第二十一話(後編) 機械的な男を前に、仕掛けを打ち出して
「飯田先生。もう少し、いくつか質問したいんだけど」
翔太の発言に対し、飯田先生の表情は相変わらず動かない。
「すいぶん質問が多いな」
ガラス玉のような目に、感情は込もっていない。
「そりゃあ、これから制限とか義務を背負って一生を過ごすことになるんだからな。質問なんて、いくらでも出てくるよ」
「なるほどな」
飯田先生は、翔太の方に身を乗り出してきた。
「それで、何を聞きたいんだ?」
大柄な飯田先生が迫ってくると、やはり迫力がある。たとえ、間に机を挟んでいても。
彼の圧を感じながら、翔太は口を開いた。
「簡単でいいから、吸血鬼の歴史を知りたい。どうして吸血鬼なんて生き物が生まれたのか。どうして、その存在を秘匿する必要があるのか」
「それを聞いてどうする?」
飯田先生の口調には、明らかに拒絶の意思が感じられた。
翔太は、吸血鬼が生まれた理由もその歴史も知っている。陽向から、すでに聞いている。だが、その内容を、飯田先生に語らせることに意味がある。
とはいえ、吸血鬼誕生の要因は、人体実験という非人道的なものだ。お粗末な理由で聞いても話してくれないだろう。
この場で、飯田先生にそれを語らせるには……。
翔太の頭が活性化してゆく。一瞬で様々なシュミレーションをし、飯田先生を誘導する言葉を考える。
「吸血鬼の存在は国家レベルの機密なんだろ。逆に言えば、それくらい重要な秘密になる理由があるってことだ。でも、その重要なことを知らなければ、つい口を滑らせるかも知れない。それを知ることで、自分への戒めにするためだ」
もちろんこれは、飯田先生に語らせるための建前だ。吸血鬼の存在を他言しないためと言えば、彼も話すしかないはずだ。
そう思ったが、飯田先生は、翔太の想像以上に面倒な男だった。
「そんなに簡単に口を割るほど、お前は馬鹿なのか?」
「逆に聞くけど、俺がそんなに賢く見えるか?」
「少なくも、馬鹿には見えん」
「どうしてそう思うんだ?」
「これまで話した印象だ。従順なだけの臆病者にも、反抗心ばかりの愚か者とも思えん」
「褒められてると解釈するけど、買いかぶりだ。俺はただの高校生だからな」
「ただの高校生という自覚がある時点で、馬鹿ではない。馬鹿は、自分が馬鹿だと気付かないからな」
「さすがに、そこまで馬鹿じゃない自負はあるけどな」
翔太は肩をすくめて見せた。飯田先生に近付くように、翔太も机に身を乗り出した。彼と視線が近付く。ガラス玉のような彼の目は、近くで見ると、不気味な迫力があった。
「ただ、戒めがほしいんだよ。俺が口を割ると、俺に秘密を知られた陽向にも迷惑がかかるからな。そのために、自分を追い込む必要があるんだよ」
「自分を追い込む、か。アスリートらしい発想だな」
飯田先生は、机に乗り出していた体を引っ込めた。椅子の背もたれに背中を預ける。組んでいた両手を離し、机の上に置いた。
「まあ、いいだろう。お前は、吸血鬼の存在を知った。もうこの時点で、抱える秘密があるわけだからな」
飯田先生の返答を聞いて、翔太も、机に乗り出していた体を引っ込めた。とりあえず、上手く話を引き出せそうだ。
飯田先生は、吸血鬼の誕生と歴史について、淡々と話した。第二次世界大戦中に、敗戦国連合による人体実験で生み出されたこと。実戦投入の前に戦争が終結したこと。しかし、実戦投入前であったが、その存在を戦勝国連合に知られたこと。
敗戦国連合は、戦争が終わって不要となった吸血鬼を、全て処分しようとした。
だが、戦勝国連合が、人権を説いてそれを許さなかった。最終的に、国際連合の合議により、吸血鬼を生かすことが決定された。吸血鬼の生活領域を敗戦国連合国内とし、国外に出ることを禁ずるという制約つきで。
もちろん、吸血鬼に対する不利益な扱いも許されない。人間として扱い、生かすことが義務付けられた。ただし、特殊な生き物であるが故の特別扱いは許された。
その「特別扱い」の中には、吸血鬼の存在を秘匿することも含まれる。理由は単純で、吸血鬼の力の悪用を防ぐため。
吸血鬼に関する制約を守るため、敗戦国連合各国では、様々な施策が取られた。敗戦国連合間での会議も行なわれた。結果として、吸血鬼は、現在のような扱いを受けることとなった。
飯田先生の話は、翔太が知っている内容とほぼ同じだった。
「分かるか? 吸血鬼の存在は、世界的に秘匿すべきものだ。お前は山陰陽向の身を案じているようだが、問題は、そんな小規模なものではない。仮に、吸血鬼の存在が世界中の人間に知られたとする。その原因が、この国の人間にあったとする。そうすると、この国そのものが危うくなる」
飯田先生の言葉に、嘘はないだろう。日本人によって吸血鬼の存在が明かにされたら、どうなるか。その事実が世界に知られたら、どうなるか。日本は、敗戦国連合の国々からだけではなく、世界中の国から制裁を受けることになるだろう。
翔太は、隣に座っている陽向を見た。彼女は相変わらず、顔を伏せている。彼女らしくない、怯えた様子。これほど飯田先生を恐がっているのに、翔太の願いを聞いてくれた。ここに連れて来てくれた。
陽向は、自分の恩人。同時に、掛け替えのない親友。だから、必ず陽向を守る。
そのために、翔太は仕掛けた。
「でも、戦勝国連合の言い分って、はっきり言って建前だよな?」
翔太は、ずっと確信していた。陽向から吸血鬼の歴史を聞いたときから。戦勝国連合は、人権を重んじて吸血鬼を生かしたのではない。
「どういうことだ?」
聞いてきた飯田先生に対し、翔太は、口の端を上げて見せた。
「あんたも気付いてるんだろ? っていうか、吸血鬼の存在を知ってる人間は、みんな気付いてるはずだ」
「何をだ?」
「戦勝国連合は、敗戦国連合の国力の一部を、吸血鬼の管理に割かせたかった。だから、吸血鬼を生かすことを強要したんだ。さらに、もし敗戦国連合がまた戦争を起こす気配を見せたら、吸血鬼の存在を理由に、先手を仕掛けるために」
「意味が分からんな。詳細を話してみろ」
図星を付いたはずなのに、飯田先生の表情はやはり変わらない。この人の顔って、実は鉄でできてるんじゃないのか。そんなことを思いながら、翔太は、陽向の肩に優しく手を置いた。
陽向は驚いたように肩を震わせ、翔太の方を向いた。
「陽向。吸血鬼として、率直な意見を聞かせてくれ」
「え? あ……うん。何?」
「戦争で使われるようなミサイルを撃ち込まれて、生き残れるか?」
「いや、死ぬでしょ、さすがに。不死身じゃないんだし」
「戦車の大砲とかを食らって、生き残る自信はあるか?」
「あるわけないじゃん」
「じゃあ、銃を持った兵士がたくさんいる場所で白兵戦をして、勝てる自信はあるか?」
三つ目の質問に、陽向は即答しなかった。少し考え、答える。
「人数にもよるかな。相手が十人くらいで、バズーカみたいな強力な武器を持ってなかったら、普通に勝てると思う。もちろん、相手が、麻酔の類とか――こっちの戦力を落とす武器を持っていなければだけど」
陽向の回答は、翔太の想像通りだった。飯田先生の想像通りでもあるだろう。
翔太は飯田先生の方に向き直った。
「つまり、吸血鬼が生物兵器としての価値を発揮するためには、相手国に侵入する必要があるわけだ。相手国に侵入する前にミサイルでも撃ち込まれたら、さすがに吸血鬼も死ぬからな。逆に、吸血鬼を要しない国は、侵入される前に吸血鬼保有国を叩く必要がある」
「だろうな。だからどうした?」
「本当は、あんたも分かってるんだろう? 吸血鬼の存在を世界に知られた場合、どうなるか。吸血鬼を保有しない戦勝国連合には、敗戦国連合を攻撃する大義名分ができるってことだ。吸血鬼の侵入を未然に防ぐために仕掛けた、ってな」
ここで初めて、飯田先生は無言になった。
構わず、翔太は続けた。
「もし、吸血鬼の存在が世界中に知られたとする。そうなった場合、敗戦国連合は、過去の人体実験っていう非人道的な行いを責められるはずだ。もし吸血鬼を処分なんかしたら、その批判には拍車がかかる」
だから敗戦国連合は、吸血鬼の存在を秘匿しつつ、吸血鬼を生かしておく必要がある。世界の風潮は、時代を追うごとに人権を重んじるようになっているから、なおさら。
「さらに、少しでも戦勝国連合に敵対的な様子を見せたら、いきなり仕掛けられる可能性がある。戦勝国連合側には、吸血鬼の自国侵入を防ぐっていう大義名分があるからな」
図星を突いたはずだ。それでも、飯田先生の表情は動かない。
翔太は続けた。
「だから、敗戦国連合は、どんなことをしても吸血鬼の存在を秘匿する必要がある。しかも、吸血鬼を生かしたままで。だから、吸血鬼の監視や制御のために、国の中枢に近い人員を割く必要がある。今のあんたみたいにな」
翔太は、顔に浮かべた笑みを濃くした。全て見透かしている。そう、表情だけで語った。
「つまり、戦勝国連合の狙いは二つ」
翔太は、指を二本、立てて見せた。
「一つ。敗戦国連合が敵対の様子を見せたら、すぐに攻撃を仕掛ける大義名分を得ること。二つ。敗戦国連合の国力を割くこと。吸血鬼を敗戦国連合国内で管理させることで、この狙いが達成できる。まあ、一つ目に関しては、吸血鬼の存在が世界に知られることが前提となるけどな」
「……」
無言だった飯田先生の顔に、初めて変化が出た。翔太と同じような、余裕を見せる笑み。ただしそれは、かなりぎこちなかった。出来の悪い合成写真のような表情。
「やはりお前は賢いな、宮川翔太」
「そうか? まあ、お世辞だとしても礼を言っておくよ。ありがとな」
「お世辞じゃない。本心だ。賢く、想像力豊かだ」
「想像力?」
「ああ、そうだ。作家にでもなれるんじゃないか、というくらいの想像力だ」
あくまで事実を濁す気らしいな。そう思いながら、翔太は確信していた。今の自分の発言は、飯田先生の図星を突いたはずだ、と。だが、彼は決して、翔太の言ったことが事実だと認めないだろう。
それを事実だと認めたら、飯田先生自身の狙いも浮き彫りになってしまう。美智の事件の犯人を知りながら、知らないふりをして捜査をしている。その、狙い。だから彼は、わざとらしい作り笑いまで浮かべて、翔太の発言を誤魔化そうとしている。
けれど、今の飯田先生の発言は、翔太にとっては好都合だった。
『作家にでもなれるんじゃないか、というくらいの想像力だ』
陽向やもう一人の吸血鬼を守るため、翔太は、さらに伏線を打ち出した。
「作家、ね。まあ、そんな未来もあるかもな。今まで考えてもみなかったけど」
「素質は十分だと思うが」
「残念だけど、俺が今入れ込んでるのは、物語の執筆なんかじゃない。アプリの作成なんだけどな」
この発言に対して、飯田先生は無反応だった。興味がないのだろう。
構わずに、翔太は続けた。
「単純なアプリだけど、最近、作成したんだ。撮影した動画を自動でサーバーに保存して、指定した日時に、自動的に動画サイトに投稿するアプリだ。物語は書けなくても、動画制作者にはなれるかもな」
「話が脱線しているな」
飯田先生は、無理矢理話題を切り替えた。表情は、すでにもとに戻っている。無表情の鉄仮面。ガラス玉のような目。
「知りたいのは、吸血鬼の歴史だけか? それだけなら、今後のお前の生活について話を続けるぞ」
もう十分だ。飯田先生に言わせたいことは、全て言わせた。翔太が伝えたいことも伝えられた。
「そうだな。じゃあ、これから俺が守るべきこと、だったっけ? もう質問はないから、続けてくれよ」
「ああ」
――その後三十分ほどで、飯田先生の説明は終わった。
翔太に話しかけられたとき以外、陽向はずっと顔を伏せていた。
次回投稿は、1/29(日)を予定しています。
長くなりました、翔太と飯田先生の対面編。
翔太は飯田先生と話し、知りたかったこと知り、言いたかったことを言うことができました。
一方で、詩織は、自暴自棄な行動を開始している。
陽向と翔太。詩織と五味。
互いの正体を知ったうえでの対面が、少しずつ近付いてます。
そのときと、結末まで、どうかお付合いいただけたらm(_ _)m




