第1節 11
―村長とのやり取りを終え、2人が帰ってくるまで待っているのも時間がもったいないため、ヴァンは一人、村を散策することにした。
来るときも見ていたが、ここは山から流れてくる大きめの川から興った村であり、各所に置かれた、小さな水車から動力を取り出して家事や農作業、加工といった、各所での仕事に活かしている。品物を見ていても良かったが、前回の依頼の報酬を貰うことなく、今回の任務に向かうことになったせいで、手持ちとしては心許ない。
余計な散財はせずに、目的地でもある生活区―外周の様子を見に行く。
外周に村を囲うほどの壁は流石に作れるわけはなく、有刺鉄線の代わりに有棘類のツタを張り巡らせた、3メートルほどの木の柵が並んでいる。
その外から見える風景は、見晴らしのいい平野であり、等間隔に建てられた櫓には弓矢が常備されており、有事の際はこちらで牽制するのだろう。
ここは別に防衛のための砦ではなく、人々の暮らす小さな村だ。防衛のための設備はこの程度あれば十分すぎる程だが―生半可な弓矢では歯が立たない翼竜を危険視するのは当然だろう。
―空はまだ明るい。ただ、今から山へ戻り、探索するには少し準備が足りていない。であれば、この時間の内にその準備をすることにした。
生活区の中にある、雑貨屋。しかし、店は閉まっている。と思ったが、扉に張ってある張り紙には、『御用の方は中へどうぞ』との文字。
用があるため、気兼ねなくヴァンは扉を開き、中に入る。
薄暗い店内の棚に並んでいる商品は少ないものの、火打石、カンテラの油、乾燥した携帯食料、臭い消しの薬草など、最低限のものは最低限残っている。
「……いらっしゃーい」
呼び鈴に釣られ、遠くから気怠げな声が聞こえる。しばらくすると、だぼだぼの上着1枚に、ぼさぼさの茶色の髪で顔の半分を隠したような女が降りてきた。
そして、ヴァン―2メートル近くの兜以外の防具を着けない巨漢の姿を見て奇声を発した。
「ゔぃえっ!? お客!?」
「……」
逆になんだと思ったのだろうかと聞きたかったが、聞く前に店の奥に消えてしまい、少なくとも服だけは着た彼女が戻ってきた。
「―い、いらっしゃい。こ、こ、この辺りで見ない人だけど、何かひ、必要かな?」
若干震えた声で、何もなかったように聞いてくるので、彼もそれに合わせてやることにした。
「しばらく、村に滞在して調べ物があるんだ。
何か使えるものを探しに来たんだが」
素直に用件を伝えると、彼女はただでさえよく見えない顔を、更に暗くしてため息をついた。
「それはそれは…はぁ、申し訳ないね。
ここのところ、山賊連中が商人から商品を奪ってくせいで、内に仕入れられるモノもほとんどなくてね。何もないのもさみしいから、村でも余ってるものを分けてもらって並べてるくらいなんだ」
「なるほど」
店の商品を眺めつつ聞くと、彼女はバツの悪そうに続ける。
「流石にただで貰ったもので儲けるのも悪いからさ。代わりといっちゃ何だけど格安で提供するよ」
「それは有り難い。ちょうど、手持ちが心許なくてな」
非常に助かる言葉をもらい、彼は早速携帯食料と虫除けの香、繊維で編んだ紐など、野外での任務に必要となるものをカウンターに並べていく。
「―ざっと、こんなものか。幾らだ?」
商品自体は少なかったものの、その内の半分ほどを並べた所で会計を聞くと、算盤を弾きつつ、彼女は答えた。
「こんだけなら、銀銅貨8枚だね」
「そんなものか。これで足りるな?」
要求に対し、彼は懐から皮の袋状の財布取り出し、すぐに代金、銀メッキを施された銅貨を支払うも、彼女は少し困惑気味に笑った。
「そこはさ、高いだろってツッコむ所なんだけど…」
「そうなのか? 経営が苦しいところを見るに、ぼったくる所は珍しくはないんだが」
実際、買い込む量に対して、多少割高ではあるが、山賊然り、災害のような敵がいるような場所ならば、妥当な値段と判断して大人しく支払ったのだが、どうやら違うらしい。彼女は苦笑しつつ、カウンターに並べられた銀銅貨を6枚返す。
「…流石に、生活が苦しいにしてもこれは受け取れない。あたしも、腐っても商人だ。今は落ちぶれてると言っても、騙して稼ぐような真似はしたくない」
彼女の強い意志を伝えると、ヴァンは特に気にした様子もなく、返された貨幣を受け取り、財布の中に戻す。しかし、しばらく考えたあと、再び銀銅貨を1枚取り出し、カウンターに置いた。
「チップってこと?」
猜疑的な目で彼女は聞くが、彼は首を横に振る。
「違う、これは対価。
答えられるだけで構わない。俺の質問に答えてほしい」
情報には、常に価値がつきまとう。それを理解した上での交渉に、しばらく沈黙が続いていたが、彼女はそれを受け取って、確認するように眺める。
「―いいよ。ただし、対価以上の話はできない、それでいいかな?」
「構わん」
ヴァンも彼女の出した条件に応じ、早速、話を始める。
「具体的に、山賊たちが現れた時期と、翼竜の現れた時期を教えてほしい」
「ほぼ同時期。翼竜が、若干遅れたようだけど、あたしが聞いた限り、ほほ同時期だ」
彼女は即答し、ヴァンが考え込む前に、追加の情報を出す。
「うちに来た商人から聞いた話だけど、翼竜のすぐ近くに山賊連中が現れたこともあったみたい。ただ、襲われるわけでは無かったけど、それは山賊の方も同様だった」
「その商人は、街道を利用していたのではないか? ほぼ山道で、見渡しが悪いにしても、奴らが見つかっていない、なんてことあるのか?」
率直な疑問をぶつけるも、彼女は肩をすくめた。
「それはこちらにも分からない。何せ、あの時の人たちも翼竜にも襲われないか、不安で必死だったからね」
改めて話を聞いていたからこそ、分かった不審な点。ヴァンも少し、想定を改めなければ、と考えるが、まずは情報を集める。
「それと、ここの見張りや備えてる防御装備について聞きたい」
少し、想定外な質問に、彼女は渋い顔をした。
「いや、それは流石に答えられないよ。少なくともこの村を守るための機能を、客人とは言え簡単に教えられない。―それに、あたしみたいなのでも、女子供はよほどじゃなきゃ防衛までの話は聞けないからね」
「そうか…」
ヴァンが残念そうに呟くと、彼女は少し訂正した。
「直接は教えられないけど、間接的なら教えて上げる。
この村は、基本的に一日中見張りは立てるようにしている。それは、ここで決めたルールだからね。ただ、夜は見張りの人数も半分まで減るから、ここをよく知る敵が奇襲をするなら、夜のほうがあり得るんじゃないかな」
「……、そうか。大体わかった」
そこまで話した所で、彼女は一息ついて腕を組む。
「お金をもらったとは言え、これ以上、というか村の防衛について話したので代金分は話したと思うけど?」
尤もな意見に対し、彼もそうだな、と応じて品物を空いているバッグにしまっていく。
「有益な情報、助かった。いい結果に結びついてくれることを祈っていてくれ」
「……やっぱり、アンタが噂に聞いてた傭兵だったか」
そこまで聞いて、合点のいったように呟くと、彼はバッグを背負い、振り返らずに手だけ挙げた。
「世話になった。今度来た時は、もっと充実してることを祈るよ」




