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姫の神様  作者: 飴城甘*
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第04話

 その世界は、世界そのものが神であった。

 神なる種族が世界と一体となり、その存在を支える。

 神なる種族は長き時を経て、代替わりを繰り返し、世界の平穏を保ってきた。


 少女はその種族の末代であり、次代の神であった。

 少女は大人になって、誰かと結ばれて子を残したのちに人柱になる運命であった。


 しかし、少女は出会ってしまった。

 まだその世界で生き続けたいと思わせてくれる誰かに。

 プリンセスとの出会いにより、世界に住むひとりとして生きたい思いが強くなる少女は自らの運命を悲観するようになる。


 世界と一体になれば、彼女と一緒に生きることは叶わない。

 空の上から見守ることしか出来ない。

 別れが怖かった。


 プリンセスはそんな少女に世界をもっと知ってほしかった。

 もっと楽しいことが満ちていると希望を持ってほしかった。


 だからプリンセスは少女を欺き、世界と一体となった。

 プリンセスを失った少女は嘆き、また孤独になる。

 彼女の願いを思い出し、森の外へと出たがその後を知る者はいない。


 

 世界と一体となることは、何百年何千年と世界を見守ることでもある。

 それは特殊な精神構造を持つ神なる種族にしか耐えられないことだった。


 プリンセスが世界となった数十年は平穏が続いた。

 全てが順風満帆にいったわけではない。だが、誰もが幸せな気分で暮らせたのは間違いないだろう。

 国に混乱を招いて苦労はさせられたが、その話は今でなくていいだろう。


 しかし、長き年月がプリンセスの心を蝕み、時間が慣れるほどに世界は荒んでいった。

 争いは絶えず、気候も不安定な日が続く。

 世界が終わるというのはこういうことを言うのだろうか、と思ったものだ。


 世界が滅ぶのならと受け入れるものも現れるほど救いがなくなった世界。

 プリンセスは空腹だった。心というお腹が空いて飢えていた。

 あろうことか世界は別の世界を食らうことで、満たそうとし始めたのだ。


 プリンセスが別の世界に触れると、触れたところから影響を与え、そこに住んでいる人たちの姿を変えさせた。男性が女性になったりしていたという話を聞いたのは世界を移動してきてから知ったこと。


 それはいけないと僕らは飛び出して、もうひとつの世界を守ろうと考えた。

 そうして詩と出会い、プリンセスから黒い化物がらわれるのを確認した。その化物は元の世界にあった書物によると、神の感情由来の生物であり、世界そのものを食らうのだという。


 救う手段はプリンセスの心を満たすこと。

 嬉しい楽しいなどの幸福な気持ちで満たして、正気を取り戻させる。


 そのためにラビィ(ぼくら)はここに来た。

 指輪を変身アイテムに選んだのは、プリンセスの大事な思い出だったから。

 指輪を見たら思い出してくれる、そんな淡い期待を抱いていたんだ。


 いつかあのわがままだけど愉快で楽しいことが大好きで優しかったプリンセスが戻ってきてくれることを願って。


***



 公園のあちこちに黒い化物が何体も現れた。

 現れるとすぐさま黒い化物は人を追い回し始めた。


 噛みつくことも襲い掛かることもしないがただ追い回し、人々の混乱を呼んだ。


 姫廻は落ち込んでいた気持ちを払い、指輪に口づけする。

 迷っている暇はない。

 自分しか黒い化物を浄化できないのだから。


 見つけた黒い化物を追いかけるもなかなか届かない。

 途中で別の化物に邪魔されることもあり、姫廻の頭の中はパニック状態であった。


 でも立ち止まれない。

 どうすればいいのかわからない。


 転んでも立ち上がって、黒い化物を追う。

 掴もうとして、手は空を切る。


 子どもの泣いている声も誰かの悲鳴も聞こえる。

 場は混沌としていく。


 姫廻にはもう誰かを笑顔にするということは見えなくなっていた。

 それでも姫廻は諦められなかった。


 複数いた黒い化物は形を変え、合わさっていきその体躯を大きくしていく。

 その頃には人は広場から逃げて、誰もいなくなっていた。


 逃げる人にぶつかり、それまたぶつかって転ぶ。

 倒れ込む寸前で誰かの胸に倒れ込んだ。


「あ、ひ……姫廻さん?」

「……えっ?」


 姫廻が顔を上げるとその人物は神だった。


「神さ……神さあぁあ」


 姫廻はその顔を見て泣き出してしまった。

 こらえていた感情が抑えきれなくなったのだ。


「姫廻さん大丈夫? ……とりあえず逃げ」


 心配する神。何かを感じ振り向くと、黒い化物は彼らを狙っていた。


「うわぁっっ!!」


 神は姫廻をお姫様抱っこして、走り出す。

 逃げるほどに黒い化物は追いかけ始める。


「こっち狙っているのか!」


 神は走りながら考えた。

 人のいる方に向かって逃げるのは危ないと。

 

 公園の外周を回るようにして道なりに走る。

 走っている間も嗚咽が聞こえる。


 慰めている余裕などはなかった。

 逃げるので必死だった。


「あれって、姫廻さんがどうにかしてたやつだよね!?」

「……」


 姫廻に問いかけたわけではない。自分の疑問を思わず口に出していただけだ。

 公園の木々を利用し、黒い化物の隙を作ってとある場所に逃げ込んだ。


 いつもの休憩所だ。


 姫廻を椅子に座らせると、窓から外の様子を覗くと黒い化物は探すようにその場に立ち止まって周囲を見渡すような動作をし始めていた。

 神は困った。


 ここからどうしたらいいのか。

 もちろん神自身がアレを退けることなど出来ない。


 勝手に帰ってくれればいいのだが、そうもいかない。


「……」


 突然泣き出した少女にかける言葉を神は持ち合わせていない。

 沈黙がその場を支配する。


「……今日ここに来たら神さんがいなくて。ずっと待っても来なくて。自分でもわからないけど不安になって」


 姫廻は口を開き、自らの思いを吐露する。


「私のことが本当は嫌いで、もう来ないんじゃないかってどうしようもなくなって」

「……」


 神は姫廻の言葉に返事はせず、黙って姫廻の言いたいことを聞く。


「外出てみたら女の人と一緒にいたから……もしかしてあの人彼女さんですか!?」

「違うよ!? なんで!?」

「えっ」


 神からしてみれば友達の知り合い程度の女性と恋仲であると言われ、即座に否定せざるを得なかった。

 

「俺に彼女いるように見える?」

「……見えます。カッコいいし、優しいし」


 姫廻は頷いた。


「そっか……実は俺モテないんだ」

「なんでですか」

「コミュ障で変な人だから」


 そこで初めて姫廻は神の微笑んだ顔を見た気がした。


「残念ながら俺は珍獣扱いだよ。男というより犬……だってさ」

「……あの女の人に言われたんですか」

「そう、失礼だと思わない? 人に対して飼い犬みたいだって」


 ふふ、と笑う姫廻。


「それはひどいですね」

「……今日ここに来れなかったのはイベントの設営があったから。あの人とは友達の知り合い。伯父さん……ここの管理員さんが来れなくなって俺がヘルプで呼んだんだ」

「……そうだったんですか」


 落ち着きを取り戻してきた姫廻に神はハンカチを手渡す。


「別に嫌だったから来なかったわけじゃないよ」

「……じゃあ好きと思ってくれてるんですか」

「それとは別。中学生に手を出したら犯罪」

「ぶぅ」


 ふくれっ面になる姫廻。


「この際だから俺からも言わせてもらうと、正直君のことがわからなくて怖い」


 その言葉にまた涙が溢れる姫廻。


「ああ、ごめん。泣かないで……」

「神さん左手を出してください」

「?」


 言われるがままに神は左手を出した。

 おもむろに取り出した指輪を神の左手の薬指に嵌める。

 びっくりして神は手を引こうとしたが、力強く掴まれてしまった。


「またここに来てくれますか」

「来るよ」

「毎日来てくれますか」

「……用事がなければ」

「どうして来てくれるんですか」

「…………」


 神は思った。これは試されていると。

 掴まれている手を払うタイミングを見ながら返答を考える。

 ひとつため息をついて観念した。


「……君が来るからだよ」

「えっ、それって」

「違います。ハズレです。前の時みたいなことが起きないように、だよ」

「……助けてくれたあの日の」


 姫廻は思い出していた。それは神との出会いのきっかけ。

 高校生に絡まれていたあの日である。


「俺は話すのは苦手だけど、身長があるから。いるだけで威圧できるかなって」

「…………」


 神がいつも先回りしてこの場に来ていたのか、自分が出るとその後に旧けうぃ所を出るのか。その理由に合点がいった。

 神はあれ以降も守ってくれていたのだと。


「神さん!」


 姫廻の心は晴れた。立ち上がり、神の名を呼んだ。


「な、なに……?」

「その指輪大切なものなのでぜーっったい失くさないでくださいね!!」

「えっ、ああうん」


 その勢いのまま姫廻は休憩所を飛び出した。

 後を追って神もまた外に出た。


「私、あの子浄化して見せます! 神さんはアレに注目集めてください!」

「注目をって……俺が?」


 黒い化物は姫廻を発見し、向かっていく。

 対する姫廻は空中でステップを踏み、黒い化物の周りを飛び回る。


 神が向かった先は友人のもとだった。


「あ、ちょっと! 助けて」

「神! 無事だったかっ!」

「これ……」


 神が手にしていたのはメガホンだった。


「これで避難誘導?」

「ちが……違う。アレに注目浴びるように」

「アレ?」


 見上げると、そこには木々よりも大きくなった黒い化物はスライムのようにぷるぷるとして、だいふくのように丸い姿に変わっていた。

 その周りを飛び回る人の影。


 遠くからではそれが誰なのかは見えない。

 ひとり、またひとりがそれに気づいていく。


「なるほど、オーケー!」


 友人はメガホンを手に実況を開始する。


『化物と戦い少女の姿が見えるぞ~~~っ』


 その一言で避難していた人々が空へと視線を向けた。

 たしかに少女のように見える。


 大きさの対比で妖精が舞っているようでもあった。


『彼女はあの化物と戦ってくれてるのか~~っ!?』

 

 その声に不謹慎だというヤジも飛び始めるが、おかまいなし。

 少女は化け物の周りを回っているとなにやらキラキラしたものが舞い始める。


 それは水しぶきが光の反射しているのか光の粉が舞っているのか誰にもわからない。


「がんばれ~~!」

「いけ~~っ!」


 思わず子どもたちが声を上げ始めた。

 それはヒーローショーのようであり、その声を皮切りに大人たちも声を上げ始める。

 

 場が盛り上がっていく。

 盛り上がるほどに光は増していく。


 その声が大きくなってくると姫廻の耳にも届いた。

 注目を集めさせているのが神ではなく、神の友人の手によるものだということを姫廻は知らない。


 姫廻は自然と笑顔になっていた。

 楽しかった? 嬉しかった?

 何が? わからない。


 姫廻はわからない高揚感に包まれていた。

 その気持ちのままに黒い化物の周りを回る。


 気づけば自分でも意識しないうちに空中を踊っていた。

 周囲が金色に光り輝くことを気づいた頃には、トドメを刺す瞬間だった。


 胸元に手を当てて、自分の手から光を放つと黒い化物は囲んでいた光と共に金色になって霧散していく。

 消えていくのが遠くからでもわかるほど姿を消していくと、歓声が上がる。


 姫廻は歓声が上がった方角に向かって手を大きく振った。


「やったね詩」

「あれ、いつのまに」


 気づけばラビィが姫廻の肩に乗っかっていた。

 いつも突然現れる。


「これからもこれが続くんだよね」

「……そうだね。人の感情は消化しても時間経てばまた湧き上がってくる。大きくしないためにももっと多くの人に手伝ってもらって、詩の負担も減らさないとね」

「……ありがとうラビィ」


 姫廻はラビィのやさしさに微笑んだ。

 これはパフォーマンス特区と呼ばれる以前の大きな事件として魔法少女の歴史に刻まれることとなるが、この規模の黒い化物が現れるのは数年以上なかったという。



***


 イベントは後日、別日にて再開されることとなった。

 今回は神の伯父も来ることが出来、イベントの運営や設営の管理は神が行う必要はなくなった。しかし、姫廻のススメによりイベントの手伝いには不本意ながらも参加させられている。


「姫廻ちゃんって言うんだ~かわいい~。姫ちゃんだね」

「えっ、あはは……」


 恥ずかしげもなく姫ちゃんと呼ばれ、照れてしまう姫廻。

 神が代理でイベントの運営に携わらなくなったものの、友人と女性はまた来ていた。


「姫ちゃんって、神くんのこと好きなの?」

「……わかんないです」


 珍しくも押され気味な姫廻を見て、神はしてやったりと思いつつその場を離れようとした。その時、姫廻に伝えようと思っていたことを思い出し、足を止める。


「姫ちゃん指輪してる~っ。かわいい~っ!!」

「……もうひとつあってもう交換してあるんです」

「ひっ」


 釘を指すように姫廻は神に笑顔を向けた。


「神くん……そっか~そっかそっか~。お姉さんは邪魔にならないように退散しなきゃね~っ」


 女性はご機嫌そうに去って、イベント設営の手伝いに戻った。

 ご機嫌なほどにニコニコする姫廻。

 気まずそうに顔を逸らす神。


「……返してほしくなったらいつでも言ってね?」

「……はいっ! 今度デートしましょう!」


 神の言葉は姫廻には届かず、手を取られ引っ張られていくのでした。


おわり

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