動を駆使し、一人ひとり、確実に潰していく。二人目の首を生きたまま素手で引き千切った様子を見て、ようやく危機感を覚え、山賊たちも一目散に逃げていく。ヴァンもそれ以上は追わず、邪魔者が消えたところ翼竜を狩りに行こうと振り向いた瞬間、不意打ち気味に振り回された尻尾が直撃し、ヴァンは燃える建物に叩きつけられる。
復活した翼竜が怒りのままに追い討ちし、周囲に余りある上昇気流に乗って飛び上がって、ヴァンが叩き込まれた場所に、全体重を乗せて踏みつける。
村全体が揺れるほどの振動が起き、並の人間ならひき肉になっていても不思議ではない。首から下の防御手段を持ち合わせない人間に、耐えられるわけがない、筈なのだが。
「――――、」
ダメージこそ受けているが、五体満足な上、現在進行系で傷を再生しながら、ヴァンは右手の照準を合わせる。すぐさま危険を察知した翼竜は飛び上がるものの、その長い尻尾にリールが巻き付く。それに掴まり、ヴァンも空へと持ち上げられる。
着いて来ていることをすぐに理解した翼竜は、その場で縦に1回転し、その遠心力でヴァンを放り投げる。再び地上に落とされそうになったが、もう傷は癒えている。後方上空に角を発射し、その勢いを利用した振り子の原理で大きく弧を描いて、再び飛び上がる。頂点に達し、角を足場から離した瞬間、地上から放たれた矢が、ヴァンの背中から突き刺さる。それは彼の腹を貫通して突き刺さるが、戸惑うことなく直ぐに背中に刺さる羽根部分をへし折り、前から貫通する矢を引き抜く。その傷口は直ぐに塞がっていき、そちらを見るまでもなく、この矢を持ち主に投げ返す。
人の背後を狙った卑劣な山賊は、即座に返された矢に気が付いた時には、その頭を貫かれて絶命した。
そんな雑魚と遊んでいる間に、翼竜が間近に迫ってきており、鋭利な牙が眼前に迫った。反射で足場を蹴り、右に飛んでかわす。翼竜は空を噛み、ヴァンに染み込んだ血と獣の臭いを頼りにすぐにこちらを向いてくる。しかし、その時にはヴァンも体勢整えて翼竜を向いていた。
そして、リールは既に収納されており、彼の筋肉には力が溜められている。
そして蓄えられた力が解放され、血に塗れた彼は赤い空の下、真紅の弾丸となる。
昨夜とは比較にならない速度で、文字通り彼は360度、ありとあらゆる方向から攻め立てる。
しかし、一撃で翼竜の首を切り落とすのではなく、鱗の表面をまずは薄く引き裂く。次第にそれは深くなっていくも、縦横無尽に駆け回るヴァンの姿を捉えられる事も出来ず、翼竜の鱗の下にある肉をも切り裂かれ始める。
じわじわと嬲り殺される状況に、ようやく手を出してはいけない相手に手を出してしまったことに気付き、翼竜もどうにかこの状況を打開しようと逃げ道を探し始めるが―それを察知したヴァンは、直ぐ様にトドメに移る。
しかし、一息に首を掻っ切って終わらせるつもりはない。翼竜に気付かれる前に翼に取り付き、その高度を維持するためにグライダーの役割をする翼膜の片方を引き裂き、大きくバランスを崩した瞬間に飛び退いて、作り出した足場の上に着地し、再び残った翼膜を引き裂いた。
本来、気流を受け止める筈の翼膜は裂かれ、機能を失う。それは、この空で高さを維持することが困難になるということ。
破かれた穴から風が流れていき、翼竜は落ちていく。このまま放置していれば、地面に直撃して良くて致命傷、当たりどころが悪ければそのまま即死する。翼竜から離れたヴァンも同じく、地面に向けて駆けていって追いかける。
落下死なんて、つまらない方法で勝つつもりはない。あくまで空中戦で翼竜にトドメを刺そうと接近すると、覚悟を決めた翼竜に抱きかかえるように拘束される。
死ぬならば、共に死ね。そう言いたそうに、覚悟を決めて目を閉じた。
ヴァンも咄嗟の行動に対処できず―地面が間近に迫ってくる。そのまま轟音と共に、村全体が揺れる。
―衝突する寸前に翼竜の腹を蹴り飛ばし、下敷きにすることで衝撃のクッションにした。ダメージ自体がないわけではないが、そのほとんどを翼竜に肩代わりさせ、ヴァンはすぐに立ち上がる。
意識を失っていた翼竜の頭に右手の角を向け、容赦なくトドメを刺す。小気味良い音と共に、翼竜の頭が吹き飛び、中身が周囲に飛び散る。
間違いなく絶命したことを確認したところで、ヴァンは周囲の視線を―新たに来た山賊たちに目を向けた。
単独で翼竜を殺した化け物相手に、真っ当な方法で勝てるわけない。すぐにそれを理解し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「…………、」
奴らに恨みはそれほどない。ヴァンは冷めた目で彼らを見逃し、この騒動の主犯の存在を思い出し、まだ燻って消えない怒りの炎を燃え上がらせる。
「今度こそ、逃さない」




