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第十話 いつだって、現実は想像より残酷(前編)


 嫌な予感はしていた。幸せな結末など決して訪れない、と。


 けれど、現実は、想像していたよりも残酷だった。


 ホームルームで担任から告げられた内容に、詩織は、目の前が真っ暗になった。


 美智が死んだ――殺された。担任は、警察から聞いたという内容を淡々と話した。


 二日前の昼近く。郊外の山の近くで、二人の遺体が発見された。明らかな他殺体。スーツを着た男性と、学校の制服を着た少女。


 男性は普通のサラリーマン。

 少女の方は、美智だった。


 男性と美智に関連性は考えられず、かつ、無理心中と思える状態でもなかったそうだ。つまり、この二人は誰かに殺害された。


 当然のように、クラスメイトから質問が出た。どうやって殺されていたのか、と。


 警察は、犯人しか知り得ない情報は話してくれなかったそうだ。捜査上の機密ということで。だから、死因も殺害方法も不明。担任は、他殺ということが明らかな状態だとしか聞いていないという。


 きっと誰もが、事件の真相など想像もできないだろう。事実だけが周知された状況。


 そんな中で、詩織は確信していた。美智を殺したのは五味だ。ゾンビ化した力を使って、美智を殺したのだ。


 そう考えるのに、確かな根拠があった。校内にいた、警察関係者と思われる人達。彼等に混じって、飯田先生もいた。


 飯田先生は公安職員の人間だ。通常の事件の捜査には加わらない。彼が関与する事件は、国家体制を脅かすものに限定される。ただの殺人事件に関与してくるとは考えられない。


 つまり、この事件は、公安が絡む必要があるもの。国家機密に関連する可能性がある事件。


 殺されたのは、ただのサラリーマンと女子高生。国家機密に関連するとは言えない人達。


 では、なぜ公安である飯田先生がいるのか。なぜ、刑事達と一緒に学校に来てるのか。


 答えはひとつだ。


 彼等が監視すべき対象──吸血鬼が、事件に絡んでいる可能性があるから。


 おそらくは、殺された二人に、吸血鬼にやられたと考えられる損傷があったのだろう。通常の人間では不可能な損傷。


 そこまで考えると、詩織は激しい吐き気に襲われた。


 吸血鬼として生まれ、社会の中でひっそりと生きるよう教育された。詩織の両親も、特に人付き合いをすることもなく、ただひっそりと生きている。


 互いに吸血鬼である詩織の両親が出会い、結婚までできたのは、奇跡といっていい。だから両親は、互いの繋がりを本当に大切にしている。互いが互いを必要としながら、自分達の殻に閉じ篭もっている。まるで、外の世界との間に、壁でも作るかのように。


 依存とも言える、詩織の両親の関係性。子供を──詩織を産んだ以外は、政府の理想とも言える吸血鬼の姿。表向きは社会に出て生きながら、本質は閉鎖的に生きている。


 もし、詩織の両親が出会わなかったら。互いが、互いを吸血鬼だと知らずに過ごしていたら。きっと、父も母も、孤独で閉鎖的な人生を送っていたのだろう。寂しく、自分の殻に閉じ篭もりながら。殻の外にある人達に憧れながら。


 そしてそれは、詩織自身が歩む人生。一生孤独。ひとりきり。寂しいと思いながら、周囲の人達を羨みつつ、俯いて一生を過ごす。


 そんな詩織の人生は、五味によって大きく変化した。


 五味が、口説いてくれた。付き合ってくれた。


 五味と一緒にいられるだけで、幸せだった。自分が、普通の人になれた気がして。こんな自分でも、幸せになることを許された気がして。


 だから詩織は必死だった。五味の望むことなら何でもした。


 一度、五味に振られた。それも、ひどく傷付けられて。


 悲しくて悲しくて、頭がおかしくなりそうだった。実際に、少しおかしくなっていたのかも知れない。


 五味に依存して、偶然を装ってでも彼に会おうとして。そんなときに、彼が絡まれているところを見かけた。後先考えずに、吸血鬼の力を使って助けた。彼を守れるなら、自分はどんな罰を受けても構わなかった。


 結局、助けたことがきっかけになり、再び五味と付き合えるようになった。彼を助けた流れで、吸血鬼の存在とゾンビ化のことを教えた。


 五味は、ゾンビ化することを望んだ。


 彼がよからぬことを考えていると、詩織は分っていた。ゾンビ化した力を使って、ろくでもないことをしようとしている。


 でも、五味の言う通りにした。今度別れたら、彼は、二度と付き合ってくれないだろうから。


 再び手に入れた幸せを失うのが、恐かった。


 同時に、心のどこかで楽観視していた。たとえ五味がゾンビ化しても、そんなにひどいことはしないだろう、と。自分に絡んできた男達を殴り倒して優越感に浸るくらいだろう、と。


 それが、こんな結末になるなんて。


 確信とも言える自分の推測に、詩織は泣きたくなった。


 自分の行動のせいで、友達を死なせてしまった。数少ない友達を、永久に失ってしまった。


 どうしてこんなことになってしまったのか。自分はただ、五味に嫌われたくなかっただけなのに。


 ホームルームで、担任の話が続いた。


 今日の授業は全て中止。これから体育館で全校集会を開くという。詩織が殺されたことを周知するために。その後は、刑事による聞き込みが行われるそうだ。


 このクラスの生徒が聞き込みを受けるのは、進路指導室。そこに出席番号順に一人ずつ行き、質問を受けるよう指示された。


 たぶん、このクラスの聞き込み捜査を行うのは、飯田先生なんだろうな。このクラスには、自分が――吸血鬼がいるから。だから、飯田先生もこの場に出向いたのだ。


 現在確認できている事実から、詩織は、可能な限り客観的に状況を推測していた。確信とも言える推測。美智を殺したのは五味だ、という推測。


 でも。それでも──と、思う。


 頭の中で思考を巡らせながら、顔を伏せた。額のあたりで両手を組み合わせた。無駄だと分っていても、願わずにはいられなかった。ただひたすらに祈った。


 美智を殺したのが、五味ではないことを。

 自分の推測が、外れていてほしい。


 友人の死という辛い事実を突きつけられた。ならば、せめて、好きな人が手をかけたのではないと信じたかった。信じようとした。せめてもの慰めのように。かすかな救いのように。


 けれど、詩織は思い知る。


 いつだって、現実は、想像より残酷だということを。


本日の夜にもう一話更新予定です。



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