第1節 22
翌日。昨晩は遅くに起こされて寝直したせいか、気が付くと日は昇っていた。
まだ眠っていた2頭に挟まれてはいたが、ヴァンは何とか抜け出して、外していた鉤爪と角を装備し直す。
既に焚き火は消えていたが、まだ少し薪は残っていたので、それを2頭から離れた位置で再び点火し、外の泉から水を汲む。いつもの乾燥させた携帯食料をお湯でふやかし、スープにして軽い朝食を済ませる。
ついでに昨日余った水を捨て、新しい蒸留水に入れ替えていると、その物音で白色と灰色が目を覚ました。
昨日までは瀕死だったとは思えないほど、しっかりと灰色は起き上がって、体を伸ばす。まだ少し寝たりなさそうに欠伸をするも、日が既に昇っていることに気付き、首をブンブンと振って目を覚ます。一方、白色はまだ寝たいと言わんばかりに、灰色の体を引き寄せてだる絡みを始めた。
ヴァンは特に気にすることなく、鍋と炎をじっと見つめていたが、灰色から助けを求める鳴き声が聞こえ、仕方なく、ぬるくなった水筒の1本を手にとって立ち上がる。
体格的に敵わない灰色に一瞥してから、彼は白色の口に水を流し込んでやると、気つけ代わりになったのか、我に返ったようだ。
目が覚めたところで、改めて灰色の復活を思い出し、愛おしそうにその顔をぺろぺろと舐め始め、話せと言わんばかりに灰色がくぅーん、と鳴いた。
「その辺にしといてやれ」
流石にヴァンも、白色の頭を軽く小突き、落ち着かせることにした。
各々適当に準備を終え、ヴァンがいい加減彼らの住処から離れようとすると、灰色を見て、確認を取ってから白色が付いてきた。
「どうした?」
白色は何も言わず、ヴァンのポーチを鼻先で小突き出す。何か食い物でも欲しいのか、と思って残っている携帯食料を取り出すも、興味を示さない。もしやと思い、昨日の死体から回収した方位磁針を取り出すと、ばうっ、と吠えた。
「着いてくる、っていうのか?」
まさかと思いつつ確認すると、白色はこちらをじっと見て、意見を曲げるつもりはないようだ。思ってもいない申し出を断る理由は特にない。目立ちはするものの、ヌシを見て不用意に近付いてくる輩はいないだろう。白色の決定に灰色は何も言わず、ただ近付いて、白色と顔や鼻先を擦り付けあい―そのまま外へ出ていった。
「…それなら、その好意に甘えさせてもらおうか」
ヴァンが了承を伝え、それを理解した白色は屈んで乗れ、と言わんばかりに鼻先で促した。
白色の背中に乗って洞窟を出て、方位磁針を頼りに進み出す。
間違って通り過ぎたり、何かにぶつからないよう、白色も速度を抑えて小走り気味に獣道を駆けていく。なにか要件があるたびにヴァンが白色の背中を叩いて止め、方向転換を繰り返した先、方位磁針のブレが大きくなる場所―目的地付近まで到着した。そこからはヴァンも白色の背中から降りて、臨戦態勢を崩さずに方位磁針を構えて方角を確認しながら進んでいく。
少し遠くからも聞こえていた水音から、恐らく山賊たちの拠点は水辺、滝の近くにあるものと考えられる。周囲の安全を確認した上で、ヴァンは物音立てずに木に登り、双眼鏡を使って先の偵察を行う。
予想通り、双眼鏡で覗いた先には滝壺があり、その滝の裏の道が、露骨なまでに舗装されている。ただの獣が暮らしているにしては、随分と準備がいい。そして観察を続けていると、滝の裏から出入りする人影が見つかり、方位磁針の指し示す方向からも、間違いないだろう。
木から降りてきたヴァンに、大人しく座って待っていた白色が気付き、綺麗な赤い目で、その成果を伝えるよう促してくる。
「恐らく当たりだ」
ヴァンがそれを伝えると、白色はゆっくり立ち上がり、静かにヴァンが見ていた方向に進み出す。この目で確認をしたいのだろうと理解し、彼もそれに着いていく。
改めて滝壺の近くまで進み、白色は足を止める。体を伏せ、ヴァンもそれに倣うかたちで伏せると、巻き上がった上昇気流に、木々がざわめく。
すぐ近くで飛翔した翼竜の起こす風で場所がバレないよう、身を隠してしばらく待つ。
ここで見つかって、雑魚相手に時間を取られてしまえば、またヴォルガを逃がすことになる。隣りにいるヌシや、村長からの依頼からしてみれば、結果的に安全になればそれで良いのだろうが、ヴォルガの抹殺はこちらの問題だ。それはこの地で首を切り落としておけば、今後ヴォルガ絡みの余計な仕事が回ってこないということ。自身の平穏の為にも、ここで仕留めることに意味がある。
その為、深追いは不要。白色も、この位置からでも敵の根城の場所が分かったようで、一旦灰色の様子を見に行きたいのだろう。帰りたそうにこちらを見てくるので、それに従う。
襲撃するならば、夜に襲うのが理に適っている。何せ、こちらは1人なのだから、利用できるものは全て利用する必要がある。
今夜、全て終わらせるつもりで、ヴァンもヌシの住処で準備を済ませることにした。
再び白色に乗って帰る際、不要になった方位磁針は適当な場所に置いて帰ることにした。少なくとも、入り口は把握した。ヴァンが持っている方位磁針を頼りに先手を打ってくる可能性があるならば、それは潰しておいたほうが良いだろう、という判断からだ。
途中休憩を挟みつつ、ヌシたちの住処に戻ってくる頃には日も傾き始めており、焚き火用の薪と火種を集めてから彼らは洞窟に戻る。
既に灰色も戻っており、仕留めてきた小動物や、採取してきた果物を置いて、白色の帰りを寝て待っていた。
洞窟の奥にたどり着いた時の物音と、白色の臭いに気付き、丸まって寝ていた灰色は体を起こし、白色の安否を確認に戻る。それを受けながら、白色も灰色の怪我がないか、念入りに確認する。
これといって戦闘は行わず、他には食事のために軽い狩りと採取をした程度なので、白色もヴァン特に傷はない。灰色も同様だったようで、2頭は安心したように鼻をこすり合わせてから、白色は灰色が用意してくれた食べ物を食べ始める。
ヴァンは興味なさそうにスルーしつつ、離れたところで焚き火の準備を進め、火種を温めている間に集めておいた、果物や食べられる山菜を形を整えた枝に突き刺していく。その作業に没頭していると、近づいてくる気配を感じてそちらを見ると、灰色がこちらに近付いてきて、ぶっきらぼうに咥えていた、小鳥や果物を投げて寄越す。
「くれるのか?」
それらを拾いながら確認するも、灰色はそのままそっぽを向いて白色の元に戻ってしまう。少なくとも、こちらに抱いていた悪意はある程度なくなっているようだ。せっかく頂いたものでもある、それらも枝に突き刺し、一緒に焼いていくことにした。
―適当に腹ごしらえを済ませ、まだ明るいものの、ヴァンは夜に備えて仮眠をとることにした。奪っていた盗賊たちのポーチや革袋を重ねて枕にして眠ろうとすると、白色がこっちで寝ないのか、と言いたそうに鳴いて呼び止めるが、彼は2頭の方を向いて大丈夫だ、とジェスチャーで示すと、それ以上ちょっかいは出してこなかった。
結局、ポーチに入れたままの通信機に連絡はなく、ヴォルガたちもまだこの山にいるのならば、早い内に仕事を済ませたほうがいいだろう。
それにベルとドットの2人も、早ければ明日には戻ってくるだろう。下手に巻き込まれてしまうのも悪い。
色々考えることはあるものの、ヴァンはすぐに眠りにつき、今夜の戦いに備えることにした。




