36話 右手にフランスパン
36話 右手にフランスパン
お昼休み、俺はいつもの如くうちの学校の美術室にいた。てか、この教室の鍵いつまで水瀬さんに貸し出してるんだ、私物化しすぎじゃないか。
「牧野君、最近たるんでるんじゃない?」
「いや、そんな事は無いよ」
いつも通り水瀬さんとのヘンテコな会話に付き合いながら昼飯を食べる。この教室でご飯食べるのも最初は画材とかの独特の匂いあって苦手だけど、意外と慣れるものだ。人間の適応力に感謝だな。水瀬さんのお昼ご飯の量にも驚かなくなったし。
てか、そのバックの中から出てきたバカでかいフランスパンはなんだ。それのせいでまったく話に集中できないんだけど。
しかし先ほど適応力について考えたばかりだから、俺は意地でもフランスパンについては突っ込まないことにした。
「私、最近は変な噂話とか良くされるけど全然気にならないわよ」
いや、急にその話かよ。もっと会話の脈略というものを考えて話して欲しいところだ。でもこの感じにも俺は慣れたけどね。てか気にしてないってこの前言ってたじゃんか。
正直俺にそんな嫌味っぽく言われても困る。あなたと悠木のせいです。普通の子だったらそんなに言われないからね。
まるで水瀬さんが普通じゃないみたいだけど、普通の子は学校のお昼ご飯にそんなにでかいフランスパンを持ってきたりはしないから問題ない。
「とは言ったものの、最近は私が負けたみたいな噂が多くて正直遺憾すぎるわ」
「そうなの‥‥‥、てか、遺憾すぎるって日本語おかしいよ。ギャルの政治家みたいじゃん」
今回の件、怒ってないって言ってたから珍しく感心してたのにやっぱり気にしてるじゃん。というか最初から気にしまくってたでしょ。口じゃ気にしてないし、怒ってもないって言ってたけどさ。てか自分で言っといてなんだけど、ギャルの政治家ってなんだよ。面白くなさすぎない?
「まるで、朝日奈さんと私がライバルみたいな口ぶり本当にやめて欲しいわよね」
「でも転校してくる前は自分で言ってたよ‥‥‥」
「記憶にございませんってやつね」
「だから政治家みたいな事言うのやめてくれるかな」
入学する前はあんなにライバル視してたのにどうしてしまったのだろうか。変な噂の元凶も悠木だというのに、その割に優しすぎるから変だ。
まるで水瀬さんの性格が悪いみたいな言い方になってしまった、でも事実だからしかたない。‥‥‥てことをこの人の前では絶対に言ってはいけないから注意が必要だ。
「そこでなんだけど牧野君」
「どうしたの?」
「今日は久しぶりにデートするわよ」
「そんな久しぶりって程でもないけどね」
というか、今日の放課後は麗奈から頼まれていた買い物をしなくてはならない。本音で言うと、めっちゃだるい。それだけ麗奈が日頃頑張っているってことなんだろうけども。
今日は早く帰ってから昨日の分のアニメを見たかったけど、そんな事口に出したら切れられるから、朝は心に閉まっておいたのだ。
「今日は麗奈から買い物を頼まれてるからちょっと‥‥‥」
「そうなのね‥‥‥、それでいいじゃない」
「ん?」
「その買い物手伝うわよ、この私が」
「デートじゃないけどいいの?」
「二人で買い物も立派なデートでしょ?」
言われてみればそうだな。フランスパンに気を取られてそんな事にも気が付かなかった。でも、俺の家の買い出しに付き合わせるのも申し訳ないしな。
「でも、俺の家の買い出しに付き合わせるのはちょっと‥‥‥」
「それなら、今日は牧野君の家にお邪魔してもいいかしら?」
「今日の夜ってこと?」
「そうよ、私が買い物に付き合う代わりに牧野君の家でご飯を食べさせてもらうのよ」
それ俺からしたらメリットないじゃ‥‥‥。いや、せっかくこんなに可愛い彼女(偽物)が買い物に付いてきてくれるっていうんだ。それを断るなんて逆にそっちの方が申し訳ないか。
「‥‥‥そこまで言ってくれるなら、お願いするよ」
「じゃあそれで決まりね。今日の放課後楽しみにしとくわね」
そんな買い出しくらいで楽しみにされたらなんかハードル上がるから嫌なんだけど。確かに悠木が転校してからは水瀬さんと一緒に居る機会が少なくなってたから丁度いいかもな。
「麗奈に伝えと‥‥‥」
麗奈は水瀬さんの事好きだから、急に来られたら逆に嬉しいくらいだろ。そんな連絡するほどでもないか。
「放課後いつもの場所で集合ね。遅れたら末代までの呪うわよ?」
水瀬さんは今日も平常運転で変な戯言を言いながら、バカでかいフランスパンに噛り付いた。
そんなデカいフランスパンをわざわざバックに詰め込んでいる所を想像して思わず笑いそうになってしまった。




