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飾らない君は傾国の美女  作者: ダイズとカツオ
第二章 孤狼、魔性、そして欺瞞
17/24

布石と烙印

 生徒会室が怒りに包まれていたときのこと――


「俺のイタズラ効いたかな」

「さっきから首の辺りがチクチクするんだけど」

「怨念じゃね」


 私は半笑いの彼と廊下を歩いていた。


 何やら用事があるらしい。始めは勉強会をサボる口実だと疑ったがそんなこともなさそうだった。


「さて、到着」

「風紀委員会室?」


 どうやら目的地に着いたらしい。


 彼に会わせたい人がいるからと言われて付いてきたは良いものの、私は意図が読めずに首を傾げる。だが、彼は特に気にした様子もなく委員会室へと入ってしまう。


「あれ、奏斗さん――と久遠さん?」

「おっす」


 そこに居たのはいつぞやの朝に出会った哀川(あいかわ)(ひなた)であった。


「文子居る?」

「見ての通り、居ないです」

「まぁ、そうだよな。少し待たせてもらっても?」

「ええ、構いません」


 いくつかのやり取りを終えて奏斗は陽の対面に座る。玲は遠慮がちに隣に座った。


「稀沙羅ちゃん、元気ですか」

「あぁ、毎日元気にテスト勉強してるよ」

「それ、本当に元気なんですか」

「ははっ、毎日ゲロ吐いてるよ」

「冗談はよしてください。まぁ、疲弊はしてるでしょうね。それで、今はどちらに?」

「生徒会室で勉強してるよ。愛華や春と一緒に」

「良いんですか? あの二人って一応は敵ですよね」

「稀沙羅は頭は悪いけどバカじゃない。自分の役割くらい分かってるさ」


 含みをたっぷりに持たせて奏斗は笑う。


「ところで、二人は一体どんな関係なの?」


 彼らのやり取りを眺めていた玲からの純粋な疑問。だが、少なからず圧があったようで二人の表情が少し強ばった。


「中等部一年の頃、稀沙羅と同じクラスになれなくてな」

「そこで私が同じクラスで稀沙羅ちゃんと仲良くなったんです」

「なるほど。シスコン過保護のことだからさぞ心配してたんだろうね」

「ふふふっ、稀沙羅ちゃんも稀沙羅ちゃんで凄かったんですよ? いつもお兄さんの話をしてて、そのお兄さんが誰かと思えば学園の有名人で驚いたんですから」

「奏にぃってその頃から有名人だったの?」

「まぁ、首席入学して、新入生代表挨拶して、桜羽場家長女の幼馴染だからな。それはもう目立つ目立つ」


 首席とかそういったものは初耳だった。無論彼の実力を考えればそれは極自然なことだ。それでも私は知らなかったし、知らされなかった。自分が思っている以上に私は彼のことを知らない。


 少しブルーな気分のまま数十分が経った。


「お、来たかな」


 奏斗が不意にそんなことを呟いた。しかし、人の気配は一切感じられず、玲は不可解に思う。


 そんな玲の視線を背に、奏斗は立ち上がって部屋の扉に手をかける。


「奏にぃ? 来たって何が?」

「君に会わせたい奴だよ」


 彼はニヤリと笑って扉を開くと驚くべきことに、そこには彼の言う通り二人の生徒が居た。


「やぁ、待ってたよ。文子ちゃん?」


 文子と呼ばれた女生徒は奏斗の顔を見るやいなや眉間に皺を寄せた。玲が感じ取った空気は『険悪』の二文字だった。


「チッ……何故アナタがいるんですの」


 文子と呼ばれた少女の立ち振る舞いからは気品というものが感じられ、その容貌はまさに貴婦人という言葉がピッタリだった。しかし、そんな彼女に似つかわしくない舌打ちが漏れ、玲は状況の深刻さを悟った。


「話がある。大事な話だ」


 珍しく真面目な表情をする奏斗。彼女も意外だったのか少したじろいでいた。


「場所を、変えますわよ」


 文子は踵を返して適当な空き教室へと向かう。その背を追いながら玲は小声で奏斗に問いかけた。


「あの子、いつぞやの学園新聞の打ち合わせで夢先輩と一緒に奏にぃに詰め寄ったって子?」

「あぁ。それと同時に中等部選挙戦の対抗馬でもある」

「どうりで険悪」


 玲はその言葉を最後に、教室へ着くまで口を開くことは無かった。


「それで、一体何のようですの」

「まぁ少し待て。要件の前にお前らを玲に紹介しないとな」


 そう言って奏斗は目の前の、気品に溢れる(あで)やかな焦げ茶色の髪を(なび)かせる、自信に満ちた様子の少女を指し示す。


 玲はその見目麗しい顔立ちに一瞬目を奪われ、対抗すべく純白の髪を靡かせた。


「風委員の綾小路(あやのこうじ)文子(ふみこ)ちゃん」

「綾小路――ってあの"御三家"の!?」


 奏斗の紹介に玲は愕然とした。


 彼女の言う"御三家"とは、数多の良家がひしめく黎明学園の中でも特に別格と扱われる三つの名家のことである。いつしか生徒達が呼び始めたもので、一つは目の前の綾小路家、もう二つは桜羽場家と近衛家が"御三家"にあたる。


「直接は初めましてですわね。綾小路文子ですわ」

「は、はい。久遠玲です。よろしくお願いします」


 玲は文子の身分を聞いてすっかり恐縮した様子。


「そんなにかしこまらなくても愛華だって御三家だぞ」


 もっと言えば自分は元御三家である。


「そうは言っても初めましてじゃ驚くでしょ。桜羽場さんは慣れただけ」

「もしかして、愛華と初対面のときもこんな感じ?」

「いや、御三家の存在を知ったのは知り合った後だったから」

「それは流石に知らなさすぎじゃね?」

「どうせ私は世間知らずの庶民ですよーだ」


 不貞腐れる玲。そんな彼女に文子は微笑んで言った。


「そんなに卑下なさらないでくださいまし。私達にとって貴方のような人はとても新鮮ですの」


 なんだろう、嫌味に聞こえるのは私の心が荒んでいるからだろうか。


「ナイスフォロー、文子!」

「奏にぃ……ぶん殴っていい?」


 ――拒否する前に鉄拳が顔面にめり込んだ。


「気を取り直して、文子の従者を務めてる倉橋(くらはし)(みやび)ちゃん。同じ風紀委員」

「倉橋雅です。以後お見知りおきを」


 スカートをつまみ上げ、いわゆるカーテシーの所作で恭しく頭を下げる。


 センターパートにされたツヤのある黒髪。中性的で端正な顔立ち。平均以上の身長。女子校に居たら間違いなく王子扱いであろう姿に玲は息を呑んだ。


(美少女従者と美少女お嬢様――!!)


 そんな思考を察したのか雅は告げる。


「あ、自分男です」


 …………?


「え、あぁ、トランスジェn――」

「いえ、趣味です」


 思考が止まった玲が必死に繋いだ言葉も、あえなく雅に遮られてしまった。


「まぁ、気持ちはわかる」

「つまり、女装癖……?」

「はい」


 キッパリと言った雅に、玲は咄嗟に「気色悪い」と言いそうになり、かなり焦った。初対面でそれは心象最悪である。


「この学園ってA〜Zまでなんでもいるの……?」


 いくらなんでも自由すぎると言った風に玲は頭を抱える。それから頭の整理がつくまで少しかかった。


「うん、まぁ、うん。害はないし校則的にはセーフか……」


 突飛な情報をようやく咀嚼したらしく、ポツポツと呟きながら玲は頷く。


「まぁ、結構な男子が性癖破壊されてるらしいけどな。――そんなことはさて置いて、自己紹介も終わったし本題に入ろうか」


 奏斗がニヤリと笑うと、場の空気が変わった。文子と雅は警戒心を引き上げて身構え、玲はそれに釣られるように背筋をシャンと伸ばした。


 張り詰めた空気の中で、奏斗が口を開く。


「綾小路文子、倉橋雅、二人とも玲と俺の選挙戦に協力してくれ」

「――は?」


 放たれた突拍子もない提案に、雅は眉間に皺を寄せた。


 一方で文子は、特に外面的な反応も無く狙いを定めるようにして奏斗を見ていた。


「私がなぜ、貴方達に協力しなければならないんですの」

「"後援会"はいいのか?」


 口の端を吊り上げて奏斗は言った。文子はその言葉にあからさまに動揺していた。


「玲でも流石に知ってるよな」

「うん、流石に知ってるよ」


 通称後援会、正式名称"黄昏"。学園のOB・OGで構成され、学園に莫大な資金援助を行っている組織。その会員のほんどが政治家や資産家、有名アスリートや大企業の社長であり、日本のあらゆるものを動かせる権力者揃いである。生徒会長、副会長、もしくは特別な功績を収めたものしか加入出来ず、それ故に生徒会長の地位は高く、尊敬され、その椅子に座るべく皆が必死になるのである。


「お前にとっての後援会の席っていうのは、そこら辺の人生の成功を望んでる奴のものとはまるで意味が違う。なんてったって綾小路家の長女だからな、加入できなきゃ御当主サマに怒られちまう」


 ヘラヘラと笑う彼は、いつもの昼行灯というより詐欺師のようだった。


 彼の悪い顔がゾクゾクと刺激する。それが畏怖なのか劣情なのか、或いは両方なのかは定かではなかった。


「だのに、文子ちゃぁん。お前ってやつは、選挙戦に立候補もせずにねぇ?」


 文子と雅は鬱陶しそうな顔をしていた。


「つまりは、私達が貴方方に協力すれば後援会に入れると? どうしてそう思うんですの」


 ヘラヘラとした態度は変わらず、奏斗は親指から順に指を折って答えた。


「まず一つ、俺らはデカいことをしようと思ってる。その中枢を担うとなれば功績はそれなりに大きい。次に二つ、アンタら綾小路と桜羽場は仲が悪いだろ? お前がどうかは知らないけど。それで、桜羽場の長女を凌いだとなれば御当主サマは喜ぶだろうなぁ?」


 すると、奏斗は中指を折った途端に態度を改める。文子が知る奏斗とはまるで違う、真摯で真っ直ぐな瞳だった。


「そして三つ、俺の能力、人脈、プライド――その他諸々全てを使ってお前らを後援会に導いてやる。だから、俺らと来い」


 おとがいに手を当て、狙いを定めるように真意を探る文子とただそれを受け止めるだけの奏斗。二人の交錯が、数分とも数十秒とも言えぬ時間続いた。


 重い静寂を初めに破ったのは奏斗だった。それは、彼の最後の一手だった。


「『純情Lose(ローズ)』一巻の初版、初回限定特装版の円盤と各種特典を――」

「いいでしょう」

「文子サマ?」


 即答した文子に開いた口が塞がらない雅と何を言っているの分からない玲。


「純情ろーず? ってなに?」

「かなりディープなBL漫画。アニメ化もされてかなり人気」

「円盤ってのは?」

「円盤ってのはDVDもしくはBlu-rayのこと。その初回特装版が結構なレア物でね。オタクは喉から手が出るほど欲しいってわけ」


 それを聞いた玲の視線は「じゃあコイツ、物で釣られたってわけ?」と言いたげな冷ややかなものだった。雅も腐臭のする主人を憐れむような目をしていた。


 そんな二人の視線を振り払うように咳払いを一つ。


「勘違いしないでくださいませ、別に純ロに釣られた訳じゃありませんわ。私は奏斗さんの三つ目を信頼しているんですの」


 若干走り気味のその言葉に全員がジト目を向けた。


「……本当に協力してくれるんだな?」

「だからそう言ってるんじゃないですの。この綾小路文子が全霊を以てお力添え致しますわ。雅もそれでよくって?」

「文子様の御心のままに」


 文子は力強く宣言する。それに応ずるように雅は恭しくスカートをつまみ上げて言った。


「そういえば、玲には何も言わずに連れてきて勝手に話進めちゃってたな」

「ホントだよ。これからは少しは話して欲しいかなー。まぁでも、何を考えてるか読めたしこの共同戦線には大賛成かな」


 玲は同意を示し、奏斗は頷いてから新たに話を切り出した。


「それじゃ、我々の今後の展開について話そうか」


 ―――


「――とまぁ、こんなもんかな」

「こんなことよく考えるね」

「現状の問題点を改善しつつ、変革も画策するとは欲張りですね」

「でも、確かにこれが実現したら快挙ですわね。先程の発言にも説得力が増してきましたわ」


 奏斗がこれからの事を話し終えて、その内容に三人は驚嘆していた。


「何があろうと新生徒会挨拶が掴みなのは変わりない。細かなことはその後に決めよう」

「では、新生徒会挨拶が終わったら、また」

「おう、よろしくな」

「それじゃ、今日はもう遅いし帰ろっか」


 玲はそう言って先に教室を出た。奏斗も後を追って教室を出ようと扉に手を掛けたところで止まる。


「なぁ、一ついいか?」

「なんですの」

「なんで立候補しないんだ?」


 後援会に入るために協力するくらいなら、早々に立候補した方が良いのではないかと思っていた奏斗は、遂にその疑問を口にした。


 そして、返ってきたのは思ってもみない返答だった。


「桜羽場さんと貴方に憧れてしまったんですの。そうなってしまっては、もう勝てないでしょう?」

「なるほど……じゃあ、その憧れを俺らに使わせてくれ」


 肩越しに微笑んでから奏斗は教室を出ようとする。


「あの、私からも一つよろしいですか」

「あぁ」

「どうして桜羽場さんではなく、久遠さんを選んだんですの」

「俺がどうしようもなく彼女のことを好きだから――じゃ、納得しないんだろうな。答えはシンプルだよ。玲の方が、愛華よりも相応しいと思ったからだ」


 それでも納得出来ないようで、あからさまに懐疑的な表情を浮かべる。


「まぁ、新生徒会挨拶でわかるよ」


 奏斗は背中を見送られながら、教室を出た。


「なに話してたの?」

「彼女自慢」

「そ」


 素っ気なく返事をして玲は先に行ってしまう。その背を見て、奏斗は首を傾げた。


「ちょっと不機嫌?」

「綾小路さん、貴方に好意があったみたいだから。それが憧れだとしてもなんだか複雑というか。はぁ、独占欲ってウザいでしょ」

「……ふぅ〜ん」


 げんなりと肩を落としてブツブツと進む玲。顧みずに先を進んでいると、奏斗が後ろから早足で擦り寄ってくる。互いの手が触れ合う程の距離。玲が手を繋ごうとすると――


「――っ!?」


 突如として両の手首を掴まれ、為す術もなく壁に叩きつけられる。


「痛い……」


 突然の出来事に混乱する脳内。背中に広がる鈍痛。鼻腔を支配する薄まった香水。ツゥーっと一筋の鉄臭いものが滴る。


 奏斗は両手に万力の如く力を込めて、玲が鼻から滴るものを舌で舐めとるのを呆然と見下ろしていた。


「この前、壊したくないとか言ってたのに、意外と暴力的なんだね。いや、だからこそか」


 上目遣いで、余裕を見繕う彼女に見つめられる。彼女の声は若干震えていた。


「それで、独占欲のことだが、俺だってこんな風に君を押さえつけて俺だけのものにしたい。そんな俺を、君はウザがるか?」

「いや……」


 彼の言わんとすることがわかり、声を落とす。


「同じように、俺が君をウザがることはない。俺の君に対する想いを踏みにじらないでくれ」

「……はい」


 殴るような奏斗の視線に、玲はすっかり萎縮してこちらを伺うようにチラチラと見上げてくる。


(うっ……これはヤバいな)


 いつもより特段小さく見える彼女の様子は奏斗の嗜虐心を刺激した。だが、彼女の過去を考えると些か罪悪感が募る。


 その葛藤を察知してか、玲は不安気に震える声で言った。


「おいで」


 その言葉で奏斗の理性の綱がはち切れた。


 奏斗の口が玲の左側の首筋に近づいていく。玲の発するラクトンの香りに奏斗の鼻腔が支配され、脳内が犯される。そして、香りに溺れるように首筋に顔を(うず)めて二度深呼吸をした後、噛み付いた。


「い、ったい……」


 猛烈な痛みが肌に食い込む。脚が小刻みに震え出し、爪が食い込むまで拳を強く握った。


(痛い! いたい! 奏にぃはこれを平然と耐えてたの……っ!?)


 自分の想像より何倍も強い痛みに、内心で喚き散らかす。しかし、そんな玲の苦悶を文字通り肌に感じてか、痛みが薄れて本噛みから甘噛みへと変わった。


 痛みが無くなったことに玲は一息ついて、未だ顔を(うず)める奏斗に目を落とした。


(はむはむしてる……ふふっ、なんだか大型犬みた――い゛っ゛!)


 玲が完全に肩を力を抜いたタイミングで、奏斗がいきなり力強く噛みついた。突然襲った痛みに嬌声と良く似た艶かしい声が漏れる。


 緊張と弛緩の往復。この短時間で完全にモノにした奏斗は、玲の状態に応じて的確に力加減を合わせる。繰り返されるこの痛みはもはや快楽となっていた。


 玲の情緒がぐちゃぐちゃに掻き乱され、次第に声が大きく、激しくなっていく。奏斗もまた、五感全てを目の前に捧げて夢中になっていた。


 人の足音が耳に入らない程に。


「何をしているんですの」


 突然声を掛けられる。邪魔をされたことに憤りを感じながら歯を離して振り向くと、ドン引きの文子と雅がいた。


「文子か。カッコつけて教室を出たってのに、結局鉢合わせるのか」

「それは貴方がここでモタモタと立ち止まっているからですわ。何をしていたんですの」

「見ての通り、マーキング」

「ハァ……貴女も大概ですわね」


 恍惚として息を乱す玲を見て、文子は軽い溜息を吐いた。


「従者に女装させてる人間に言われたくないと思うが」

「いえ、これは私の趣味ですので」

「それが容認されてる時点で同じだ」


 奏斗の内に少々イラつきが溜まってきた。そんなことを言っても仕方の無いことなのだが、もっと玲を感じていたかった。奏斗は無意識に力を込める。


「そろそろ手を離しなさい。折れますわよ」

「おっと」


 文子の指摘を受けて掴み続けていた手を咄嗟に離す。すると、全てを奏斗に預けていたために、玲がその場にペタンと崩れ落ちる。


「ぁ……綾小路さん……倉橋さん……いつから?」

「……つい先程からですわ。それと、私達のことは是非名前で呼んでくださいませ。これから肩を並べるんですから」

「あぁ……うん……そうだね。じゃあ……私のことも名前で呼んでね。……っんしょ、と」


 奏斗が手を差し伸べて、それを支えに玲は立ち上がる。彼女は未だに陶然としていた。


「では、試験勉強があるので私達はこれで」

「あぁ、今度こそな」


 この場を後にする二人の背を見送る。そうして、奏斗と玲は気まずさとともに廊下に残された。


「腕、大丈夫か?」

「うーん、痣になっちゃうかな……」


 手首を(さす)る玲の姿に奏斗は思わず顔を伏せてしまう。


 しかし、玲はそんな彼の顔を無理矢理自分に向け、むっとした声で言った。


「もう、ちゃんと目を見て。私的には歯型に加えて痣も残って嬉しいくらいなんだから」

「とは言ってもなぁ……」

「じゃあ、この前奏にぃを押し倒したことのお返しってことで」

「……まぁいいか。それで、その鼻血大丈夫か?」


 奏斗は言葉に玲はきょとんと疑問符を浮かべた。そして、数拍遅れて奏斗の言っている意味に気づく。


「え、あっ、ごめん忘れてた。まだ出てるけど、大体止まってるから適当に詰めとけば大丈夫」


 慌ててポケットティッシュを取り出して、慣れた手つきで鼻に詰める。粘膜が傷つく恐れがあるために本当は良くないのだが、致し方なしである。


「それじゃ、帰るか」


 奏斗が生徒会室へ向けて歩き出すと、玲がするりと左腕に絡みついてくる。


「そういえば、今回は君が力負けしたな」

「そりゃあ、そうでしょ」


 生徒会室のソファの上でガッチリと押さえつけられたことを思い出す。あの尋常ならざる力を今回は御せたことが気になっていた。


「あれは理性がトんでリミッター解除状態だったから。要するに火事場の馬鹿力ってやつだよ。えっちなことだから、水場……いや、濡れ場か」

「誰が上手いことを言えと」


 ジト目で突っ込みながらも二人は引き続き歩いていく。


 奏斗が今日の晩御飯について考えながら廊下を歩いていると、やがて生徒会室へと到着する。中に入ろうと、奏斗が扉に手をかける。


 しかし、この時まで二人は重大なことを忘れていた。


「稀沙羅、帰るぞー。今日の夕飯は天ぷらだ――」

「「おかえりなさい、奏君」」


 その声と同時、生徒会室に怒気が膨れ上がる。


 奏斗の目の前に虎と龍がいた。


(あっ、これ死んだ)


 能面のような笑みを貼り付けたままの愛華と、下から突き刺すように目を(いか)らせるティア。


 二人の手前ではけらけらと笑う結月と、苦笑を浮かべる稀沙羅と春がいた。


「HAHAHA、イタズラは効いたみたいだナー。はよ帰ろ帰ろ」


 逃げるようにして生徒会室を後にする奏斗。


 しかし、ティアと同居している上に愛華が泊まりに来たので結局逃げることは叶わなかった。

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