61話 リンゴを剥くことの本質
61話 リンゴを剥くことの本質
「じゃあもう時間も遅くなってきたし、今日は帰るわね」
水瀬さんと他愛もない話をしていると、いつのまにかこんな時間になってしまっていたのか。他愛もないって水瀬さんに言ったら怒るんだろうな。
俺の中で水瀬さんの解像度がどんどん正確になっていっている。絶対に、難癖をつけてくるだろうって事がすぐ分かるようになってきたからな。
「そうだね、水瀬さんと話してたら時間があっという間に過ぎてたよ」
これで問題のない言い方になったはずだ。水瀬杏葉検定二級に合格レベルなら問題なくこのステージをクリアできるはずだ。
「あら、それは私と話してると中身のない会話ばかりだから、すぐ時間が経ったような錯覚を受けていますってことかしら?」
俺が下らないことを考えていると、水瀬さんがいつもの口調で俺を挑発してきた。俺のレベルはまだ準二級レベルだったらしい。
「曲解しすぎでしょ、そこまで行くと」
「あら、純粋な気持ちで今の発言を受け入れたまでよ」
「もしそうだったら、水瀬さんの感受性に問題が生じているから、病院に行った方がいいんじゃないかな」
俺がわざと生真面目に答えると、水瀬さんがくすくすと笑いだした。
「ほんとに、牧野君といると飽きないわ。こんな私にビシビシ突っ込んでくる人なんて牧野君だけよ」
「そりゃ、みんな水瀬さんがこんな良い性格をしてるなんて知らないからね。それを知ってるのが俺だけだし」
「私も牧野君に秘密がバレるまで、息苦しかったの。みんなにバレないように気を使って」
「前からその片鱗が少し見えてたけどね、みんな気が付いてなかったけど。俺もまさかねって思ってたから」
「嘘でしょ?、うまく隠してたつもりだったんだけれど」
初めて水瀬さんの爆食を目撃した日もかなり嫌味なことを言ってたような気がする。だけどみんなが嫌味だなんて思わないところが、この人の凄いところだ。
「またお見舞いに来るわね。今度はリンゴでも食べさせに来てあげるわ」
「なんでリンゴなの?」
「だってお見舞いと言ったらリンゴでしょ?、ベットの隣でリンゴの皮を剥いてあげるやつよ」
「あれ本当にしてる人たぶんいないんじゃないかな。食べさせるにしても家で皮を剥いてくるだろうし」
「分かってないわね。そのリンゴの皮を剥いてあげるのがいいんじゃないの。リンゴを食べてもらうのはおまけよ」
いや、そっちが本命だよ。この人なんか楽しんでないか?、来てくれるのは嬉しいんだけどさ。
「私一度やってみたかったのよね」
やっぱり楽しんでんなこの人。まあ学校の連中が知ったら恨まれるんだろうな。リンゴの皮を剥いてもらいやがって、ってな感じで。
確かに、言われてみればリンゴの皮を剥くことの方が気持ちを表す上で大事なのかもしれないな。本質はそっちの方にあったのか。
「じゃあまたね、牧野君」
「リンゴ楽しみにしてるよ」
「ああ、それと私が言うのもなんだけど、朝日奈さんに連絡してあげたら?」
悠木‥‥‥って、私が言うのもってどういう意味だよ。
「うん、するつもり」
「そう‥‥‥」
早く連絡して話したい気持ちは山々なんだけど、俺が今こんなんだしな‥‥‥。
「じゃあ、お大事に。綺麗な看護師さんに見惚れちゃだめよ」
さらっと変なことを言って出て行った水瀬さん。まったく、俺にナースのフェチはないぞ。
すると、水瀬さんと入れ替わりで看護師さんが入ってきた。水瀬さんが居たから、中に入るのを遠慮していたのだろうか。そうだったら申し訳ないな。
おっと美人な看護師さんだ。さっきナースのフェチは無いって言ったばかりで申し訳ないけど‥‥‥、なかなかに良い!
っていうかこの人どこかで‥‥‥。
「はーい、綺麗な看護師さんでーす」
この人‥‥‥、そうだった。さっき一瞬感じた申し訳ないという感情は一瞬にして消えてなくなった。
「久しぶりだね~牧野君」
この前、頭を打って入院した時の変なナースさんだった。俺と水瀬さんの事を何故か全て話してしまった謎の看護師さん。
そういえば俺、この人の名前すら知らなかったんだった。
「え~っと、お久しぶりです」
「病室は彼女とイチャイチャする場所じゃありませんよ?」
‥‥‥ああ、面倒くさいなあ。




