第1節 1
ガタン、と大きく木製の荷車が揺れる。
「―ん、」
その衝撃で目を覚ました男は、僅かに呻いて目を覚ます。
兜によって多少遮られているものの、物を見る分には不自由しない視界には、不満そうな16ほどの少女が人形のような綺麗な姿勢で座っていた。
大きな青い目に、高い鼻。綺麗に整えられた金色の縦ロール。まるで絵に描いた物語の令嬢のような美女であるが、その服はゆったりしているものの動きやすい、白地の布の服だった。
こちらの目が覚めたことに気がついたらしい女性は、耳障りではないものの、棘のある声色で皮肉を言ってくる。
「随分と、お疲れだったようで?」
鼻を鳴らしながらの皮肉に、寝起きの彼―顔は銀色の兜、いわゆるバシネットと呼ばれるもので、食事の際にも兜を付けたままに出来るよう、耳の手前に蝶番で固定されている。しっかりと頭部を守っている半面、首から下はこの国で一般的に普及されている服そのもので、薄手の白いシャツとグレーの1枚だけ。
しかし、その両腕には服に似合ってない物騒な武器―左手には、顔ほどの長さの鉤爪。小指以外の全てに黒い指輪を付けた右手には、突き刺すことの出来る角のような3本の突起の付いた武器。更に右手には巻き取り用のリールが付いている―伝承という夢物語に出てくる、"竜狩りの角"と呼ばれるものを装備していた―は、特に気にした様子もなく、飄々と答える。
「前回の仕事から帰ってろくに眠れてなかったからな。そりゃあ疲れてるとも。
―ただ、何かあればすぐに起きる。現に、何も異常はないだろう?」
彼の言う通り、異常は何も起きていない。彼の言い分もよくわかるが、彼女としては釈然としない。
「それはそうですが、些か油断しきっているのでないので?」
「もう一度いうが、有事の際はきちんと仕事をする。
初めての遠出で興奮しているのは分からんでもないが、もっと柔軟に受け止めてくれ」
面倒そうに彼は言うも、言い方が気に入らないのか、彼女は興奮気味に顔を赤らめて反論する。
「そんな子どものような理由で―!」
「ただ隣村に"転送石"を置くだけなら蜥蜴荷車に護衛数人連れてくるだけで十分だろうに。
わざわざ"魔女協会"に要請してまで俺を呼んでる時点でただの過保護だ。現実を見ろ、箱入り娘さんよ」
男は反論を言い切る前に、事実を基に言い返し、彼女も黙り込んでしまう。
そんな険悪な雰囲気を感じ取ったのか、荷車の窓越しに後方を確認していた彼女の護衛の一人が話しかけてきた。
「お二人とも、そんなに険悪にしないで。折角の旅なんですし、もう少し楽しみましょう」
和やかに語りかけてきたのは、まだ幼さの残る顔立ちに、笑顔の張り付いたような顔。ただ、胡散臭さはなく、本人の人柄なのだろう。青い髪は短く整えられており、顔立ちも悪くない。
その一方で厚手のレザーアーマーをしっかり着込んでおり、荷車の傍らに折りたたみ式の槍にはすぐ手を伸ばせるようにしており、護衛としての訓練はきちんと受けていると理解する。
その護衛の青年に窘められ、彼女も少し落ち着いたのか、不満そうではあるがきちんと謝る。
「…少し、言い過ぎましたわ」
素直に謝ったおかげか、彼もそれ以上事を荒立てることはなく、同じく小さく頭を下げた。
「こちらも、少し苛ついてたみたいだ。すまなかった」
その言葉で場の空気も少し和らぎ、護衛の彼はにこやかにぱん、と手を叩く。
「じゃあこの話はおしまいですね。
―それで提案なのですが、そろそろ中継地点が近いです。休憩の準備をしませんか?」




