35・結婚式
その後……。
ロレーヌ公爵家は、爵位と領地を剥奪されることになった。
同時に、ロレーヌ家がしてきたことすべてが白日の下にさらされ、貴族も平民もロレーヌ家とは距離を置くようになった。もう二度と、以前のような暮らしを送ることは出来ないだろう。
皇帝及びその婚約者に刃を向けたレミリアには、特に重い罰を課せられることになった。
レミリアは、ルーンセルンの北にある小島へ流刑に処された。極寒の海の中、彼女が果たして無事に小島へたどり着いたのかは、誰も知らない。
◇◇◇◇◇◇
ヴィエラはというと……本格的に結婚式の準備に追われていた。
しばらくメーベルで暮らしていたこともあり、ルーンセルンの作法が曖昧になっていることが判明したヴィエラは、皇妃となるため徹底的に再教育されることになったのだ。
そうしてとうとうやってきた結婚式当日。
午前中は挙式、午後からは国民へ向けたパレードを予定している。新婦側は準備だけで一苦労で、ヴィエラは朝から目眩を感じていた。
(い、忙しすぎるわ……)
へろへろと椅子に腰かけて休憩していると、ヴィエラのいる控え室の扉がノックされる。
顔をのぞかせたのはセリーンだった。
「ヴィエラ様、お客様がいらしておりますよ」
「お客様?」
(一体どなたかしら?)
「久しぶりだね、ヴィエラ。元気にしていたか?」
「お義父様、お義母様……!?」
セリーンの後に続いて部屋に入ってきた人物を見て、ヴィエラは咄嗟に立ち上がった。
メーベルでヴィエラを拾い育ててくれた、エルンスト公爵とその夫人が正装姿でそこにいたからだ。
「ど、どうしてこちらに……!」
(もう会えないと思っていたのに……!)
ヴィエラがメーベルを立ったあの日が最後だと思っていた。
慌ててヴィエラが駆け寄ると、エルンスト公爵夫妻はヴィエラをそっと抱きしめた。
「オズウェル陛下が招待してくださったのだよ。後から国王陛下も来られるそうだ」
「……そう。来てくれて、ありがとう……。会えてよかった」
ヴィエラは泣きそうになるのをこらえながら、二人の体を抱き締め返した。
エルンスト公爵夫妻はヴィエラの実の親ではないが、同じくらい大切な存在だ。
そんな人たちが、人生の門出を見守ってくれるなんて幸せでしかない。
(それにしても、不思議だわ)
エルンスト公爵夫妻を招待してほしいと、オズウェルに直接伝えた覚えは無い。
外交の都合を考えて、ヴィエラは口出しすることを躊躇ってしまったのだ。
(オズウェルって、どうして私の願いが分かるのかしら……)
◇◇◇◇◇◇
ルーンセルンの挙式は、メーベルとは少し流れが異なる。
大陸での一般的な挙式方法は、神に永遠の愛を誓うものだ。
メーベルでの挙式は、まさに典型的なそれだった。
しかし、ルーンセルンは教会こそあるものの、宗教に対する信仰心が薄い国。
そのせいか、結婚は永遠の愛を神に誓うものでありながら、同時に皇帝陛下に誓うものである。
一般国民であれば牧師の前で、神と皇帝陛下に対して愛の誓いを立てるのだが……。
「ヴィエラ……。私の妻になることを誓うか?」
「お、オズウェル……近いからっ」
朝日を受けてきらきらと輝くステンドグラスの前で、オズウェルがヴィエラの顔を覗き込む。
城の中にある教会の中で、腰に腕を回され引き寄せられて、ヴィエラはタキシード姿のオズウェルの胸へ手をついた。
(オズウェルってば、自由人なんだから……!!)
皇帝とは、このルーンセルンでは神に近い身分だ。
すなわち、式を執り行う城付きの牧師も、式を見守るセリーンたちも、オズウェルには逆らえない。
「……誓うか?」
(そんなにじっと見ないで……!)
オズウェルの視線が「はい」以外の返事を認めないとでもいうくらい真っ直ぐで、ヴィエラは恥ずかしくなってしまう。
「ち、かい……ます」
どもりながらもどうにか答えたヴィエラに、オズウェルは満足気に微笑んだ。
「……私も誓おう。私のすべてはお前のものだ。この日この時、歴代皇帝と神に誓う」
「……っ」
その微笑みが本当に幸せそうで。
オズウェルの言葉に宿る熱とその重さに、ヴィエラは息を飲んだ。
「ヴィエラ。……愛している」
オズウェルが言葉と共に、ヴィエラの腰を引き寄せる。
それだけで、ヴィエラの思考はすべて霧散してしまう。
オズウェルは、ヴィエラの頭にかけられたヴェールを丁寧な仕草で上げた。
オズウェルの群青色の瞳に自分の姿だけが映っていることに気づいて、ヴィエラの胸が嬉しさを感じて震える。
(私は今、この人を独占しているんだ……)
そうしてこれから先も、オズウェルと共に年月を過ごしていくのだ。
オズウェルの唇がゆっくりと近づいてきて、ヴィエラはそっと目を閉じた。