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姫の神様  作者: 飴城甘*
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第02話

 神凪睦という男は親族の一言により、公園管理の手伝いという名のバイトを始めた。

 内容としては事務所で公園に設置された監視カメラの映像を眺めることと公園の清掃管理だった。

 コミュニケーションが苦手な神にとって人との接触が少ない子のバイトは適職にも思えた。業者とのやり取りは大人たちが行い、自分は公園を監視するか外を歩き回るだけで良い。なによりこの公園にやってくる人は多くない。


 暇な日があればバイトを入れ、小遣い稼ぎをする毎日であった。

 監視と言っても基本何も起こらないし、起こったとしても当人たちだけで解決できるような問題ばかり。神は事務所にお菓子やゲームを持ち込んでダラダラ過ごしていた。


 そんなある日のこと、休憩所にひとりの少女がやってきた。

 そんなことはよくあること。

 しかし、その後をつけるように高校生の集団が休憩室に押し寄せ、ナンパを始めた。


 神は戸惑った。

 その時、他の管理員は出払っていて自分しかいなかった。

 悩んだ末、まずしたのが近くの交番での通報だった。


 その交番の警官とは友人を通して顔見知りで、すぐ話が通った。

 神は少女の様子に耐えかねて、室内放送をかけた。


 実際にマイクを入れた瞬間に緊張が勝って、自分でも何を言ったのか覚えていないほどぼそぼそとした声を出し、高校生たちに注意した。


 頭は真っ白だったが、彼らの気が逸れてこちらに向けばいい。

 笑われているのは恥ずかしかったが、次の瞬間には警官が到着し、彼らを補導した。

 すぐさまマイクを切って、ただカメラを見つめた。


 少女は身を強張らせてしたが、警官のケアにより徐々に落ち着きを戻していった。

 安堵したが、ネガティブな彼はひとつの考えがよぎってしまう。


 また高校生が戻ってきてしまうのではないか。

 今回の腹いせに無理やり連れていかれて……。


 いやまさか。そこまでのことが起こるわけがない。

 考えを振り払うも彼の頭の中には残り続ける。


 神はその不安から逃れるために行動を起こした。

 少女が休憩所に向かってくるのが見えたら、先回りして休憩所で待機していれば高校生も下手な行動は出来ないだろう。


 結果的に高校生が再び来ることはなく、その行動は少女と神が直接対面するきっかけになった。

 神にとって少女から話しかけられることは想定外だった。そして、神が思っていた以上に少女は感謝をしていて、神のことを知りたいと願っていたのだった。


***


 今日も今日とて姫廻が休憩所にやってくると、そこには神が居座っていた。

 ずっとここにいましたよというふりをしているが、今日もまた姫廻がやってきたのを見て移動してきたばかりだ。


「ジンさん、こんにちは!」

「こ、こんにちは」


 少女は神の隣に座った。

 神は少し距離を置いて座りなおした。


「休憩中ですか?」

「……まあ、そんなかんじかな」


 目を合わせないようにそっぽ向きながら返事をする神。


「そうだ、この前助けていただいた時のお礼が言いたかったんですっ。ありがとうございましたっ!」


 姫廻は立ち上がり、深々と頭を下げる。


「この前って?」

「高校生ぐらいの人たちに絡まれたときに……通報してくれたんですよね」

「あっ、いや。……別に大したことしてないよ」


 神の声のトーンは徐々に落ちていく。褒められなれていない彼は感謝を受け取るのが気恥ずかしく感じているのだろう。


「いーや、大したことです! だって、あの時助けられたんですから」


 姫廻は自分の胸を張って、その胸に手を当てた。


「感謝ならお巡りさんじゃないかな……俺は何もしてないし」

「しましたっ! 放送で注意もしてくれてましたよねっ!」

「あれは……別に」


 かたくなに自分の手柄にしたくない神の様子に姫廻はやきもきする。

 

「……わかりました。別の話しましょう」

「えっ」

「なんですか」

「いや、なんでもないです……」


 不機嫌な態度を出しつつもここを離れるどころか居座るつもりな姫廻を見て神は思わず声を上げた。


「ジンさんって、どんな漢字で書くんですか?」

「……ああ、神だよ。神様の神。神でジン」

「神様!」


 ちょっと機嫌を取り戻したかのように笑顔が戻る。


「神様だなんてそんな偉いもんじゃないよ」

「私の名前はこう書きます」


 彼女はおもむろにスマホを取り出して、その文字を見せつけた。


「へ、へぇ~……」

「……」


 そして、姫廻はスマホを両手で持ち、神を見つめた。


「お互いスマホ出してるから連作先交換しませんか」

「嫌です……」

「なんでですかっ!」

「知らない人と交換しちゃだめだよ……危ないよ」


 姫廻にとって勇気を出しての提案だっただけに簡単に断られたあげく、自分とは知らない人と言われてしまうとさすがに傷ついてしまった。

 勢いよく立ち上がり、怒りをあらわにしたまま姫廻は休憩所を出ることにした。


「わかりました! じゃあ、また明日!」

「……明日?」


 神の言葉が聞こえたが無視して飛び出して行った。

 少し歩いた先でやはり神のことが気になり、振り向くと前と同じように休憩所を後にする神の姿が映った。


 探偵姫廻はこっそり神を尾行することにした。

 神はその足で事務所に戻って数分後、また外に戻ってきた。その手には籠のようなものと火バサミを持っていた。

 そして公園の広場の方へと向かい歩き始める。探偵もまた物陰に隠れながら彼を追う。しかし探偵は詰めが甘く、既に気づかれていることに気づくことが出来なかった。


 何をするかと思えば、神はその持っている火バサミで道端に落ちているごみを拾い上げ、籠に入れていく。

 そう、これはゴミ拾いだ。

 人通りが多くないこの公園にはめったにゴミは落ちていないものの、台風など風で飛ばされてきたゴミなども転がっていることがある。

 

 それらを拾い集め、綺麗にするのも彼の仕事である。

 彼の仕事はこれだけではなかった。


 公園を歩きつつ、途中にある長椅子や看板などの状態もこまめに見ている様子だった。

 この公園は緑豊かで木々も生い茂っており、公園の中央付近には池もある。

 その池を囲う柵もぐらついていないか等確認している様子だった。

 

 きっとこの公園に通う人の多くはこのことを知らないだろう。

 姫廻自身も実際に見るまで意識していなかった。

 管理して整備しているということはわかっていても、その場面に遭遇することは多くはない。


 神はゴミ拾いを終え事務所に戻る途中、彼に近寄る人が見えた。

 彼と同じぐらいの男性だった。親しそうに話しかけるその人物はものすごく一方的に話している様子で、神は引き気味に聞きつつも嫌がっている感じではない。


 おそらく神の友達なんだろう、と姫廻は思った。

 神はその男性に連れられ、別の場所へと向かっていく。

 それはちょっと嫌な顔をしているのが見えた。


 姫廻も後ろをついていくと、待っていたのは外国人だった。

 あれやらこれやらと話す友人に対し、神はスマホを取り出して、友人に声を出させていた。そのあと外国人は何かを理解したようにスマホに話しかけ始めた。

 神が取り出したのは翻訳アプリだったが、姫廻は知らず何をしているのだろうと覗くばかりだった。


「……何してるの」

「えっ、あっ」


 気づけば姫廻は神の後ろに立ってスマホを覗き込んでいた。


「……」

「シーユー!」


 会話が終わったようで人の友人は大げさに手を振って、外国人を見送った。


「あれ、どうしたのこの子」

「あ、えっっとこんにちは~!」


 と叫びながら姫廻は走り去った。


「神の知り合い?」

「……まあ、最近知り合った」

「あー、この前話してた女の子? 別に仲良くすりゃ良いじゃん」

「いや……」


 走り去った姫廻は距離を置きすぎて彼らの会話は耳に届かない。

 そして、目の前に現れたのはラビィ。


「うわあっっ」


 驚きのあまり、声が大きくなった。


「ど、どうしたのラビィ」

「驚かすつもりはなかったんだ、ごめんね」


 ラビィはふらっと宙に浮きあがり、姫廻の肩に乗っかる。


「今までどこ行っていたの?」

「ちょっとね、この町の偉い人たちと秘密の会議をね……」

「なにそれこわい」

「じゃあ、詩こそ何を?」


 姫廻は後ろを振り向いて神へと視線を向ける。しかし、神はすでにそこにおらず遠くに移動していた。

 「あっ」と声を上げて慌てて追いかける。


「神さんを追いかけなきゃ!」

「……どうして?」

「神さんを調査中なのです」

「……なるほど」


 その後、神とその友人は広場で困った人物に声をかけて人助けを行っていた。

 その全部が神の友人から声をかけていて、神は完全に巻き込まれただけであったが、姫廻には関係のない話だった。


 感謝は受け取らないし、極端に人との距離を取る。その様子に姫廻も不快な気持ちになったことは否定できず、嫌な印象に変わろうとしていた。

 彼らの様子を見ていて、姫廻の中の神への印象が変わっていく。


 もっと彼のことが知りたい。

 そんな気持ちが湧きあがる。


 と、その時だった。

 黒い化物がまた姿を現した。


「あれ、倒したはずじゃ……っ!」

「1体だけじゃないんだよね、これが」


 姫廻は指輪にキスをし、変身する。


「今日も広場へ行くの?」

「その方が……でも、ここからじゃ人余り集まらないかも」


 黒い化物は姫廻を見るなり、追いかけ始めた。


「うわっこっちきたっ!」

「今日のは好戦的みたいだね」

「あわわっ……」


 思わず急旋回。逆方向に逃げ出した。


「どうする?」

「ひとまず公園一周~~~~っ!」


 姫廻の作戦は公園をひとまわりし、人の注目を集めて人を呼び込もうというものだった。

 黒い化物の早さは獣並み。まさしく犬の追いかけまわされているようであり、追いつかれないようにするだけでも精いっぱいだった。


「前!」

「うわあっ!」

「イメージして!水面に立つイメージ!」


 黒い化物に翻弄され、姫廻が飛び出したのは池だった。

 落ちる寸前、姫廻はイメージする。

 水面に立つ姿を。


 水は姫廻の接地した足を中心として波紋が広がる。

 その姿には重さを感じさせず、妖精が水の上に降り立ったかのように軽やかで、水しぶきが光って見えて綺麗だった。


 黒い化物もいっしょになって飛び込んでくる。

 姫廻は水を切るようにぴょんぴょんと跳ねながら逃げた。


「えーっと、そうだっ」


 姫廻は池の上を跳ね飛び回る。

 最初はたどたどしかったものの、慣れるのには時間はかからなかった。

 前回とは違い、水の上を走るのは道を歩く人の足を止めさせた。


 水しぶきがあがると日の光に当てられキラキラと輝く。

 それが姫廻をより引き立てた。

そうして、池の中央に立ち黒い化物を浄化した。

 

「ふぅ~……なんとかなった」

「詩に会えてよかったと思うよ」

「……そう?」

「あの黒い化物は僕らのプリンセスが生み出しているんだ」


 ラビィはふとそんなことを口にした。


「こことは別の世界があるって話をしただろう?」

「うん」

「そこには僕らのプリンセスがいるんだ」

「お姫様ってことだよね」

「そうだね。……プリンセスは今苦しんでいてね。その結果あの化物がこっちの世界に流れてきている」


 ラビィは空を見上げる。それに釣られるように姫廻も見上げた。


「プリンセスは悪者?」

「とんでもないっ! プリンセスは良い子だったんだ。良い子だったから……。でもね、詩があの化物を浄化してくれると、きっとプリンセスの心を取り戻せるはずさ。……ありがとう詩」

「……だから退治と言ってほしくなかったんだね」

「今は化け物として表れちゃっているけど、あれはプリンセスの感情だから……」

「大切にしたかったんだね」


 ラビィは頷いた。


「だから楽しい気持ちにさせると弱っていくのかな?」

「たぶんね。プリンセスも楽しいこと大好きだったから」


 姫廻が変身を解いて、休憩所に戻るとそこでは神が休憩所内を掃除していた。

 誰に見られているわけでもないのに、彼はせっせと掃除をしていた。


 神凪睦という人物は良い人なのだろうと確信した。

 だから姫廻はもっと彼のことが知りたくなった。

 彼にはもっと良いところがあると思ったから。


「お手伝いしますよっ」

「ま、まだ帰ってなかったの……っ?」

「それはひどい言い方ですねっ」

「ご、ごめんなさい……」

「良いですよっ。本はどう並べたらいいですか?」


 姫廻は休憩所に設置されている本棚の本を並べ直す。


「いつもこんなことをしているんですか?」

「仕事だからね……」


 一通り掃除を終え、椅子に座る姫廻。

 神は一本缶ドリンクを姫廻に差し出した。


「ありがとうございます」

「……手伝ってくれたお礼だよ」

「……これだけは言わせてください」

「えっなに」


 姿勢を正す姫廻に対して、何かを感じて身を引くように姫廻に向き直る。及び腰で今にも逃げそうな様子である。


「お礼を言われたらちゃんと受け取ってください。……じゃないと私も嫌な気持ちになります」

「え。あ……はい」


 項垂れるように了承し、神も椅子に座った。

 その様子を見ていて、姫廻はふと


「この座布団座り心地すごく良いですよね」

「……ふふ。良いでしょ」

「……もしかして、神さんが選んだんですか」

「ま、まあそうだね」


 姫廻が一歩踏み出して話せば神は一歩引いて逃げようとする。

 そんな距離感で会話が進められる。


「神さん。改めてこの間のお礼をさせてください。ありがとうございます」

「いや……」


 否定をしようとしたところで力強い姫廻の視線が突き刺さる。


「……どういたしまして?」


 姫廻の表情はやり切ったかのように満面の笑みへと変わった。


「じゃあ、神さんともっと仲良くしたいので連作先交換しましょうっ!」

「いやだっ!!」


 神のその否定は休憩所の外まで響いた。悪気はなかったもののその否定に涙目になってしまった姫廻に謝り倒したうえで連絡先も奪われてしまったという。

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