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魔女と竜狩り  作者: 合併
第1節 竜狩り
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第1節 26

―何度かの野営で暇をしている時、ヴァンから槍の素振りの指示をされていた。体力づくりも兼ねているのだろうが、それよりも、武器の扱いが気になったらしい。

 この村に着いて、一夜明けた朝。朝食を済ませつつ、彼に一言呟いた。

『ドット、もう少し力を抜いてみろ』

 どういう意味か、と聞く前にヴァンは説明を始める。

『あまり褒めるなとは言われたが、この際言っておく。お前、筋は良いよ。

 ただ、肩に力が入りすぎだ。予備動作が大きすぎる。必要な時だけ意識しろ』

 ヴァン曰く、野生動物ならどうとでもなるが、手慣れた人間なら、非常に読みやすいとのこと。実際、その直後、食後の運動がてらにやったヴァンとの組手ではなす術もなく、接近され、槍を落とされた。

 じゃあどうしろと、聞いてみたところ、彼は近くを跳ねていたカエルを軽々と捕まえ、ついでに捕まえた羽虫をカエルの前に出して、捕食するのを待っていた。捕まった状態でビビっていたカエルだが、しばらくすると落ち着いたのか、目の前の餌に気が付き、しばらく観察してからその舌で、獲物を捕らえて口に運んだ。

 そして聞く。今のは見えたのか、と。はっきりと気付かなかったと答えると、彼はカエルを逃がして話した。

『カエルになれ、とは言わないが、そういうことだ。予想される動きはやめろ。自然体で、その武器を振るってみろ。

 まずは認識を変えるといい。お前の得物は武器じゃない。己の手足だと思え』



 燃える戦場というのに、不思議と、その話を思い出す。先ほどの啖呵はどこへやら、ドットの思考は想像よりも遥かに澄んでいた。

 こちらの"腕"は、遥かに長い。敵は、こちらの間合いに入らずに、接近戦は出来ない。ならば、距離を離す。

 腕を使って突き飛ばそうとするも、横に避けられた。ならば、即座に振り回して巻き込み、投げ飛ばす。ただ、ベルの先には投げないように、細心の注意を払う。

 ちょうどよく、ベルと反対側に突き飛ばし、少し下がったその頭を叩き潰すために、腕は振り上げずに少し距離を詰めて、最短の動きで拳を―槍の穂先を叩きつける。鈍い音と共に床の木材が飛び散り、ヴォルガは寸でのところでかわしたようだ。

 ―自分でも、不思議なくらい、視界も思考も澄み渡っている。ただ、目の前にいる敵を討つ為に、最愛の女性を守るのためにこの腕を振るう。

 命の取り合いではあるのだろうが、彼にとってそんな事は些細なことでしかなかった。ただ、ここで負ければ、彼女を失ってしまう、という思考が、その他の余計な考えを全て遮断する。


 ドットが陥っている状態とは、"過集中状態"と呼ばれている。ごく一部の人間だけが会得する、五感のほとんどを、一点に集中させる状態。ゾーンに入る、フロー状態と言われることもある。

 ―槍を握り直し、周囲の息遣い、空気の乱れから位置を特定する。死角から放たれた投げナイフを槍の持ち手を回して弾き飛ばし、改めて槍を構えて気配だけを頼りに、振り向きながら槍を突き刺す。それは敵の脇腹を掠めるだけに終わり、改めてヴォルガの姿をその目に納め、構え直す。

「――――!」

 何か、発言をしている。不要な聴覚の情報は彼の耳には届かず、無意識下の内にシャットアウトされる。

 彼のやることは、敵を討つことのみ。予備動作を極限まで抑えた突き上げをかわされる。ただ、この体勢からは槍を下ろすしかない。ヴォルガは好機とばかりに彼の槍をはたき落とす構えをとるが、その動きを見た上で槍を引き、短く持った上で引いた分踏み込み、持ち直した槍で横に薙ぐ。

 回避が間に合わないヴォルガも一歩前に踏み込んで、致命的になる穂先の直撃を避け、柄に当たることで、被害を軽くする。

 しかし、全力で振り回された金属の棒が当たって、並の人間が無事に済むわけがない。その衝撃で直撃した右手に握られたナイフが床に落ちる。その衝撃はドットの手にも響いているはずだが、彼は意に介さず、再び槍を構え直し、今度は彼の右腕を完全に破壊するために振りかぶる。

 その動作には一切の迷いがない。それもそうだろう、今の彼に人を傷付けている自覚はない。目の前に動いている敵を倒すために、武器を振るっているだけなのだから。


 なんの感情もなく槍を振るう彼の姿から、ヴォルガもドットが本気で殺しに来ていることを、ようやく理解した。

 以前に出会った時は、人を殺す覚悟もない、魔女についてきただけの子供であると高をくくっていたの。だが、それを改めるべきと判断した時にはもう遅い。

 力の入らない右腕は気にしない。片腕でもこの場を切り抜けるため、ヴォルガも戦士と向き合わなければならない。

 改めてナイフを構え、ヴォルガははっきりとドットを見据え、その変化にドットも気付き、再び強く槍を握り直した。



 その一方、ヴァンはというと―

 洞窟に残っていた小竜と調教師の首を切り落とし、一仕事終えて、"手土産"の包みと一緒に洞窟から出てきた。

 跳ね返る水飛沫に、真っ赤に塗りつぶされた服と兜が洗われるが、洗い流すには勢いが足りない。ヴァンも特に気にせず入り口から離れ、空いた右手で方位磁針を取り出す。

 方位磁針は正常に方角を示しており、村への方向を確認して、そちらを向く。

 星の輝きすら消すような赤い月に照らされながら、彼は空を見上げた。

「……行かないと、な」

 無感情に呟き、走り出す。そのまま彼は天に右手を掲げ、角を飛ばしてその先に作った足場に突き刺したのを確認して飛び上がる。角が突き刺さったままリールが回り、彼の体を空へと運んでいく。走る勢いと、巻き取る勢いの2つを合わせて、彼は空へと駆けていく。ただ、竜狩り用に解放した魔女の力は、一息に雲の下まで彼の体を運ぶ。

 しかしこの速度でも、彼のはやる気持ちには追い付かない。

 そして、風を切りながら空を駆ける彼の目にも、燃える村の姿が見えてきた。


 その光景が、彼の記憶を呼び覚ます。

 仇敵によって、滅ぼされた村。あの時の焼けた空は、十数年経過した今でも彼の記憶から消えることはない。

 忘れようとしても、何かのきっかけで容易に目覚める忌々しい記憶。その度にあの時の感情が湧き上がり、幼い時は何度も取り押さえられていた。幾度となく感情を抑える訓練をした今であれば、今更激情に呑まれることは無いはずだが、今回は少し状態が違う。元々、黒竜の件で気が昂っていた状態から、トラウマを呼び起こされている。

 抑えきれない感情に、彼は墜落する危険も省みず、しっかりしろと言わんばかりに自分の頭を叩くが、効果は薄い。あの時の記憶が―あの黒竜がいるような幻覚まで見え始めてしまい、これ以上感情を理性で抑えることは限界だった。

「―あぁ、」

 黒に染まった世界は、村が燃える、鮮やかな朱色だけを映し出す。もう、この憎悪は抑えられない。

 敵を滅ぼす。その為だけに、彼の体は動き出す。その感情に呼応するように、ヴァンの右手から、魔女の指輪も黒く輝き、炎のような魔力があふれ出す。その炎は彼の体を伝い、両腕の爪と角を呑み込むと―形を変え、より鋭利に、より禍々しく、命を刈り取るべく形へと変化する。

 三叉に分かれ、ねじれた角は、改めてヴァンの手に収まる。彼は作った足場に飛び乗り、力をためてから村まで流星のように飛んでいく。

 依頼のことは、もう既に頭にない。彼は今、感情の赴くままに、己を陥れた愚者たちを殺すために村へと向かっていった。

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