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第6話「これからも続いていくために」


 駆けて来た安寿が、

「ねえねえ」

 惨状にとてもではないが顔を上げられない犬吠埼と、地面に手をつき消耗しきっている桃太郎の周りを、軽やかにウロウロ。

 犬吠埼には、そんな安寿の行動を含め周囲の全てが、自身から急速に遠のいていっているように感じられていた。

「ねえねえ」

 時折しゃがんだり腰だけを曲げたりして姿勢を低くしては桃太郎の顔を覗き込むのを5分ほど続けた後、安寿は痺れをきらした様子で、

「ねえってば! 」

 しゃがんだ状態から両腕を伸ばし、小さな手のひらで桃太郎の頬を挟み強引に持ち上げて、

「どうして無視するのっ? 」

 少し怒ったふうに言うと、一転、ニコッと笑い、

「みんな死んじゃったから治して」

 遠くて、安寿の発言にもはや何も思わず聞き流す犬吠埼。

 桃太郎は、大きく息を吐き安寿の手を外しつつ立ち上がる。

「…無理だよ……」

 酷く掠れた低く暗い小さな声。

 安寿も小さく、

「…どう、して……? 」

 驚いた様子だ。

「どうして、そんな意地悪を言うの……? 」

「祈美の玉が必要なんだ。見てたから知ってるかも知れないけど。

 祈美の玉は、あと1つしか無い。出来るとしても1人だけだ。それでいいなら選んで」

 変わらず低く、冷たく突き放す桃太郎。

 安寿は、信じられないといったように首をゆっくりと横に振り、

「…よく、ないよ……」

 初めは小さいまま、次第に大きく、

「みんな、みんな治してよっ! 」

「無理だって言ってるの」

 返す桃太郎は淡々を貫き、

「ほら、選びなよ。早く。前例が少ないから分からないけど、急いだほうがいいと思うんだ」

 言葉を重ねる。

「いや、本当は、あったらいけない前例だけどね。実際には『治す』って言葉にも語弊があるし。亡くなってしまったことに変わりはないから。

 ……さあ、選びなよ」

 静かに迫り、だが、最後は語気を強め、

「選べよ。選べ! 」

(…桃太郎さん……)

 初めて聞く桃太郎の激しい口調に犬吠埼は少し驚き、遠くから引き戻された。

「選べない! たった1人なんて! 選ばれなかった人は、どうなっちゃうのっ? 」

 被せてヒステリックに叫び、頭を抱え込むように両手で耳を塞いでギュッと目を閉じる安寿。

 桃太郎はその両手首をガッと掴んで強引に剥がし、揺さぶる。

「選ばれようと選ばれなかろうと変わらねえよ! 普通の死体になるか猿爪君や犬吠埼君みたいに動く死体になるか、それだけだ!

 これがお前の、安寿の作り出した現実だ!

 オレは言ったよなっ? 何回も何回も! 外に出ちゃいけないって! 出た結果どうなるかも、2回も目の当たりにして!

 それでも作り出した現実だ! 受け容れろ! 」

 安寿、また被せ気味に、

「だって桃太郎、教えてくれなかったよっ? あと1人だって、教えてくれなかった!

 ちゃんと教えてくれてたら、アン、1人しか死なせなかった! 」

 捲し立て、肩で息をする。

 安寿の手首を掴む桃太郎の手から、フッと力が抜けた。

「オレの、せいかよ……」

 低く低く呟く。俯き静かに安寿の手を放した。

「桃、太郎……? 」

 窺う安寿。

 沈黙が流れた。

 ややして、

「…やってらんねーよ……」

 桃太郎は足下に転がったままだった大幣を拾い、辛うじて略拝詞であることが分かる早口の小声。続いて大幣を左・右・中央。

「端境縮小」

 グワンと揺れる視界。

 木々が迫って来、3人のうち僅差だが最も神社から離れた位置にいた安寿を通過。安寿が黒く変化した。

 この木々は幻影なのか、音も感触も無く、続いて犬吠埼と桃太郎も通過。本来の位置へと戻った。

 安寿の袖が伸び始めたことに気づく犬吠埼。

 直後、袖は至近から桃太郎へと襲いかかった。

 犬吠埼は咄嗟に桃太郎を抱き上げ、段差を上がって神社内へと飛び込む。

 桃太郎を腕から下ろしつつ、犬吠埼は実際には表に出ない溜息。

(…危なかった……)

 桃太郎は力無く地面へ崩れ、放心状態。

(…今のって、もしかして自殺……? 桃太郎さん、自分で動こうとする気配が全然無かった……)

 どう声を掛けてよいか分からず、犬吠埼は、桃太郎をただ見下ろす。

 死んでしまいたいと思っても仕方ないように思えて……。

(…死なせてあげたほうが、よかったかな……。助けちゃ、いけなかったかな……)

 そんな後悔をした。

(…ずっと、アンちゃんが事を起こさないよう頑張ってきたんだろうに……。アンちゃんは、それを認めるどころか、全部桃太郎さんのせいにするし……。子供の言うことだけど……。…報われないよな……。

 生きてたって、また心を擦り減らしながらアンちゃんの世話をする日々が続くだけなのに……)

 追って入って来、色を取り戻した安寿が、

「桃太郎……」

 珍しくしおらしい様子で、同じく桃太郎を見下ろす。

 沈黙の中、いたたまれず言葉を探す犬吠埼。

 何か桃太郎を慰めれるような気の利いた言葉が無いかと。

 まず、たった今のこの桃太郎の自殺未遂についての自分の気持ちすら定まらない。

(死を望む気持ちは分かる気がするのに、生きていてほしいとも思ってて……いや、どちらかと言えば、生きていてほしいと願う気持ちのほうが強かったりして……。

 …どうして……? どうして僕は、桃太郎さんに生きていてほしいんだろ……? )

 その理由が桃太郎を慰める糸口にならないかと期待を込めて考える。が、

(…ダメだ……)

 行きついた答えは、とても口に出せたものではなかった。

(身勝手すぎる……。自分が、まだお母さんと一緒にいたいから。そのためには桃太郎さんのメンテナンスが必要だから……なんて。

 こんなに苦しんでる桃太郎さんを前にして、僕の幸せのために、これからも苦しみ続けて下さい、とか……。言えるワケない……)

 犬吠埼は、額の辺りを重たく感じ、左手で支える。

(…僕は、欲張りだな……。

 死んだあの日、もし相手が車とかだったら、僕は家へ帰れなかった。お母さんに会えなかった。それが、会えた。それだけでもう、考えられないような奇跡なのに。突然どうなってしまうかは分からなくても、今も一緒にいることが出来てて、本当に有難いのに……。

 あの日以来、いつが最後になってもいいように覚悟を持って大切に、お母さんには接してるけど、心の奥では願っちゃってたんだ。出来るだけ長く続くこと……。

 浅ましいな……。

 恥ずかしい……)




 暫くの後、桃太郎はゆっくりと立ち上がりつつ、小さな吐息混じり、

「……ごめんなさい、犬吠埼君。助けてくれて、ありがとう……」

(…桃太郎さん……)

 犬吠埼の胸が、キュッとなった。

 結局、ひと言も掛けられないままだった。

 桃太郎は、一度、静かに深く呼吸してから安寿にも、

「安寿もごめんね。怖かったね」

 言って顔を覗き、優しく笑む。

(…桃太郎さんは強いな……。こんな年齢が半分みたいな奴の前で弱いとこ見せれないからかも知れないけど……)

 笑んでいる、その目の深いところが、泣いているように見えて、

(多分、いやきっと、そうなんだけど……)

 そう感じてしまったら、見ていて、ただただ痛々しい。

(僕がもっと大人だったら……。桃太郎さんより年上か、年上までいかなくても桃太郎さんが無理に強がって見せなくてもいいくらいに歳が近かったら、よかったのにな……)

 犬吠埼は自分の無力を呪った。

(せめて、これ以上の負担をかけないようにしないと……。だって、無理って続かない……)

 気づいてしまった心の奥の願いは桃太郎さんに覚られないようにしよう、そう思った。

(桃太郎さんのためだけじゃなくて、自分のためにも。醜くて恥ずかしいから。

 ……何より、これからも続いていくために。

 アンちゃんも、なんか少しは分かったっぽいし、この先はちゃんと休みながら、長く長く、命を続けていってくれたら……)

 しおらしく項垂れたままの安寿に目をやる犬吠埼。

 桃太郎は、

「それで、どうするの? 」

安寿に、優しく優しく問う。

「誰か1人でも『治す』の? 」

 それを受け、安寿は木々のほうを向き、隙間から外を見まわす。

 いつもの元気は無く、猿爪に抱かれているためか雉子のところで視線を止め、全く力の入っていない指で指した。

「分かった」

 頷き、桃太郎は神社の敷地を出、猿爪と雉子のもとへ。

 少しもしないうちに雉子の下半分を担ぎ、上半分を左腕だけで抱えた猿爪と連れ立って戻って来る。

(…先生……)

 猿爪の腕とは違う、生身のまま切断された体。血液は、ほぼ出きってしまったのか、ポタポタと滴る程度。

 桃太郎の指示で桃太郎宅へと揃って移動しながら、犬吠埼は自身の感情に違和感を覚えていた。

(…なんで、こんなに落ち着いてるのかな……。先生は死んじゃってるのに……)

 しかしすぐに、

(…そんなことないか……)

 当然と納得した。

(だって先生は、この後、僕や会長と同じ存在になる。このまま本当に、こんな突然に終わってしまうことに比べたら、それってきっと悪くない)

 だが、またすぐに、

(いや、どうかな……。

 僕は幸運だったと思ってるけど、会長は今の体や生活についてどう思ってるか分からないし、自分以外の人を1人でも含んだ内容を代表して物申せるエライ人じゃない僕だから、あくまで主観で、一般的な当然からは、やっぱりズレてるかも……)

 思考は行ったり来たり。

 と、抱えづらそうにしている猿爪が視界に入る。

 代わりましょうかと申し出ると、

「ああ、じゃあ代わらなくていいから、ボクの腕を拾ってきてくれる? 」

 言われて、今朝、擦り傷の治療をしてくれながら、桃太郎が、体の組織を大きく切り離されるようなことがもしも起こった場合には、残されたほうだけで再生するのは困難なので離されたほうをとっておくよう話していたと思い出し、

(…そっか……。それはそうだよな……)

 自分の気の利かなさを反省しつつ、

(いつもなら、きっと気づくのに……。どうして気づかなかったんだろ……)

 犬吠埼、脇の道路は今日の下校中最初に安寿と猿爪が接触した辺りへ向かうべく、木々の隙間を道路へと下りた瞬間、ウッとなった。

 充満する鉄の臭いと立ちのぼる生温かい空気、ヌルッとしながらもベタつく足下。

 何だかクラクラする。

 雉子の遺体を間近であらためて見た時の自分の感情から、感覚がおかしくなってしまっているのではと心配したが、至って正常であると知った。

 おおよその場所の見当はついていたのと、妙に白浮きして他の遺体とは明らかに色が違っていたので、

(…‥あった)

 幸い速やかに発見出来、極力他に目がいかないよう回収する。




 犬吠埼が神社内へ戻ると、もうそこには誰の姿も無かったので、他の皆がいるはずの桃太郎宅へ。

「お邪魔します」

 姿を捜しつつ家の中を奥へ奥へ。

 犬吠埼自身が死んだ時に寝かされていた部屋で、既に体を繋ぎ合わされ布団に寝かされている雉子と、その脇に座り見守る桃太郎と猿爪。隅で膝を抱える安寿を見つけた。

 桃太郎の手には、アルファベットのCの字のカーブを緩くしたような形の緑色の石のような物。それを雉子の口に含ませ、続いて傍らに用意されていたコップの水のような無色透明の液体を自身の口に含み、口移しで雉子へ。

 雉子の喉がコクンと動く。

 確認したように頷いてから、雉子に掛布団を掛ける桃太郎。

 とりあえずの区切りの空気を感じ、

「会長」

 犬吠埼は猿爪に声を掛けた。

 視線を雉子から犬吠埼へ。

「ありがとう」

 ちゃんと笑みを作って差し出された左手に、右腕を渡す。


「治癒」

 桃太郎に腕をくっつけてもらいながら、猿爪、

「桃太郎さん、先生の車をあのままにしておくと、後から先生が警察とかに疑われたりしないですか? 」

 その発言に、犬吠埼は舌を巻いた。

(この人、これだけの出来事の中で、どうしてこんなに冷静なんだっ? )

 かく言う自身も、事態のわりに頭の芯が冷えているのを何となく感じてはいたが、

(この人のは怖いくらい。……って言うか、ちょっと機嫌良くない? )

 心の中でそこそこ本気で怯える。

 しかし、

(いや、「機嫌良い」はさすがに気のせいか……)

 即座に否定。

(だって、そうじゃなきゃ怖すぎる……)

 腕を治し終えた桃太郎は、猿爪の意見に、

「そうだね」

 立ち上がり、犬吠埼・猿爪に、

「手伝ってくれる? 」


 言われるまま、後をついて雉子の車の所へ移動。

「じゃあ、猿爪君と犬吠埼君とで左右に分かれて車を持ち上げて、切断前の形にして支えててくれる? 」

 犬吠埼は、は?

(車が何キロあると思ってるの? そんなこと出来るワケが……)

 と思いつつも、猿爪が了解、のひと言で動き始めたので、倣う。

 結果、

(……出来た! )

 驚く。

(…そう言えば、さっき、桃太郎さんを抱き上げた時、全く重さを感じなかったっけ……。いつから、こんな力持ちになった……? )

 桃太郎は略拝詞を唱え、大幣を左・右・中央。車へ向けた。

「原状恢復」

 切断による傷ひとつ無く、しかし先日野球部の打球が当たったらしいと聞く凹みはそのまま、車が元の状態へ戻る。

 桃太郎が車の外から手を伸ばしてキーを回すと、何と、エンジンまでかかった。

(すごい! )

「じゃあ、ちょっと向こうを回って車庫へ移動させてくるよ」

 神社正面に面した道路を指さし、言って、運転席へ乗り込む桃太郎。

(桃太郎さんって車の運転するんだ……。しなさそうに見えるけど……。大人はわりと持ってるものなんだな、免許証。うちのお母さんも車は無いけど免許だけは持ってるし……)

 僅かの差で、猿爪が口に出す。

「桃太郎さん免許持ってるんですね」

「うん、失効してるけどね」

(いや、それ無免許運転)




 同じ無免許なら運転経験のある人のほうがいいに決まっているので、移動は桃太郎に任せ、先に桃太郎宅へ戻った犬吠埼と猿爪。雉子の寝かされている部屋へ。

 雉子は先程と変わらず静かに布団に横たわっている。

 安寿も……変わらず部屋の隅。膝を抱えている。

(アンちゃん……)

 外で雉子の車のものに似たエンジン音。

 無事に移動出来たようで、少しして部屋に入って来た桃太郎、

「君たちの服もキレイにしようか」

 気にしていなかったが、見れば全員、特に猿爪と安寿の服が、主に血液で汚れている。

「原状恢復」

 一瞬でキレイになる服。

 と、外からパトカーと救急車らしいサイレンが複数。続いて同じく複数の人の声。にわかに騒がしくなった。

 神社脇の道路の遺体が発見されたのだろう。

 直後、ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

 桃太郎が応対する。

 こっそり覗いてみると、相手は警察官で、やはり外の騒がしさは遺体が発見されてのことだった。

 暫く話し、

「何かお気付きのことがございましたら」

 言い置いて帰ろうとする警察官。

 突然、安寿が立ち上がり、玄関へ駆けだす。

(アンちゃんっ? )

 安寿は体当たりするくらいの勢いで警察官の制服を掴み、

「アンがやったの! 」

 叫ぶ。

「アンがみんなを死なせたのっ! 」

 叫びながら泣き出し、

「アンを、アンを捕まえてくださいっ! 」

 吸気ばかりの目立つ呼吸音。泣きじゃくりながら叫ぶ言葉は、途中からほぼ聞き取れなくなった。

 警察官は身を屈めて安寿と目の高さを合わせ、

「何か、怖いものを見ちゃったのかな? 

 でも大丈夫。悪い人が来ないように、お巡りさんがちゃんと見回ってあげるからね。

 急がなくていいから、気持ちが落ち着いた時に、お話を聞かせてね」

 ゆっくりゆっくり穏やかに言い聞かせるように言ってから、身を起こし、桃太郎に会釈して去って行く。


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