第1節 10
再び降ろした照明の裏に仮留めしていた転送石をしっかり固定させるため、ヴァンとドットの2人が作業をしている。その間に、村長とベルが打ち合わせを続けていた。
「まず、今後の予定ですが、本格的な利用自体は明日にして、今日は設置のみでよろしいでしょうか?」
「なんだい、今日である程度進めるんじゃないのか?」
不思議そうな村長に対し、彼女は少し疲れた笑顔で答える。
「少し、慣れない旅に疲れてしまいまして…。
昨夜も無理に走ってこちらまで来たんですよ」
先日の件も踏まえて話をすると、村長も何かを察したようにあぁ、とため息混じりに応じてくれた。
「なるほど、そういうことか。災難だったな。
民宿ってのはうちにはまだ無いんだが、ここの2階が空いてる。寝床は用意しておいてやるから、そこを使ってくれ」
「お気遣い感謝します」
礼を告げたところで、向こうで作業をしていた2人が、最後の点検と言いたげに周囲をしっかり指差し確認していたところだった。
「チェックヨシ!」
「ヨシ!」
作業を終えたことを確認し、2人が服で扇ぎながら戻ってきた。
「お嬢さん、とりあえずいつでも使える」
「お疲れ様です。先程聞こえていたかとしれませんが―」
労いの言葉をかけつつ、今後の予定を確認しようとしたところで、ヴァンが遮る。
「悪いが、少し待ってくれ。―動作確認ついでに、先にラセルタを戻したほうがいいのではないか?」
「……ふむ、」
ヴァンの提言に、彼女は少し考える。
ラセルタも転送石同様に貴重な存在であり、盗難だけでなく、最悪事情を知らぬ者たちに見つかり、魔物と間違えて殺害されてしまう可能性もある。その危険性を考えると、確かに間違った提案ではない。ただ、懸念の一つが、転送石を起動して、魔力が持つかどうか。消耗こそしていないものの、経験のない彼女にとっても不安な点である。
考え込んでいる彼女に向け、ヴァンは少し屈んで、彼女の目を見て語りかける。
「そんな心配はいらない。この設置は何度もやってきたが、皆、成功している」
そして、再び姿勢を正し、焚き付けるように聞いた。
「それとも何か? お前は他の連中と違って失敗するとでも思ってるのか?」
彼女のプライドをあえて刺激するような挑発を受け、先程まで見せていた、代表としての仮面を即座に投げ捨て、眉間にしわを寄せた。
「はぁ? 誰に物言ってるの?
きっちり決めてあげるから準備しなさいよ!」
キレ気味に挑発を受け止め、ヴァンは少し楽しそうに笑いながら、ラセルタを連れてくる、と外に出ていった。
「…………、なるほど」
余りにも自然な焚き付け方にドットが感心していたところ、後ろから苛つき気味な声が飛んできた。
「ドット! 早く準備をするわよ!」
「は、はい!」
ベルに叱られつつ、準備を始めたその姿を、村長は羨ましそうに見つめていた。
「若いなぁ…」
ヴァンはラセルタを荷車ごと運び込み、荷車に積まれていた、半透明の大きなシートを取り出し、村長に声をかけた。
「村長、転送場所はどこにする?」
「そうだな…とりあえず、部屋の中心が一番いいかな」
「分かった」
間取りを見ながら指示通り、部屋の中心部を目安に半透明のシートを広げた。一辺7メートルほどの正方形のシートには、黒い塗料で自身の尾を噛む大きなヘビを外枠として、その中を埋め尽くすようなカラフルな幾何学模様が描かれている。
シートを広げ、ドットを呼んで位置の調整をして、納得の行く場所に固定できたところで、ベルを呼んだ。
「ベル、固定を頼む」
「いきますよ。離れててください」
ヴァンの指示に、ベルは頷いて合図を送ると、2人はすぐに離れ―シートが光を放ち、徐々に床と同化していく。
異様な光景に目を奪われている間にシートは完全に床と同化して、方陣を刻み込む。光が収まったあと、ベルがシートの固定化を確認すると、ヴァンと目配せをして、ラセルタを方陣の上に移動させる。
その間にベルも転送石の下まで移動し、灰色の水晶のような石に手を当てると、仄かな白い光を放つ。
「ヴァン、いつでも行けるよ」
「こちらも大丈夫だ。いつでもやってくれ」
ラセルタが暴れないように、最後のお土産としてソーセージを咥えさせ、ヴァンも離れたのを確認して彼女は転送石に魔力を注ぎ始めると、それに呼応して方陣も光り出す。急な光にもラセルタは動じず、今あるソーセージにかぶりついており―次の瞬間、荷車もろとも、ラセルタは姿を消した。
光が収まり、転送が終わったことを示す。無事に転送が済んだところで、ベルが深く息を吸って吐いた。
「―終わりました」
「そうだな」
ヴァンは淡々と答え、どうだ、と続けた。
「簡単だったろう?」
「そうですけど…アナタに言われると何か引っかかりますね」
少し落ち着いたのか、外向けの態度で彼女は返し、ヴァンは笑った。
「そこまで言えるなら大丈夫だ。
―ところで、転送は済んだが、その確認はしないのか? 実際に同じ場所に飛んでいく、とかな」
「あ」
転送は成功したものの、転送そのものが問題なかった、という確認は出来ていない。思い出したように声を漏らす。
「まぁ、飛ばす前に俺も確認したが、念の為実際に確認するのも良いだろう。―だからドット、着いて行ってやれ」
転移先の確認ついでに一度転送先―家に戻るように告げると、2人は少し躊躇うような反応を見せた。それについて、ヴァンも誤解のないように訂正する。
「任務自体は終わってないし、部屋も用意してもらうんだから、夜には帰ってこいって意味だ。
それに、お前も初めてなら、間違っていないか確認した方が自信にも繋がる。まさか、自分でやったことに責任が持てないか?」
再び煽るように聞くと、彼女は簡単に乗ってくれた。
「そんなわけ無いでしょう。行けばいいのでしょう!? ほらドット、行きますよ」
「……分かりました」
あまりのチョロさにドットも絶句しつつも、彼女に従って、転送方陣の上に乗り―すぐに消えていった。
「―これで邪魔が居なくなったな」
狙い通り、2人を引き離すことに成功し、ヴァンは改めて村長と向き直ることにした。
「…何かと思ったら、そういうことか。アンタもなかなか強引だな」
「扱いやすい子どもだからこうするだけだ」
ヴァンは鼻を鳴らして答え、早速本題に入る。
「で、村人から少し聞いたが、例の山賊に困ってるようだな」
「そうだな。アイツラには随分と迷惑をかけられている。この村も加工品を取引して運営している側面もあるからな。商人の往来を制限されるし、俺らの商品を強奪されるし良いことがねぇ。
それに、最近は翼竜までこの辺で見るようになったっていうじゃねぇか。噂には聞いたことがあるが、そんなすぐに住処を移すような生き物じゃねぇんだろ?」
率直に問題点を話しだし、ヴァンは要点を纏める。
「つまりは、ヴォルガの抹殺と翼竜の撃退、ないし討伐でいいってことだな?」
「簡単に言えばそういうことだな」
抹殺、と明らかに殺意の込められた単語については触れず、依頼内容についてはそれで良い、と言いたそうに頷いた。
「出来るか?」
「尽力はしよう。逆に聞くが、仕事の内容から、それなりの報酬を頂くが、アテはあるのか?」
指名手配の凶悪犯に加え、状況次第では翼竜の討伐。王国の師団が動くほどの規模になりかねない敵に対し、見合う報酬を支払えるか。ヴァンは魔女協会に所属しているものの、その実態は傭兵に近い。当然、今回の転送石の設置とは別に報酬を要求するのは違法ではなく、妥当である。
法外な値段を要求するつもりはないが、その取引について、村長はそうだな、と顎を撫でてからにやりと笑った。




