あの日へのメッセージ
『だからきっと天国でも元気にやってるんじゃないかな』
最後に短い文章を添えて、メッセージを返信した。
エリカからメッセージを受信した日付を見る。
内容を考えて文字にするまでに、一週間以上もかかっていたそうだ。
長々と悩んでいた返事をスラスラと書くことができたのは、数時間前にシオンと祭りを巡ったからだろう。
デスクトップの電源を落とし、飾られた写真を手に取る。
シオンとエリカと三人で撮影した写真だ。
二人が付き合う一ヶ月ほど前に、僕の提案でテーマパークに行った際に撮ったものだ。
エリカがぬいぐるみを抱えてぎこちない笑みを浮かべている。
そんな彼女の気持ちに気がつくこともなく、シオンは楽しげな表情を浮かべてピースをしていた。
二人の歪な関係性に気がついたのは、シオンでもエリカでもなく僕だった。
意識的に惹かれ合っていた二人だが、その気持ちを露わにすることはなかった。
シオンたちの性格を考えれば当然のことだ。
彼らは自分の気持ちではなく、三人の友情を優先するような人たちだった。
じわじわと表情を露わにした新たな感情よりも、築き上げてきた思い出とこれからの良好な人間関係を選んでいた。
僕自身の気持ちに整理をつけるためにも、二人が付き合うことは都合が良かった。
叶わない恋心を抱えたまま、二人の間で時間を過ごすのはとても辛かった。
ならいっそのこと、大好きな人と大切な人で付き合ってしまえば、少しは楽になるのではないかと考えた。
「エリカには悪いことしたな」
写真を元の位置に戻して、パソコンの前を離れる。
扉の前を左折した先に、背の低いスライド式の扉があった。
右手で扉を開き、足を踏み入れる。
正面にはバスルームがあり、左手には洗面台があった。
「だいぶ老けたな」
両手をついて身を乗り出し、鏡に映った自分を覗き込む。
それほど筋肉が落ちたわけではなかったが、口元や頬にうっすらとシワができていた。
写真に映っていた当時の顔とは随分と異なっている。
船を作った二十代の頃はシワなど一つもなく、肌もツヤツヤとしていて身体も思い通りに動かすことができた。
長くなった髪の毛を横に流して顔を洗う。
コップに入った歯ブラシを手に取って、水にさらして口に咥えた。
虫歯になりやすい体質なので、入念に歯磨きをしなければならない。
機械的に手を動かしながら、頭の中に十年以上前の古い記憶を蘇らせる。
エリカと出会うよりも前の思い出だ。
当時は、僕もシオンも社会の冷酷さや鈍感さなど知らなかった。
二人の関係が永遠に続くと信じて疑わず、宝石のような日々を過ごしていた。
「僕も幽霊になれればいいのに」
口内に溜まった水分を吐き出してポツリと呟く。
この船に乗ってから何度も同じようなことを考えた。
乗客のように恋愛感情や嫉妬心を失うことができたらどれほどいいだろうか。
呪いのようなこの感情が消えれば、出会った時のように自然とシオンと会話を交わすことができるのに。
洗面台を離れて、机の前に腰を掛ける。
無表情な僕の顔が、真っ黒なパソコンの画面にうっすらと映っていた。
十年前と現在の自分の顔を見比べつつ、再び写真を手に取った。
思いが伝わる可能性などないことは知っている。
だからこそ、十年以上も気持ちを隠し続けてきた。
かけがえのない友人として彼の隣に立ち続けることができるだけで、僕は満足だ。
大きく息を吸って、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏側に、数十年前から一向に変化することのないシオンの笑顔が浮かんだ。
大好きな人が亡くなった日の夜は、普段と比べてより一層静かな夜だった。