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第二十四話 確定的証拠のない人物から、呼び出されて(前編)


 十一月八日。

 帰りのホームルームが終わった教室。


 翔太は、ずっと考えていた。もう一人の吸血鬼が、誰なのか。自分なりに調べていた。しかし、確証を得られる証拠は見つけられずにいた。


 状況証拠であれば揃っている。吸血鬼は詩織。彼女が、五味をゾンビ化させた。ゾンビ化した五味が、美智を殺した。


 推測はすでに確信に等しく、足りないのは物的証拠だけ。だが、ただの高校生に過ぎない翔太には、その証拠を得る手段がなかった。


「翔太、帰ろ」


 陽向が声を掛けてきた。


 翔太はもう、ジムには通っていない。吸血鬼の存在を知った人間は、一切のスポーツ活動を禁止される。ジムはすでに退会していた。首に先天性の疾患が発見されて、ドクターストップがかかったと言って。


「ああ」


 返事をして、翔太は椅子から立ち上がった。ちらりと、詩織の席を見た。彼女は今日、学校を休んでいた。


 鞄を持って、陽向と一緒に教室から出た。二階の教室。階段を降りて一階に行き、一、二年生用の側面玄関に来た。


 下駄箱を開ける。外靴を取り出した。靴を履き替えた。


「あれ?」


 翔太のすぐ近くで、陽向が、自分の下駄箱を覗き込んでいた。


「どうした? 陽向」

「んんんん?」


 妙な声を出して、陽向は下駄箱に手を入れた。彼女が取り出したのは、外靴ではなかった。白い封筒に入った手紙。


「手紙か?」


 聞きながら、翔太は陽向に近付いた。白い封筒。封がのり付けされている。差出人の名前はない。


 陽向は、口を大きく横に広げた。ニッと歯を見せる。


「これって、もしかして、あれ? ラブレター?」

「今時ラブレター? しかも、差出人の名前もないし」

「そこはあれでしょ? ほら、これをくれた人が凄くシャイとか」


 得意気な笑顔を見せる陽向に、翔太は少し意地悪な言葉を返した。


「悪戯だったりして。中に入ってるの、本当に手紙だけか?」


 途端に陽向は、唇を尖らせた。


「翔太って、もしかして、実はひねくれてるの?」


 そう言いつつも、陽向は、封筒の感触を確かめていた。手紙以外に入っている様子はない。


「ほら、やっぱり。手紙しか入ってない。きっと、私のFカップに胸を打たれたんだね。おっぱいだけに」

「何しょうもないこと言ってんだよ」


 言いながら、翔太は苦笑した。普段の陽向は、飯田先生と面談をしたときとはまるで違う。


 陽向は上機嫌で外靴に履き替えると、ニヤニヤしながら封筒を見つめていた。


「中身、見ないのか?」

「野暮だなぁ、翔太は」


 笑顔を崩さず、陽向はフフンと鼻を鳴らした。


「こんなところで読んだら、他の人に見られるかも知れないでしょ? 自分の名前も書けない人なのに、そんなことしたら可哀相じゃん。帰りにゆっくり見るよ」

「そうかよ」


 浮かれながら、陽向は出口に足を運んだ。彼女に並んで、翔太も学校から出た。


 帰り道を、二人で歩いた。


 足を進めながら、陽向はチラチラと翔太を見てきた。顔はニヤけたままだった。


「何だよ?」


 翔太が聞くと、陽向は、封筒をヒラヒラと見せつけてきた。


「やっぱり、私の魅力が分かる人には分かるんだな、って。翔太は学年で有名だけど、ラブレターなんて貰ったこと、ないでしょ?」

「まあ、確かに。ラブレターは貰ったことないな」


 嘘ではない。翔太が告白されるときは、直接言われるか、もしくはチャットかメールだった。もちろん、そんなことは言わないが。


「だよねぇ。やっぱり、私みたいな清純派グラマラスは、シャイな男の子に惚れられちゃうんだよなぁ」

「いや、それがラブレターと決まったわけじゃないだろ?」

「じゃあ、他に何があるのさ?」

「んー、と」


 翔太は顎に手を当てた。


「果たし状とか?」

「どこの時代劇?」


 すかさず言葉を返してきた陽向に、翔太は、つい笑ってしまった。ここ最近、美智が殺されたことや吸血鬼のことで、気持ちが張り詰めていた。暗い緊張に包まれていた心が、少しだけ癒されるようだった。


 十分ほど歩くと、周囲に、豊平高校の生徒を見なくなった。


「じゃあ、そろそろ開けてみようかな」


 鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、陽向は、のり付けされた封筒を開けた。ピリピリという紙の音。中から手紙を取り出した。たった一枚の手紙。


 ラブレターにしては枚数が少ないな。それとも、簡潔に好きだということだけ書いてあるのか?


 頭の中に疑問を浮かべながら、翔太はふと考えた。自分がラブレターを出すなら、どうするだろう。詩織に出すラブレター。


 きっと、どんなに一文字一文字を小さく書いたとしても、一枚だけでは収まらないだろう。伝えたい気持ちが、山のようにある。いつから好きだったか。どんなきっかけで好きになったか。どんなふうに好きなのか。どれくらい好きなのか。


 翔太の推測の中で、詩織は、美智の事件の容疑者筆頭だ。厳密に言うなら、実行犯は五味で、彼に力を与えた人物。


 それでも、翔太の気持ちは消えなかった。友達を殺されたことは、確かに悲しい。確かに悔しい。けれど、詩織が、心から美智の死を望むはずがない。それが分かっているからこそ、手を差し伸べたい。手を差し伸べ、共に罪を背負いたい。


 その準備も、もうできている。


「……翔太」


 陽向に呼ばれた。暗い、低い声だった。先ほどまでの浮かれた様子とは、まるで違う。


「どうした? もしかして、嫌いな奴からの告白だったのか?」

「ううん。違う」


 陽向は首を横に振った。


「ラブレターじゃなかった」

「?」


 陽向が立ち止まった。


 彼女に合わせて、翔太も足を止めた。


「じゃあ、何の手紙だったんだよ? もしかして、本当に果たし状とか?」

「うん。ある意味、正解かも」

「は?」


 疑問の声を出した翔太に、陽向は手紙を見せてきた。彼女の手は、少しだけ震えていた。


 手紙に書かれていた短い文面を見て、翔太の肩も一瞬だけ震えた。


『花井美智の事件の真相を話すから、今日の午後九時にグラウンドに来て』


 封筒にはない差出人も、手紙には書かれていた。ただしそれは、名前ではない。


 ただ一言。


『吸血鬼』


本日夜に二十四話後編を更新しますm(_ _)m

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