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第十一話 どれほど最低であっても、失いたくない(後編)


「でも、私は犯人じゃない。ということは、私以外にも、この学校に吸血鬼がいるってことですか? もしくは、この近隣に」


 吸血鬼の人数は少ない。世界的に見ても、もちろん国内においても。政府の監視と管理が必須なのは、五パーセント以上の濃度の吸血鬼。国内には六十人もいないと聞かされていた。


 そんな稀少な種族が狭い地域に複数いるとは、考えにくい。それを分かっていて、詩織はあえて口にした。自分が犯人ではないと印象付けるために。


 飯田先生は詩織を睨んだまま、机の上で手を組んだ。


「お前らしくないな」


 変わらない、飯田先生の口調。しかし、その言葉には、明らかに疑いの色が見える。


「お前は、吸血鬼の中では、割と従順な方だと思っていたが。今日はやけに自己主張や発言が多いな」


 想定通りだ。詩織は、飯田先生の思考をコントロールできていると確信した。


 確信しながら、美智のことを思い出していた。


 数少ない友達だった。美人で性格も明るくて、男女問わず人気があった。物事をはっきりと口にするが、決して辛辣(しんらつ)ではない。「自分の意思をはっきりと口にする」ということと「平気で他人を傷付ける」の違いを、明確に理解している子だった。


 そんな美智に声を掛けられたときは、素直に嬉しかった。最初は、どうして自分なんかに声をかけてくれるんだろう、などと思ったくらいだ。


 陽向を交えて、よく話をした。ボクシングの試合にも連れて行ってくれた。一緒に昼食を食べたりもした。


 自分のせいで失ってしまった、大切な友達。大好きな友達。


 泣くつもりなどなかったのに、自然に涙が出てきた。美智が死んでしまったことが、悲しくて。自分のせいで彼女を死なせてしまったことへの、罪悪感で。


「……そんなに変ですか?」


 ポタリと、机の上に涙が落ちた。


「大事な友達が殺されて、二度と会えなくなって。ほんの少ししかいない友達がいなくなって。凄く悲しくて。だから、少しでも事実に近付きたいんです。そう思うことって、変ですか?」


 美智が死んで悲しいという真実。事実に近付きたいという嘘。その両方を交えて、詩織は、飯田先生と視線を絡ませた。


 全て計算して、詩織は話した。自分らしくない自分を見せることで、飯田先生に疑いを持たせた。その根拠を口にして、今の自分が自分らしくないことを、自然だと思わせた。


 涙が浮かぶ視界の中で、詩織は、飯田先生の反応を待った。


 彼は両手を組んだまま、少しだけ、顔をこちらに近付けた。


「変ではないが、おかしいな」

「何がですか?」

「俺達は、お前に教育したはずだ。吸血鬼は、普通の人間とは違う。国連で人権を持つ者として定められている以上、最低限の人権は保障する。だが、それだけだ」

「私は、規則に反することはしていないはずですが? 可能な限り人と関わるなと指導されましたが、普通の社会で普通の人間として生きていく以上、知人友人はできて当然だと思います」


 心臓が早鐘を打っている。これは恐怖だと、詩織は自覚していた。飯田先生に反抗するのが恐い。彼の姿が、吸血鬼に対する残酷な罰則を思い起こさせる。義務教育のときに見せられた、吸血鬼の死刑執行の場面。


 飯田先生に見せられた映像。すぐに脳裏に浮かび上がる、凄惨すぎる光景。


 圧倒的な身体能力を持つと言っても、吸血鬼が生物であることに変わりはない。食事も睡眠も必要だ。人間よりはるかに頑丈だと言っても、怪我だってする。身体を傷付ける武器以外に、薬物だって有効だ。生物である以上、人間によって捕らえることは可能なのだ。


 罪を犯した吸血鬼が、人海戦術と近代兵器を駆使して捕らえられる。吸血鬼でも脱出不可能な道具で張り付けにされる。そして、銃殺による死刑執行。


 吸血鬼の柔軟で頑丈な皮膚は、銃弾でも貫通できない。だが、傷付けることは可能だ。通常の人間が、針で刺された程度の傷。


 そんな傷の一つや二つでは死なないから、何発も何発も撃ち込まれる。針に刺された程度の傷は、それが積み重なることによって、大きな傷となる。玉のように浮き出る程度だった出血は、やがて一筋の血の流れとなる。


 吸血鬼は頑丈だと言っても、当たり前のように痛みはある。恐怖だってある。決して逃れられない状態で、針を刺されるような傷を無数に負わされる。それが、致命傷になるまで繰り返される。


 繰り返される痛みの中で、少しずつ死が近付いてくる。自分の体が、ジワジワと傷付けられ、壊されてゆく。その恐怖が、どれほどのものか。


 死刑の映像の中で、執行される吸血鬼は泣き叫んでいた。


『許してくれ!』

『助けてくれ!』


 最初は、命乞いの言葉。


 しかし、時間が経つとその悲鳴は変化してゆく。「もう殺して」と。繰り返される苦痛と恐怖に、耐え切れなくなる。死刑執行中に死を望むようになる。


『もう殺して!』

『早く殺して!』

『死なせてくれ!』


 泣き叫ぶ吸血鬼の姿が、詩織は忘れられない。恐怖以外の何物でもない教育。直接教育を行った飯田先生が、死刑の内容を常に連想させる。恐怖を連想させる、彼の姿。


 飯田先生の目が恐い。彼の存在が恐い。詩織の膝は、机の下で震えていた。それでも、彼に対する反論を続けた。


 友人を失って悲しい。それでも、五味を──恋人を失いたくない。それは、恐怖に立ち向かう勇気を与えるほど、大きな気持ち。大きな願い。


「最低限の人権が与えられてるってことは、友人や恋人を作ることもできるんですよね? 実際に、結婚して子供がいる吸血鬼もいるんですよね? それなら、友人を亡くしたことを悲しんでもいいじゃないですか。犯人に近付きたいと思っても、いいじゃないですか」


 ボロボロと、大粒の涙が零れる。この涙は、何なのか。詩織には、もう分からなかった。美智を失った悲しみか。自分のせいで彼女を死なせてしまった後悔か。飯田先生に対する恐怖か。あるいは、その全てか。


 分からないまま、じっと飯田先生を見ていた。涙で視界が歪んだまま、それでも視線を外さなかった。


 飯田先生は、小さく溜め息をついた。詩織に近付けていた顔を下げ、椅子の背もたれに寄り掛かった。


「まあ、お前の意見は、間違ってはいない」


 どこか呆れを含んだ様子だった。


「とはいえ、今のお前は冷静とは言えないな。もういい。とりあえず、お前のアリバイは分かった。後で両親に確認を取るが、いいだろう。次の奴を呼んでこい」


 結局、詩織は、竹山とは一言も交わさなかった。最初の自己紹介以外、彼の声を聞くことはなかった。


 詩織は椅子から立ち上がり、涙を拭いた。


「失礼します」


 頭を下げて、進路指導室を後にした。


 廊下に出て、教室に向かう。歩きながら考えた。


 私は、上手くやれていただろうか。推理小説の犯人のように、飯田先生をミスリードできていただろうか。途中で感情が高ぶった。それでも、真実と嘘を、適度に織り交ぜられたと思うが……。


 不安だった。飯田先生は、やはり自分を犯人だと思っているのだろうか、と。


 ──ううん、違う。そんなはずない。


 詩織は、胸中で自分の考えを訂正した。


 美智は、五味に乱暴された。彼女の遺体には、その痕跡があっただろう。それなら、殺人の実行犯は男だと断定しているはずだ。


 だとすれば、飯田先生が疑っているのは、詩織が誰かをゾンビ化させたこと。周囲の男をゾンビ化させて、美智とサラリーマンを殺させた──と。


 もし飯田先生がそんなふうに考えているのなら、彼はどうするだろうか。他のクラスメイトにどのような質問をし、どのように詩織のことを聞き出そうとするのか。


 もちろん、飯田先生の思考がそこまで行き着いていない可能性もある。


 飯田先生がどこまで考え、どう捜査を進めてゆくのか。それが知りたかった。知って、対策を練りたかった。


 進路指導室を出た詩織の頭に、すぐ隣にある生物準備室が思い浮かんだ。あそこから、飯田先生の話を盗み聞きできないだろうか。


 隣の声が明確に聞こえるほど、壁は薄くないだろう。でも、壁に穴でも空いていれば聞こえるはずだ。大きな穴じゃなくてもいい。針の穴程度の、音の通り道があれば。


 教室に向かう詩織の頭に、光が差した。可能だ。生物準備室に忍び込めば、盗み聞きできる。


 教室に戻ると、詩織は、自分の次のクラスメイトに声をかけた。出席番号で詩織の次にいるのは、翔太だった。


 彼に進路指導室に行くよう伝えると、自分の席に戻った。鞄を机の上に置いて、中身を見た。


 いつも入れている物が、その中にはあった。


 詩織は、鞄の中に手を伸ばした。


 いける。これで、飯田先生の話を盗み聞きできる。


次回の更新は12/15(木)の夜を予定しています。


ここまで、いかがでしたでしょうか。


幼少期からの教育が心に根付いていて、上手に人付き合いができない詩織。

友達が少なく、だからこそ、数少ない友達が大切。

でも、恋人も失いたくない。


友人を失った悲しみを抱えながら、それでも恋人への依存をやめられない。


詩織は飯田先生の考えを探り、どう行動するのか。


詩織のことが好きな翔太は、どんな判断をするのか。

詩織の友人の陽向は、どうするのか。


彼等のこの先に、どうかお付合いをお願いいたしますm(_ _)m

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