エロティックな一日だったな
息が詰まるような重苦しい曇天。奏斗はいつものように三人で通学していたのだが、にわか雨に降られて必死に駆けていた。
「いや〜、降られちゃったね」
「やっとお揃いのピアスで対面できたのに、やな感
じ……」
彼女にピアスはよく似合っているし、とてもキレイだ。だが、今はちょっとそれどころじゃなかった。
(いやー、今思えばグレーのワイシャツが制服って珍しいよなー)
現実逃避気味によく分からんことを考える奏斗。ちなみに、雨はかなり強く三人はびしょ濡れである。
つまり――
(随分と派手な下着を来てるんすね〜)
濡れたグレーのワイシャツから透ける純白の肢体と真紅のブラ。
奏斗はとりあえず、天を仰いで視界から外した。とはいえガッツリ見ているので脳裏にこべりついて離れない。
ちなみに稀沙羅は、思春期男子が間近で絶対に見てはいけない感じになっていた。
「奏にぃ? どうしたの?」
腕を組んで天井を見つめる奏斗を訝しむ。無自覚は奏斗の理性に大ダメージを与えた。
「とりあえず……着替えようか」
視線はそのままに制服を指さす奏斗。玲は稀沙羅を一瞥することで事態に気付いた。
「こっ、これはその……奏にぃが、喜んでくれるって、稀沙羅ちゃんが……っ!」
顔を自分の下着並に真っ赤にしながら玲は胸を隠した。それ以外も大変素晴らしかったので、さほど効果はなかった。
「なるほど、稀沙羅が選んだのか。最高や……」
奏斗は良い笑顔で稀沙羅とグータッチ。
「いいからっ! 早く着替えに行くよ!」
いつもの如くかなり早い時間から来ているので、誰にも見られることはなく生徒会室にたどり着いた。
「やっぱり着替えるならここだよね」
「なぜかドライヤーもあるし」
「はいこれ、ジャージと体操着」
奏斗が鞄からジャージと体操着を取り出す。今日は体育が無いため、玲が体操着を持っていなかったのだ。予備のワイシャツもないため、奏斗のを着ることにした。
「ホントにいいの?」
「俺の着替えはティアに持ってきてもらうから気にしないで」
「ありがと」
奏斗は黙って後ろを向いた。理由は勿論、着替えが始まるからである。
静かな生徒会室に、二人の衣ずれとアジャスターを外す音だけが聞こえてくる。奏斗の内心はバクバクである。
服を脱ぐ音が止まったと思ったら、ぺたぺたと裸足で歩く音がする。数歩進んで音が止まった瞬間、背中全体にフニフニとした触感と生暖かい感覚が広がるのを感じた。
「あの玲さん……なんで抱きついてらっしゃるので?」
奏斗の腰に後ろから手を回し、下着姿で密着する玲。
普段は冷たく感じる彼女の体温が今は温かく心地よかった。
「言っとくけど、制服が透けて興奮してるのは奏にぃだけじゃないからね」
耳元で囁かれ心臓が跳ね上がる。
そして何となく、稀沙羅も頷いてる気がした。
「そんな筋肉見せびらかしちゃって」
「ふっ、理想的な細マッチョだろう?」
「じゃあ、私の体は?」
いきなりそんなことを問われると言葉に窮する。
正直なことを言うと、かなり心配になった。ここまで密着して気付く、彼女の薄くて細い体に。
玲は大きく息を吸った。すると、鼻の奥の方で何かが迸る。
「見てもいいよ……♡」
――いや、いやいやいや。
「ダメでしょ。ちょっ――やめっ、力強っ!」
玲に軽々とひっくり返される。結構ショックだったが、そんな些細なことは彼女を見てすぐに消し飛んだ。
肋と骨盤がうっすらと浮き出た華奢な体躯、処女雪と真紅の下着のコントラストが彼女をより扇情的にさせる。その光景に奏斗は思わず生唾を呑んだ。
視線を外すべきなのに、蛙のように動けず、奏斗は完全に見蕩れていた。
ちなみに稀沙羅は目を白黒させたまま固まっている。
「……」
「う、動けねェ! 玲さん? ちょっ……それはホントにマズい!」
奏斗が逃げようとすると、玲に尋常じゃない力で手首を掴まれ、捕まる。彼女はジリジリと距離を詰め、遂には太ももに跨ってしまった。
制服越しでも伝わるお尻の感触。彼女が身じろぐ度にムニムニと太ももの上で踊る叡智の暴力。体の細さや胸の薄さの割に案外肉付きが良い。
(立派な尻があったんだねェェェェ!!)
奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、はち切れそうになる理性を必死に繋ぎ止める。
「いや、でもこれ全身見えないからさっきより――顔ちっか」
互いの息が触れ合う程の距離。彼女の鼻息が触れてこそばゆい。そして、彼女の吐息は妙に艶っぽかった。
(な〜んでこうなったかなぁ。相も変わらず綺麗な目だなぁ、可愛いなぁ)
現実逃避気味に考えているうちに彼女はネクタイを解きはじめてしまった。
「随分とまぁ器用ですねぇ!」
奏斗の頭上にある両手首は玲の右手でガッチリと掴まれており、残る左手で奏斗のネクタイを解いているのだが、これがまたスムーズで淀みがない。しかもボタンまで外し始めたぞ。
「頼む稀沙羅ァァァ!! ボーッとしてんじゃねェェェェ!!」
稀沙羅に向かって叫んでも依然として固まったまま。玲の謎の馬鹿力に対抗できるのは彼女だけというのに。
「……」
ボタンを四つ程外したところで手が止まり、玲は御馳走を前にした猛獣の様に舌なめずりをする。奏斗は寒気と興奮を覚えた。
すると、彼女の口が吸い寄せられるように奏斗へと近づき――
「っ……」
左の首筋にガブリと噛み付かれた。まるで吸血鬼のように。
鋭利な痛みが耽美な快楽と共に首筋に突き刺さる。彼女が彼女の小さなお口で必死に食らいついてくるのが愛おしくて堪らなかった。
「このままならいいんだが、これ以上放置したら俺はゴールインでフィニッシュだよな? 稀沙羅さーん、へるぷみー。兄の貞操を守ってくれーい」
ダメ元で呼びかけても稀沙羅には届かなかった。
ソファの上でジタバタして抵抗を試みるも、更に力を加えられ奏斗は強く抑え込まれる。彼女を気遣って全力は出していないのだが、それにしては異様な腕力である。
「はぁ、いつまで固まってるつもりだあんにゃろう。この馬鹿力を解けるのはお前しか居ないんだよォ!」
そこで幸か不幸か、予想外にガチャリと扉が開く――
「ぁ……」
張本人であるアキラとバッチリ目が合う。真顔で固まるアキラ。十数秒かかって再起動するとゆっくりと扉を閉じた。
「……」
「……」
「お兄ちゃん……追わなくていいの?」
弁明の余地はない。
―――
生徒会室で着替えて髪を乾かしたあと、三人は教室に戻っていた。
(奏にぃのジャージ良い匂い……)
玲はジャージの余った袖を顔に押し当て、その匂いをしきりに嗅いでいた。
そして、玲には一つ気になることがあった。さっきから奏にぃがぎこちないのである。話しかけてもしどろもどろに答えるだけだし、目が合ってもすぐに逸らしてしまうのだ。
唇を尖らせながら窓の外を眺めていると、窓越しに彼と目が合う。
「なぁに? 見蕩れてたの?」
「いや、別に……」
イタズラな笑みを浮かべて彼をからかっても彼はすぐに顔を背けてしまう。
(いつもより私を意識してるのに……いつもよりそっけない。どうして?)
ムッとした表情で彼を見つめてもこっちを見てくれない。あっちこっちに視線を泳がせてソワソワするだけだった。
「奏にぃ? 本当にどうしたの? 私を避けてない……?」
不安気な玲に待ったをかけるのは稀沙羅。
「もしかしてだけど、覚えてないの?」
「なにが?」
「こりゃ重症だわ。あんなことがあったのに」
「?」
どうやら彼女は、記憶を無くすほど我を忘れていたらしい。だったら一体なぜ、そこまで理性がトんだのだろうか。
「生徒会室で最後に覚えてることは?」
「髪を乾かしてたことだけど。そういえば、奏にぃはその時から心ここに在らずって感じだったよね」
「乾かす前は?」
「奏にぃにジャージを貰って着替えたんじゃないの?」
稀沙羅は腕組みして天を仰いだ。
「あぁでも、鼻の奥にうっすらと香水の匂いが残ってるかも、あと雨の匂い」
「香水……あぁ、なるほど」
答えは、兄がいつも付けているお気に入りの香水。それが、兄の色気を助長させたのだろう。彼女が初デートで香水の匂いを嗅いで鼻血を出した、と兄が言っていたのを思い出す。もしかしたら過激で極度の匂いフェチなのかもしれない。
「それじゃあ玲ちゃん。この歯型に見覚えは?」
稀沙羅は奏斗をグイッと引っ張り、彼の左側の首筋を突き出す。
「見覚えも何も無いけど」
「はぁ、そうか……玲ちゃん、これはね――」
稀沙羅は玲に身を寄せて耳打ちをした。稀沙羅が一言口にする度に玲の顔は赤くなっていった。
「思い出しましたかね?」
苦笑いで稀沙羅は問う。
あぁ、勿論思い出したとも。奏にぃに対して行った数々の所業。香水とともに薄らと残る暴走状態の記憶。
「あ、ああ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
真っ赤になった顔を両手で覆いながら絶叫する玲。
玲の突然の絶叫、教室に居た生徒達はギョッとする。そして、奏斗までもが顔を赤くしていた。
「失礼します。一体どうされたんですか?」
着替えを届けに来た愛華とティアが怪訝そうな表情で教室に入ってくる。
「いや……大丈夫だよ。着替えありがとな。ティア、弁当忘れてないだろうな?」
「勿論。ところで、あの子大丈夫?」
愛華は淑女の面のまま小声で語った。
「(お着替えイベントにでも遭遇したのかい?)」
「(決して、そんなチャチなもんじゃあ無かった)」
「(お前マジか)」
愛華の追及の視線から逃げるようにして目を逸らす。
「それじゃ着替えてくるよ」
玲はそそくさとその場を去る奏斗の背中を見送りながら――
(痴女じゃん! ただの匂いフェチの変態じゃんんんんんん!!!)
―――
生徒会室で着替えを終えた奏斗。トイレで着替えないのは衛生観念的にNGだからだ。
(にしても過激すぎたなぁ。動揺しすぎて動けなかったけど、次からは――)
奏斗は目一杯のイタズラな笑みを浮かべる。一度身に起きたことにすぐさま対応するのは彼の特技である。
すぐにその笑みを引っ込め、なるべく思い出さないように振り払いながら歩くと、空き教室から何やら嫌な音が聞こえてきて顔を歪める。
(すんげぇリップ音。そういうことは学校ですんなよ……)
ブーメランが刺さっていることに気づかず、奏斗は苛立ちを覚えていた。
というのも、奏斗は生まれつきかなり五感が鋭く、こういった音に対しての不快感は昔から感じていた。
彼は興味本位で教室を覗くと、目の前に広がった光景に少しだけ後悔した。
そこに居たのは結月とインナーカラーをピンクに染めたショートカットの少女。その少女は机に腰掛ける結月を切なそうに抱き寄せ、必死にその舌を濃密に絡ませていた。
(まさか、結月と莉瑠が?)
顔を引っ込めて壁に寄りかかる。そして、あのショートカットの少女のことを思い起こした。
少女の名前は相羽莉瑠。彼女は同年代ではかなり著名なモデルで、結月の父親が経営する事務所に所属していて、結月の取り巻きの一人である。
(そういえば、結月の取り巻きの中でも妙に距離が近かったな……)
いくら二人の距離が近かろうが百合の花が咲くことはなかった。何よりあの結月だ。確実に裏があるし、恋愛感情があるか疑問だった。
奏斗は早くこの場を去ろうと思考を止めて、教室に戻ろうと壁から背を離す。すると、タイミングを見計らったかのように教室のリップ音が止んだ。
「そーちゃん? そこでなにしてんの?」
聞こえた言葉に全身が総毛立つ。
奏斗は恐る恐る教室に入る。教室には女性特有のメス臭さが充満しており、奏斗は思わず顔を歪める。
「クソ不良が……」
お楽しみを邪魔された莉瑠が射殺すような視線を向けてくる。
一方で結月はどうでも良さそうに、机に座ったまま足をプラプラさせていた。
「いやいや、ウチらが言えたことじゃないっしょ〜」
「……で、でも」
「んじゃ、またね。そーちゃんと話したいことあるから」
「ん……わかった。お前、絶対に誰にも言うなよ」
名残惜しそうに去る莉瑠にキッと睨まれ、奏斗は肩をすぼめる。
「もしかして彼女?」
「まぁ、そだね」
「お前に恋愛感情があるとはな」
「いや無いけど」
「ですよね」
「今まで男としか付き合ってなかったからね〜。女の子なら恋愛感情が湧くかな〜って」
心底退屈そうで無気力な顔。その顔は玲に出逢う前の自分によく似ていた。
「すぐに別れようと思ってたんだけど意外と使える子でね〜。それと、同性愛者ってどうしてもマイノリティだから漬け込み易いんだ〜」
「恋愛感情云々よりそっちが本音だろ」
「バレた?」
二人はけらけらと楽しそうに笑って空き教室に響かせる。
結月の笑い声が響く中、奏斗はすぐに真顔になり声色を落として結月の顔を覗き込む。
「お前、玲に何を吹き込んだ?」
その言葉に結月は身を震わせた。
彼の目は鉛のように変貌しており、その目は暗く、重く、鈍く、冷たい。
(その目だよ、そーちゃん。ははっ! 堪らないねぇ!)
先程の無気力さを忘れてしまうほど、彼女にしては珍しく目の奥まで愉しそうに笑う。
「ウチがあんないい子ちゃんに何を吹き込むって言うのさ」
「さっき自分で言ってただろ。マイノリティは漬け込み易いって」
相変わらず熱の無い瞳で彼は続けた。
「大方周囲との容姿の違いっていう境遇を利用したんだろ? 例えば、オッドアイを理由に嫌がらせをされて嫌な思いをしたとか言って玲の信頼を得たんだろ」
結月はさも当然のように正解を引き当てる奏斗にドン引きした。
(そーちゃんって私の考えは読めてないと思ってたんだけど〜? 本気でエスパー?)
「いや相変わらずお前の考えやら感情は読めないよ」
「読めてるじゃん、エスパーじゃん」
「まぁ今のは分かりやすかったから」
その一言で済ませてしまう彼に再度ドン引きした。
「それで俺がエスパーって話だけど、これはただの勘だから。根拠もゼロで推測ですらない」
「……そこはもういいよ」
「んで、その反応を見るに正解ですかね?」
「正解だけど、それでどうするつもり? ウチを潰す?」
「分が悪すぎるからそんなことはしねぇよ。それに玲も嬉しそうだったしな」
「へぇ? ウチが彼女を害そうとしたときは?」
「それは彼女の試練だ。生徒会長になるんだからそのくらいは自分で捌いてもらわなきゃ」
奏斗の予想外の返答に結月は驚いた。シスコンの彼のことだがら彼女も甘やかすと思っていたのだ。
「ま、敵同士楽しくやろうぜ〜」
「そうだね。なんでもありの選挙戦、せっかくだから愉しくやろうねぇ」
二人は不敵に笑う。だが結月が浮かべた笑みの意味が違っていることに奏斗が気づくことはなかった。
―――
玲に襲われかけ、結月と不敵な笑みを交わしあった同日の放課後、生徒会室にて。
「こんな空気になるなら図書館でやろうよ!!!」
「図書館でも同じような空気になるに決まってんだろうがァッ!!」
テスト勉強の最中に取っ組み合いをする奏斗と稀沙羅。情緒不安定である。
「ご、ごめん。この空気は私のせいだよね」
「それは違う。この空気の原因は誰のせいでもないし、誰も悪くない。強いて言うなら雨のせいだ、低気圧のせいだ。頭も痛いし腹が立つなまったく」
先程から口にしている空気とはAirではなくAtmosphereの方である。微妙で気まずい空気のことである。
そして、気まずい原因は火を見るより明らかだろう。緋のように紅い下着姿に襲われかけた朝のアレのことである。
授業中や休み時間でもそこそこ気まずかったのだが、現在地は犯行現場なので余計に気まずくなってしまっているという訳だ。
「奏にぃ、いい加減にしてよ。あたしに勉強教えるんでしょ?」
「じゃあビンタして」
スパァン!!
「雑念は飛んだ?」
「飛んでないけど切り替えは出来た」
シャキッとした顔の奏斗と仕事を終えた感を出している稀沙羅は何食わぬ顔で勉強に戻る。
「奏にぃって自分の勉強はしないの?」
「稀沙羅に教えるのが復習みたいなとこあるからな」
「それで学年一位……」
「舐めプも大概にしろって感じだな」
「全教科満点は?」
「一回も無い。毎回惜しいとこで逃してる」
「もったいないねぇ、ちゃーんと勉強しないからだよ」
「モチベがなぁ」
奏斗は腕を組み小首を傾げる。すると、隣の稀沙羅が袖をちょちょいと引っ張る。
「お兄ちゃん、ここって」
「あぁ、そこは――」
妹に勉強を教えている姿を眺めながら、玲は彼が勉強にやる気を出す方法を考えていた。
玲の所感では彼は率先して周りの人間に教えていたりと、単純に勉強が面倒くさくてしていない訳ではないのだろう。
それに面倒くさがりと自称しているが、玲にはそう思えなかった。
(なんか本気にさせる方法ないかなぁ)
玲は手元に半分だけ集中しながら考える。
彼は基本、本気になることがない。スポーツでも勉強でも彼はそつなくこなしてしまう。それ故に努力の苦労と苦悩による達成感を得ることが出来ず、やる気も湧かないのだろう。
それでも彼は本気になるときがある。なれるときとなれないときの違い、それは何だ?
(少なくとも私のことになると奏にぃは本気を見せる。つまり、それを利用すれば――)
玲の脳内にベタでよくある名案が思い浮かぶ。
「奏にぃのモチベーションに足りないひとつまみのスパイスを見つけたの」
「ほほう、それは興味深いな」
「賭けをしようよ」
「賭け?」
「奏にぃが全教科満点を取れたら奏にぃの勝ち。満点を取れなかった、もしくは私が一位を取ったら奏にぃの負け。こういうのはどう?」
「それで?」
「敗者は勝者の言うことをなんでも聞く。もちろん良識の範囲外も含めてね」
”良識の範囲外”という言葉。それはつまりそういう命令もできるという訳だ。
が、しかし――
「俺は君に何を命令すれば良いんだ? 俺の望みのために君を傷つけたくないし、何かを強要したくも無い」
真っ直ぐと告げられた、どこまでも玲を想う言葉。だけど、玲にとってそれが少し残念でもあった。
「私が暴走したとき、奏にぃは私に一切手を出さなかったよね。でもそれがちょっとだけショックだった。私の貧相な体になんか魅力を感じて無いんじゃないかって」
「魅力は感じてるに決まってる。だけど衝動で手を出す訳にはいかないだろ?」
「紳士的なのは良いけど据え膳食わぬは男の恥だよ!?」
「おちつけーい、違う方向に暴走してるぞ。恥とか言われたって場所が場所だろ」
玲は「むぅ……」と頬っぺを膨らませる。
「でも、私にはそれだけが理由じゃないように見えるけど」
「それだけって?」
「貴方は恐れてる」
ルビーの瞳を覗き込まれ肩をピクっと震わせる。
「ドンピシャだ」
「……はぁ、誤魔化しきれないな」
観念した様子で奏斗は続ける。
「心配なだけだよ。脆そうな君の細腕や薄い体を壊してしまいそうで。傷つけるのが恐いんだよ」
白雪のような柔肌。冷たい体温。華奢な体躯。それらはまるで精巧な硝子細工のようだった。
「の割に、私に抑え込まれてたけど?」
「うっせ、そこはいいんだよ」
ケラケラと笑う彼女から顔を逸らす。すると――
「だったら奏にぃが壊して」
耳元で囁かれ心臓が跳ね上がる
「貴方の熱で融かして、貴方の手で砕いて欲しい。貴方が壊したら、私は貴方だけの形になれる。百つに砕けた硝子の破片が、この歯型以上に食い込むの。想像してみて」
爛々として、甘くていっそ諄いくらいの眼差しを向けられる。
だが、奏斗は力のない笑みを浮かべるだけ。
「でもそれは君の望みだ。俺のガソリンにはならない」
「奏にぃ、履き違えてるよ。これは私がする要求じゃなくて貴方がする要求」
奏斗は首を傾げる。
「私は貴方に望みを叶えて欲しいの。貴方の手ずから私を壊して欲しいの。私のために本気になって」
奏斗の瞳の色が変わる。
「確かに君の望みを叶えるためなら、やる気の一つや二つ勝手に出てくる。ははっ、考えたな、勝っても負けても得するのは君じゃないか」
「得ばかりなのは貴方もだと思うけど? で、どうする?」
「やるに決まってる」
愉快そうに笑う合う二人、その隣で大きな溜息が漏れる。
「仲が良いのは素晴らしいことだけれど、聞かされる身にもなって欲しいかな」
生徒会室は再度気まずさに包まれるのであった。




