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第八話 この推測は、考えすぎじゃない


 翔太が国体本戦を終えて地元に戻ってきたのは、昨日の夜だった。


 成績は三位。またも、優勝した相手に敗れた。インターハイのときと同じ相手。


 その選手は、全国的なボクシングの名門校に所属している。さらに、部活の後にはジムでも練習しているという。中学生の頃から全国に名前が知れ渡っていて、今回の大会でも優勝候補筆頭だった。


 スピード、パワー、スタミナ、ボクシング技術。全て翔太より上だった。当然だ。相手は、生活の全てをボクシングに費やしているという。朝のロードワークとフィジカルトレーニング。授業後の部活の練習。部活後のジムワーク。


 そんな相手に対して、翔太は、朝は新聞配達。授業を受け、放課後にジムワーク。帰宅後は勉強。練習時間は、相手の半分にも満たないだろう。


 あらゆる意味で、相手と翔太には圧倒的な差があった。


 だからこそ、勝ちたかった。


 翔太は陽向を尊敬している。彼女のように、誰かを守れる人になりたい。大切なものを守れる人に。


 けれど、ただの人間である翔太に、陽向のような身体能力はない。その分、智力を活かして戦える術を身につけたかった。自分よりも遙かに上の力を持つ相手と戦っても、勝てるほどの。


 それは、ボクシングに限ったことではない。どんな世界で生きることになっても、どんな状況での勝負になっても、勝って、守りたいものを守れる。そんな人間になりたい。


 高い高い目標を持つ翔太にとって、敗戦は、挫折以外の何物でもなかった。たとえ、三位という成績をどれほど賞賛されても。


 昨夜、悔しさを抱えたまま帰宅した。一晩眠って、朝になった。


 いつもの日常に戻って。いつも通りに、朝、陽向と登校して。


 登校中に陽向から聞かされた話によって、翔太の日常は、日常ではなくなった。


 美智が、先週から行方不明になっているという。彼女の足取りは未だに掴めていない。


 その事実を聞かされてから、翔太は、美智の行方について考えていた。一日中、ずっと。


 美智は明るい子だ。もちろん、本人にしか分からない悩みがあった可能性もある。けれど、彼女が、誰にも何も言わずに姿を消すなんて思えなかった。


 美智の両親は、警察に捜索願を出したという。


 警察の捜査がどこまで進んでいるのかは分からない。もしかしたら、ただの家出として扱い、捜査に本腰を入れていない可能性もある。


「何か、思い当たることはある?」


 登校中に、陽向にそう聞かれた。


 授業中も、休み時間も、翔太はありとあらゆるケースを想定して、美智が行方不明になる要因を考えた。


 美智には、友人が大勢いる。美人だが気取らず、明るく、人に慕われていた。翔太も、友人として彼女に好感を持っていた。陽向だってそうだ。


 そんな環境に加えて、美智は、しっかりと人と話せる子だった。悩みがあれば、誰かに相談しただろう。ちっぽけな自尊心に囚われて、自分の殻に閉じこもるような人ではない。自分に自信がないわけでも、他人と上手に関われない人でもない。翔太は彼女を、そう分析している。


 美智が、誰にも何も言わずに消えたとは思えない。だとすれば、何か事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だ。決して当たってほしくない予想だが。


 美智が、事件に巻き込まれたのだとして。


 その犯人が見ず知らずの人間なら、完全にお手上げだ。通り魔的な人間の犯行だとしたら、犯人を推測することなど不可能に近い。少なくとも、ただの高校生に過ぎない翔太には。


 しかし、もし顔見知りの犯行なら。


 ひとり、心当たりのある人物がいる。というより、もし翔太の知っている人間が関連しているなら、犯人は彼以外に考えられなかった。


 授業が終わって、放課後になった。


 試合が終わると、翔太は、一週間ほど練習を休む。試合までに張り詰めていた神経を緩め、試合内容の反省点を探し出し、次回に活かす。そのための休養だ。


 だから試合後は、ジムに行かずに陽向と一緒に帰宅する。


 一日中、美智の行方を考えて。彼女が行方不明になった理由を推測して。ありとあらゆる可能性を考慮して。


 放課後の帰り道で、翔太は、自分の考えを陽向に伝えた。


「花井さんが行方不明になったのが、事件に巻き込まれたからだとして。さらに、その犯人が俺達の顔見知りなら、ひとり、心当たりがある」


 高校から自宅までは、徒歩で約二十分。その道のりで、翔太は陽向に切り出した。


 今は、午後四時十五分くらいか。空はやや曇っているが、雨が降るほどではない。


 秋になって、陽は短くなってきていた。


「顔見知りなら?」


 隣を歩く陽向が、翔太の顔を覗き込んできた。


 翔太は頷いた。


「ああ。とりあえず、花井さんが誰にも何も言わずに家出をするとかは、まず考えられない。もちろん可能性はゼロじゃないけど、それは考慮しないことにした」


 手掛かりが何もない状況から考えるのであれば、まずは、可能性の低いことを切り捨てる。高確率なところから当たり、それが外れていたなら、別の可能性を考える。そうやって可能性の範囲を縮め、詰めてゆく。


「だとしたら、何らかの事件に巻き込まれたってことになる。それでもし、事件の犯人が俺達の知らない第三者なら、想像しようもない。当たり前だけどな」

「じゃあ──」


 翔太を見る陽向の顔には、緊張感が見て取れた。


「──顔見知りで、犯人の可能性がある奴がいるの?」


 無言で、翔太は頷いた。今日一日、考察した。この発想に行き着いた根拠に、強引さはなかった。可能性としては、十分に考えられる。


「誰なの?」


 陽向の質問に対して、翔太は少し間をおいた。もったいつけているわけではない。ただ、この名を口にするのが不愉快だった。そいつのことが、ただ単純に嫌いだから。さらに、その嫌いな奴が、翔太の好きな人と付き合っているから。


 少し大きめに息を吸って、翔太は答えた。


「五味だ」


 翔太が口にした同級生の名に、陽向は息を飲んだ。


 五味は、学年の中では有名だ。外見がよく、人当たりがいい。誰とでも気軽に話すことができて、社交的。反面、女癖が悪い。高校に入学してからまだ一年半ほどだが、彼と付き合ったという女子生徒の数は、片手の指では足りない。


 もっとも、一年の後半くらいからは、一人の恋人に落ち着いている。ただしそれは、今付き合っている彼女に一途になった、という意味ではない。彼女がいながら、目を付けた女子生徒に言い寄っているのだ。


 もちろん陽向も、その事実は知っているだろう。二学期が始まってすぐに、美智に愚痴を聞かされたのだから。


『もうね、毎日毎晩、連絡が来たんだよね。ストーカー並にしつこく。着拒とかブロックとかしてやろうかって、本気で考えた』

『本当にね、どうにかならないかな、五味の奴』


 まだ記憶に新しい、うんざりしたような美智の顔。


 驚いた顔のまま、陽向が聞いてきた。


「それって、五味が、美智を拉致したってこと?」

「まあ、そうだな。どうやって連れ去ったかは分からないけど、顔見知りの奴が犯人なら、あいつが最有力候補だ」

「でも、いくらあいつでも、そこまではしないんじゃない? だってそれ、犯罪だし」

「……」


 無言で、翔太は首を横に振った。


「陽向には言ってなかったけど、俺、花井さんが五味に絡まれてるところに遭遇したことがあるんだ」

「そうなの?」

「ああ」


 あれは、国体予選の少し前だった。五味は、部活の練習帰りだった美智を待ち伏せしていた。自分の女友達を連れて、美智に絡んでいた。塀に追い詰めて、まるで脅迫のように迫っていた。


 絶対的に優位な立場に立つと、倫理観が消失する。そういう人間は、確実に存在する。かつて、翔太に絡んできた高校生達がそんなタイプだった。陽向が助けてくれるまで、小学生だった翔太を笑いながら痛めつけていた。


 個人的な感情を抜きにして、翔太は、五味をそういう人間だと思っている。だからこそ、平気で自分の恋人を裏切れるし、女友達を連れて美智に絡むこともできる。


 こういった感情を「集団いじめの心理」と翔太は呼んでいた。圧倒的に優位な立場になると、目の前の人間を人間だと感じられなくなる心理。人間ではなく、自分を楽しませるための道具。オモチャ。目の前の人間が泣き、苦しみ、助けを求めることに、快楽と悦楽を感じる。自分が相手を蹂躙することに、悦びと興奮を覚える。


 リンチ殺人などの事件には、必ずこういった心理が関連している。倫理観を崩壊させる、圧倒的優位性。圧倒的優位性が生み出す、興奮と凶暴性、凶悪性。


 美智が五味に絡まれていたことや優位性の心理について話すと、陽向は素直に納得してくれた。


「なるほどね。それなら、確かに……あいつなら、やるかも知れない」


 そういった心理に性的欲求が加わると、どうなるか。五味のような男がすることと言えば、ひとつしかない。


 気分が悪くなる想像が浮かんで、翔太は吐き気さえ覚えた。美智の失踪に五味が絡んでいるなら、翔太の想像通りの結果になっている可能性が高い。


 けれど、それを陽向には言えなかった。


 もし、翔太が、今想像したことを話したら。翔太が想像したことを、陽向が聞いたら。


 陽向は、どんな行動に出るか。


 迷うことなく、陽向は五味を締め上げに行くだろう。美智を助けるために。陽向は少し直情的なところがある。だからこそ、昔、翔太を助けてくれたのだ。情が深く、真っ直ぐで、優しい。


 そんな陽向だからこそ、翔太は尊敬している。同時に、そんな陽向だからこそ、自分が止めなければならない。


 五味が美智の失踪に絡んでいる可能性は、決して低くない。だが、まだ確証がない。証拠もない。さらに、本当に五味が犯人だとして、分からないこともある。


 仮に、五味が本当に美智を拉致したのだとして。


 では、五味は、どこに美智を隠しているのか。女癖と素行が悪いとはいえ、五味はただの高校生だ。人ひとりを隠せる場所など、そう簡単に用意できるはずがない。


 陽向と歩きながら、翔太は頭を働かせた。


 ――もしかして、五味は、反社会的な人間と繋がりがあるのか?


 いや、違うな。一瞬浮かべた推測を、翔太はすぐに否定した。


 ――もしそんな人間と繋がりがあるなら、とりあえず俺に仕返しをしたはずだ。


 美智に絡んでいるところを邪魔した翔太に、報復したはずだ。


 それなら、五味の家は極端に裕福なのだろうか? 貸倉庫とかを借りて、人ひとり監禁できるような。


 ――いや。そんな話は聞いたことがない。もちろん、俺が知らないだけかも知れないけど。


 推測と否定を繰り返しているうちに、いつの間にか家に着いてしまった。


 明日も登校前に迎えに行くと伝え、翔太は陽向と別れた。ドアの鍵を開けて、自宅に入った。


 帰宅し、勉強をしながらも、翔太は考え続けた。


 本当に、五味が美智の失踪に関連しているとして。あいつは、どこに美智を隠しているのか。どんな手段を使えば、人ひとりを隠すことができるのか。


 しかし、どれだけ考えても分らなかった。分からないまま、勉強を終え、寝る準備をした。


 布団に入ってからも、しばらく考え続けて。いつの間にか、眠りに落ちて。


 ──翌日の朝に、最悪の結果を知ることになる。


 そんなことなど、まだ予測できるはずがなかった。


次回の投稿は11/27(日)を予定しています。


世間では、色んな事件が起こります。

軽犯罪から、凶悪な犯罪まで。


けれどほとんどの人が、そんな事件と自分は無関係だと思っている。


では、そんな事件にもし巻き込まれたら。


翔太も予測しなかった「最悪の結末」が訪れたとき、彼等はどう動くのか。


お話が大きく動き始めます。

その動きが収束し、結末を迎えるまで。


引き続き、お付合いいただけると嬉しいですm(_ _)m

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