第1節 9
それから起きてきたベルとドットの2人と朝食を済ませ、一行は早速今回の依頼先でもある村長の家に向かった。
通りかかる村人に村長の家を教えてもらい、歩いていて分かったが、この村は彼らが入ってきた居住区に、農耕区、生活区と大きく三区画に分けられている。特に、村を縦断する川に沿って生活区、農耕区を作り、その周囲に生活区を作っている。
そのため、外敵が来ても、居住区から迎撃することができるため、侵入を許した敵が作物に火を放ったりして、兵糧攻めのようなことはやりにくい配置となっている。奇襲の際は人的な損害は出やすいものの、作物に釣られて獣が襲来しにくいようにしているのだろう。
そして、村長の家は生活区にあるようで、そこまでラセルタを走らせることにした。
見知らぬ生き物に、村の人々、特に子どもたちは興味を示し、ヴァンは思ったより嫌な顔はせずに、一緒に御者席に乗せてやっていた。ラセルタも良い子にしてるおかげか、子どもの親らしい人たちから、申し訳なさそうに余ってる食べ物を貰ったりしていたので、おもちゃにされてる割には怒ることなく、嬉々として子どもの相手をしてくれた。
そんな事をしているせいで、一行の足は遅々として進まず、ようやくたどり着いた時には随分と日が高く昇っていた。
村の特産でもあるハチミツ飴をしゃぶりつつ、ラセルタは目的地に着いたのを確認して足を止める。山のように抱えていた子どもたちは既に親の仕事の手伝いに行っていたので、この場にいるのは一行のみ。ヴァンは御者席から降りて、荷車の前方の扉を開けて合図する。
「さぁ、仕事を済ませようか」
「そうですね」
仕事、と聞くと、今までは慣れない遠出に多少不安が混ざっていた、箱入りお嬢様だったベルの顔も、引き締まる。恐らく、こういう仕事はしっかり叩き込まれていたのだろう。それを見て、ヴァンは安心したように小さく笑った。
「―ふ。大丈夫そうだな。
ドット、手伝ってくれ」
「はい」
予定していた荷物―転送石とその台座を抱え、3人は煙突や水車の立ち並ぶ生活区に立つ、一際大きな木造の建物の呼び鈴を鳴らす。
しばらくした後に扉が開き、質素な深緑色をしたエプロン姿の、30代ほどの栗毛の女性が顔を出した。
「どちら様でしょうか?」
初対面の相手に対して、当然の反応を返すと、ヴァンが代表して取り次いだ。
「此度、そちらの要請に従い、転送石の配置に来ました。魔女協会の者と伝えれば通じるはずです」
普段から考えられないほど丁寧に受け答えし、2人は後ろでむず痒くなっていたが、前の2人は気付かない。
ヴァンの言葉を聞いて、女性は思い出したように扉を大きく開けた。
「話は聞いています。どうぞ、中でお話を伺います」
「ありがたい。行くぞ、お前たち」
彼は後ろの2人に声をかけて、中に入っていく。それを見て、2人も倣うことにした。
中に入ると、凝ってはいないものの、しっかりとした造りの、天井の高い広間が出迎え、入り口の両脇には2階へと続く階段があった。天井に吊るされた、大きな照明が照らす広間の奥に、受付のような机が並んでいる。そこで一人、羽根ペンを持って書類作業をしている、髪どころか髭もない初老の男がいた。
女性に促されるまま、広間の奥へと、男のいる所へと近づいて行くと、その姿がしっかり見えてきた。
髪の毛も髭も剃り上げており、深いシワの刻まれた顔立ちから、苦労を積み重ねてきたのだろうと分かる。小さな目は真剣そのもので、書類に向き合っており、傍目から見たら荒くれ者のように見える。ただ、服装は麻から作った、ゆったりとした簡素なシャツとズボンで、少しだけその凶悪な顔のイメージを緩和している。
誰かが近付いてきた気配を感じ、ただでさえ小さい目をさらに細めてこちらを見ると、来客が来たことに気付き、彼は表情を和らげて立ち上がった。
立ち上がると予想以上に身長も高く、180cmはゆうに超えているだろう。ただ、ヴァンよりは小さい。
そして彼の前まで案内され、男の方から一礼して挨拶をしてくる。
「よくぞいらっしゃいました。俺が村長です」
村長と名乗った所で、3人もそれに応じて一礼してから自己紹介を始める。
「魔女協会より派遣された竜狩りです。此度は、勢力圏の拡大に協力いただき、陛下に代わって礼を申し上げます」
「隣の領地より参った、護衛の一人です。今回はよろしくお願いします」
真っ先に男2人が挨拶したところで、最後となったベルに視線が集まるが、特に緊張した様子もなく深く一礼する。
「ラズベリタより参りました魔女、ベル・サフィア・ラズベリタと申します。
まず、父に代わり今回は魔女協会、王国の協定に参加いただいことをお礼申し上げます」
顔を上げた彼女は、仕事モードと言わんばかりに真面目な表情で続けた。
「早速、仕事の話と致しましょう。
―改めて、今回の契約の内容について教えてもらってよろしいでしょうか?」
彼女の言葉を聞いて、村長は早速書類を漁り始め、その内の束の1つを取り出して読み上げる。
「ええと―今回は、まず転送石の設置を行い、最初の操作として王国とラズベリタへの通路を繋げる。その次に、転送石を使って、魔女協会、ラズベリタ領主への報告…ただこれは、嬢ちゃんたちがやるから、こっちの仕事は待つことだけだ。
ま、それはそれとして。それが終わったら、本格的に転送石の起動として、まずは都市部への転送が始まる。そうして、主要都市の転送が可能になった時点で嬢ちゃんたちの仕事は終わり。
あとは魔女協会と細かい転送先について調整して、完全に終わりって感じだな」
ざっと、転送石の設置についての一連の流れを説明し、ベルも頷いた。
「多少省略したところはあるものの、こちらの流れと相違ありません。
―では、早速取りかかりましょう。まず、転送石の設置についての場所は決まっていますか?」
時間が惜しいと言わんばかりに準備を始めるように伝えるベル。村長も再び書類の束を探し始め、間取りの書かれた紙を取り出す。
「これは、ここの間取りを書いた紙なんだが、可能なら、この広間に置きたい。何かとここで申請したりするから、そのまま転送できるならそれに越したことはないと思ってな」
間取りを見るに、彼らがいるこの広間が、この建物で最も大きい部屋。いわば役場のような役割もあるため、手続き後、すぐ転送可能な場所に置きたい、というのが希望なのだろう。
そこまで理解した上で、ベルは聞いた。
「盗難対策はどうされます? ここは人目によくつきますし、何より手軽に出入りできる場所ではないのでしょうか?」
転送石を利用できるようになると、人々の往来も増える。悪意のある人々が来ないという保証はないため、設置の前には盗難対策について確認する決まりがある。規定に基づき、ベルが確認すると、村長はその場を離れ、壁際に隠された装置に触れる。
すると、ゆっくりと天井に吊るされていた照明が降りてきて―床に着地する。
四方を鎖で吊るされた大きな照明は、1メートルないくらいの高さの転送石を設置するには十分な空間を有している。
「転送石の効果範囲を一部に限定し、本体はここの照明にセットして、隠すというのはどうだろうか?」
村長の言う通り、天井の照明の裏となれば一般な利用者から視認はできない場所かつ、容易に見つかる場所ではない。そして転送石の設定次第では、希望の通りの使い方をすることも可能である。
ベルも床に降ろされた照明に乗って、鎖の強度を確かめつつ、頷いた。
「ここなら問題なさそうですね。ただ、実際に転送石を置けるかどうか、確認させてください」
ベルの合図を聞いて、男2人が動き出し、照明の空きスペースにテキパキと転送石の設置を始める。
「―一旦仮止めだが、終わったぞ」
十数分の作業の後、仮設置が終わったことをヴァンが告げると、ベルが頷いて村長の方を向く。
「念の為、一度上げてもらってよろしいでしょうか?」
「よし来た」
それを聞いて、ヴァンとドットが照明から降りた所で照明が再び上がる。
ゆっくりと昇っていく照明を、間近で確認する人が居ないと村長がツッコもうとした所で、ヴァンが右手を掲げ―その爪を天井に向けて放つ。
「おい―!」
思わず制止したが、爪は天井手前の虚空に突き刺さり、彼は照明と並ぶように昇っていく。
そうして、照明がぶつかることなくセットできたことを確認し、再びベルの指示でヴァンは照明と並んで降りてくる。
「……なんだその武器は」
何事もなかったように、虚空から爪を抜き取り、巻き取る。そして何食わぬ顔でベルの後ろについた所で、村長は困惑気味にツッコミを入れた。




