18話 全部じゃん
18話 全部じゃん
高校で初めてのテストを来週に控えた金曜日の昼休み。俺は不思議なものを見ていた。不思議で信じられない。つい、最近この美術室で驚きの光景を見たんだけど、それが次第に当たり前になっていた。本当だったら、こっちの方が正常なはずだというのに‥‥‥。
「水瀬さん、その小さいお弁当は間食かなにかだよね?」
「いいえ、今日のお昼ご飯よ」
お昼ご飯がこれだけだと‥‥‥?、いやそれはないな。きっとここから待ってましたとばかりに追加で出てくるんだろう。どうせ今回もそういう落ちだろう。
「あっ、そういうことね!、それプラス、パンとかおにぎりとか食べるんでしょ?」
「違うわ、これだけよ」
それも違うのか‥‥‥。あっ、そういえば間食にハマってるって言ってたし、それの延長戦上なのかもしれないな。
「間食をさらに細かく分けてるとか?」
「今は、間食はやめてるの」
おかしい、どうしたんだ。最近ご飯の量が少なくなっているとは思っていたけど、今日に関しては間食も食べてなかったぞ。それに、なんだよあの弁当。まるで普通の女の子みたいじゃないか。こんな可愛らしい弁当、水瀬さんには似合わない。
「いや‥‥‥、おかしいでしょ!」
「いきなり、どうしたの?」
「おかしいじゃん、どう考えても」
「だから、大丈夫って言ってるでしょ?」
「いや、大丈夫じゃないよ、そのご飯の量は」
「まるで、私がいつもは大食いみたいに言わないでくれる?」
「大食いだよ!!」
「何言ってるの?、疲れてるんじゃない?」
最近の水瀬さんおかしいとは思ってたけど、ここまでなんて‥‥‥。流石の俺でもおかしいって気づくレベルだよ。特にこのお弁当といい、食欲に関しては。てか、食事の量で状態が分かるなんて便利な機能を持ってるんだな。
「流石におかしいって分かるよ、そのお弁当は‥‥‥」
「‥‥‥」
「ほんとに話せないなら話さなくてもいいよ。‥‥‥でも、もし話せるなら俺に話してよ。ほんとの彼氏じゃないけど、相談くらいは乗らせて」
流石に心配だ。最近疲れてる感じだったし、なにかトラブルでも起きてるのかもしれない。そう、例えば、お勉強会のこととか。水瀬さんの事だから、妬みでも買っているのかもしれない。その人がお勉強会に来るから行きにくいとかそんなことだろう。めっちゃ偏見だけど、多分そうだろう。
「‥‥‥‥‥‥ほんとに人に言わない?」
物凄く恥ずかしそうに言う水瀬さん。ちょっとあんまり聞いていい感じの奴じゃなかったか?、だけどここまで聞いたら引き返せない。
「うん、当たり前でしょ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥が恥ずかしいの」
「ん?、なんて?」
「みんなに‥‥‥が‥‥‥な事がバレるのが嫌なの‥‥‥」
さっきから声が小さくて聞こえない。いつもの自信ありげな感じはどこに消えたのだろうか。あの水瀬さんがクヨクヨしてる所なんて滅多に見れないぞ、レア演出だな。
「もう一回言って?」
「だから、私は、勉強が全然できないって言ってるのよ!!」
一瞬頭がフリーズした。
「えっ‥‥‥」
まじか‥‥‥。
確かに、本人から勉強ができるなんて聞いたことなかったな‥‥‥。今にも泣きそうな顔をしている。相当人に言いたくなかったんだろう。俺だけじゃなくて、みんなが勝手に頭が良いと思い込んでいたのだ。
「私‥‥‥、昔から勝手に頭が良いって思われてきたの‥‥‥。だからどうにか、頭が悪いってことを隠してきたのに‥‥‥、赤点者は張り出すってどういうことよ!!」
偏見って恐ろしいな。人からのイメージってほんとに大事なんだな‥‥‥。
「まぁ、苦手な教科があるってレベルでしょ?、どの教科がまずいの?」
「これ見て‥‥‥」
対策テストの答案用紙を見せてきた。
「‥‥‥全部じゃん‥‥‥」
この感じじゃ‥‥‥、和彦の方が全然頭がいいぞ。今までみんなに隠してきて、こんなのがバレたら、それこそ水瀬さんのイメージは崩れ落ちるだろう。
「もう終わりよ‥‥‥、私は。この学校にそんな制度あるなんて知らなかった‥‥‥。みんなから軽蔑の目で見られるのよ‥‥‥、きっと罵詈雑言を浴びせられて逆立ちで校内を歩かされるのよ‥‥‥」
最後はちょっと意味わからないけど、相当、精神的に来ていたようだ。少し泣き目になっている。だが、それがいい!‥‥‥、っていうような事を言える雰囲気ではないので本題に戻ります。
「というか、この学校に良く入れたね‥‥‥、うち結構倍率も偏差値も高めなのに」
「筆記はあまり解けなかったけど、面接の印象が良かったんじゃないかしら?」
優等生オーラで入試を突破してたのか‥‥‥。相変わらずこの学校のセキュリティーはガバガバだな。
「だから私、最近はご飯も食べる気になれなくて、2キロも体重が落ちていたわ」
良かったじゃん‥‥‥、って素直に言える感じではないのは分かってますよ。
「私だって勉強をしてないわけじゃないの。分からないからできないのよ‥‥‥」
「それしてないのと変わんないよ‥‥‥。もしかして、明里さんも勉強できない感じ?」
「いえ、お姉ちゃんは勉強得意よ。高校の時は学年で一番だったわ」
明里さん、大食いじゃないし頭もいいなんて、どこかの妹さんとは訳が違うな。性格には難ありだけども。
「私は全教科赤点女としてこの高校の歴史に名を残すのね‥‥‥」
半ばあきらめた感じで言っている。
「水瀬さん、諦めるにはまだ早いよ」
「もう無理よ、今から勉強して高得点を取るなんて‥‥‥」
「いや、高得点を取る必要はないよ」
「何言ってるのよ、頭が悪いことがバレるじゃないの」
「だって、掲示板に張り出されるのは、赤点者だけでしょ?、今から全教科で高得点は無理だろうけど、全教科を赤点以上にすることはできるはずだよ。そして、テストの点数を人に言わなければ、今の水瀬さんのイメージは保たれるだろうし」
「だから、人に勉強を教えてもらえないのよ?、それでバレたら元も子ないわ。私の事情を知っていて、勉強を教えられるくらい頭の良い人なんて‥‥‥」
「いや、俺が教えるよ。今まで、勉強だけは頑張ってきたんだよ」
「牧野くん、頭良かったの?」
「なんかこの流れで水瀬さんに言われるのは、少しムカッとするけど、俺で良かったら教えるよ」
「ほんとに?、私晒されずに済むってこと?」
晒されるって‥‥‥、まぁ確かに公開処刑だよね。
「それは水瀬さんの頑張り次第だけどね」
「やった!‥‥‥じゃあ、今日の放課後からいいかしら?」
「特に用事もないし、大丈夫だよ」
嬉しそうにしてくれている。テストの事が相当悩みの種だったようだ。
「なんか、安心したらお腹が空いて来たわね。放課後、ラーメンでも食べに行きましょ」
「いや、勉強するんじゃなかったの?」
「それはそれ、これはこれよ」
うん‥‥‥、これでこそ水瀬さんだな。