11話 カエル化
11話 カエル化
今俺は、絶賛水瀬さんと待ち合わせをしている。時刻は7時40分。8時に待ち合わせだけど、なんか早めに着いてしまった。別に緊張している訳ではないからね。勘違いしないでよね。ちょっとソワソワしてるだけです。
今の女子は男子のいろんな仕草に敏感と聞く。いわゆるカエル化という奴だ。たとえば会計の時に小銭を使うのが嫌、など理不尽極まりないものだ。というかなんでカエル化っていうんだ。カエルがなにしたっていうんだ。
今回で言えば、なんか周りをキョロキョロ見て、相手を探してるのが無理、という奴だ。中学の時、クラスの女子が言っていた。どいうことだ、それじゃ待ち合わせにならないじゃん。
だが、それが女子という生き物だ。俺はレディーファーストを体現したような男だ。そこは抜かりない。
そう考えつつ、スマホを見ていると、待ち人に話しかけられた。
「おぉ、早いわね、牧野君」
「あぁ、おはよう水瀬さん‥‥‥」
そこには朝からコンビニのおにぎりをムシャムシャ食べる、水瀬さんがいた。
「あ、これ?、朝ご飯食べたんだけど、コンビニに寄ったら美味しそうなおにぎりがあったから、つい‥‥‥」
あぁ、さっきまで考えてた事が全て吹き飛んだ。デートって意識しすぎて忘れていた。カエル化なんて吹き飛ばすような人だったな。相手は水瀬杏葉なんだった。
「それじゃ行こうか‥‥‥」
「あ、ちょっと待って。駅前のたい焼き屋さんのカスタードたい焼きも食べたいの。あそこのカスタードたい焼き美味しいのよ?」
はぁ‥‥‥、これじゃ、いつもと変わらないじゃん。
◇◇◆◇◇
今日も相変わらずの水瀬さん。電車の中でもお菓子のつまみ食いが止まらないご様子だ。
「ところで、今日ってどこいくの?」
この前、私に任しておきなさい、と言っていたので、今回のお出かけは僕の方はノータッチだったのだ。
「えっと、それより‥‥‥、私に言うことがあるんじゃないのかしら」
「今日もよく食べるね、とか?」
「あまり面白くない冗談を言うのね」
はいはい、分かってますよ。わざとですよ。
「たい焼き美味しかった?」
「牧野君‥‥‥次はないわ」
そろそろ怒られそうなのでやめておくか。ここはしっかり女の子の容姿を褒めてあげるのが鉄則だ。そのくらいは俺にでも分かる。
「今日の服、水瀬さんに似合ってるよ‥‥‥すごくね」
「そう、それはありがとう。嬉しいわ‥‥‥」
少し恥ずかしがる水瀬さん。いつも言われなれているのに嬉しいもんなんだな。喜んでくれたなら、それは良かった。だけど、口に出してみると意外と自分も恥ずかしいことに気づく。水瀬さんが相手でも。
「それにしても、意外とオシャレなのね、牧野君。この前のショッピングモールの時も思ったけど」
良かった、水瀬さんが普通のファッションセンスで。麗奈みたいなタイプもいるけど、結局はシンプルが一番なのだ。海外のミニマリストはTシャツにジーンズしか持たない人もいるらしいし、俺もいつかその領域にたどり着きたいものだ。
「牧野君、ドラゴンが書かれた服とか、意味の分からない英語がびっしり書かれたTシャツとか、着ているのかな、って思っていたからなんか残念だわ。偏見だけども」
なんだその偏見は。なんか上げて落とされた気分だ。確かにそういうのがカッコいいって思ってた時期もあったけども、これは内緒にしておこう。みんな通る道だよね?
「あっ、そんなことよりあの雲美味しそうだよ。クロワッサンみたいだよ」
「えっ、どれ?」
よし、話を逸らす事に成功した。ちょろいものだな。
「あれはクロワッサンというより、チョココロネね‥‥‥」
どっちも見た目ほぼ一緒でしょ。
外の光景を眺める水瀬さん。まるで映画のワンシーンのように、絵になるな。こんな可愛い子とお出かけしてるなんて、少し前まで想像していなかったな。この人が俺の彼女なのか、改めて思い知った。
「なに考えてんだ‥‥‥俺は」
「ん?、どうかしたの?」
あっ、思わず、見惚れてしまっていた。水瀬さんのくせに。
「いやっ、なんでもない。それより、あっちにはゆで卵みたいな形のがあるよ」
「確かに‥‥‥。ゆで卵ね」
いやっ、なんでゆでる必要があるんだ。焦って変な事を言ってしまった。それに納得してるし‥‥‥。
「まぁ、今日は私に任せて。牧野君の息抜きプランをしっかり考えてきたのよ」
誇らしげに胸を張る水瀬さん。せっかく俺の為に色々と考えてきてくれたんだ。しっかり今日は楽しもう。二人でお出掛けって言っても、別にいつもと変わらないじゃないか。変に意識することはやめよう。
「それで、どんなプランなんだ?」
「まずは、食べます。次に食べます。そして食べます。簡単に言うとこんなプランよ」
なるほど、簡潔で分かりやすいな。
「つまり、なにも考えてないってことだね」
「いやっ、考えてはいたのよ‥‥‥。でも、どれも決めきれなくて」
「じゃあ、一緒に調べようか」
「そう!、‥‥‥それを待ってたのよ」
虚勢を張る水瀬さん。まぁ、僕の事をちゃんと考えてくれていたこと自体が嬉しい。素直にそう思えた。




