19話 麺はバリカタに限る
19話 麺はバリカタに限る
「これはまずいな‥‥‥」
僕たちは今ここらへんじゃ珍しい博多ラーメンのお店に来ていた。
「まずいって‥‥‥、お店に失礼じゃない。やめた方がいいわよ?、そういうの」
「いや、違うから。ラーメンは美味しいよ。このバリカタの極細面、ザ・博多ラーメンって感じで最高じゃん」
「じゃあ、何に対して言ってるのよ」
「なにって‥‥‥‥‥‥水瀬さんの学力だよ!、絶対分かってるよね?」
「やっぱり、博多ラーメンのこの臭いけど美味しい豚骨スープが病みつきになるわよね。あっ、キクラゲ発見」
「現実逃避してる場合じゃないでしょ、ほんとに。このままじゃ赤点まっしぐらだけど、どうするの?」
「‥‥‥言われなくても分かってるわよ‥‥‥、チャーシュー大きいわね、このお店」
だめだ、現実を受け止め切れていないようだ。このラーメン店に来る前、とりあえず水瀬さんのレベルを知るために練習問題を解いてもらったのだ。
「はっきり言うけど、中学の基礎すらままならない状態だよ。徴兵されて2週間で戦場に送り出された新兵みたいな状況だよ」
「ちょっと待って、そんなにひどいのかしら?」
「そうだよ、うちの高校に入れたのが不思議なくらいだよ」
「えっ、でもね、高校入試の時はほんとに死ぬほど勉強してたから、今よりはまだ、勉強できたのよ?、今はもうそれを綺麗さっぱり忘れてしまっただけで‥‥‥」
「今日が金曜日で、来週の木曜日からテストだから‥‥‥、猶予は6日くらいしかないね」
「でも、今から勉強すれば間に合うのよね?」
そうは言われても、ここまで中学までの基礎が抜けていた、結構きついな。今回の中間テストは最初だから、基本の5教科しかないのがまだ救いだ。というか、ここまでだなんて‥‥‥。この事をみんなに言っても信じてもらえないだろうな。ほんとに偏見って怖いな。
「今から最初からやってたら、効率が悪すぎるから、全教科で赤点以上は取れるくらいの突貫工事でやるしかないね」
「もう頼みの綱は牧野くんだけなの‥‥‥、お願いします」
そう言って、上目遣いでお願いしてくる。可愛いなぁ‥‥‥って、そうじゃないな。
「でも、俺がこうして教えられるのは放課後くらいだから、土日抜いて、実質4日間くらいって考えたら、相当厳しいものがあるね」
「確かにそうね‥‥‥、自分でも分かってるの、勉強できないっていうことは」
分かってないとおかしいレベルだよ、これは。
「ん~、どうしようか‥‥‥」
「あっ、牧野君もしかして土日暇だったりする?」
おっと、‥‥‥この流れはまずいな。
「えっと、土日は妹のお世話しないといけないからなあ~。忙しいなー」
「麗奈ちゃんには確認のRINEを送っといたわよ」
うっ、なかなか早いな。勉強を教えてあげたい気持ちは山々だが、休みは休みだ。それを邪魔される訳にはいかない。
「いや、土日は家の掃除と模様替えをしなくちゃならないんだよ」
「麗奈ちゃんから家の掃除と模様替えはやっとくね、って来てたわよ」
流石だな麗奈。伊達に俺の妹を14年もやっていない訳だ。こっちの動きを完全に読まれていたか。
「いやだけど‥‥‥」
物凄く悲しそうな目でこっちを見ている。やめて!、可哀そうってなって、なんでもしてあげたくなるから!
「お願い、牧野君?」
さらに上目遣いで追い打ちをかけてくる。ほんとにこういう時にずるいぞ水瀬さん。俺は屈しないぞ。絶対に、絶対にだ。俺は屈しないからな、待ってろよ麗奈。土日はお兄ちゃんと楽しくお家のお片付けしような。
◇◇◆◇◇
「‥‥‥」
次の日の朝、俺は今近所のコンビニに来ていた。
「あら、おはよう。今日は本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。命の恩人よ、神様、仏様ね。それとも牧野様って言った方がいいかしら」
「‥‥‥」
「朝から元気がないわね、大丈夫?」
俺は結局断れなかった。水瀬さんの圧力に耐えられなかったのだ。とても悔しいです。
「‥‥‥こうなったら、今日はみっちり教えるから、覚悟してね」
「あら、怖いわね。これから私、分からされちゃうのね」
「勉強を、だからね?、あんまり人前で変な事言わないでよ」
「じゃあ‥‥‥、今日はよろしくね、牧野くん?」
可愛らしくお願いしてくる水瀬さん。なんか負けた気分になるな。悔しいけど、もうやるしかない。ボコボコにしてやろう、精神的に。




