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飾らない君は傾国の美女  作者: ダイズとカツオ
第二章 孤狼、魔性、そして欺瞞
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欠けても満ちても気高く月は(上)

『続いて、生徒会庶務の(おおとり)(あずま)さんからの御挨拶です』


 春は大きく息を吸った。


 照明に照らされ輝くステージ、仄暗い観覧席からは拍手と黄色い歓声。友人達の応援とその他生徒達の期待。その重圧が春の肌を灼いた。


 しかし、冷えとも呼べるほど不思議と心は凪いでいる。緊張は無い。


 春は演台に置かれたマイクの前に立ち、観客席の前後左右端から端までを視界に収めた。


「みなさん、こんにちは。生徒会庶務の鳳春です。すでに多くの人が知っていることとは思いますが、俺は来年に控える生徒会長選挙に雲類鷲結月と共に立候補することにしました」


 それは噂以上に広まって既に定着したこと。しかし、改めて公的な場で宣言されたことで会場は少しザワつく。


 こうなると生徒たちの話題は次に移る――なぜ、生徒会長を目指すのか?


 その疑問に応えるように春は語りだす。


「俺は中等部二年のころ、特例で生徒会に飛び入り参加しました。そのころ、俺に何があったかは皆さんご存知でしょう。なにもない時間を持て余す日々でした」


 中学一年で全中を優勝するという偉業。陸上界の超新星として学園内外でも期待された。


 果たしてその期待に脚が押し潰されたのか、それは定かではない。しかし当事者としてあの時の学園の動揺ぶりを忘れることは無かった。


「穴を埋めるように過ごした時間は他の役員と比べて短く、未熟で、中途半端な熱量でした」


 思い出すと、不甲斐なさに吐き出しそうになる。


 復帰を諦めたことも、そのことを紛らすために生徒会で活動していたことも。


「でも、そのなあなあで過ごした一年間で得られたものは大きかった。生徒会は学園の奉仕者。今までの俺は自分を見つめて走り続けるだけでしたから、周りを見て働くというのは初めてのことでした」


 井の中の蛙大海を知らず、意味は少しズレてる気がするけどまさにそんな感じだ。


 陸上しかやってこなかった自分は、あの一年で学園がどう動いているかを知った。


 そして、生徒達が青春を送る裏でどんな苦労が隠れているかを知った。


「その一年間を与えてくれた友人には感謝しています。陸上の夢は潰えたけど、そのおかげで新しい夢ができた。そしてその夢は生徒会長になることではありません」


 それはあくまで手段であり、方法。


 一方で、春の心境なぞ知らない生徒達の中では疑念が生まれる。


「俺が本当にしたいことは誰かの手をとってやること。俺の友人が俺を生徒会に誘ったように、手を差し伸べて皆さんをサポートできるような生徒会を築きたい」


 本人には絶対言わないけど、人の傷心に気安く踏み込んで手を差し伸べるお前に実は憧れてる。


「俺には多大な恩がその友人にある。だから俺は、その恩を仇で返そうと思います!」


 まるで快晴のような笑顔で言うと、会場に笑いが生まれる。


 俺は手を差し伸べて期待してくれたお前に応えたい。


 そのために生徒会長を目指して、奏斗(お前)と久遠さんを阻む。


 そして、他者のために身をやつした果てにある光景が、走り続けた先にあるものと同じなのかを知りたい。


 春はスポットライトの光の中、観客席の前後左右全てを見渡して力強く言葉を発した。


「改めて宣言します! 俺は生徒会長選挙に立候補する! その目的は誰かの為に存在する自分のため、そして皆さんを支えるため!」


 それともう一つ、心の内に留め置いた1パーセントの本音。


 あの時なぜだか感じた強い光。憧憬ともとれる強い光。


 ――俺はお前に近づきたい。


「この目的に相応しく、この一年間を今度こそは”ガチ”で使ってやろうと思います!」


 ただ力強く、熱意のままに語る春に会場は息を呑み、拍手を送る。


 その喝采を浴びた者は何を思うのか。スポットライトを浴びる人間にしかわからない感情に身を浸し、春は呼吸を整えた。


「さて、そろそろ時間ですね。一口にサポートと言っても具体性に欠けるでしょう。俺達が生徒会長になったら何をするのかは、俺の目的とは少しズレるので俺からではなく頼れる相棒に語ってもらいましょう」


 生徒の興味を引いてニヤリと笑う。そして、


「ご清聴、ありがとうございました」


 春は一歩下がって、深々と頭を下げた。


 そして振り返り、再度生まれた喝采を背に浴びて舞台袖へと消えてゆく。


 その舞台袖の反対側。彼の勇姿を見届けた奏斗は小さく笑っていた。


(なるほど……お前も、俺に……)


 予想通りの酷く退屈そうな瞳。しかし、口元はそれを覆い隠すように獰猛に歪められていた。


 ふと、視線を外すとスマホを胸ポケットにしまった結月と目が合う。


「ウチのあっくんはどうだった?」

「アイツは中等部の頃からよくやるやつだよ。なぁ、愛華?」

「そうですね。あの頃は非常に頼りになりました。ですが……こうなるとは。奏君が手を差し伸べたのは悪手だったのでは?」


 アルカイックスマイルの愛華。口ではそう言いつつも、まるで相手にならないというような笑み。


 そんな彼女を鼻で笑って、奏斗は肩を竦める。


『それでは続きまして、生徒会庶務の雲類鷲(うるわし)結月(ゆづき)さんからご挨拶です』


 直後に鳴り響いた放送部の声に、ググッと背伸びをして平常のような気楽さで結月は手を振る。


「んじゃ、ウチの出番だねぇ〜。適当にがんばってくるよ〜」


 視線は前を向いたまま、それだけ言い残して舞台袖を進んだ。


 ステージ上に姿を現すと、巻き起こったのは春のときと同じような歓声と拍手。ツインテールの黒髪とメイクアップされた端正な顔立ちはスポットライトを浴びて輝く。


 自分をどう演出すれば魅力的に見えるか、その計算され尽くした足取りで演台のマイクにお気楽な声を通した。


「どもども〜。あっくんのパートナーとして選挙戦に立候補した生徒会庶務の雲類鷲結月でーすっ」


 手をフリフリと振って歓声に応えつつ気の抜けたテンションで言うと、生徒達は彼女に呆れつつもくすりと笑い声が上がる。


「ウチが立候補するって噂で流れたときみんなビビったっしょ。わかるよ、ウチってこんなだしね〜」


 自虐的でありながら、どこか悪戯な笑みを浮かべる。


「そんなウチがあっくんのパートナーとして立候補した理由は単純。怪我をしたあっくんが必死にリハビリをする姿を間近で見てたけど、超がつくほどの努力家なんだなぁって再認識させられた」


 春の自主練を見た事のある者なら想像できるはず、と観客に念を送る結月。


「そのことをあっくんに話すと『復帰を諦めた半端者』って決まって言い返される。だから、今度はあっくんが諦めないように支えたい」


 胸の前で手を握り込む。


 いつもの気だるげな表情は見開いていて、毅然としたその姿に観客は見入ってしまう。


「あのとき出来なかったことを、ウチはこれからする。ウチらが生徒会長にふさわしいかどうかはこれからみんなに見せつける。だから見ててね」


 小さく、そして優しく微笑む。結月は生徒達から期待を受け取った。


「そのためのまず一歩。さっきあっくんがウチにパスした生徒会長になったら何をするかってやつ。ま、公約のことだね〜、残りの時間はそれについて話していくよ」


 結月の口調は気だるげな平常通りに戻ったが、場の空気は確かに引き締まった。


「さて、この学園の特色についてみんなはどう思う?」


 問いを投げられた生徒達は『実害なければ基本自由』を思い出し、それぞれ思い浮かべる。


「ウチは結構気に入っててさ〜、これのおかげで染め髪もピアスもオッケーじゃん? だから色んな個性が生まれるし、才能っていうのも生かされる。でも、まだ、ちょっと足りないとウチらは思うんだよね〜」


 観客席に関わらず、話を聞いていた生徒達は疑問符を浮かべた。学生にとってそれは充分すぎることでは無いか、と。


「なにが足りないって、それは――」


 結月は焦らすように一拍置いて、自らのシャツをつまみながら言った。


「――この制服でーす!」


 その言葉にどよめきが広がる。それは観客席のみならず舞台袖にも及んでいた。


「なるほどな……」


 顎をさすりながら、奏斗は言葉を漏らした。


「制服ってそう簡単に変えられるものなの?」


 制服とは名刺であり、外向きの品格だ。長い歴史を持ち、指折りの名門である黎明学園の制服は周辺地域では広く知れ渡っている。


 それ故、『自由』を校風とする黎明でもその規律は厳格なものになっており、伝統を保持する意味でもそう易々と変えられる問題ではないはず。


 少なくとも玲はそう考える。しかし、奏斗はそうではないようで、見上げる玲と目を合わせる。


「今回の場合、重要なのはそこじゃあないんだ」

「というと?」

「春の実家な、大手ファッションメーカーなんだよ。父親が経営者で母親がデザイナー」

「でもそれって鳳家が大儲けするだけじゃない?」


 もっともらしい玲に奏斗は小さく笑う。


選挙戦(ここ)ではそういう打算も好印象に受け入れられる。学園側としても制服に大きな箔が付くし春の実家ともパイプができる」

「なんか釈然としない」

「従来のメーカーとも喧嘩になるだろうな。そうトントン拍子には進まんだろうよ」


 奏斗は顔を上げて、結月の背中を見定めた。


「今までの伝統を踏襲しつつ、色んなバリエーションの制服があったら〜、って思わない? ほかにもポロシャツの導入だったり機能面でもより良くしたいとウチらは思ってる」


 夏服とはいえ暑い制服。冬服とはいえ寒い制服。ダサい。単純。スカート丈をもっと詰めたい。結月の話に夢を膨らませる。


 どうしても窮屈になってしまいがちな制服を変える。それは機能面でもデザイン面でも同じこと。


 制服すらもお洒落に個性的に着こなしたいという欲求が透けて見えた。この話は実に魅力的だ。


「ウチらの考えに少しでも賛同してくれる人がいると嬉しいかな。ではでは、ご清聴ありがとうございました〜」


 お気楽な調子で礼をする。そして、拍手と歓声ともに舞台袖へ消えていった。

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