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36・初めての夜①


「はぁ……」


 どうにか式が終わった後は、国民へ向けての披露として城下町中を馬車で回り……。その後は貴族たちを招待しての披露宴が行われた。

 ようやく全ての行事から開放されたヴィエラは、自室に戻った途端、ぐったりとソファに崩れ落ちた。


(疲れた……)


 疲れすぎていたせいか、正直夕食を味わう気力もなかった。もう寝てしまいたい。

 ぐったりとした様子のヴィエラを見て、部屋まで送ってくれたセリーンがくすくすと笑う。


「ヴィエラ様、お疲れにはまだ早いですよ」


「?」


 セリーンの言葉にヴィエラは小首を傾げる。

 まだ何かしなくてはならないことがあっただろうか。

 不思議そうなヴィエラに向かって、セリーンはにっこりと微笑んだ。


「本日最後のお仕事が残っております」


 (最後の仕事?)


 今日の一大イベントはすべて終わったと思っていたが、なにか忘れていることがあるだろうか。すぐに思い当たらなくて、ヴィエラは首を傾げる。


「もしかしてお忘れですか? 今日がオズウェル様との初夜になるんですよ。むしろこれからが本番です」


「……っ!!」


 至極当然のように告げられたセリーンの言葉に、ヴィエラはぼっと一瞬で体が熱くなるのを感じた。


 (そ、そうよね。夫婦となる以上、避けては通れないわ)


 正式にこの国の皇妃となる以上、世継ぎは必要となる。子を成すことは、皇妃としての大切な仕事の一つだ。

 しかし、いざ改めて具体的に考えるとどうしても恥ずかしくなってしまう。


 ヴィエラの思いを知ってか知らずか、セリーンは微笑みをたたえたままヴィエラの手を引いて立ち上がらせた。

 

「さ、お風呂に参りましょうね、ヴィエラ様。オズウェル様がお部屋でお待ちです」


「せ、セリーン!」


 腕をぐいぐいと引かれて、ヴィエラは反射的に声を上げてしまった。

 しかしセリーンは意に介した様子もない。むしろなんだか機嫌が良さそうだ。

 当然、特殊な訓練など受けていないヴィエラがセリーンから逃げ出せるわけもなく……。

 

 そうしてヴィエラは、セリーンによって浴室へ連れていかれた。



 ◇◇◇◇◇◇



(ど、どうしよう……)


 セリーンによって体をぴかぴかに洗われたあと。

 ヴィエラはオズウェルの部屋の前で、一人立ち尽くしていた。


(どうしたら……いいの……)


 どうしたらいいのと考えても、結論から言えばヴィエラがとれる選択は一つだけ。

 この部屋の扉をノックすることだけだ。

 頭では分かっている。

 それでも羞恥がまさってしまって、ドアを叩くのをためらってしまうのだ。

 できることなら、自室に逃げ帰ってしまいたい。


(でももう……私はあの部屋には戻れないのよね)


 ヴィエラが部屋を出る前、セリーンは言った。

 今日からヴィエラの部屋はここでは無い。今日からはオズウェルと同室で暮らすのだ、と。


 確かにここに来たばかりの頃、セリーンに似たようなことを言われたのをヴィエラは覚えていた。


(今日からはもう、オズウェルと同じ部屋で暮らさなくてはならないのよ)

 

 自分の部屋に戻ることは、皇妃となる立場から許されない。それがルーンセルンの習わしなら、ヴィエラはそれに従う他ない。

 もう、式を上げてしまったのだ。後戻りは出来ない。


 (このままここに突っ立ってても仕方がないわよね……。よし……!)

 

 ヴィエラが意を決してノックをしようと手を伸ばした時、目の前の扉が静かに開けられた。


「何をしている」


「……オズウェルっ」


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