7.終章 加護の森と百鬼夜行・改
豪華な内装の巨大客船の奥から、ヨドゥバシーが大型犬のように一心不乱に走って来て、ソゴゥに体当たりを喰らわせた。主に精神力が限界だったソゴゥは、後方に弾かれ、ヨルが慌てて受け止める。
「ソゴゥ! お前大丈夫か! 怪我は? ってか何でそんなに弱っているんだ?」
「お前だよ! 怪我を心配する相手に体当たりを喰らわせてどうするよ、ちょっと腕を出せ、噛みついてやる!」
「ごめん、ごめん、ってソゴゥ目が! 血がついている!」
「拭ったんだけどな、まだ汚れていたか」
ヨドゥバシーが、ソゴゥの目に治癒魔法を宛てる。白い泡がするりと瞼に消えていき、ソゴゥは一息ついた。
ガイドに戻していた魔法鍵が突然光りだし、元の大きさになって、ソゴゥの手に収まる。
ソゴゥの意思とは関係なく、体が光りに包まれ、白銀の髪、ペリドットの瞳、エルフの耳に戻り、さらに手や顔に黄緑色の光が液体のように走り、光りながらそごうの両手を前へと上げさせた。
手と手の間に、光が集まり出し、やがて一冊の本が収まった。
「あら、それは貴族書ですわね。十三貴族のノディマー家が最初に持つのは、治癒の魔法書のようね、お父様に報告しなきゃ」
ヨドゥバシーが首が取れそうなほどの速さで振り返り、頭を下げて一歩下がった。
ソゴゥは手にした魔法書をヨドゥバシーに手渡す。
「イグドラシルの意思に代行して、この貴族書を十三貴族に仮に進呈する。正式にはイグドラム国王より賜るがよい」
ヨドゥバシーが恭しく魔法書を受け取ると、魔法書の装丁が変わり、ノディマー家の家紋が表紙に刻まれた。
「それを使い、ここに居る避難民の健康状態の管理を任せる。長い間飢餓状態にあり、急な食料の摂取に耐えられない者、体力のない幼子や、年齢の高い者を助け、これからの長旅で、ただの一人も欠けることが無いように役立てよとのことだ」
ヨドゥバシーは片膝をつき「承知致しました」と答える。
光りが引いて、いつものソゴゥに戻ると、ソゴゥは苦々しい顔でリンドレイアナ王女を見る。
「貴女がこちらにいらしたとは、貴族書は帰国したのち、王に私からお渡しする」
「貴族書の事は了承したわ。わたくしがここにいるのは物見遊山ではなくてよ、王族の者が最前線で避難民をお迎えするのは当然の事ですわ」
ソゴゥが大司書であった場合、その地位はゼフィランサス王と並ぶ権威だが、今はまだ第一司書のため、王女などの王の一親等と同等となる。
「とは言え、途中から飛行竜で食材と一緒にこの船に乗り込んだのですけれど、わたくしの厳選した胃に優しい食料を大量に用意しております。病人食のエキスパートに調理してもらい、イグドラムに帰り着くころには、彼らのあのガリガリの体を丸々とさせてみせますわ」
ソゴゥは王女の言葉に、思いのほか優しく微笑んだ。
王女が言葉を失い、王女の後ろにいたヨドゥバシーまでも固まっている。
「イセ兄さん越えの、キラースマイル」とヨドゥバシーが呟いている。
「あー、その、その第一司書殿、わたくしのことを好きになったのですか?」
「え?」
リンドレイアナ王女の言葉に、ソゴゥは途端に顔を真っ赤にして「そんなわけねえし!」と叫びながら船の奥に走っていった。
「王女に何て言い草だよ」
ヨドゥバシーが呆れたように言う。
「貴方の弟、わたくしに気がありますわよね?」
「え、ああ、どうでしょう、異性にはいつもあんな感じなので、私にはちょっとわかりませんね、ちょうど異性というものを認識し出した七歳の子供のままのような感性なのです」
「まあ、ご長男はあんなに浮名を流しているというのに」
「え? イセトゥアンが浮名を?」
「あら、ご存じなかったの?」
「とりあえず、帰ったら家族会議を開きます。そしてしかるべき処罰を下します。貴族として品性を疑われる行為は、家長として見過ごせませんので」
ヨドゥバシーは暗い目をして、イグドラシルより賜った貴族書に、イセトゥアンの異性を異常に惹きつけるフェロモンを抑制する魔法がないかを割と真剣に探した。
「リンドレイアナ王女がいらしたのですね」
司書のセダムとクラッスラが、ヨドゥバシーと王女を遠巻きに確認してソゴゥに言った。
「ああ、王女たちの手伝いを頼む。私は、もう一つの船の様子を見てくる。場合によっては、向こうに滞在することになるので、こちらは頼むぞ」
「はい、向こうは島の様子を知るエルフはジキタリスさんお一人ですから、どうか島の人達を安心させてあげてください」
「わかった、ヨル、行くぞ」
ソゴゥはヨルを連れて客船の甲板に出ると、隣の船に移動しようとまずは周囲を確認した。
「ん?」
どうせ、ゼフィランサス王が手を回していると思い、後回しにしていた問題が、今まさに上空から滑空して降りてくる。
本来なら砲撃されてもおかしくないのだが、カデンの召喚獣である白い怪鳥であることを客船の周囲を護衛している戦艦からミトゥコッシーが確認したため、無事ソゴゥの目前の甲板に着地した。
「ソーちゃん!」
「母さん!」
母子が感激の再開を果たす中、カデンがヒャッカの後ろに並び、順番を待つように手を広げている。
ソゴゥはそれを華麗にスルーして、ヨルが慰めるようにカデンの肩に手を置く。
全部で、三頭の怪鳥が甲板に飛来した。
「あれ、トリヨシの他にも鳥増えた?」
「ああ、いつの間にか結婚して子供が出来ていた。あっちの角が小さめなのが、嫁のトリタケで、まだ角がないのが子のトリセイだ」
「そうなんだ。召喚獣って、契約した獣に家族ができると契約が拡張されるの?」
「そうなんだよ、父さんも知らなかったがな、トリヨシを呼んだら、あとの二頭もついてきたんだ」
「へえ、お得だね」
のんびりと家族の会話をしているところへ、ヨドゥバシーの再来かと思うほどの体当たりを喰らった。腰のあたりに、大の大人が二人しがみ付いている。
ブロンとヴィントだ。
「ソゴゥ様! ご無事で良かった!」
「連絡が取れなくなり、島へも近寄れず心配しておりました」
その後ろでセアノサスが、二人の王宮騎士に若干引き気味で「館長、ご無事でようございました」と声を掛けてくる。
「ああ、皆の事はあまり心配していなかった。そっちの戦力は十分だったからね、たとえ魔力を封じられても、ブロンとヴィントそれに武闘派のセアノサスと父さんがいたからね」
「ええ、人間の国で軟禁されていたのだけれど、ホテルの部屋はスタンダードからロイヤルスイートに格上げされたし、私とカルミアにはスパのサービスもあって割と快適だったわ」
「そうなんだ、良かったね。俺もめっちゃもてなされたよ、極東で、めっちゃもてなされたんだよ、極東で」ソゴゥが壊れたように繰り返す。
「気をしっかり持つのだ」
側で見ていたヨルは、気の毒なソゴゥを励ましに掛かる。
ソゴゥは最後に怪鳥から降りてきた二人を目にとめると、隣の船についてくるように言った。
飛行魔法で、隣の船に移ると、ソゴゥは皆にそこで待つように言い船内に入っていった。やがて、一人の女性を伴って戻って来ると、彼女をカルミアとジャカランダに紹介した。
「カルミアさん、ジャカランダさん、彼女はジキタリスさんです。お二人の娘さんで間違いないですね?」
ソゴゥが声を掛ける前に、既にカルミアは号泣しており、ジャカランダは体を小刻みに震わせている。ソゴゥがジキタリスの顔を初めて見た時、父親がジャカランダだったのだと気付いた。大司書と司書長という同僚や友人関係だけでなく、夫婦だったがために共に行動していたのだ。
「ジギダリズ、いどしいわがご! ああ、いぎでいだのね!」
濁点がすごい。
あの上品で優雅なカルミアさんが、ヨドゥバシーのガチ泣きとはるぐらい顔を歪めて、鼻水まで垂らして泣いている。
見ると、ジキタリスの方も負けず劣らず泣いている。
ああ、こうしてみると母子そっくりだなと思う。そして、やはりジキタリスの顔にその面影があったジャカランダもまた、男泣きに泣いて顔を腕で隠している。
三人がスクラムを組むように抱き合っているのが、不器用で愛おしくて、ソゴゥはヒャッカの側に寄る。
その間に、カデンが割り込んできて、ソゴゥとヒャッカの肩を自分にギュっと寄せる。
こちらも三人仲のいい親子の図だが、ソゴゥは死んだ魚の目をしている。
父親というものは、可愛そうな生き物である。
「カルミアさん、指輪ありがとうございました。これはお返しいたします」
「ソゴゥ様、ジキタリスを連れてきてくださって本当にありがとう、感謝してもしきれないわ。ああ、こんな日が来るなんて、本当に信じられない」
「ソゴゥ館長、私からもお礼を言わせてください。貴方がイグドラシルに選ばれて本当に良かった。貴方は本当に奇跡の様なお方だ。極東の事も、ソゴゥ館長がいなけれな、別の結果となっていたことでしょう」
「そうだ、もっとマスターを褒めよ」
ジャカランダの言葉に、何故かヨルがふんぞり返って言う。
「私の事はもう忘れていると思っていたのに、お父さんお母さん、迎えに来てくれてありがとう。こんなに泣いてくれてありがとう。ソゴゥ様ありがとう」
「もう、離れ離れにならないようにしなよ、これからも国に帰っても注意が必要な事は忘れないで、貴女を攫った相手は、イグドラムにいたのだから」
「そうね、その、誰が貴方を攫ったのか覚えているのかしら?」
「幼かったので、大人の顔をそれほど判別できていなかった上に、大分昔の事だから覚えていないの」とジキタリスが首を振る。
「では、私が貴女の記憶を見てもいいかしら?」
「そうね、その方法があったわ。私には分からなくても、その、おか、お母さんなら分かるかもしれない」
カルミアが「お母さん」呼びに感激して、ジキタリスをギュっと抱きしめる。
「とりあえず、船の中に入らない? 潮風が寒いのだけど」
ヒャッカが提案し、大所帯となった一行がぞろぞろと船の中に入る。
「そうだ、ソゴゥ様、その指輪が無くても私は同等の能力を使えるわ、ですからそれはソゴゥ様に差し上げますわ」
「大変ありがたいのですが、私には少し重い能力です、おそらく適性がないのだと思います。防犯のために娘さんにお渡ししたらどうでしょう。もし、彼女の誘拐に何かしらの関係があった者が近づいてきた際、その指輪をして触れれば、相手がどういう者か分かるため、対策がとれるのではないでしょうか」
「まあ! そうね! ジキタリス、嫌でなければ、受け取ってくれるかしら?」
「はい、お母さんがくれるものなら大切にします」
ソゴゥが指輪を渡そうとすると、ジキタリスがいたずらっぽく「あら、はめてくださらないの?」と白魚のような手を差し出す。
「では、失礼して」
ソゴゥは取り澄まして、ジキタリスの指に指輪をはめる。
上手く取り繕っているようだが、カデンとヨルはその耳の赤さに気付いて苦笑する。
結局、カルミアがジキタリスの幼少の誘拐時期の記憶を確認するが、誘拐方法は分かったものの、犯人は印象操作系の魔法を使用している様で、ジキタリスの記憶にはのっぺらぼうのように記憶されていた。
こうして、ニルヤカナヤの牽引により二週間程の航海を経て移民を誰一人欠けることなくイグドラムに連れて、ソゴゥ達は帰国を果たした。
あの映画を見た人間なら、一度は経験してみたいであろう。
ソゴゥは今、狼毛100%の絨毯に顔を埋めて、手を思いっきり広げたり、左右に転がったり、折れた前足に飛びついたりしていた。
さっきから「トト〇って言ってみ?」と、狼に無茶を言っている。
「すごい喜びようだな、ソゴゥの奴」
「このところ、ストレス続きだったようだからね。俺船の中で、二回は腕に噛みつかれた。あいつ樹精獣といないと、情緒がヤバくなる傾向があるみたいだ」
カデンとヨドゥバシーが、もう一頭の背中から、強大な狼の腹の上で大はしゃぎのソゴゥを見て言う。
「まあ、あんなに楽しそうなら、招待してよかったけど」
「若干、見ていてハラハラするがな」
毛だらけになったソゴゥが、満足そうに巨大な狼から離れて地面に降り立つと、見計らったように、小さな狼たちがソゴゥに突進してくる。
ソゴゥはそれを嬉しそうに、正面から受け止めて、横倒しに放り投げる。
次々にやって来る狼を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返している。
自分より大きな子狼の本気のじゃれつきを、相撲取りの稽古のように躱している。
動物は好きだが、顔を舐められるのが嫌らしい。
「ふー」
額の汗を拭いながら、ソゴゥがこちらに飛んで来る。
「いやあ、堪能した」
ご満悦である。
「あの狼、子供がいたんだな」
「この間生まれたばかりだ。まだ、赤ちゃんなのに、あんなに投げ飛ばして」
「やらなければ、やられる」
「いや、逃げて来いよ」
ヨドゥバシーは弟に付いた狼の巨大な毛の一本一本を取ってあげながら、この毛が何かしらの産業にならないかと考えていた。
一気に領民が一万人も増えたため、領主としては、国の補助を頼らずともやっていける手腕を見せたいところである。
「換毛時期の毛ってもっと柔らかくて、フワフワしているだろ、それを集めて毛織物にしてはどうだろう?」
「いいな、獣臭を取り除いて、染色を施せば肌触りは悪くないし、何より狼の毛織物なんてカッコいいじゃないか」
「あくまで、換毛期に抜けた毛だけを利用するというなら、イグドラシルで染色方法や脱臭方法を調べてもいいよ」
親子三人は、母親狼の背中で会議をする。
腹を見せてひっくり返っていた父親狼が起き上がり、こちらに顔を寄せる。
急に日陰が出来て、振り仰いだ時には手遅れだった。
三人まとめて、長い舌でべろりと舐められた。
「ぐあ」
「ヨド、ペロペロ禁止令を出せ、お前の契約獣だろう」
「うう、ディーン、人は舐めちゃだめだ」
ディーンと名付けた父親狼に、ヨドゥバシーが言って聞かせる。
納得したのか「クフン」と言って、一歩下がる。
「とりあえず、屋敷に戻るか、ソゴゥも十分堪能したようだしな」
「うん、戻ろう、風呂に入りたい」
「じゃあまた来るよ、デルーカ、ディーン、子供たちもまたな!」
ヨドゥバシー達は、洞窟に棲む狼一家に別れを告げて、ノディマー家へと帰宅した。
ヨドゥバシーが助けた狼たちは、ある日突然ノディマー家にやって来て屋敷のエルフの度肝を抜いたらしい。
害意がなく、ヨドゥバシーに対して群れのボスにするような低頭姿勢を見せたため、ヨドゥバシーが彼らと契約して、彼らを守るついでに、鹿の化け物を追い払うのに一役買ってもらったらしい。
屋敷に戻ると、ヒャッカやヨル、それと屋敷の使用人たちがテーブルだけでなく、床にまで置かれたデザイン図を採用率の高い順に並べて、話し合いに熱中していた。
移住してきた極東の人間の代表の数人は、ソファーでその様子をオロオロと見ている。
彼らの健康状態はだいぶ改善してきているとはいえ、まだ筋肉が付くまでに至らない。
いずれは、もっと自信をもって何でもできるようにしていくよう、色々な手伝いをしていく予定である。だが、まずは彼らの自分たちの姿に対するコンプレックスをどうにかしようと、ソゴゥがイグドラシルでも絵心のあるものに描かせた、ソゴゥの中二病が炸裂したデザインの意匠から、彼らに合わせて服を用意しようという話となったのだ。
一万人の衣服を一人一人オーダーメイドで作る計画。
これには十三貴族すべてを巻き込んで、何処がより機能的かつ快適でそして何より着る者の美しさを引き立てる服を作成できるか、コンテストを行うことにしたのだ。
当然、極東の彼らを見世物にする目的ではない。
コンテストは彼らがどの服を選ぶか、といった、極東の人間が審査するコンテストだ。
ソゴゥのデザインは、おどろおどろしくも派手で華やかな、妖怪のボスクラスが着ていそうな衣装が多い。彼らのコンプレックスは、人体実験の痕であり、彼ら同士が集まって暮らしていた頃は感じていなかったものだが、ここへやって来て、秀麗なエルフを前に、自分たちを恥ずかしいと思ってしまっていることを、どうにか解消することにあった。
ソゴゥは腕の多い人、目の多い人、角や尻尾、鱗の様な肌を持つ人が、その唯一を誇りに思ってもらえるように、自分が、その姿が最高にかっこいいのだと思ってもらえる服を考えた。
ソゴゥは中二病だが、その熱意は、屋敷の人間すべてに伝播している。
今ではヒャッカはもとより、ヨルや使用人からも意見が飛び交うほどだ。
「まあ、これを全員が着たら、壮観ではあるな。まるで百鬼夜行だ」
カデンはデザイン画を拾い上げ、和風のゲームキャラクターが着崩して着るような華やかでありつつも、悪役が着そうな絵を見てため息を吐いた。
「ソゴゥ、連れていきたいところがある、念のためヨルも連れてきてくれ」
カデンがソゴゥに言う。
「危険なところなの?」
「そんな悪いものではないとは思うが、不安定なようなのでな」
「ヨル」
「我も行こう」
カデンがソゴゥを伴い、怪鳥のトリヨシに乗って向かった先は、ノディマー領内の東の森に近い山中で、百メートルほどの岸壁を垂直に落ちる滝の滝つぼだった。
「分かるか?」
「ああ、何かいるね」
「龍か?」
カデンはヨルの言葉にうなずき、滝つぼを見やる。
「ただし成りかけで、まだ、昇格していない一歩手前の状態の様だ、今日は天気が悪いから出てこないが、普段はあの岩の上に顎をのせている」
「ひょっとすると、これが森の動物達の巨大化に影響していたのかな?」
「そうだ、こいつが意図的にか、そうでないのかは定かではないが、加護をまき散らしているため、動植物が恩恵を受けている。この状態が長引くと生態系に影響する」
「流石に、俺も龍の言葉は分からないんだけど」
「母さんに調べてもらったところ、これは蛟らしい。蛟が毒性を捨て、神聖を帯びて龍に変化しようとしている。とても稀有な個体なんだそうだ」
「領内に蛟がいたら、通常は編隊を組んで討伐に当たるけども」
「我なら、屠れるが?」
「龍になろうとしているから、ここは見守っておこうって話だよね?」
「そうだ、だが、この加護の大盤振る舞いを何とかして欲しいんだ」
「あ、龍!」と、突然ソゴゥが声を高めた。
「どうした?」
「ちょうど、ドラゴンを探していたんだ、約束で。ともかく、俺はこの蛟には是が非でも龍になって欲しい。そっとしておこう」
「だから、生態系がだな、極東の人間にも影響しているぞ」
「は?」
「彼らは、明らかに進化している。人間を超えた種族になるやもしれん」
「それはまずい、人道的観点から、世界中の非難を浴びかねない」
「そこでお前に、ヴィドラ連邦から蛇足人を派遣してもらってだな、あの蛟の通訳をお願いしたいんだ」
「父さん、蛇足人は蛇でも、ましてや蛟でもないよ?」
「だが同じ発声器官を持っているし、意思疎通も可能かもしれない」
「いやあ、無理だと思うな、全然違うじゃん」
「四の五の言わずに、連れてこい。出ないと、今後もイグドラシルで樹精獣の尻尾を触りまくるぞ!」
「くっ、なんて卑劣な、悪人顔をしているだけのことはある。分かったよ、連れてきた蛇足人が、蛟の言葉が分からなかった時の気まずさに、身悶えるがいいよ」
ソゴゥはそんな捨て台詞を吐いて、ヨルの背に乗ると「首都に、マッハで」と告げた。
ヴィドラ連邦の外交を仕切る僧正ナーランダは、イグドラム国の要請で、蛟と話せる可能性がある者を派遣して欲しいとの要請に頭を悩ませていた。
要請の元はあの、イグドラシルの第一司書というのだから、これを断ることは決してない。だがしかし、国内には蛟が存在せず、有鱗人や蛇足人が蛟と話せるかどうかなど分からないため、一体どうしたものかと考えていたのだ。
「甥のウッパラを派遣してはどうだ。アレは、イグドラシルの第一司書に会いたがっておった。来年のイグドラシルの大司書就任式典に連れて行けと、五月蠅くてかなわんところであったのだ、ちょうどよい、役に立って自力で招待状をもぎ取って来るよう伝えるがよかろう」
大僧正ヴァスキツの言葉に、ナーランダは人選を決定し、僧兵部隊に所属するウッパラへと知らせを走らせた。
大地は割れ、死が煙となって吹き上がり、凶星となって宙へ浮かび上がったあの日、自分は多くの命の終わりを予感した。絶望はやがて、まるで悪夢から醒めたように見えない何処かへ消えていき、世界は再び鮮やかに輝き、命を取り戻していった。
あの奇跡の出来事が、イグドラシルの巫覡であるエルフのおかげだと聞いて、ウッパラは一目でもいい、そのエルフにお会いしたいと思っていた。
その願いが、こんなに早く叶うなんて。
ただ、蛟と話せる者を寄こすようにいう要望には、正直応えられる自信はない。だが、大僧正のご命令とあらば、否やはない。
向こうも、可能性を試すだけだから、そう難しく考えないでいいと仰っているようなのが、救いではある。
隣国イグドラム国の国境を生まれて初めて越え、そこからは迎えの飛行竜にて、首都セイヴ手前の飛行竜の竜舎で降り、豪華な馬車へ乗り継いであっという間にイグドラム国立図書館、イグドラシルへと辿り着いた。
イグドラシルの正面の広場で、イグドラシルの司書達が出迎えてくれている中、その中央に他と違う色の服を着た黒髪のエルフと悪魔がいた。
話に聞いていた第一司書の容貌と、護衛の悪魔であることがすぐに分かった。
馬車から降りると、第一司書自らやって来て、手を取って下さる。
「ようこそ、お出で頂き感謝する」
髪と同じ、赤みを帯びた黒い瞳で真っ直ぐ見つめてこられる。
「貴方の事は伺っております。その歌声で、陸の王ともいわれる三觭獣を退けたとか。どうか、お力を貸していただきたい」
「はい、もちろんです。そのために参りました。私はヴィドラ連邦大僧正の甥にあたりますウッパラと申します。変態を経ていない若輩者ではございますが、精一杯努めさせていただきます」
「ありがとう、私はソゴゥ、こちらは護衛のヨルだ」
第一司書に会えた感激のあまり、つい目を潤ませてしまう。
「サンダーソニア、また数日よろしく頼む」
ソゴゥ様は振り返られ、山吹色をした長い髪の赤い司書服の女性に言った。
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、館長」
「早速、私の生家へ案内させていただく。荷物はそちらで全てかな?」
「はい」
「よし、直ぐに出発する。少し強引な移動方法のため、気分が悪くなったら、すぐに知らせて欲しい」
「私はこう見えても軍属ですので、多少の事は問題ありません」
私の体と荷物を護衛の悪魔が持ち上げると、ソゴゥ様はにっこりと笑い「では、お言葉に甘えて」と言った瞬間、視界が空の中に変わった。
「へ?」
「瞬間移動だ、繰り返して遠距離を移動する。気持ち悪かったら目を瞑っているといい」
「いえ、面白いです」
「そうか、それは良かった」
悪魔の魔法かと思っていたら、ソゴゥ様の目が緑色に光る度に景色が変わるので、この瞬間移動はソゴゥ様の能力なのだという事が分かった。
やがて、森の中の大きな城のような建物の前に到着し、その門扉の前で丁寧に降ろされた。
「ここが、私の家だ」
ソゴゥ様が門扉の鳥の意匠に声を掛けると、扉が開き、中からエルフの使用人と思しき服装の女性と、屋敷の女主人と思われるエルフが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! ようこそイグドラム十三領ノディマー家へ。私は当主の母であり、そちらのソゴゥ母のヒャッカと申します。ここを我が家と思って、どうぞ、おくつろぎください」
「ありがとうございます。ヴィドラ連邦国より参りましたウッパラと申します」
「ウッパラさんは、きっとソーちゃんと同じ年くらいね、ソーちゃんのお友達になってあげてくださいな」
「え? そうなの?」とソゴゥ様がこちらを見てこられる。
「ナーガ族の方は、幼生期間が長いのよね。エルフも長生きの種族だけれど、成人体になるのは、二十年前後と、人間と同じくらいなのに対して、大ナーガとなるウッパラさんの種族の方は特に幼生期間が長い傾向があるから、幼く見えても精神的には成熟されている方が多いのよ」
「母さんは、前大司書で、妙な能力があるから、相手の事がなんとなくわかるらしいんだ。ここはもう、俺の家だし、堅苦しいのは無しにしよう。俺の事はソゴゥと呼びつけてくれ、俺もウッパラと呼ぶ」
「それは、恐れ多いです。貴方はこの国の王と並ぶ方、それにこの大陸中の命を救い、この星にとって最も重要な方です」
「そう堅苦しくなるな、マスターは友人が欲しいのだ」
「おい、人を友達いない奴みたいに言うな。お前も、いい加減マスター呼びはやめろって言ったよな? 罰ゲーム決めたぞ! お前を王都のデザイナーに貸し出してやる! モデルが欲しいって言っていたそうだ、イセ兄が執拗に勧誘されて困っているって愚痴っていたからな」
「マ、ソゴゥ、それは考え直してもらえまいか?」
「もう遅い」
「ソーちゃん、ウッパラさんは遠路はるばる来られて、きっとお疲れでしょうし、先ずは客室にご案内して差し上げて」
「ごめんウッパラ、二階の客室に案内するよ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、俺たちの方だ、本当に遠いところまで来てくれてありがとう」
ウッパラはまたしても、感動で泣きそうになるのを何とか堪えた。
ソゴゥは相手の性別を最初に聞かされていから良かったが、そうでなければとんでもない美少女が来たと緊張していただろう。
白い肌に、紺色の長い髪、白い角と紺色の蛇足。ぱっちりとした紺色の瞳の中央に金の瞳孔が縦に光っている。
声が完全に少年の声だが、年齢までは分からず、ずっと年下だと思っていた。
二階に上がる際に、もともと台車用のスロープがあったが、ナーガ族を招待すると決まった時にきちんとした絨毯に張り替えて、ナーガ族の生態に適した環境に部屋を整えておいた。
「この部屋を用意したんだけど、何か不足や困ったことがあったら教えて。そういうのも知りたいんだ。俺たちの体のつくりの違いで、気づけていない事や、至らないことがあったら、遠慮なく指摘してくれると、こちらも勉強になるんでね」
「分かりました、ありがとうございます」
「どう? ざっと見て、何か問題点はない?」
「そうですね、椅子やテーブルの高さも問題ありませんし、基本的にはナーガもエルフ式のトイレやベッド、それに食器も使えますから、そんなにお気遣いいただかなくても大丈夫です。実は階段も上り下りできます」
「そうなのか」
「はい、でもお気遣いがとても嬉しいです」
「良かった」
ウッパラの言葉が本心と感じられないため、ソゴゥは安心した。
「それじゃあ、着替えてからまた来るから、お茶でも飲んでいて」
ラタン敷の床に座り、低いテーブルの前にウッパラは落ち着く。
ヨルは彼の荷物をラタンベッドの脇に置くとその向かいに座り、使用人のピリカが置いたお茶をすすめる。
ウッパラとヨルはお茶を飲み、一息つく。
「不思議な味だな」とヨル。
「祖国のお茶です、わざわざ用意してくださったのですね」
それきり会話のない二人の元へ、着替えを終えたソゴゥが戻る。
「え、静止画?」
ソゴゥはヨルの隣に座り、微動だにしない二人を交互に見て言う。
「早速だけど、この地に棲息している蛟が龍になろうとしていてね、やたらと周辺に加護をまき散らしていて困っているんだよ。この地には、極東より受け入れた人間が暮らしていて、彼らに影響が出ないように、ゼフィランサス王とも相談して、ウッパラに来てもらったんだ」
「そうだったのですね」
「彼らを他の地に移すことも考えたんだけど、やっと慣れてきた場所をまた移動してもらうのも精神的な負担となるだろうし、それにこの十三領ほど信のおける場所は、俺は他に知らないんでね。だから、蛟を何とかしたくて」
「大量放出をされている蛟の加護を、抑えてもらうよう伝えること、または、加護を抑える方法が見つかればいいのですね」
「そうなんだよ、この加護っていう現象がかなりレアで、その性質が解明されていないから、蛟の方に何かしら働きかけて、止めてもらうより方法がないというのが現状だな。俺もイグドラシルで蛟の事を色々と調べてみたんだけど、知力は高いようだが、実際に言葉を操れるかはわからなかった。ウッパラの目から見て、蛟の仕草などでから感情が見て取れたらと思って」
「わかりました」
ウッパラとは明日蛟のところへ行くことにし、夜は屋敷近くの森を切り開いて作られた十三領民となった人間の村から帰ってきたヨドゥバシーとカデンを含めてウッパラの歓迎会となった。
翌日、カデンは村に、ヨドゥバシーはカデンに借りた怪鳥のトリタケにウッパラを乗せて、ソゴゥ達と蛟のところへと行くことになった。
岸壁を垂直に落ちる滝の上から、滝壺となっている池を見下ろす。
「今日みたいに天気のいい日は、えーっと、ほら、あそこ!」
ヨドゥバシーが、池の中央にある岩場を指さす。
蛇にも蜥蜴にも似た巨大な白い生き物が、岩に顎をのせて微睡んでいる。
瞬膜があるので、どちらかというと蜥蜴寄りだ。
半人半蛇のウッパラは人間の声帯の他にも発声器官をもち、空気を振動させて蛟に向かって空砲を撃つ。
激しい滝の轟音の中で微睡んでいた蛟が、岩から顔を持ち上げてこちらを見る。
「おお、こっちを見たぞ」
ヨドゥバシーが興奮して、ソゴゥの背中を叩く。
蛟がカカカカカッと口を、猫のクラッキングのように鳴らして反応した。
ソゴゥは視界を切り替えて、念のため逃走用のマーキングを行う。
「ウッパラさん、蛟が何て言ったか分かりますか?」
ヨドゥバシーが、ウッパラに尋ねる。
「いえ、すみません。ただ威嚇音ではないようです。もどかしさを感じているときに、我々もああいった声を発てることがあります」
「もどかしいというのは、龍になりたくてもなれないといったところか」
ヨルが言う。ソゴゥは通常の視界に切り替えて蛟を観察する。
「なあ、あいつ弱ってないか?」
「私もそう思います。『もどかしい』は、ヨルさんがおっしゃる通り、欲求に対する達成できない不満もありますが、体の不調による不便を感じているときも該当します」
「怪我か体調不良で、加護が駄々洩れなのかもしれないな、体全体が見えたらいいんだけど」
蛟の首から下が水の中のため、その体を確認できない。
「俺が治癒魔法を試すよ」
「近寄るのは危険だって、蛟の腹の中から飲み込まれたヨドを瞬間移動で救出する羽目になりそうだわ。丸呑みならいいけど、咀嚼されてたら救出後にモザイク掛かるわ」
「でしたら、私が歌で蛟を眠らせましょうか?」
「ウッパラさん、是非お願いします」
「俺たちは、耳を塞いでおいた方がいい?」
「いえ、指向性があるので、私の正面に立たなければ大丈夫です。不安なようでしたら、私の後ろにいてください」
ヨドゥバシーとソゴゥとヨルは、ウッパラの少し後ろに下がり、ウッパラは蛟に向かって頤を下げて、歌によって蛟の体を動かす信号を阻害し、強制的に気を失わせることに成功した。
蛟は上げていた顔を岩に戻し、瞬膜を閉じて動かなくなった。
ヨドゥバシーが治癒魔法に専念できるよう、ヨルがヨドゥバシーを抱えて蛟の元に飛ぶ。
ソゴゥとウッパラは池の縁で待ち、その様子を見守った。
ヨドゥバシーが蛟へと手をかざすと、治癒魔法の白い泡が水面下にある蛟の体の方へとどんどん沈んでいく。
蛟の不調がどういった種類のものかは分からないが、あの泡が発生し続けているというのは、やはり治癒が必要な状態だったという事だろう。
ソゴゥはそう思い、ヨドゥバシーの手元と、蛟の様子を観察する。
しばらくして、ヨドゥバシーの手から治癒魔法の泡が出なくなると、ヨルはすぐにその場を離脱して、こちらへとヨドゥバシーを抱えて飛んで来る。
「どうだった?」
「もう大丈夫だよ、体全体が怪我と疲労でボロボロだったが、何とかなった。何かと争ったというような傷ではないみたいだけど、全身何かに打ち付けられたような症状が伝わってきた」
「龍になろうとして、飛翔に失敗したのではないでしょうか?」
「だとしたら、何度も繰り返し失敗して、この崖に体をぶつけて弱っていたってことかな?」ソゴゥは切り立つ断崖を見上げる。
「傷が癒えたとしても、また失敗するであろうな、龍となるための霊力が芯から漏れている」
「どういうこと?」
「失敗を繰り返すあまり、飛翔の核となる体力や魔力以外の力が抜けてしまっているのだ」
「自信を失って、成功するイメージがつかめないでいるうちに、飛翔するための力を失っているってこと?」
「たぶん、あの怪我の状態は、数百どころではい回数を繰り返しているんだと思うぞ。それこそ、気が遠くなるほど挑戦して、体が動かなくなって、心が弱ってしまったんだろう」
ヨドゥバシーが言う。
「もうすぐ、蛟が目を覚まします」
「心は俺でも治せない」
「自信を付けさせてやればいいのか」
ソゴゥは立体映像を作成するときの視界に切り替え、イメージを目の前の空間に組み立て、魔力を練ってそれを現実に展開する。
滝壺から白い蛟が顔を出し、大きな声でひと啼きする立体映像。ソゴゥの魔法は、音や光を映像に組み込むことが出来る。
その声に池の岩に顎をのせて眠っていた蛟が目を開け、滝壺に自分とそっくりな個体が今まさに、瀑布を浴びて顔を出すのを確認した。
ソゴゥは蛟の視線が思惑通り立体映像をとらえたと見るや、蛟を勢いよく滝をグングンと遡らせ、滝口を通過して黄金に輝きながらさらに上昇させて光り輝かせて、黄金に輝く龍へと変化させた。
ヨルは、何度も見ているソゴゥの能力だと気づいていたが、ヨドゥバシーとウッパラは何が起きたのか分からず、呆然としている。
「え、え? 飛翔した?」
「今のは、俺の立体映像の魔法だ。蛟が成功のイメージを掴めたらと思って」
「蛟が動きました、こちらに泳いできます」
ウッパラが、池の本物の蛟を指す。
蛟は縁に立つ四人の前を泳いで通り過ぎ、滝壺へと向かった。
心なしか、目がキラキラと輝いているようだ。
「核がしっかりしてきている、あとは最後まで己を信じきることができるどうかであろうな」とヨルが言う。
あの蛟、ヨドゥバシーに似ている気がする。
ソゴゥは密かに、単純明快な性格を垣間見せる蛟を一つ上の兄と重ねて見ていた。
蛟は先程ソゴゥが映像を転写した辺りにやって来て、そして落ちる滝を見上げた。
辺りの空気が変わり、水の落ちる轟音が消え、耳鳴りがするほどの静寂に包まれる。
空が暗くなり、ここだけ陽の光が届かなくなったような、異様な空間となって、蛟がひと啼きすると、滝は輝き出し、その光りを割りながら蛟が滝を昇り始めた。
四人は手に汗を握り、その光景を見つめている。
がんばれ! がんばれ!
蛟はグングンと、先ほどのソゴゥの映像と同じように飛翔を続け、そしてついに滝口へと到達してさらなる天へと駆け昇った。
蛟の霊力が滝口を超えたあたりで爆発的に増えて、その体は七色の光に包まれて輝き、彩雲が集まって来て、あたりは日の出のような眩しさに包まれた。
蛟の体が一回り大きくなり、白かった鱗は真珠の様な七色の光を纏って輝き、白い珊瑚の枝のような美しい角と長い髭を生やして、長い体を気持ちよさそうにくねらせた。
「おお、龍だ!」
凄く龍だ。手に宝珠まで持っている。
「やった! すごいぞ! 本当に龍になった!」
「すごいです! まさか龍になるところに立ち会えるなんて!」
「うむ、なかなかの面構えである」
「あ、そうだ」
ソゴゥは指先に光魔法を灯して、空に五芒星のような模様を描いた。
「ソゴゥ、それは何であるか?」と、ヨルが問う。
「マスター呼びが直ってきたねヨル、その調子だぞ。これは極東で手を貸してくれた悪魔に頼まれていた代償というやつだ。ドラゴンを探して、見つけたら知らせるようにという、約束をしていたんだ。竜好きな悪魔だったんだよ、あいつ。極東で色々としていたのも、アトランテス国の海竜である、海王様に会いたかったからみたいだったし。この簡易召喚は、あの悪魔に竜の場所を知らせる合図で、向こうの都合が付けば、いつかここに来るだろう」というソゴゥの言葉が止む前に「ええ!」と横から声がした。
誰もいないと思っていたところからの声に、ソゴゥは驚いて飛びのいた。
「私は竜が大好きなのです! ああ、まさかこんなに早く、しかも見たことのない種類の竜と出会えるとは! 流石、世界樹の神子!」
金目の悪魔が感動に打ち震えながら、成りたての龍を見上げている。
「これで、代償は払ったことでいいんだな?」
「ええもちろん、私は約束を違えません」
「そういえば、俺が次呼んだら、絶世の美女となって登場するって言ってなかったっけ?」
「おや、それは貴方があまりにアレなものですから、既に認知されている緊張されない姿を取っているのですよ」
「アレってなんだよ」
「ああ、ソゴゥに美女はまずいよな」
「確かに」
ヨドゥバシーとヨルは、何故か納得している。
「何がだよ」
「私の女性体は、この世界の最高美と称されるグルナディエを凌駕する美しさです。男性のみならず、女性ですら口を聞くこともできなくなるような暴力的なまでの美貌ですので、今回は控えさせていただきました」
「グルナ・・・・・・何て? って言うか、そこまで言うなら見たい気もする」
「では、次回のお楽しみに。きっと、貴方とはまた縁があると思いますので」
「ところで、ソゴゥ。あの龍の持つ球が、加護を調整しているようである」
「本当? じゃあ、もう加護を放出し続けなくなったのかな」
「ああ、龍となって形が定まれば、あとは何とかなるだろう」
飽くまで眺めて行くという金目の悪魔を置いて、ソゴゥ達は屋敷へと戻ることにした。
「あの、ソゴゥ様一つお願いがあるのですが」
ウッパラは、極東から保護された人間達の様子を見たいと言い、トリタケで村へと向かった。
極東の人間のことは、大僧正も心を痛めていたという。元気でやっているかを見てきて欲しいと頼まれ、また何か力になれることがあれば遠慮なく申し付けて欲しいとの言葉を預かって来たのだそうだ。
村に着くと、東西南北に四か所ある館の一つへ向かう。各施設には二千五百人ほどが、老若男女問わず集まっており、午睡の時間あけで起き出してきたところだった。もともと、最長寿でも三十歳に満たない者ばかりで、そのほとんどが十代であり、ヨドゥバシーを見かけると、喜んで駆け寄ってきた。
ソゴゥは、ジキタリスの姿を見つけウッパラを紹介する。
「ジキタリス、こちらは隣国のヴィドラ連邦からこられたウッパラさん、みんなの様子を見に来られたんだ、館の案内をしてあげてくれないかな。ウッパラ、こちらはこの館の施設長のジキタリスさん」
「まあ、遠いところ良くいらっしゃいました」
ウッパラの周囲には、すでに十三領民となった人間達が、目を輝かせて集まってきている。
明らかに人間ともエルフとも違う外見、角があり蛇のような足は鱗に覆われ、髪や肌の色、瞳の色それらがどれも自分たちと共通していない、初めて見る人種。その姿勢や、仕草、振舞は自信に満ちて美しく、他と違う事は、ダメな事ではないという気持ちを、彼らに芽生えさせるきっかけとなったようだ。
ウッパラの来訪は、彼らにとても良い影響を与えたようだった。
結局、ウッパラはノディマー家にその後三日間滞在し、ソゴゥは一旦王都の図書館へもどったが、ウッパラの帰国時に迎えに来て、国境まで送り届け、ウッパラは自国へと帰国を果たした。
蛟は龍となってから、その力を安定させ、程よい加護を与えてくれる土地の神様として落ち着き、あの滝の池を相変わらず棲み処としたようだった。
ウッパラは龍の加護を受け取ったようで、角に神聖な魔力が宿ったようだが、もともと膨大な魔力を有するノディマー家の一族と、ヨルには何の変化もなかった。だが、ヨルにはその他に一つ嬉しい変化が起きた。
「キチュ」
久しぶりのイグドラシルの自室での朝食時である。
ハリーの手には皮のむかれたクレモンがある。
「これは、我にか?」
「キニュエ」
ヨルはクレモンを手渡され、感動で泣きそうに、いや、しっかりと泣いていた。
ソゴゥはそんな悪魔と樹精獣を眺め、平和が一番だなと思うのだった。
END