始まり
血と、炎と、何かが溶ける酸っぱい臭い。
気絶した彼が目を覚ました時に、初めて入ってきた情報。
不快な臭いに顔をしかめ、彼は目を開けるが、そこには先ほどまで見ていた見慣れた天井はなく、都合よく自分を守るバリケードのように重ねられた数多の木片だった。
ただ、次の瞬間バリケードも紙のように吹き飛ばされ、彼は外の世界に放り出された。
「――――!!」
余りの光景に、言葉を失う。
自宅のベッドの上から見えたのは、炎に照らされ赤黒く染まった夜空。次に見えたのは、溶かされ、焼き尽くされた故郷の姿だった。
その中には、見覚えのある寝間着や、店の看板―記憶にある、古くともしっかりと存在感を放っていた故郷の残骸が、荒れ果てた姿でそこにあった。
混乱して状況を理解するより先に、その残骸の中に、山のように大きな影が何かを啄むように貪り食っていた。
骨の砕ける鈍い音と、かすかに聞こえた悲鳴。当時は全く分からなかったが、きっと食われていたのは故郷の住人の誰かだったのだろう。
喉を鳴らしてその何かを飲み込んだ巨影は、閉じていた目を開き―その、夜空に輝く星のように、見入るほどまでに美しく、禍々しい金色の眼が、間違いなく彼を捉えた。
―見つかった。
理解した時点で恐怖に囚われ、彼の足は動かなくなる。
そして、その影も軽く跳ねるようにして彼の下へと現れた。
近づく程に、勝てるはずが無いと理解する。背丈だけでも50mはある巨体は、興味の無さそうにこちらを見下ろしていた。
間近で見て、ようやく目の前の生き物を理解した。
返り血に濡れているものの、炎に照り返された漆黒の鱗、蛇のような顔をしているものの、頭に生えた2本の逆立つ角、4本の手足と巨大な4枚の翼が生えたそれは―この世界の頂点。竜と呼ばれる生き物だった。
黒い竜は怯えて動けなくなっている彼をしばらく見たあと、顔を近付ける。ただ、食われるわけではなく、彼も魅入られたように竜の顔から目が離せない。
その時、頭に声が響く。
『五体満足な生き残りとは―面白い。
人の子よ。お前に機会を与えてやろう。
その命の使い方次第では、面白いことになるだろうからな。
どう使おうと勝手だが…"最期には我の下へと帰ってくるのだぞ"?』
意味のわからない言葉を理解するよりも先に、何かを察知した竜はぐるる、と小さく唸って頭を上げる。そしてすぐに4枚の翼を広げ、彼が理解するよりも早く飛翔する。
その暴風に巻き込まれ、彼は宙に舞い上がるが、落下するときの速度は緩やかで、風に包みこまれるようにベッドに着地する。
竜が空へと消えていって、助かったと安心するよりも先に、押さえつけていたように恐怖が脳裏に蘇る。
耐えきれない恐怖を上書きするように、彼は声にもならない声を挙げる。
彼は延々と泣き叫び、気絶することでようやく落ち着いた。
ただ、それは一時的な安寧。
それもそうだろう。その夜、間違いなく彼は黒き竜に呪われたのだから。
呪いが、彼の真っ当な生き方を許さない。
だからこそ、彼は呪いに、竜に立ち向かう。
それが唯一の生きれる道と信じて。




