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第7話「卒業」


「朝早くから、すみません」

 6月11日(土曜日)大安吉日。天気は……大荒れ。

 傘などほぼ役に立たない強風を伴う豪雨により、猿爪から指定され着用してきた無地の白Tシャツをズブ濡れにした状態で、朝8時、桃太郎宅を訪ねる犬吠埼。

 出迎えてくれた桃太郎の後ろから、

「ボクの呪いだね」

 冗談めかして、同じく白T姿の猿爪。

「原状恢復」

 桃太郎に服を乾かしてもらってから、犬吠埼は玄関を上がった。

 今日は雉子の結婚式当日。

 以前に猿爪の呟いた「式の当日は豪雨だな」が現実となっていた。

(…まあ、梅雨だからな……)

 安寿に襲われ死んだ雉子が、桃太郎によって「治され」た26日前。雉子は、母が心配するといけないと犬吠埼がそろそろ帰宅を考えていた夜も更けた頃になって目を覚ますと、犬吠埼が死んで目覚めた後にされたのと同じ説明を受け、それについて、また、死んだこと自体についても、何を思ったのか口にも表情にも態度にも出さないまま、普通に車を運転して帰って行った。

 以降の学校での様子も生前と全く変わらず、結婚の話もそのまま、予定通り今日、結婚式を迎えるのだった。

 犬吠埼と猿爪は、式の後に行われる披露宴の余興に、雉子の担当していたクラス・部活・委員会の生徒の有志約30名と共にサプライズで参加する。

 担当「していた」と過去形なのは、雉子が昨日付けで学校を寿退職しているため。

 サプライズの発案者は、式と披露宴の行われる式場に勤める、環境委員長浅田の姉。仕切っているのは妹・浅田から相談を受けた猿爪だ。

 犬吠埼は本来、こういったものに進んで参加するタイプではないのだが、猿爪から誘われ、断るほど嫌なワケではないので……。

 桃太郎を訪ねた目的はメンテナンス。

 出番は14時頃と聞いているが、その前に練習があるため、この時間になった。

 いつもメンテナンスをしてもらうのが放課後の時間帯なことを考えれば、終った後でよいのだが、大切な日なので粗相の無いように、と。


 メンテナンスの最中、

(…アンちゃん……)

 犬吠埼は安寿を見ていた。

 開け放した障子の向こうの広縁で膝を抱え、土砂降りの外を眺めているのかいないのか、今にも昇華して空気に紛れ消えてしまいそうな、小さすぎる背中。

 雉子が死んだあの日から、こんな感じだ。

 あの場所に座って……ただ座って……。

 初めは食事さえも取らなかったが、さすがにそれは、桃太郎が根気よく言い聞かせたり、猿爪が強引に食べ物を口の中へ捩じ込んだりしているうちに、諦めたように食べるようになった。

 それ以外は、ずっと……。



                 *



 せっかく乾かしてもらった服を再び濡らしながら、猿爪と共に、他の皆との待ち合わせ場所である式場裏口の見えるところまで来た犬吠埼。

 もう待ち合わせ時刻の3分前くらいなのだが、そこに傘を差し立っていたのは1人。浅田だけだった。

 浅田も犬吠埼・猿爪と同じ白T姿。サプライズの内容を全く聞かされていないが、それに必要な服装なのだろう。

 まだ少し遠めの距離で犬吠埼と猿爪に気づき、手を振る浅田。

「2人で最後だよー!雨、すごいからー、他の皆には先に中に入ってもらってるー!」

(…そうなんだ。皆、早いな……)

 浅田の近くまで歩き、足を止めてから、

「待っててくれたんだね。ありがとう」

 猿爪は、ニコッと華やかにスマイルする。

 空いているほうの手を口元へ持っていき、浅田は分かり易く息を呑んだ。

(…わー……。この感じ、久し振りに見た気がする……。ホント会長って、学校の人たちといる時は別人だな……)

 浅田は、一拍置いて、また分かり易くハッと我に返り、

「ど、どういたしましてっ! じゃ、じゃあ、行こうかっ! 」

 裏口を入って行く浅田。

 続く犬吠埼と猿爪。

 控室兼練習場所として、式場スタッフ用の会議室を使わせてもらえることになっている。

 皆の都合が合わず、練習どころか顔を合わせるのも初めてだ。


 少し歩いて「会議室」と書かれたドアの前へ到着。

 浅田の後ろを猿爪が入ると、キャーと歓声が起こった。

(? )

 更にその後ろを入った犬吠埼が目にしたのは、猿爪の呼び掛けで集まった約30名。白T姿の……全員女子。

(…この人たち、本当に雉子先生を祝うために来てるのかな……? )

 そこへ、

「おはようございまーす」

 大きな段ボール箱2つを載せた台車を押して、黒のスーツ姿、浅田を大人にしただけのような顔をした女性が入って来た。サプライズの発案者・この式場に勤める浅田の姉だろう。

「これ、頼まれてた物です」

 言いながら、段ボールを床に下ろそうとする女性。

「ありがとうございます! 」

 猿爪は駆け寄り、得意の華のある笑顔で、

「ボクがやります! 」

代わって下ろした。

 女性の頬が紅潮する。

(…ああ、姉のほうまで……。ホント会長って……)

 犬吠埼は内心溜息。

 女性は誤魔化すように口を開く。

「ど、どうでしょう? こっこれで、だ、大丈夫ですか? 」

 段ボールの中身を手に取り確認する猿爪。

 犬吠埼の位置から見えたのは、カーテンのようなテーブルクロスのような白い大きな布と、造花と安全ピン。

「はい、ありがとうございます! 充分です! 」

 それに対し「よ、よかったです」と頷いてから、女性は他の皆にも向けて、

「でっでは、本日はよろしくお願いします。

 出番は14時頃になる予定です。に、20分前に係の者が、こ、声を掛けさせていただきますねっ」

 早口で言い、まだ少し赤い頬を隠そうとしたのか、そそくさと出て行った。

 そのすぐ後を猿爪、ドアが閉まるのを押さえて止め、1歩外へ丁寧に見送りに出、戻って来て皆を見回す。

「さあ、始めようか! 」



                  *



 予定より少し押しているらしく、係の人から声を掛けられたのは13時50分頃だった。

 白Tシャツの上から白いテーブルクロスを古代ギリシアのドーリス式キトーンのイメージで身に着け造花を配った女子たち。花の代わりに猿爪が父親から借りてきた宴会芸用の天使の羽と輪っかをつけた犬吠埼。テーブルクロスは身に着けずに同じく父から借りたという白の角襟とスパンコールの蝶ネクタイ付きのチョーカーを装着し黒いベストを着た猿爪……。各々の衣装の最終チェックをし揃って移動。披露宴会場入口の、観音開きの重厚なドアの前で待機する。

 サプライズの段取りは、

①猿爪をドアの外に残し犬吠埼と女子たちが踊りながら入場。

②新郎新婦を席から連れ出す。

③新郎新婦を囲んで踊りながら、1人ずつ祝福の言葉を言っていく。

④③の最中に「その結婚、ちょっと待った!」と猿爪乱入……これは往年の洋画の名場面のひとつらしい。

⑤「先生のことを愛しています!ボクと一緒に逃げてください! 」と猿爪が愛の告白。

⑥当然断られるので「幸せにならなかったら許さないからな!」と捨て台詞を吐き退場。途中で一旦足を止め振り返り「あばよ! 」……これもどうやら往年の何かのネタらしい。

⑦猿爪の後について、踊りながら他の一同も退場。

……以上。

(……)

 犬吠埼は緊張していた。

(どうして、来ちゃったんだろ……)

 もちろん雉子を祝う気持ちはあるが、ちょっと後悔までしていた。

 ダンスなんて体育祭でやらされる以外したことが無い。しかも会長の他は女子しかいないだけに、どうしても頭1つ分以上の身長差のある自分は悪目立ちするだろうし、加えてこの格好……と。

(皆は女子だし体も小さいから、全身白のヒラヒラした服装に花までくっついてても、仮にそれが天使の羽に変わっても、可愛いからいいだろうけど……)

 そんな犬吠埼の心中を察したか、猿爪、肩を抱き、

「だーい丈夫! とってもキュートだよっ」

 至近距離から華のある笑顔でウインクをひとつ。

 周囲の女子たちがキャーと叫びたいのを静かにしていなければならないので堪えているのか口を押さえて足をジタジタしているのを横目に見ながら、犬吠埼は、

(…いや、絶対にキュートでは……)

 何故か落ち着いた。見え透いた慰めだったが……。

(…体が大きくても、桃太郎さんあたりは似合いそうだよな……。そもそも普段の神職の装束だって一般目線で見れば充分コスプレだし……)

 天使姿の桃太郎を想像する余裕まで出てきた。

 その時、会場入口のドアの隣の普通の大きさのドアから2名のスタッフ。

「お願いしまーす」

 いよいよ出番だ。

 犬吠埼は足元に置いてあった自分の小道具である、花びらを模した薄色の紙吹雪入りの大きめの藤の籠を手に持つ。




 左右に分かれたスタッフによって開かれたドアの正面、会場内に全10卓ほどと思われる丸テーブル同士の隙間を他より多くとることで作られた中央の通路終点の高砂席に、黄色のカラードレスを纏った雉子。

(…先生……)

 キレイ……。見惚れる犬吠埼。周囲の人の流れでハッとなり、共に踏み出した。

 犬吠埼の役割は、踊りながら通路を進む女子たちの中心に陣取り自らも踊りつつ5秒毎に真上方向へ紙吹雪を撒く。

 10と数メートル。距離も時間も、やけに長い。

(…なんか、公開処刑みたい……)

 犬吠埼は、列席者の視線が予想どおり自分に集中しているのを感じた。

 ようやく先頭から4名の女子が高砂席へ辿り着き、各2名ずつ付いて新郎新婦を席から連れ出す。

 新郎新婦を囲み、1人ずつ短い祝福の言葉を言っていき、順番以外の者はBGMに合わせて体を揺らす程度にゆるく踊る。

 その最中、バンッ!

 派手な音と共にドアを開け放ち、

「その結婚、ちょっと待ったぁっ! 」

 手はずどおりに猿爪乱入。

「猿爪クン……? 」

 驚いた様子の雉子と新郎。どよめく場内。

(…そりゃそうだ……)

 しかし、乱入して来た男の服がどう見ても学芸会だからか、その男が明らかに子供だからか、あるいはその両方か、すぐに演出の一部であると分かったようで、誰にも止めに入ったりはされなかった。

 通路をズンズン進み、猿爪は雉子の前へ。右手を手のひらを上に向ける形で差し出し、

「先生のことを愛しています! ボクと一緒に逃げてください! 」

 全てが台本のとおり。

 と、雉子の右手が静かに猿爪へと伸びる。

(? )

 雉子は猿爪の手のひらの上にそっと手をのせ、

「はい」

 この上なく幸せそうに微笑んだ。

(っ? )

 驚き固まる犬吠埼。

 猿爪も驚いたようで目を見開いている。

 入場前の緊張は落ち着いてはいたものの、それでもやはり少しは残っていたのが、いっきにぶり返した。

(どうするのっ? )

 無いはずの動悸をバクバクさせて、犬吠埼は猿爪へ無言の問い。

(雉子先生って、こんなノリ良かったっけ? 気さくっぽく振る舞ってるけど、お堅い人だと思ってた! )

 見開いた目を戻し猿爪、いつも学校でよく見せる華やかな笑みに謎のオトナっぽさをプラス、何とも甘やかに笑んで、自分の手の上の雉子の手をギュッと握ると踵を返し、

(えっ? )

ドアへ向かって駆け出した。その前の一瞬、犬吠埼に目配せをして……。 

 幸せいっぱい実に楽しそうに逃げていく2人の背中。

(め……目配せされても……)

 途方に暮れて見送る犬吠埼。

 2人がドアの向こうへ消える。

(と、とにかく、何かしらの形で幕を引いて、皆で退場しないと……)

 必死に考えを巡らせるが、急がなければとも思ってまとまらず、助けを求めるべく周りを見ても一様に固まっており……。

(儘よっ! )

 犬吠埼は半ばヤケクソ、籠の中に3分の1ほど残っていた紙吹雪を出来る限りの大きな動作で全て天井に向かってぶちまけ、

「おめでとうございまーすっ! 」

 声を張り上げた。

 浅田がビクッと犬吠埼を見て目が合ったので、頷いて見せる。

 頷き返し、

「おめでとーございまーっす! 」

犬吠埼を真似て声を張り上げてから、踊り始め、ドアへ向かう浅田。

 他の女子たちも倣って「おめでとうございます」の声を上げ踊りながら移動、次々とドアをくぐる。

 殿で踊り、会場を後にしようという瞬間、犬吠埼は、ふと思いついて回れ右。空になった籠を右手で一度右斜め頭上へ振り上げてから胸の前を通過させ左脇腹へ持っていくと同時に頭を下げ、ちょっと気取った感じの一礼を演出してから退場した。




 ドアを閉め、犬吠埼は、その場にへたり込む。

(…疲れた……)

 体は当然疲れないが、気持ち的に。

 女子たちも皆、ぐったりとしている。

「皆、ありがとう! 」

 雉子の声に、そちらを向くと、雉子がニッコリ笑って、その場の生徒一同を見回していた。

「こんないい生徒たちに囲まれて過ごせた教師生活は、先生の宝物よ。

 皆、大好き。

 これからは傍にいられないけど、先生は、いつも、いつまでも、心の中で皆のことを応援してるからね」

 昨日の全校集会で全校生徒の前でお別れをしたが、もう一度、話をしてくれるために出て来てくれたのだ。

(…良い先生だよな……。結婚するからって、何も辞めることないのに……。

 まあ、それぞれ考え方もあるから……)

「雉子……ちゃんっ……! 」

 浅田が泣き出し、雉子に抱きつく。

「大好き、だよっ! 私たちのことは、何も心配いらないからっ! だって、雉子ちゃんが、いっぱいいっぱい、くれたからっ! 今まで私たちのことばっか考えてくれてた分、これからは自分のことを一番に考えて、絶対、絶対、幸せになってねっ! 約束、だよっ……! 」

(…先生が良い先生なら、生徒も良い生徒だな……)

 犬吠埼もつられて泣きそうになった。

 雉子は浅田の両肩に手を置き、宥めるようにポンポン。体を離して、

「卒業式までいられなかったから、ここで、先生に、皆を見送る側をやらせてね」




 会場のドアの前に立つ雉子に見送られ、控室へ戻る生徒一同。

 別れを惜しんでか、絶え間なく誰かは後ろを向いている。

 おそらく雉子も桃太郎のメンテナンスを受けに来るため、犬吠埼の場合は、他の皆に比べてまた会える可能性が高いのだが、角を曲がるので完全に見えなくなる寸前、もう一度と振り返った。

 雉子は手を振っている。

 少し寂しげながら穏やかで晴れやかな、卒業生を見送る教師に相応しい笑顔で……。








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