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あの日のメッセージ

『今年で十年だよ』


数日前にエリカから送られてきたメッセージだった。


薄いデスクトップの画面には、その書き出しから伸びるメール文が映っている。

写真や映像は添付されていない。

淡々と書かれた文章には、当時の情景を彷彿とさせる言葉がたくさん転がっていた。

 

緩やかな波の動きが部屋を揺らす。


それほど広い部屋ではなかったが、ベッドからトイレ、風呂場までしっかりと揃っていた。

天井から垂れた蛍光灯が光を放ってフローリングの床を照らす。


壁際に追いやられた本棚には、今までに読んできた様々な物語が収納されていた。

 

パソコンの周りは本や船の資料で散らかっている。


デスクトップのパソコンは余計に机の幅を取った。

左隣には置き時計があり、右側には写真が飾られている。

自分を含めて三人で撮った写真だ。


満面の笑みでピースをしているのは、僕が愛した人だった。


「カンナ、入るぞ」

 

写真に手を伸ばした瞬間、声が鳴って勢いよく扉が開かれた。


廊下から潮の匂いが流れ込む。

机に肘をついたまま、部屋に飛び込んできたシオンに目をやった。


「早いね」


「祭りの日だからな」

 

男は上機嫌に言うと、扉のすぐ近くに置かれたベッドに腰を下ろした。


「で、船長からのお言葉は考えたのか?」


「一応」

 

ズボンの右ポケットに手を入れ、四つ折りになったメモ用紙を取り出す。

書かれた文字が透けて見えた。


昨晩、数時間かけて考えた開会の言葉がつらつらと並んでいる。


「しかし大変だな。毎月毎月考えないといけないんだろ?」


「まあ自分で始めたことだし。むしろみんなが飽きないかが心配だよ」


「飽きはしないんじゃないか? 船員はみんなお前に感謝してるんだしさ」


「そうだといいけどね」

 

ポケットにメモを入れて席を立つ。


両腕を上げて背筋を伸ばし、シオンと距離を開けてベッドの上に座った。


「どこ見るか決めてるの?」

 

大きな目を見て問う。


「いつも通り展示されてる作品を見て、その後に外の屋台かな」


「本当に絵が好きだね」


「漫画家になるのが夢だったしな」


「知ってる。中学の頃、描いた漫画読ませてもらってたからね」


「そういえば、そんなこともあったな」

 

シオンと僕は、中学以来の友人だった。

漫画やアニメなどを通じてじんわりと仲を深めていった。


僕は漫画を読むのが好きで、シオンは漫画を描くのが好きだった。

作り手と受け手で視点こそ違っていたが、作品に対しての熱意や愛情は似通っていた。


「あの時はこの歳でこんな姿になるなんて思ってなかったけど、割と何も変わらないもんだな」


「そうだね。生きてても死んでいてもあんまり変わらない」

 

時計に目をやり、ベッドに手をついて立ち上がる。

予定していた時間よりも少し早いが、開会前に到着する分にはいいだろう。


「むしろ、幽霊になってから楽になった人もいるよね」

 

この船の乗客はみんな幽霊だ。


僕たちが乗っているのは豪華客船でもなければ貨物船でもなく幽霊船だ。

約六年以上も海上の旅を続けている。


この世をさまよう幽霊を見つけては、近くの船着場に寄って船に乗せた。


「行こうか」

 

机の引き出しからルームキーを取り出す。

磁気の埋め込まれたカード型の鍵で、これといって面白みのあるデザインは施されていない。

豆腐を薄くスライスしたかのように、真っ白で真四角だ。


「あ、そうだカンナ」


「どうしたの?」


「祭りを案内したい人がいるんだ。その人も一緒でいいか?」


「別に構わないけど」

 

ルームキーを中指と人差し指の間に挟んで見せる。

 

シオンの船内の役割は、新たな乗客とコミュニケーションを取ることだった。


広々として施設の多い船は、乗ったばかりの幽霊たちを悩ませることがある。


シオンはそんな彼らの心配事や悩み事を聞き出して、不安を解消してくれていた。


「どういう人なの?」


「年齢はわからないけど、まあ若い女の人だよ。船に乗ったばかりだから、色々と教えてもらいたいんだって」


「そういうことね」

 

机の上に置かれたランプの電源を落とす。

 

壁に掛けられた丸型の電波時計は、六時四十五分を差していた。


「少し早いけど、行こうか」

 

そう言って僕が足を踏み出すと同時に、シオンが腰を上げた。

 

静かな部屋に、二つの足音が響く。


金色のドアノブに手を当てて扉を開き、潮の匂いに導かれるように廊下に出た。

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