1話
ちゅんちゅんと鳴き声が聞こえる。青草の匂いがする。温かな日差しを背中で感じる。心地いい風を肌で感じる。
意識がだんだんと覚醒してきた。ゆっくりと目を開けると、小さな雑草が風に身を任せて揺られているのが見えた。指の感覚を確かめるようにゆっくりと手を握り、そして放す。大きく深呼吸をすると、全身の血管が開いて血の巡りがよくなったように感じた。
ゆっくりと体を起こして顔を上げる。正面には大きな湖が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。その周りを囲むように森林が生い茂っていて風に揺られている。動物たちも私を警戒しているのか、遠くからこちらを観察するように見ている。
――ここは、いったいどこだろう。
景色に見覚えが無い。どうしてここにいるのかもわからない。自分の名前すらもわからない。私は誰で、何者なのか。なにもわからないという恐怖が突然襲ってくる。周りに人の姿はない。見知らぬ土地でただ一人座り込んでいる。
これからどうしていいかもわからず動揺していると、指先に何かが触れた。視線をそちらに向けると、一枚の羊皮紙と羽ペンがあった。いつからそこにあったかはわからない。最初からそこにあったのかも定かではない。
羊皮紙には英語で『MagicName』や『ManaCost』などの箇条書きの欄があり、そこに何か書けるようになっているようだった。しかしこの羊皮紙自体にも見覚えはない。いったいなんなのかと一番上に書いてある文字を見る。そこにはタイトルのような文字の大きさ、太さで中央に書いてあった。
この英単語を見たことも聞いたこともないはずなのに、私はつい声に出して読み上げた。
「Codex……。」
その時、様々な情報が頭の中に流れ込んだ。あまりに突然で膨大な量に激しい頭痛が起こり、頭を抱えて悶える。湧いては消えて湧いては消えてのサイクルを一瞬のうちに繰り返して、その全ての情報を無理矢理叩き込まれているみたいだ。
ただその情報は、本棚をひとつひとつ埋めていくように自然と整頓されていって、中身を理解し落とし込めている。
「なんなの、これ……。」
数分が経っただろうか。頭痛が収まり、目の前の暗闇が晴れたような感覚だ。
改めて羊皮紙を見る。私が扱えるこの『Codex』という魔法は、謂わば【魔法を創れる魔法】ということらしい。脳内に叩き込まれた情報をひとつひとつ整理していく。
①『MagicName』
魔法の名前を記入する欄。英語名であることが必須。文字数の制限はない。
②『ManaCost』
いわゆる消費MPみたいなもの。自身の魔力を消費する量の数値を記入する欄。
③『MemorySlot』
魔法を記憶する際に必要とする記憶容量を記入する欄。
④『EffAct-Cnd』
『Effects & Conditions for Activation』の略。魔法の効果及び魔法の発動条件を記入する欄。魔法の効果については自由に記入してよくて、発動条件の記入は任意。
以上がこの羊皮紙、『Codex』に書く内容。他にも色々と使い方や注意点のようなものも叩き込まれたが、文字の情報だけでは知識として入ってきてもそれを理解できていない。
私はそばにあった羽ペンを手に取り『Codex』に色々と書いていく。入ってきた知識が本当かどうかはわからない。理解もできない。ならば、実践して確かめるだけだ。
書く内容は、自分の記憶を取り戻す魔法。自分が何者でどこから来たのかを知るための魔法だ。『MagicName』は適当な英語で”RecoverMemories”と記入した。まさか洋ゲー好きがこんなところで幸いするとは思わなかった。もしも英語ができなかったらこの時点で『Codex』は使い物にならなかっただろう。
『ManaCost』と『MemorySlot』は共に《0》を記入。『EffAct-Cnd』には”自身の失った記憶を取り戻す”と記入した。
記入できる部分は書き終えた。発動条件は書いていない。その場合の魔法の発動方法は、『MagicName』に書いた名前を読み上げること。
「"RecoverMemories"」
呟くと、『Codex』は霧散するように消えていった。しかし、私の記憶には何も変化がない。
当然、魔法を発動するためには代償が必要になる。その代償というのが、『ManaCost』だ。順序立てて理解していきたいし、『MemorySlot』については今は置いておこう。
今回は”自身の失った記憶を取り戻す”という効果に対して『ManaCost』が《0》だったため、代償として不十分とされて発動ができなかった。叩き込まれた知識通りだ。
「『Codex』。」
言うと、さっきと同じ羊皮紙が現れた。新しく魔法を創りたい場合は、「『Codex』」と唱えることで新しい羊皮紙が出現する。羽ペンもその時一緒に出現するようだ。
私は先ほどと似たような内容を書いていく。『MagicName』を"RecoverName"、『ManaCost』を《10》、『EffAct-Cnd』に”自分の名前を思い出す”と記入する。
代償とする『ManaCost』の必要量は、『EffAct-Cnd』に記入した魔法の効果の大きさに比例していく。要は、効果の強い魔法には、その分多くの魔力を消費するということ。ここらへんはテレビゲームと同じシステムだからわかりやすい。ただし、記入した魔法の効果に必要最低限な『ManaCost』が私にはわからない。
テレビゲームで例えるならば、本来魔法を発動するための消費MPは画面上に表示されているが、『Codex』はそれが表示されない。しかも消費MPを自分で決めなくてはならない。そうなると、さっきみたく魔法が発動しなかったり、無駄にMPを消費する可能性がある。
そして、これにはもう一つの不安要素がある。それは魔法の効果を”失った記憶を取り戻す”から”自分の名前を思い出す”へ変えた理由に繋がる。
もう一つの不安要素。それは、自分のMPの上限値がわからないことだ。おそらく、私のMP(あればの話だが)には当然上限値があるはず。消費MPをこちらで決められるというなら、全部マックスにすればどんな魔法でも発動するだろう。しかし、自分のMPが0になればどんな魔法も発動できなくなる。ましてやこれはテレビゲームではなく、現実の私の体。MPが0になった瞬間どうなるかわからない。だから、取り戻す記憶の範囲を小さくすることによって、『ManaCost』が少なく済むようにした。これで魔法が発動されなかったら、そこから少しづつ『ManaCost』を上げていくしかないだろう。
一息吐いて、魔法を唱える。
「"RecoverName"」
さっきは羊皮紙が霧散したが、今回は羊皮紙自体が発光した。眩しいとは感じなかった。ただ温かくて、包まれていたいような光だった。
数秒経って光が収まると、私の頭の中に文字列が浮かんできた。
「碧海、ルリ……。」
深く浸透していく。心の中に、深く。
「私の名前は、碧海ルリだ。」
間違いないと、そう断言できる。どうして今まで思い浮かばなかったのか不思議に感じるほどにしっくりくる。
それと同時に、安心感も生まれる。未だに私の過去が思い出せないというのに、名前を思い出しただけで私がここに存在しているんだと実感できる。その実感が安心感に変わる。
「私は碧海ルリ……、私は碧海ルリ……。」
何度も自分の名前を復唱する。心は充分安らいだ。次は自分に自信をつける番だ。
心を奮い立たせて立ち上がる。手を広げて太陽の光をいっぱいに浴びながら、大きく深呼吸をする。
自分は確かにここに存在している。だったらどこかもわからない場所でじっとなんかしていられない。大丈夫、『Codex』の力は本物だ。『Codex』があればなんとかなる。
「よし。」
まずはこれからどうするかを考えよう。
一つ目は自分の身の安全。『Codex』の魔法があれば獣に襲われそうになったとしても、追い払うことは容易い。が、自分の魔力の上限のことを考えると少し不安が残る。やはり拠点、せめて小屋のようなものがあれば安全だろう。あとは食料の問題もあるが、周りには動物や木の実、そして正面にあるデカい湖には魚もいる。獲り過ぎないように注意すれば食料に困ることはないと思う。まあ果たして食べても安全なものかはその時に考えよう。
二つ目は近くに人がいるかの調査。近くに町や村があるなら、そこに住んでいる住民から話を聞いて情報を得たい。もしかしたら、私のことを知っている人がいるかもしれない。
三つ目は『Codex』についての研究。基本的な使い方は理解したが、まだまだわからないことが多い。自分のためにも隅々まで使い方の研究をした方がいいだろう。どうしてこんな魔法を使えるかはわからないけど、仮にも私の魔法だ。責任を持って管理しなければ。
さて、大まかに分けてこの三つだろうか。『Codex』の研究は後にするとして、拠点の作成か周辺の調査、どちらを優先すべきか。言ってしまうと、どちらも『Codex』があれば簡単にできてしまう。周りには木がたくさんあるからそれを素材に拠点を作ることが可能だろうし、雑に半径を決めて人間を検知するセンサーのような魔法を創れば調査も楽にできる。たださっきも言った通り、魔力の上限を考慮して今日はこのどちらかにしておこう。
なんでもできるっていうのは便利だけど、なんでもできるが故の不便も感じてしまう。何をするにしても魔力の上限というリスクが頭から離れない。本当にあるかも定かではない、目に見えないものに怯えなきゃいけないなんて。
「目に見えない……。そうだ!『Codex』!」
やはりなんでもできるというのは便利なことだ。私は今思いついたことをスラスラと書いていく。
「"ManaScope"」
四回目の詠唱。まさか魔力上限値の確認だけで《3》もコストがかかるとは思わなかった。確認だけなら普通は《0》だろ、と紙切れに苦情を言ってもしょうがいない。
目に見えないのならば目に見えるようにすればいい、ということで自分の魔力の上限値を確認できる魔法を創った。
詠唱すると、頭の中に数値が2つ浮かんできた。数値を空に思い浮かべて、指で一つずつ桁数を数える。一目でわかる程度ではあったが、念のため。
《99,987/99,999》
これが私の魔力の上限値であり現在値。私は約十万の魔力を持っているようだが、十万という数字を見てもいまいち実感が湧かない。一つ言えることは、今まで不安に感じていたことは全て杞憂だったということだ。本当に無駄な心労を重ねたと思う。
「これは便利だし、この魔法は記憶しておこう。」
『Codex』を出現させて、また同じような魔法を書いていく。今度は『MemorySlot』を《1》と記入した。
全部の欄を書き終えて、もう一度"ManaScope"と唱える。さっき浮かんだ数値から3減った数値が浮かび、消えていく。そして試したいことはここから。今度は『Codex』を使用せずに"ManaScope"と唱えてみる。すると、また3減った数値が浮かび上がってきた。
『MemorySlot』とは、魔法を記憶するために必要なスロット数を記載する欄。そこに《1》と記入したことにより、私の記憶スロットに"ManaScope"という魔法が記憶されたということ。これでいちいち『Codex』を使って魔法を創るという手間が省ける。魔力上限と同じく、記憶スロットもいくつまで記憶できるかわからないが。
(記憶スロットの上限も確認できるようにすればよかった……)
一度記憶した魔法を消去する方法はわからない。もしかしたらないのかもしれない。『Codex』を使えば消去はできるだろうけど、『MemorySlot』を多用することはほとんどないと思うし、このままでいいということにしておこう。
元々の計画を忘れてはいけない。身の安全の確保。近辺調査。『Codex』研究。この三つの中から優先してやるべきこと。魔力上限値も判明した今、安全確保として小屋を建てる方が賢明だろう。10万近くある魔力量ならなんとかなるだろうし。
「そしたらどこらへんに小屋を建てようかな。」
正面には大きな湖。その周りを囲む森林。太陽の位置から見て、南側には山脈が見える。
湖のすぐ近くの開けてる場所は目立つからやめておこう。かと言って湖という水源から離れすぎるのもよくない。『Codex』で水魔法を作ればいいのだろうが。
一番ベストは、湖まで徒歩圏内、かつ森林が深く小屋が目立ちづらい場所。振り返り、危険な動物がいないか警戒しながら森林の中に入っていく。
湖から約20,30メートルほど離れた地点から、湖を回るようにグルっと一周してみる。近くに何があるのか、建設場所に適した場所がないかの探索だ。
森林の中には野生動物が何種類か確認できる。リスとウサギが融合したような動物。ヘビのような尻尾を持った猫。等々。そんな動物たちを見て、違和感を持たない自分に違和感を感じる。デジャヴを見た時の感覚に近いような気がする。私はこんな動物たちを知らないし、見たこともないはず。なのに、あの動物たちの姿を見た時、自然と私に入り込んできて、名称までわかってしまう。これは、最初に『Codex』を触れた時の副産物なのだろうか。考えても仕方のないことなので、動物たちは無視して建設場所を探す。
半周ほどしただろうか。特にインスピレーションが湧く場所が見つからない。景色も変わらない。端的に言うと足が疲れてめんどくさくなってきた。
「もうどこでもいいや。ここらへんにしよ。」
もうすでに慣れた要領で魔法を創作していく。小屋の素材はゼロから創るのではなく、周りにある木を使う。そうすればその分のコストがいくらか浮く。
靴を脱ぐタイプの玄関。床はフローリング(ちゃんとできるか不安だが)でリビングが十帖くらいでダイニングキッチン付き。トイレとお風呂は別。そして六帖くらいの洋室を一つ設ける。等々家の中の設備を整えていく。
「小屋じゃなくて、立派な家になっちゃった……。」
快適さを重視して色々と付けてしまった結果、プレハブ小屋のイメージから、一人暮らしには充分すぎるほどの立派な1LDKになってしまった。
「まあいっか。家は立派な方がいいと思うし。」
近くにあった石を重石にして、記入した『Codex』を地面に置いて距離を取る。ついでに近くにいた動物たちも追い払う。
『ManaCost』は多めに設定した。おそらく完成はするはず。しかし、『EffAct-Cnd』欄の隅に書いた肝心の間取り図が小さく、寸法もぐちゃぐちゃのため、ちゃんと自分のイメージ通りに完成するかが不安だ。それでもやるしかない。これも一種の『Codex』研究だと思って。
「"CreateDwelling"」
住居作成の魔法を唱える。『Codex』を中心に竜巻が発生し、周りの木々が根っこごと引き抜かれていって、自分の体も引っ張られそうになり思わず座り込んで体勢を低くする。引き抜かれた木々は『Codex』を潰して整理整頓されていく。
竜巻が収まったころには、木が生い茂っていたはずが四角くひらけ、集められた木々たちが太陽に照らされている。
集められた時点で一度動きがなくなり、失敗したかと思った。しかしその次の瞬間、潰されていた『Codex』が光りだし、木々たちを包み込んでいった。あまりの強い輝きに目を閉じてしまう。
光が収まり目をゆっくり開けると、丸太で作られた大きな家ができていた。
「うわぁ……!すごいすごい!」
改めて自分の力のすごさを実感する。紙に書いて唱えるだけで家を一軒建てられてしまう。私は、ある種の全能感を感じていた。
家の外観はドアと窓しかない、飾り気のない非常にシンプルなものだった。
ただ外観はこの際気にしない。重要なのは内装だ。あの間取り図でちゃんとできているかどうか、それだけが心配だ。
心配と思いつつも、少しの期待を胸に、家のドアを開けた。
目に飛び込んできたのは、人が二人分通れるほどの幅の真っ暗な廊下だった。明かりを付けていないため、外の光が入らないと全くではないがよく見えない。しかし、玄関から差し込む光で床がフローリングになっているのが見えた。玄関も土間と上がり框で分かれている。その横には靴箱もちゃんとあった。
明かり問題については後で考えるとして、さっそく靴を脱いで家に上がる。ひんやりと、そしてツルツルとした床の感触を足裏で感じる。
まずは上がって右側の扉を開けてみる。そこは脱衣所になっていて、服を置くための棚がある。もう一つ奥の扉を開けると、そこは浴室になっていて、檜風呂があった。お風呂はあるが、どうやってお湯を溜めるかは考えていない。あの大きな湖からこの家に水道を繋げれば大抵の水事情は解決するだろうが、大工事になるので後回し。
浴室を出て廊下に戻り、続いては左側の扉を開ける。そこはトイレになっていて、残念ながらぼっとん式だった。水洗式なんていうハイテクなものを木だけで作れるわけもなく。ここも後日改装予定とする。
そして、廊下の突き当りにある一番奥の扉を開ける。
十帖のリビング、右手にはキッチン。少し奥に入った左手に六帖の洋室があった。私が思い描いていた通りの部屋だった。
「成功した~!!」
リビングの中央で両手を大きく挙げる。明かりや水関係などのライフラインの整備はまだまだだが、家としては完成している。今はそれで合格としよう。
安心できるマイホームをひとりで完成させてしまったという大きな達成感により、今後の活動予定として出ていた近辺調査をするやる気が出なくなっていた。
家具も全くないため、それも自分で作らなければならない。とりあえず、簡単なものは作ってしまおう。
リビングにはテーブルとイス。天井にランタン。洋室の方には贅沢にダブルベッドを、それぞれ『Codex』で創っていく。ひとまずはこれでよし。
「ふわぁ~……。」
眠気が突然襲ってきた。魔力が一気に失ったせいだろうか。それとも単なる疲労のせいなのか。どちらにせよ、もう体が限界だ。ダブルサイズのベッドにダイブする。素材もなくゼロから創ったが、しっかりと羽毛のふわふわベッドだった。
そのまま数分と経つことなく、寝息を立てて眠りについた。
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ひとくち『Codex』メモ
『Codex』の研究成果を細かくメモに残していく。
『Codex』
碧海ルリに発現した魔法。効果は【魔法を創る魔法】。
『MagicName』『ManaCost』『MemorySlot』『EffAct-Cnd』の四つの欄にそれぞれ記入し、発動させる。
創れる範囲はかなり広く、理論上は無限大の魔法を創ることが可能。しかし代償として『ManaCost』、自身の魔力を消費するため、使い方には注意するべし。
四つの項目の詳しい説明は、別のメモに記載しておく。
初めまして、シズクと申します。
初投稿です。pixivの方では二次創作のSSを書いていたり、シリーズを書いていたりしていましたが、自分のオリジナルを書いてみたいと思い投稿した次第です。
文章が拙いと思いますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。




