14話 チーズは濃いめで
14話 チーズは濃いめで
「もうこんな時間じゃん‥‥‥周りも暗くなってきたし」
「神社が綺麗だから、長居しちゃったわね」
「いや‥‥‥、屋台でいろいろ食べてたからだよね」
「このポテト美味しいわよ、チーズがたくさん振りかけられてて」
実に美味しそうにポテトを頬張るなぁ。あんなにチーズが掛かっているのに、チーズソースまでトッピングしている。油で紙皿がベタベタになるほどだ。
「確かに美味しそうだけど‥‥‥、同じのを三回も買って飽きない?」
飽きる飽きない以前に胃もたれするぞ、こんな油の塊みたいな料理を三個も食べて。
「三度目の正直って言うでしょ?」
三度目の正直に、こんな使い方があったなんて知らなかった。
「四度目の正直、なんて言い出さないでね」
「流石の私でも食べない‥‥‥わよ」
「そこは言い切ってよ‥‥‥、そこの屋台のおじさんも三回目の時はチーズを明らかに渋ってたし」
「私も現役の女子高生よ?、カロリーとかには気を使ってるのよ」
行動と言動が一致していない。
「大吉だった牧野君は、大凶だった私に冷たいのね」
「まだ根に持ってたの?、おみくじなんてただの運試しだし、そんな気にしちゃだめだよ」
「やっぱり大吉だと心の余裕も違うのね、勉強になるわ」
だめだ、この人強いぞ。拗ねてやけ食いに走ったな。
「チーズって乳製品だから体にいいのよ、知らなかった?」
「チーズって食べ過ぎると、体臭がきつくなるらしいよ」
すると、チーズを食べる手を止めた。少し考えている様子だ。
「牧野くんこれあげるわ。チーズって食べ過ぎると体に悪いし、早死にしたくないし」
効果は抜群だ。さっきと言っていることが真逆だし。ほんとに水瀬さんは面白い。
「じゃあ、食べるからね?、このポテト」
一応確認しておかないと、後からなんか言われそうだし。
「私もそこまでがめつくないわよ。普通に傷つくからやめてね」
なんかごめん。そこまでじゃないよね、良かったです。
「うわっ‥‥‥、これ味濃ゆすぎない?」
「そう?、普通じゃない?」
いや、普通じゃないです。
「さっ、それ食べたら行くわよ」
これ君の食べ残しです。
◇◇◆◇◇
「もうすっかり暗くなっちゃったね」
「夜はこんな感じでライトアップされるなんて知らなかったわ」
夜の神社はライトアップが施され、幻想的な雰囲気が漂っている。
「水瀬さんが出店の食べ物を食べまくってくれたおかげで、綺麗な物が見れて良かったよ。ありがとう」
「素直に喜べない言い方だけど、喜んでくれたならよかったわ」
なんかやけにカップルが多くなった気がする。夜はデートスポット的なのになるなんて知らなかった。
「周りもカップルが多くなった気がする‥‥‥気まずいな」
「私たちもカップルだからなにも遠慮する必要はないわ。私たちに道を譲りなさい、くらいの心持ちでいなきゃだめよ」
この人ほんとに図太いな。繊細って言葉からは真逆の存在だ。
「カップルの振り‥‥‥だからね?、逆になんか変な気分だ」
「まぁ、そんなこと細かい事気にしちゃだめよ、だからあなたは大吉なのよ」
なんだそれ、悪口なのか?、というかまだ気にしてたんだね。
「ここ凄い綺麗ね、絵馬がたくさん掛けられてあって」
絵馬が道の両端に掛けられている。バックのイルミネーションと相まって確かに綺麗だ。
水瀬さんも目を輝かしている。こんな感じで普通にしていると普通に美人な女の子なんだけどなぁ。普通にしていれば。
「でも、みんなの欲望が書かれた札がこの場所に凝縮されているって考えたら、禍々しく感じちゃうわね。まるで呪物ね」
だめだった。これが水瀬さんの悪いところであり、良いところ‥‥‥ではないな。ただの悪いところだ。
「そんな見方をできる水瀬さんの方が禍々しいよ」
「あら、ありがとうね。今まで禍々しいだなんて言われたことないわ」
「そりゃ、普通に生きてたら言われることないからね」
「冗談はその辺にして、私も絵馬を書くわ」
「さっきあんなに言ってたのに?」
「それはそれ、これはこれよ」
突っ込むのも疲れてきたからもうやめとこう。
◇◇◆◇◇
帰りの電車は乗客もあまりおらず、この車両はほぼ俺と水瀬さんの2人きりだ。
「絵馬ってあんなにたくさんお願い書いても意味ないんじゃない?」
「別にいいのよ、本命はお祈りでしたから」
絵馬にびっしりの願い事(食べたいもの)を書いていた。本命はなんだったんだろうか。えっと、だめだ、食べ物の事しか思いつかない。一番好きな食べ物とかか?
「本命も食べ物のこと?」
「バカにしないでよ、食べ物のことしか頭にないみたいじゃない」
「いや、じゃないと絵馬にあんなに書かないでしょ‥‥‥」
「本命は‥‥‥、って教えないわよ?」
「別に、減るもんじゃないでしょ」
「今あなたに教えたら、その願いが叶わなくなるから‥‥‥、教えないっ」
「確かに人に言うと叶わなくなるっていうけどさぁ~」
「そうよ、良くわかってるじゃない。特にあなたには‥‥‥教えられないわね」
「どいうこと?」
「ん~、あなたが大吉だからじゃない?」
適当だな‥‥‥、ってまだ言うか。相当ショックな事が書いてあったのだろう。可哀そうに。
「それより、今日は楽しんでくれた?」
「うん、おかげさまで」
「良かった‥‥‥」
「行き当たりばったりのお出かけも楽しいもんだね」
「あっ、‥‥‥それは私が悪かったわ‥‥‥。せっかく私に任せてって言ったのに‥‥‥」
しょんぼりしてしまった。そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけどなー。
「いやっ、責めるつもりで言ったんわけじゃなくて、普通に楽しかったから。」
「そうなの?」
「うん、その気持ちだけで十分だって」
「そうなのね、安心した‥‥‥」
ほんとに今日は楽しかった。俺なんかが水瀬さんみたいな人と休みの日にお出かけしてるなんて、昔は思いもしなかったから。今まで彼女なんていなかったし、今もいないんだけどね、本物じゃないから。だけどなんか、水瀬さんの普段の態度を見ていると、それを忘れてしまう時がある。
この関係がこれからも続いてほしいな‥‥‥。
ふと、そう思ってしまった。いつかは終わってしまうこの関係、いつの間にか楽しくなっていた。
「っていうか、ゴールデンウイークの課題終わっ‥‥‥えっ」
俺の方に、その人は倒れかけてきた。
「あっ、水瀬さんなにしてるのっ、いきなり」
急な出来事だったからびっくりしてしまった。
「おーい水瀬さん?」
返事がない、ただの水瀬さんのようだ。
「もしかして‥‥‥寝てる?」
この様子、疲れて寝てしまったようだ。まぁ、確かに今日一日であんなに食べたんだ、そりゃ眠くなるか。ちょっとドキドキしてしまっている自分が悔しい。
「ぅ~、ん~‥‥‥すぅ‥‥‥‥‥‥」
気持ちよさそうに寝ている。流石にこれを起こすのは忍びない。そう、仕方ないのだ。俺がこうしたくてしてる訳じゃない。
「ほんとにこうしてたら、ただの美人じゃん‥‥‥」
普段はあんなだけど、いきなりやめて欲しい。刺激が強すぎるよこれは。
結局、そこから駅に着くまでの30分、俺は煩悩と戦い続けたのであった。
◇◇◆◇◇
「疲れたー!」
全てを片付け、自分のベットに転がりこむ。この瞬間が一番気持ちいいのではないだろうか。異論はないだろう。
それにしても、水瀬さん可愛かったな‥‥‥、帰りの電車なんか特に。起きた時、水瀬さんめっちゃ恥ずかしがっていて、こっちまで恥ずかしくなり、そこから別れるまでほとんど喋れなかった。
「ふぅ‥‥‥」
今日の思い出に浸かりながらスマホを触っていると、思わぬ人物からRINEが届いた。
明里【今日どうだった?】
知ってたのか、明里さん。ここは無難に返しておくか。
牧野【楽しかったですよ。妹さんのおかげで】
すると、すぐに返信が帰ってきた。
明里【杏葉が顔を真っ赤にして帰ってきたから、理由を聞いても教えてくれないのよ~】
俺に寝顔を見られたのが相当恥ずかしかったのだろう。ここは俺も黙っておくか‥‥‥。
牧野【なんでですかね、わかんないです」
‥‥‥そして俺が寝る前にスマホを見ると、返信が帰ってきていた。
「はぁ‥‥‥」
明里【もしかして、ヤッちゃったとか??】
そして俺は返信することなく、スマホを閉じて眠りについた。




