第32話「10数年前ノ僕タチト10数秒後ノ僕タチヘ」
突如、足元に大きめの亀裂が入ったかと思うと、
(っ! )
門の手前の地面全体が砕けた。
足場を失い、
(落ちる……っ! )
そこへ、
「彌鳥! 金魚掬い! 」
桃太郎の声。
刹那、ジェットコースターの垂直落下の感覚を伴い彌鳥の甲羅に掬われた。
ブラナーク以外の、その場にいた全員も同時に掬う彌鳥。
犬吠埼は、ホッとする。
(…そうか、これ、金魚掬いっていうのか……。
なんか、彌鳥さんへの指示って可愛いな。「よーい、どんっ! 」とか「ご飯だよ! 」とか……。一度だけお会いした破巫女さん……? だっけ……? その方への指示も可愛いかったか……)
斜めに上昇し、彌鳥は御殿の真上で停止した。
合わせるようにブラナークも海上をそのまま上へ。彌鳥より少し高い位置で止まり、距離のあるまま、こちらを不敵に見下ろしている。
「止メナキャ! 」
彌鳥の背からブラナークのほうへ向け飛び立つフォーツ。
頷き、ドローもすぐ後に続いた。
タイガも、
「コノママ出来ルダケ遠クヘ逃ゲテ下サイ! 」
彌鳥の甲羅上の一同をチラッとやってから続く。
と、
(……っ? )
脳ミソをグルンと掻き混ぜられた感じがし、強い目眩と吐き気に襲われた。
周囲の面々も似たような症状が出ているのか、余裕が無く見回すことすら出来ないが、たまたま視界に入った安寿は俯き両手のひらで顔を覆い、岩は漣に被さるように崩れ、桃太郎はこめかみ辺りを指先で押さえ辛そうに目を細めており、本当の目の端の端には、誰のものか分からないが甲羅についた手や投げ出された脚が映る。
(…何…これ……っ? )
堪らず閉じた瞼の裏に、全く見覚えの無い映像が高速で場面転換されつつ流れ始めた。それは目を開いても、場所を感覚的に眉間に移して続く。
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建物や道路等の硬い人工物全てが白濁したガラスのような石のようなもので造られている落ち着いた雰囲気の静かな町を、はしゃぎふざけ合いながら歩く白い翼を持つ全体的に色素の薄い日空人の特徴を有する外見年齢10代半ばの少年2名、いや3名か。カメラが2台あるように視点が時々切り替わって、常に2名が映り、うち1名が入れ替わるので合計3名。常に映っているのはブラナークによく似た少年。入れ替わるのはドローによく似た少年とタイガによく似た少年。
(…これって、ドローさんとタイガさんの記憶……? )
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続く映像。前の場面の少年たちと同じ特徴を持つ少年少女たちが、前場面と同様の白い人工物で構成されている簡素な室内に縦5×横8で整然と並べられた1名用の机と椅子のセットにこちらを向いて収まっている、授業中の学校の教室を思わせる光景。ただし、だいぶ視点が低い。
視点が切り替わり、並んで座っている少年少女たちの後頭部越しに見えたのは、やはり日空人らしい特徴の青年1名と何となくフォーツっぽい5歳くらいに見える子供が壁に設置された大きなホワイトボードのような物の前に立っている姿。ホワイトボードには、ごくごく短い横書きの文字列のようなもの。
(…ホワイトボードの文字列を名前だと考えると、なんか、転入生の紹介の場面みたい? 年齢かなり違いそうだけど……。
切り替わる前はフォーツさんっぽい子供視点、後は少年少女のうち後ろのほうの席に座ってる誰かの視点か……)
ホワイトボード前の青年の顔が一瞬上方向にブレた後、机と机の間を窓際の一番後ろへ移動し居並ぶ少年少女たちの後ろ姿に埋もれる視界。
(…どうして、その席なの? ホワイトボードが見えないじゃん……)
左方向へと流れる視界。隣の席でブラナーク少年が優しく微笑みかけ、その前の席のタイガ少年が半身捻って振り返る。そして左斜め前から、机に頭を預けてドロー少年が割り込んで来た。
(…これは、やっぱり、ドローさんやタイガさん、フォーツさんの記憶……? 今、あの3人それぞれの中に蘇ってる記憶……?
日空人には、こっちが頭の中で言語化する程度にはっきりと言葉を思い浮かべたり視覚的情報も鮮明に思い浮かべたりすると伝わるって聞いたけど、逆も、向こうに伝える気が無くても、そうだったりするのかな……? )
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校舎か何か大きめの建物の裏手、教室の場面にいた気がする少年5名と少女2名に取り囲まれ上から覗かれている。他に人の気配は無い。泣いているのか? ぼやけ歪んだ映像。少年少女を掻き分け現れたブラナーク少年。後ろにドロー少年とタイガ少年もいる。去って行く少年少女。ブラナーク少年は身を屈め、心配げにこちらを見つめた。
(…随分と昔の記憶なんだろうな…分かんないけど……)
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壁や床、天井の所々崩れかけた、町や学校と比べ薄汚れているが白い室内に、切り替わる視点を総合して考えて、ブラナーク少年・ドロー少年・フォーツ坊や・タイガ少年がおり、それぞれに、何やら書き物をしていたり、眠っていたり、本を読んでいたり、パンのような物を食べていたりと、寛いでいる。4名では、うち1名が幼児でも手狭な部屋。生活感が無く、タイガ少年が一瞬だけドアを出て戻った際に見えたのだがドアの向こうが外だったので、ここは遊び場として使用している独立した小屋か何かなのだろう。
(…この記憶の初めからずっとブラナークさんたちのいる、共通して全体的に白っぽい場所が、前に聞いた、日空人の暮らす日空界なのかな……? )
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視点が切り替わった途端にブラナーク少年がいなくなった、ドロー少年・フォーツ坊や・タイガ少年がまったりしている小屋の中。別日だろうか? そう言えば、それぞれの過ごし方も視点切替前とは違う。
突然、ドアが勢いよく開き、ブラナーク少年が駆け込んで来た。肩で息をし背中でドアを閉めた、その腕には、両目をハンカチで雑に覆われた、今まさに産み落とされたばかりといった感じの小さな小さな赤子。自身の服の前面のダボっと余った部分に隠すように包んである。ブラナーク少年をズームアップしていく視界。壊れ物を扱うように、そっと、包んでいた自身の服を捲り、ブラナーク少年は赤子の背中部分を見せた。そこには、しっとり濡れて縮こまっている状態の小さな翼が片方だけ。
(…リテュシさん、か……)
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小屋を中心に巡る季節。見るからに健やかに成長していくリテュシと、自らもまた成長しながら支え守る日々を重ねるブラナーク、2人に寄り添い手を差し伸べ続けるドロー・フォーツ・タイガ。優しい優しい時間が過ぎていく。
(…この小屋で、リテュシさんは育てられたんだ……)
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ドアの開け放たれた小屋。中は物が散乱し、少量だが血痕もある。視点が移る中、困惑した顔を見合わせたのは、20代前半くらいの青年ドローと青年タイガ、フォーツであると確信出来るまでになった少年。
いきなり背後から10名は超えるであろう青年たちに襲われ、暗転。
(…なんか、不穏だな……)
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机が並んでいるが長机とパイプ椅子で、教室と言うより会議室のような清潔で温もりの無い明るい部屋。3つある視点で分かる、その場にいる人物は、現在と変わらない姿のドロー・フォーツ・タイガと、同じくブラナーク・リテュシ。久し振りの再会なのだろうか、2つに分かれて互いによそよそしい。
(……この場面の、わりとすぐ後に、こっちの世界へ来たのかな……? )
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様々な感情が渦巻き入り乱れ混ざり合った上で流れ込んで来て、最早どれが誰のものかも分からない。
記憶の中の断片的な情報をまとめると、どうやらドロー・フォーツ・タイガが小屋の前で10名超の青年たちに襲われたのは、日空界の宝であるダイヤモンドプリンセスを隠していたため。罪に問われ捕まり、刑罰として特攻任務に就くことを初めから定められた軍人となり、今回の件が、その任務。それにあたり、家族を人質に取られている。
あの日ブラナークが赤子のリテュシを連れて来なければと、巻き込まれ全てを失い恨みに思う気持ち。自爆の運命にあるにもかかわらず何故か穏やかで幸せそうなブラナークとリテュシに、もとより自分たちのように「全て」などと言えるほど失うものが無い、自身と相手以外に失うものなど無く、ただこの瞬間の相手の生存が嬉しいのだと気づき同情する気持ち。しかし犬吠埼も知る池の辺でリテュシと出会った直後の出来事により、ブラナークが当初からこの任務を利用してリテュシと共に日空界以外の世界へ逃げて暮らそうと目論んでいた、裏切られていたと知り、同情の念など抱いた自分たちに腹を立てたこと。その後ブラナークとリテュシの身柄を確保し日空界の本部へ連れ帰った際にブラナークは洗脳され失う2つのうちの1つ「自身」を失い、恨む対象ですらなくなってしまったその姿に途方もない喪失感を覚えたこと。あらためて、自分たちにとってブラナークも失った1つなのだと。片想いであっても大切な友人だった…いや、友人なのだ、と……。
「コレ以上、失ワセタライケナイ! 」
「失ワセタクナイ! 」
更に強い感情が、激流となって押し寄せる。
リテュシの生死は問わないが、ブラナークの手で殺させてはいけないと。そうなればブラナークは残された最後の1つまで失ってしまう、と。
「…ズット、傍デ見テキタンダ……! 」
「止メナクチャ! 」
激流に弄され身動きの取れない彌鳥の上の一同。
そこに追い討ちをかけ、
「オ兄サンッ! 」
脳裏を劈くリテュシの絶叫。
(リテュシさんっ? ブラナークさんがいることに気付いたっ? )
目を覆っていた手拭いが中央からバリッと破れた。
桃太郎がハッと目を見開く。
「端境が……! 」
(……っ? 端境が……っ? )
だが手拭いの下から現れた両目は閉じられており、ホッ。
甲羅の縁へと駆け出すリテュシ。
鴉鬼葉が、
「リテュシ……! 」
ヨロケながら後を追う。
縁ギリギリのところで足を止め、リテュシは不器用に片翼を動かして宙に身を踊らせた。
(へっ? )
案の定、落下していくのを、鴉鬼葉が追い縋り、抱き止めて大きく息を吐いてから、優しく、
「兄のところへ行きたいのだな? 連れてっ行ってやろう」




