第1節 20
ここでは珍しくもない、赤い月の夜。白い獣の背に乗り、ヴァンは洞窟の外へと出る。そして、高く飛んだ獣の背から飛び降り、彼は指輪の力で前方に不可視の足場を生成、落下の速度を利用して角を射出して突き刺し、その勢いのまま振り子の原理で弧を描いて更に高く飛ぶ。
飛びながら上空を見ると、空を飛ぶ大きな影が見え、お互いに姿を確認した。
ヴァンを放置すれば邪魔をされる、と理解した影、翼竜は方向を変え、彼を向く。
「いい子だ」
余計な事をする必要もなくなり、一安心したところで彼は上昇する勢いを利用して、更に角を射出し、更に上空に向かう。
空での機動力は、爪に取り付けられているワイヤーによる遠心力由来のもの。何度か、この上昇方法を見せているため、あちらも理解しており、急降下してワイヤーを引き千切ろうとしてくる。しかし、それは織り込み済み。
余っている魔力でリールを巻き取り、角を手元に戻した直後、落下を始め、加速が始まったタイミングで彼は足元に足場を作り、着地する。
しっかりと膝を曲げ、衝撃を吸収した上で、その力を全て吸収して高く飛び上がる。
―別に、空の機動力は竜狩りの角だけに依存しているわけではない。指輪の力でもある、身体能力の強化と、幼少期から培ってきた筋肉を使ってもう一つの移動手段にすることができる。
そして、これが竜狩りの角を使うために必要な最低限の能力。男であれば、魔女の力が必須ともなるそのハードルの高さこそ、使い手はほとんどいない理由でもある。
彼は、幼少期からこの角を扱うための訓練を受け続けてきた。故に、今の時代に太古の竜狩りの方法を再現し、竜を狩るまでに至れた理由である。竜を狩ることが出来たのは、もう一つ理由があるのだが―そこでようやく、ヴァンは翼竜と空で対峙する。
翼を広げ、上昇気流を受けることで空中で高度を維持する翼竜に対し、魔女の指輪で足元に足場を作り出し、そこに立つヴァン。両者は同じ高さで目を合わせ、弾けるようにしてヴァンが飛び上がると同時に、翼竜は翼を羽ばたかせて上昇を始める。
足場を作りながら駆け上っていくヴァンを、翼竜は翼の角度を変えて上手く気流を掴みながら追いかけていき、雲を越えた先で、彼らは空に投げ出される。
上空は地上よりも遥かに気流が乱れやすい。更に、上昇気流も発生しなくなる。それは、風を受けて移動する翼竜にとっては致命的な環境である。
それは翼竜相手にする時のセオリー。地上に比べて気流の乱れる雲の上であれば、風の影響は受けるものの、物理的な移動方法を取るヴァンの方が有利となる。
ただ、翼竜もそれは理解しているようだった。そして、風の強さは地上よりも遥かに強い、と言うことは―追い風に乗って、翼竜が急接近する。
逆にこちらは向かい風。前方に逃げるのは得策ではない。ならば、上に逃げるのみ。
上空に向けて角を射出し、軽く飛び上がってから足場を消し去る。風に煽られながら、彼は更に高く飛び上がり、翼竜の突撃をかわした瞬間に角を外し、空に体を放り投げる。
器用に空中で方向転換をして、真後ろに足場を作ったと同時に蹴り上げて加速する。足場を作ってそれを乗り継ぎながら通り過ぎていった翼竜を追いかけていき、左手の鉤爪を光らせる。
翼竜に追いつき、上空から振り下ろされた、赤い月に照らされた凶刃は、その鱗を引き裂く前に翼竜は翼の角度を変え、上手く上昇気流を作りつつ宙返りしてそれを避ける。そのまま位置が逆転した所で、その首を消し飛ばさんと両足の爪を突き立てようとする前に、右手の角を上方に発射して移動することで、軌道から逸れる。
再び上下関係が逆転し、作り出した足場を利用して彼は翼竜に襲いかかる。
今度は宙返りして避ける時間は与えず、その鱗を引き裂くはずだったが、当たる寸前で身をよじって致命傷は避け、その背中を薄く切りつけるだけだった。
それだけではなく、その勢いのまま翼竜の体にぶつかってしまい、両者は上空から低空の位置にまで落ちていく。
先に体勢を整えたヴァンは翼竜を蹴り飛ばして翼竜から離れ、近くに足場を作り出し、そこに角を突き刺してぶら下がる。ヴァンが離れたことで体勢を整えることが出来た翼竜は、地面に近い位置で気流を掴み、再びそれに乗って加速しながら空を舞う。
ただ、先ほどの事故と傷を負ったことが逆鱗に触れたのか、翼竜は怒りのままに咆哮をあげた。
その一方でヴァンは何の反応もせず、角を外し、自由落下で落ちていく。空中で頭を下に下げ、上昇する翼竜の迎撃態勢をとる。
低空の環境であれば、翼竜も自在に動ける。ヴァンも忘れているわけではないが、再度素直に上空まで連れて行けるほど相手も単純ではない。ならば、奴の戦場で叩き潰すまで。
ヴァンが鉤爪を光らせて構えるが、リーチは圧倒的に翼竜が上回る。翼についている翼爪で防御力皆無な体を引き裂こうと振るうが、それと同時に前方に回転して体勢を整え、真横に出した足場を蹴って方向転換する。
翼の一撃は空を切り、ヴァンは再び回転してから作り出した足場に垂直に着地。それと同時に蹴り出して翼竜の背後に回る。がら空きの背後を引き裂こうと接近したところで宙返りして距離を離される。
ただ、それも想定済みと言わんばかりに空いた右手は翼竜に向けられており、空振りと同時に射出される。上空へと逃げて体勢を整える翼竜に、慣性がかかるせいで弧を描きながら狩人は追いかける。
その途中で、面倒だと言わんばかりに角を離し、空に体を放り投げた、と思った瞬間、足場に着地して弾けるようにして跳ね、直線ルートで追いかける。作り出した足場を乗り継ぎながら、彼は弾丸のような影として翼竜を追いかける。
しかし、最接近した時には翼竜はこちらを改めて視認していた。空で追いかけられるのは初めての経験なのだろう、半狂乱になりながらもその太い尻尾を叩きつけてきた。しかし、彼は冷静に迫る尻尾をかわしながら一閃。産後であり、通常個体よりも厚い鱗の尻尾を引き裂いた。ただ、後退しながらの攻撃だったため、ほんの先っぽを切り落としただけだったが。
今度は痕に残る傷を残したことで、翼竜もようやく目の前にいる人間が普通とは違うことを理解したらしい。明らかに怯えた様子を見せ始め、動きに迷いが見えたのを、狩人は見逃さない。
今度はその首を切り落とす為、足場に乗り継いだ瞬間、正気に戻った翼竜が咆哮をあげてその翼を羽ばたかせ、暴風でヴァンの足止めをする。
「くっ…!」
ちょうど、跳躍した瞬間の風に回避が間に合わず、彼はバランスを崩し、更に勢いまでも殺されたため、速度を維持できずに落ちていく。すぐに右手の角で軌道を戻そうとしたが、更に翼竜は急降下して角が突き刺さった足場を蹴り飛ばし、魔女の力で作られた足場を破壊されてしまう。
ヴァンはすぐに角を巻き戻し、地面に衝突する前に真横に角を突き立て、減速を始めた。
そこですぐに追いかけられないことを悟った翼竜は、尻尾の先から血を流しながらも見向きもせず、一目散に逃げていく。
「…ちっ」
夜空の彼方に消えていく翼竜を見つつ、空中にぶら下がる彼は、すぐにポーチに入れたままだった略奪した方の方位磁針を取り出し、方角を確認する。
「…仕方ない。アレを深追いするより、生きてる人間がいればそいつから聞き出したほうが早いな」
形はどうあれ、翼竜は撃退できたため、白色の加勢もとい、情報収集に向かうことにした。




