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飾らない君は傾国の美女  作者: ダイズとカツオ
第二章 孤狼、魔性、そして欺瞞
16/24

前向きって憧れる

 テスト一週間前のとある日。生徒会一年ズは生徒会室にて勉強会を開いていた。


 そして、皆が黙々とペンを走らせて勉強に励む中、奏斗はペン――ではなくロリポップを弄んでいた。


「奏にぃ、 勉強しないのー?」

「しなくていいでしょ。むしろしないで欲しいわね」

「実際奏君はしてもしなくても変わりませんからね。羨ましいものです」

「天才はずるいなぁ全く」


 三人に愚痴を吐かれ、奏斗は「そんなこと言われても」と言った風にロリポップを噛み砕く。


「賭けはどうすんのさ。負けちゃうよ〜?」


 視線はノートのまま玲は呟く。その言葉に稀沙羅以外が疑問を抱いた。


「賭けってなによ」

「勝った方の負けた方に命令できるの」

「お、なんか面白いことやってんね〜。あっくんウチとやろー」

「やだよ。その命令ってのは勿論良識の範囲内だよな?」

「いいや、"なんでも"だよ、春君」


 意味深に笑う玲に、春は言葉を詰まらせる。結月は春の耳が若干耳が赤くなっているのを見逃さなかった。


「ちょっと待ちなさいよ! 不純よ! 不純! 奏君はこう見えてかなりの変態なのよ!?」


 ティアは叩き割る勢いで机を叩いて立ち上がり声を上げる。変態であることを暴露されたが気にしない。その汚名を受ける勇気があるから。


「そんなの知ってるけど?」

「魔法少女好きでメイド好きでケモ耳好きなのよ!?」

「別にいいだろうが」

「だ、だから、どんな変態プレイを要求されるのか……!!」

「なんでお前がダメージ負ってんだよ。っていうか関係ねぇだろ!!」


 段々と顔が赤くなっていきティアは座り込む。


「魔法少女かぁ。結構興味あるんだよね」

「ほほう、興味があるのか。漫画アニメラノベいくらでもオススメがあるけど」

「じゃあ後で教えて?」

「無論」


 正直、興味があるのは魔法少女ではなく彼の好きな物についてなのだが、そこはこの際どうでも良いだろう。


 そんな考えを内心に留めながら、玲は目の前に意識を戻す。ティアは未だにギャーギャー言っており、愛華はそんな彼女を宥めていた。


「まあまあ、落ち着いてください。重要なのは勝利条件でしょう?」

「勝利条件は全教科満点。それ以外は負け」

「確かにそれなら……でも、厳しすぎじゃない?」

「これくらいじゃないとやる気でないでしょ」

「奏斗のやる気を出させても久遠さんに何の得もなくね?」

「そこは大丈夫。最終的には私が得するようになってるから。それと、全力の奏にぃに勝たないと意味無いでしょ」


 挑戦的な笑みで心を躍らせる玲。努力家で負けず嫌いな彼女らしい表情だった。


「みんなって何か目標ってあったりするの?」

「打倒奏君!!」

「そうですねぇ、一位は無理ですけど、せめて二位は奪還したいところです」

「ウチは別に。まぁ、出来れば五十位以内かな」

「俺はそうだな――あんま得意じゃないし、百位以内かな」


 各々が各々の目標を語り始めたが、稀沙羅は何も言わない。ただ眠そうだった。


「稀沙羅ちゃんは?」

「あたしに目標なんかないよ」

「あった方がやる気出ると思うんだけどねぇ」


 玲の言葉に思うところがあったのか、稀沙羅は言った。


「じゃあ、お兄ちゃんが決めて」

「ん〜、そうだなぁ、お前も百位以内狙ってみるか」

「いやいやいや、無理だよ。いつも二百位台じゃん」

「お前ならいけるって」

「一週間前だよ?」

「飲み込み早いからいけるって」

「随分と無茶言ってくれるじゃん」

「じゃあご褒美やるよ。撫でてやる」

「いや奏斗、さすがにそれは――」

「ホントっ!? やったぁー!!」


 二パァっと笑顔を浮かべて尻尾を振る稀沙羅に、一同は困惑した。だが、これ以上触れようとはしなかった。


「それじゃ、集中するから前髪まとめて」

「うい、ポンパドールでいいか?」

「うん」


 奏斗は自分の髪にいつも着けているヘアピンを外して、スムーズに稀沙羅の髪をまとめた。


「手慣れてるね」

「まぁ、小さい頃からやってるしな」

「ちなみに私のこの髪型だって奏君が結んでくれてるのよ」


 ティアはストレートヘアに何本か垂らした三つ編みを指しながら自慢気に語る。


「どーりで、アナタに出来るはずないもんねー」

「バチバチの玲ちゃんでウケる」


 軽く煽るとティアはメラメラと沸き立つ。一方、瞬間湯沸かし器を起動させた玲は「フッ」とわざとらしく鼻で笑った。


「さて、そろそろ勉強に戻りましょうか」


 それ以降、ティアと玲にもブレーキがかかり、話し声は奏斗が誰かに教えるときのみになった。全員が黙々とテスト勉強に勤しんでいた。


 そうしているうちに完全下校時間が近づき、奏斗と稀沙羅に完全な飽きが回ったこともあって勉強会を切り上げ、各々が帰路に着いた。


「にしても、凄いよなぁ」


 すっかり暗くなった帰宅路で、不意に春が呟いた。


「凄いってなにが?」

「あの四人のこと。奏斗に久遠さん、桜羽場さんにティア。なんか、住む世界が違うわ」

「そーちゃんと玲ちゃんは頭が良すぎだよねー」

「桜羽場さんとティアは実家がとんでもないし」


 春は頭の後ろで手を組んで歩き続ける。そんな彼の様子に結月は違和感を感じざるを得なかった。


「急にどしたん」

「俺はあいつらと比べて実績も実力も無いからさ」

「あっくん、珍しく弱気?」

「いいや、もっと頑張らなきゃって思ってな。うん、燃えてきた」


 結月は、炯々と瞳に熱を宿す春に疑問符を浮かべた。


 やはりスポーツマン――というか努力家の性なのか、彼は謙虚すぎると思う。一体どうして、全中で優勝したのに自分に実績がないと語れるのだろうか。


(やっぱり、理解できないな)


 ―――


 勉強会の翌日。


(やぁっば……ねむい)


 授業中、奏斗は必死に睡魔と戦っていた。


(一方で稀沙羅がねないとはな)


 霞む意識の中で、目の前の背筋を伸ばして授業に集中している稀沙羅を見て思う。


 奏斗は授業中に寝ないように一ヶ月ほど前から夜更かしを止めている。そのおかげで居眠りをすることはなくなったが、昨日の一件でやる気になった稀沙羅によって深夜まで勉強に付き合わされしまったのだ。結果、寝不足。


 逆に稀沙羅は、寝ずに集中して授業を受けるという世にも珍しいことになっている。尤も、今やっている授業の内容はテスト範囲外なのだが。


 そんなこんなで奏斗は机に突っ伏した、が――


「イダっ!!」


 首筋に鋭い痛みが走り、驚いて机がガタガタと揺れる。


「な、なんだ?」

「静かにしろ、安心院。兄の方な」

「あ、すんません」


 教室が笑いに包まれる。その中でも、特に楽しそうに笑う隣の彼女。


「君か……」


 クスクスと笑う玲を、非難がましく見つめる。どうやら彼女にシャーペンで刺されたらしい。


「寝てる方が悪いと思うけど〜?」

「それはその通りです」

「ほら、頑張って。あと三十分程度でしょ」

「あぁ、稀沙羅も寝てないもんな」


 そう言って頬を数回叩いて気張る奏斗。その姿を見て玲は少し笑ったあと、再び授業に意識を戻した。


 そうして三十分後――


「はぁ〜、マジで眠い」


 結局、気張っても効果はなく、授業を終えるまで計十三回刺されることになった。


「大丈夫? コーヒーでも買ってこよっか?」

「コーヒーはムリ。吐くし震えも止まらなくなる」

「へぇ? 弱ってる奏にぃかぁ……飲ませてみたいな」

「勘弁してくれ」

「それじゃ、私は会長に渡された書類を鳳君に渡してくるね」

「春に? 俺が行こうか?」

「渡すだけだから、大丈夫」


 玲は奏斗に見送られながら教室を出て、春の居る五組に向かう。


 だが、奏斗の危惧した通りというか玲は後悔することになった。


(は、入りにくすぎる)


 玲の視線の先には春と結月、そして取り巻き達。彼らはとても賑やかに談笑していた。


「春、今日カラオケで勉強しね?」

「嫌だよ。お前HOT LIMIT熱唱しだすだろ」

「じゃあ、誰かの家でやらん?」

「そうなると遊び出すから無理」

「遊ばないなら別にいいだろ〜?」

「あっくん、今回本気だから邪魔しない方がいいよ〜」

「あっ、そうだ。テスト終わったらパパがパーティー開くんだけど、ゆづちゃんも来ない?」

「もちろん行くよ〜!!」


 黎明の生徒らしく企業のパーティーやら、学生らしくカラオケで勉強やら、玲の馴染みのない話ばかりだった。当然そこに割って入るのはとてもハードルの高い事だった。


(全校生徒とかの大人数になれば余裕なんだけど……いや、四の五の言ってらんないな)


 意を決して歩みを進め、五組に入る。幸いなことに春達は廊下側に居て比較的話しかけやすかった。


「お、鳳君、ちょっといいかな」


 そう言葉を発すると自身に視線が集まる。私は視線をできるだけ鳳君に収めることにした。


「あぁ、久遠さん」

「これ、昨日渡しそびれちゃって」


 そう言って詩織から託された書類を渡す。


「わざわざありがとう」

「そ、それじゃ私は――」


 用も済んだのでそそくさと奏斗の元へ戻ろうとする。が、しかし――


「そうだ久遠さん。俺のことは鳳じゃなくて春って呼んで欲しいな」


 春から爽やかな陽のオーラが放たれて、左眼まで失明しつかける。


「えっ、あ、うん。わかった、春君」


 少し照れながらはにかむ玲に、何人か落ちたのは確かだろう。


「それで、良ければなんだけど、久遠さんのことも名前で呼んでいいかな?」


 だが、玲は即答出来ず、顎に手を当てて思案する。


「う〜ん、どうだろうな? ん〜?」

「ダメだったら全然大丈夫なんだけど」

「私は良いんだけどね。奏にぃが嫉妬するかも」

「いやしないけど」

「うわっ! ビックリした……」

「あれ、なんで奏にぃいるの」

「心配だから来た」

「過保護ウケる」


 玲は奏斗に向き直り、先程春が言った要求を奏斗に伝える。


「別にいいだろ」


 そう冷たく答える奏斗に、玲は少し俯いて震える声を荒らげて言った。


「奏にぃは私が他の男に名前で呼ばれてもいいんだ!?」

「まさかの、玲ちゃんメンヘラ彼女」

「チッ……うぜぇな」

「クズ彼氏で対抗してきた」

「真面目な話、君のことを名前で呼ぶ奴なんて結構いる、だろ――」


 瞬間、脳内を駆け巡る幾多の記憶。彼女を名前で呼ぶのは稀沙羅、愛華、ティア、結月、夢、アキラ……あれ、女子ばかりだ。というか、女子しかいねぇ。


 その事実に気づいた奏斗は唇を引き結んで、そっと玲を抱き寄せた。


「というわけだ春! 残念だったな!!」

「奏にぃうるさい……」


 口ではそう言いつつも、紅潮した顔でピッタリとくっつく玲。五組の面々は生ぬるい視線を注いだ。


 その状態で、玲が深呼吸をした途端に予期せぬ事が起きる。


「あ、鼻血」


 唐突に玲の鼻から垂れる一筋の紅い雫。あまりの唐突さにギョッとした視線に変わった。だが、奏斗は冷静にハンカチを取り出して鼻を抑える。


「密着しすぎた。嗅ぎすぎた。ごめんなさい」

「ほら、いいから座って下の方向いてて」


 玲の鼻をつまんだまま椅子に座らせる奏斗。流石と言うべきか異様に迅速で適確だった。


「いやはやすまんな。イチャついた挙句にこんなことになるとは」

「そんなことより玲ちゃん大丈夫そ?」

「鼻血自体は結構あるんだよね。特に奏にぃの匂いを思い切り嗅いだとき」


 奏斗に小鼻をつままられながら、当たり前のように玲は言った。そんなこと言われても釈然としない。


「げ、そろそろ授業始まるじゃん。保健室行くしかないか」


 そう易々と止まらないらしく玲は奏斗に支えられながら保健室へと向かう。釈然としないまま取り残された五組の面々は二人の背を見送るだけだった。


「なぁ、ゆづ」

「ん?」

「負けた気がするのはなぜ」

「彼女が居ないから」


 あまりにも火力が高すぎる言葉に、春は血を吐いて倒れた。


 ―――


 最早恒例となった生徒会室の勉強会。しかし、そこに奏斗と玲の姿は無かった。


「お兄ちゃん、今日は参加できそうにないんだって」

「サボり?」

「なんか用事があるんだって。玲ちゃんが居るからサボりなんてありえないと思うよ」

「確かにそうですね。それに、今回の奏君のやる気は割とあるようですし」


 微笑を崩さずに愛華は言った。だが、その裏では苦渋を滲ませて歯噛みをしていた。


(クソっ、抜け目ねぇな。おにぃ達がここに居ないのは新生徒会挨拶の根回しのためだろうし、稀沙羅ちゃんが居るのは私達への牽制のためなんだろうな)


 稀沙羅と話しているティアを観察した。その様子は普段と変わった様子はなかったが、彼女はその事に気づいているように見えた。


 そして、一番の問題は春と結月だ。あの兄ですら予想外だった二人。彼らが一体何を考えていてどこまで頭が切れるのかが、愛華には分からなかった。


(結託できればしたいけど……稀沙羅ちゃんの手前それは無理だろうし、そもそも結月さんと組むのはリスキーなんだよなぁ)


 思考を巡らせながら、外に意識を向けた。気づけばティアは稀沙羅の隣に居た。


「ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」

「奏君ほど上手く教えられるかかは分からないわよ」


 ペコりと頭を下げて指導を請う稀沙羅。その様子に思わず笑みを漏らして愛華は考えを改めた。


 ここまでグダグダ考えてみたが、あの過保護でシスコンな兄が純新無垢な可愛い妹である稀沙羅を、候補者間の酷く下らない権力闘争に巻き込むだろうか。疑心暗鬼に陥りやすい私の悪癖を、今思い出した。


 内に溜まった猜疑を振り払うように、愛華は少し明るい声で話し始めた。


「あっ! そうです! 生徒会室には定期考査の過去問があると、健吾先輩が仰っていたんです!」


 過去問という、試験を有利に運ぶモノに春とティアの顔付きが変わる。


 そんな二人に応じるように愛華はいくつものファイルが入った棚へと移動して、健吾に言われた通りの場所のファイルを取り出す。


「これ、ですかね」

「久遠さんと奏斗には申し訳ないが、抜け駆けさせて貰おうか。罪悪感無いけど」

「これで私は奏君に勝つるのよ!」


 ゲス顔の三人。ファイルを開くと付箋が貼っており、そこに文字が書かれていた。


「えっと、『盗もうとしたけど玲に怒られたからやめといたヨ』……?」


 すると、今まで静観を貫いていた稀沙羅が気まずそうに声を上げた。


「実はそれ、あたし達三人で勉強してたときにお兄ちゃんがもう見つけてんだよね」

「は?」

「その時、奏君はどうしたんですか」

「使ってないよ、玲ちゃんのプライドが許さなかったから」


 稀沙羅の言に結月を除いた三人は唖然とする。そんな三人を愉快そうに眺めていた結月は追い打ちをかける。


「ってゆーか、この付箋だけどウチら完全に舐められてるよね。つまり、玲ちゃんのプライドって『過去問なんて使わなくてもアナタ達に勝てますよ』ってことでしょ、負けず嫌いらしーし。一方でそーちゃんはウチらを憐れんで情けをかけたって感じだろーな」


 ブチッ


「ふふふ……あの女やってくれるじゃない!」

「奏君も少々おイタが過ぎますねぇ」


 見事に燃え上がった二人を見て、結月は上機嫌に足をばたつかせていた。


「大成功♪」

「お前、やり過ぎだろ……」

「あれ、あっくんはムカつかないの?」

「いやまぁ、奏斗の上から目線はムカつくよ。久遠さんが実際のところどうなのかは知らないけど、奏斗はホントに俺らをバカにしてのことだろうからな」


 頬を引き攣らせながら春は言った。その様子により一層笑みを深めて結月は言った。


「でもそーちゃんはこの状況を狙ってたんじゃないかな。あの二人に発破をかけるにはこれが一番でしょ」

「何のために」

「多分、玲ちゃんが二人を万全の状態にするように頼んだんだと思う。ほら、昨日全力の相手に勝たないと意味がないとか言ってたじゃん」

「でもそれは奏斗に限った話じゃ……」

「そんなこともないと思うよ。玲ちゃん、結構強めの支配欲持ってるっぽいし、全力の二人を捩じ伏せたいんじゃないかな」


 玲の支配欲と言われてもピンと来なかったが、結月の推測には妙に納得がいった。


「俺らも負けてらんないぜ。せめて久遠さんの眼中に入ることが目標だな」


 そう言いながらググッと肩を伸ばしてペンを手に取る。


 奏斗が作った怒りを皮切りに、室内はカチッと勉強モードに切り替わっていた。その様子をただ無感動に眺めていた結月もまた、手元に視線を落とした。

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