第1節 25
ヴァンが小竜を狩った同時刻。村は炎に呑まれていた。
侵入者を阻むように組まれた壁は、上空から落とされた爆弾によって、簡単に破壊されてしまう。そして、その穴から入り込んできた山賊たちによって、居住区に火を放たれた。
その火の手はどんどん広がっていき、非戦闘員でもある女子供たちは優先的に村の中心に、作業区や農業区に避難する。それを追いかけようとする山賊たちを、木の鎧で武装した男衆が迎撃する。
人を殺すことへの抵抗は、山賊たちのほうが上だろうが、総合的な身体能力で言えば、男衆たちの圧倒である。何せ、常日頃から農作業や加工業で鍛えているのだから、日々の積み重ねの質が違う。そして、男衆の大半は山賊たちに辛酸を舐めさせられたこともあり、彼らにとって山賊とは、"害獣"でしかない。それらを始末することについては何の抵抗もなく、今までの怒りこそあれど、感動も躊躇いもなく淡々と"駆除"していく。
ヴァンの助言や、村長の言葉もあり、襲撃への備えをしていた屈強な男たちにより、深夜の奇襲にも関わらず、戦線はなかなか動かない。
むしろ、戦線を押し上げつつあるが、そこでゲームチェンジャーが舞い降りる。
「……!! 翼竜…!!」
村人の一人が忌々しそうに叫び、地上に降り立った巨影―産卵後の特徴でもある、厚い皮を纏った翼竜の成体が咆哮を上げた。
―翼竜が戦場に到着した頃、作業区の村長の家、もとい役場。先に潜入していたヴォルガと、村長が対峙していた。
「いやはや。こうしてちゃんと会うのはいつ以来だろうな?」
「何をしに来た」
ナイフのホルダーを取り付けたベルトを体に数本巻いた、いつでも戦える状態のヴォルガに対し、丸腰の村長は丸腰とは思えないほど、強い口調で聞くと、彼は馬鹿にするように笑った。
「お前だろ、魔女の誘致と、魔女協会への協力を仰いだのは」
「お前たちに搾取され続けるわけにもいかない。俺は村長だからな」
毅然とした態度で断言し、ヴォルガは面倒くさそうに頭を掻いた。
「お前が余計なことをしたから、折角手に入れた翼竜の子どもを手放さなきゃなくなったんだよなぁ。どう落とし前つけてくれるんだよ?」
「俺を殺して、転送石でも盗んでいくか?」
彼の言う落とし前について聞くと、ヴォルガはまさか、と笑う。
「この段階でそんな小さい話してもどうしようもないだろ。どうせ、ここを占拠しておけば、手続きを終えた魔女がノコノコと戻ってくるんだから、どっちも奪い取った方が最終的に美味しいだろ」
「魔女協会も、国も動くぞ?」
村長の脅しに、ヴォルガは臆した様子もなく答えた。
「その時までに、俺は翼竜と一緒にこの国か、なんなら大陸からおさらばすればいい。俺についてきてるバカどもなんか、いくらでも替えがきくからな」
彼ははっきりと言い、村長の後ろにいた秘書に気が付いた。
「―いや、一人だけ、有能なのはいたな」
その言葉を聞いて流石に村長も察しがつき、後ろにいた秘書はバツの悪そうに目を背ける。
「…"内通者"は、やはりお前だったか」
その言葉から、察知はしていたが、信じられなかったが故の後悔が滲んでいる。その言葉に、秘書ではなくヴォルガが高らかに笑って答え合わせをする。
「その通り! お前にとっては娘みたいな扱いだからこそ、懐に仕込んでおくには便利だったからな!
お前も気付いては居たようだが、信頼ってのは怖いなぁ?」
村長はそれ以上の感情は見せず、人の変わったように鋭くなった目つきで聞いた。
「それで? お前は俺を殺すつもりか?」
「――いや、やめておこう。お前を殺しても俺に利益はないからな。
だから、選択肢をくれてやる。この村を捨てて生き延びるか、俺と一緒に手を組むか」
「……お前を殺せば終わる話だろう?」
明確な殺意を顕にしている村長に対し、ヴォルガは緩い雰囲気を崩さない。
「俺を殺したところで、俺の後ろには翼竜も着いている。人間一人で、あれが殺せるかよ」
遠くから聞こえる、翼竜の咆哮と悲鳴を証拠と言わんばかりに彼は自分の考える、お互いにとって最良の選択肢を促した。それでも、村長の考えは変わらない。むしろ、決意が固まったようだ。
「…いや、それでもお前と時間稼ぎをしておいたほうが都合がいいだろう。それに、"竜狩り"が怖いのはお前もだろう?」
通信石を通して、連絡は既に飛ばしている。その目ではっきりと見た訳では無いが、彼の機動力は村の者達からも常軌を逸していると聞いている。それを信じれば、あの山からでもそこまで時間をかけずに戻って来れるはずだ。
そこまで言われ、ヴォルガもこれ以上の交渉は無意味だと言いたげに、数多あるナイフの1本を抜いた。
「折角こっちが下手に出てやったってのによぉ!」
「図星か?」
煽るように村長は笑い、右手を掲げると、どこからか飛んできた、柄の長さ70cmほどで、刃渡り50cmはありそうな戦斧が手に収まる。そして、その勢いのまま、周囲一帯を一閃すると、壁まで薄い切れ込みが入り―後ろに隠れていた秘書の頭を掠める。
「―去れ! 消えないなら、お前から殺す!」
人の変わったように、ドスの効いた低い声で怒鳴り、秘書は慌てて役場から逃げていった。
そのやりとりを見て、ヴォルガはひゅう、と口笛を吹いた。
「その気迫…お前の噂は、本当だったのか?」
「知らんな。わざわざ答える義理もない」
意味深な質問を聞き流し、村長は両手で戦斧を握り、天に掲げる。
「ふんっ!」
気迫と共に振り下ろされた一撃は床を砕き、その切っ先から飛んでいった斬撃はヴォルガに当たることなく、壁の一部を抉り取った。
「魔力が刻まれた斧、か。何処で手に入れた?」
彼の持つ斧は、魔力に刻まれた武器。ヴァンの指輪と似て非なるものではあるが、性質は非常に似通っており、その刃先に帯びた魔力を飛ばし、遠距離攻撃を可能とする武器。ただ、保有する魔力の上限もあり、乱発はできない。
一般的に流通することはない武器であり、魔力を付与することに特化した魔女から直接祝福されたか、何らかの方法で譲り受けた限り、目にできるものではない。
ヴォルガの問いに、床から斧を引き抜き、構え直しつつ答えた。
「答える義理はないな」
再度、斧を振ろうとする前に、ヴォルガは間合いを詰めて、村長は後ろに下がって距離を維持する。逃げるだけかと思いきや、急にブレーキをかけて、逆に立ち向かってくる。
不意を突かれた行動に、ヴォルガも止まりきれず、薙ぎ払われた斧が腹を掠める。
踏み込みが足りず、致命傷には至らず、服を紙一重で裂いたのみ。その勢いで通り過ぎ、お互いすぐに振り向いて再度得物を構えた所で、村長の背後に気配を感じた。
「――!!」
新手か、と咄嗟に背後に目を向けると、そこにいたのは、明日の朝に帰ってくるはずだった、魔女とその従者。
想定していない状況に、村長も一瞬困惑し―その隙を、ヴォルガが見逃すはずがなかった。
「―ぐぅっ…!」
その一瞬の油断を突かれ、彼の脇腹に投げナイフが突き刺さる。苦悶の表情を浮かべ、突き刺さったナイフを片手ですぐに引き抜き、空いた手に持った戦斧で追加のナイフを防ぐ。
「そ、村長さん…!?」
突然の目の前で起きた出来事に、ベルは冷静さを失って、立ち尽くしている。
「ドット!!!」
ベルではなく、隣の従者の名前を呼ぶと、我に返ったドットがベルの前に立ち、その手にある得物―金属の槍を構えた。
「安全な場所があるか分からねぇ! ただ、山賊連中にその子は渡すな!!
この場は俺が止めるから、その子を連れて逃げろ!」
決死の頼みに、ドットは素直に従い、即座に転送隻を起動させようとしたが、ヴォルガが拳を掲げる。
「やらせねぇよ!」
その言葉と共に、周囲の空気が一変し、少しだけ、重くなったような気がした。それと共に、天井に吊るされていた転送石も低い音を立てて停止し、2人に戸惑いが広がる。
「魔法阻害か…!」
村長が忌々しく呟いて、すぐに指示をする。
「範囲は分からんが、ここ一帯の魔法は止められている! 竜狩りが戻ってくるまで、何とか逃げ…!!」
最後まで言い切る前に、村長は荒い呼吸で膝をつく。
「く、そ…! 麻痺毒なんて、下種なもんを…!」
話している間にナイフに塗られていた毒が回り、村長は斧を杖にして、何とか体を起こしているが、これ以上戦えるとは思えない。
動けないことを分かった上で、ヴォルガは村長の前に立ち、トドメを刺そうとする。しかし、それよりも早くドットが立ちはだかった。
「―ガキ。これは、遊びじゃないんだぞ?」
別に、2人は初対面ではない。数日前に出会った時点で、ドットに経験が不足しているのを見抜いている。その上で、死ぬ覚悟は出来ているのかと聞くと、彼ははっきりと答えた。
「もう、遊びじゃ済まないんだろう?」
槍の穂先を包んでいた布を取り払い、外から覗く炎に照らされ、橙色に輝いている。
それを見て、彼は楽しそうに笑いつつ、ナイフを構えた。
「じゃあ、遊ばなくていいんだよなぁ? ヒヨッコぉ!!」




