第1節 13
手持ちの食料で適当に食事を用意し、ベルとドットの部屋にノックをする。
「どうぞ」
入室の許可が降りたので、遠慮なく入ると、ヴァンの部屋よりも3倍ほど広い部屋が出迎えた。
簡素な木の造りであることには変わらないが、置かれた寝床や家具が、彼の部屋のものよりも一段階品質が良いもののように見える。だからといって、特彼は気にせずに扉を閉める。そして、行儀よく座って待っていた2人のいる、四人で余裕を持って囲える掛けの机に食事を置いて、ヴァンも座る。
「折角だ、同席してよろしいかな?」
「…ヴァン、それは席に着く前に聞くことですよ?」
答える前に席についていることについて、苦言を呈した彼女をちらりと見た後、手を合わせる。
「まぁ、細かいことはいいじゃないか。母なる大地の恵みに感謝して―いただくとしよう」
早速食事への感謝を述べて、顎部分の蝶番を外したヴァンを見て、彼女も呆れつつ手を合わせた。
「あり合わせの割には、悪くありませんでしたよ」
「そうか。お嬢様の口に合ったのなら良かった」
素直に言わない彼女に向け、皮肉で返し、言い返すよりも先に彼は右手の装備を外す。真っ白な素肌に着けていた、革の指ぬきグローブを外し、机に置く。
「―それで、1つ頼みたいことがあって、今回食事の席に参加したんだ。
このグローブに着いている指輪に、魔力を補充してほしい」
よく見ると、彼が右手に付けていた指輪はグローブと一体化しており、その指輪に魔女の力を注いでほしい、とのこと。
「…この指輪が、アナタの魔法の源無んですか?」
ヴァンの頼みを断るわけではなく、まずは聞いてきた彼女に、はぐらかすことなく答えた。
「そうだな。作り方を伝えるのは魔女協会から禁忌とされているから詳しくは言えないが、これが俺が"魔法"を使える理由だ」
グローブを手に取ると、見た目以上の重さと、魔力が反発するような、ピリピリとした感覚が指先を伝う。
「…魔女の力を埋め込まれた石、でしょうか?」
「先ほど言った通り、どうやって作られたか、話すことは禁忌とされている」
質問に対し、無感情に彼が返すと、それ以上の返答は得られないと理解し、彼女は大人しく話を戻すことにした。
「―分かりました。でも、転送に必要な力は残す必要がありますし、それだけで良ければ」
「それの魔力も、大量には使っていないから、それだけでも十分助かる」
ベルの条件にも、彼は快く応じ、思い出したように兜の下半分を蝶番で留め直してかな聞いた。
「不躾な質問は承知で聞くが、魔力の糧はドットに任せていいのだな?」
蚊帳の外に置かれていたドットは、うとうとしつつ聞いていたが、ヴァンのその言葉を聞いてマジかよ、と言いたそうに目を丸くしてこちらを見ていた。しかし、そんな彼の想いは届かず、主人は二つ返事で頷いてしまう。
「ええ、ドットの分で十分ですから」
逃げ道を失い、訴えるようにヴァンを見てくるが、彼はにこやかに突き放した。
「じゃあ、若いの、頑張ってくれ。明日の朝、食事と一緒に指輪を貰いに来る」
ヴァンは食器を積んだ盆を手に、そそくさと退散し―ドットを逃さないといいたそうに、出た途端に扉の鍵がかけられた。
「……まぁ、死にはしないだろ」
今更少し心配になったが、魔女に吸われてパートナーが腹上死した例は滅多にない。流石にそんなレアケースは起きないだろうと、都合のいい予想でそれ以上の心配はしないようにした。まずは自分の仕事、食器の片付けに専念することにした。
今日のやることは大体済ませたので、彼は部屋に戻り、鍵を閉めてから兜を外す。
「―ふぅ」
ようやく一息ついて、彼は唯一の窓を開き、空気を入れ替える。そのまま窓から身を乗り出して、空を見上げた。
空には赤い月が輝いており、静かに村を照らしている。ほのかに赤く照らされた道を何も考えずに眺めていると、遥か遠く、視界の隅に小さな点が見えた。
「ん…?」
部屋に戻り、リュックに入れておいた双眼鏡を手にして、再び窓から小さな点を見る。双眼鏡を通して見えたのは、深緑色の鱗を持った翼竜。双眼鏡でも辛うじて見える程度だが、恐らくここに来る道中で出会ったのと同じ個体だろう。
距離からして、こちらを狙っているわけではないようだが、それはどちらでも良い。問題なのは、"夜間にも関わらず、昼行性の生き物が活動していること"。通常の個体であれば、巣を守り、体力の温存のために住処で眠っているのが普通だ。にも関わらず、活動していることは、翼竜が巣を守る必要がない、もしくは昼間に休息をとっても問題ない環境が整っている、ということである。
「……半分冗談で言ったんだがな」
村長に向けて言った、ヴォルガと翼竜の同時防衛。厄介極まりないが、本当に覚悟をしておかないとまずいようだ。
ヴァンはため息を吐きながらも、翼竜の後を双眼鏡で追っていたが、とても明るい月夜の影響か、しばらく観察を続けていたところで、こちらを見たような気がして―急降下してヴァンの視界から逃げていった。
「―気付かれたか」
これ以上の追跡は難しいと判断し、彼は双眼鏡をしまってから窓を閉め、椅子に座って装備の手入れをすることにした。
角と鉤爪を研ぎつつ、今後の予定について思い返す。
(……まずは、ヴォルガの拠点と翼竜の巣を探し出す。今の装備のままであれば、翼竜は問題ないが賊の拠点を襲撃するには、少し装備が欲しい。最悪、同じ拠点にいる可能性も考慮して用意をしないとな)
まず、角を研ぎ直し、リールのワイヤーも切れていないことを確認する。
―"竜狩りの角"。空を舞う竜を追跡するために、ヒトを空へと連れて行くために作られた武器。人一人を支えられる程の強度をを持ったワイヤーを使い、魔力を利用して巻き取り、射出を可能とした装備。それはかつて、建国の英雄とも言われる竜狩り―"黒の竜狩り"が使っていた装備。
数多の竜を狩った彼女の逸話に憧れ、この角を手にしようとした若者は数しれない。ただ、皆が皆、この装備を扱う難易度に心を折られ、もしくは文字通り、この装備に足を奪われ―時代とともに、より便利な武具も増えたことから滅多に見ることはなくなった。
それでもなお、彼は古代の遺物のようなこの装備を使いこなし、色付きの竜狩りと成った。この遺物を使いこなせた理由には、彼の持つ指輪の力が大きい。
ベルに渡した指輪は、魔女からの魔力の供給を必要とするが、一つ一つ、魔女と同等の力を持つ。それ故、彼は指輪4つ分―魔女4人分の力を使いこなすことで、この角の力を最大限に発揮し、竜を討つことができた。彼が竜狩りと成ったのはそれだけが理由ではないが―角の整備を終えて、彼は机に置いて、上着を脱いで―陶器のように白く、鍛え上げられた肌が露わになる。そして、そのまま半裸の状態になってからベッドに寝転がる。
まだ寝るわけではなく、何もない天井を眺めつつ、ぼんやりと考え込む。
「…魔女、か」
魔女。それは、魔力という超常の力を持った女性たちの総称。男が魔力に目覚めることはなく、魔女の力は女にのみ"継承"される。
長い歴史の中で、魔女は様々な思惑によって"消費"されてきた。その悲しい連鎖から魔女を解放するために立ち上げられたのが、魔女協会。魔女を保護、管理下に置くことで魔女個人の人権を守るための組織。しかし、今も魔女の希少価値は高く、ならず者たちにその身は常に危険に晒され続ける。ならず者たちを排除し、魔女を解放する。つまり、武力による魔女の解放を執行するために集められたのが、ヴァンを含めた協会所属の傭兵たちこと、"魔女の騎士団"。
騎士団としての仕事はそれほど多い訳では無いが、色付きの竜狩りとなると、依頼は嫌でも飛んでくる。ヴァンが竜を狩る理由は売名ではないので、はた迷惑な話ではあるが、その見返りに王国中を駆け回れるのは探し物をしている彼としては都合がいい。とはいえ、こんな僻地まで飛ばされるのは想定外だったが。
「…まぁ、いいか」
思っていないところで、有益な情報が手に入ることもある。できる限り前向きに考えつつ、彼も今日は休むことにした。
(……そういえば)
微睡みの中、1つ、大事なことを確認しておくのを忘れていた。
(ベルの魔女の適性をまだ確認していなかったな…。まぁ、明日にでも聞いておこうか)




